四堂鋼太朗編・最終話
―視聴覚室。
「結局。最後の最後まで、暁研究所の内部情報については手掛かりゼロか…」
瑠奈や勇羅を始めとした後輩達の言い争いで、騒がしくかつ生徒達の雑談で賑わいを見せる、食堂を抜け出した二人が訪れたのは、PCの設置している視聴覚室。
中庭の食器を放置したまま、ここへ来てしまったのは不味かったが、既に昼休みの時間を半分過ぎているだけあり食堂の中だけでなく、中庭の方にも沢山の生徒が集まっている以上仕方がない。
鋼太朗がこの神在へ引っ越してからおよそ一ヶ月。二つの暁研究所の情報について、なんの進展もなかった事に鋼太朗は大きくため息を吐く。
「あまり時間は有りませんが、ホームページの閲覧位なら可能でしょう」
泪は無言で近くのPCを起動し、手早くキーボードを操作し続けると、モニターにある画面が表示される。その画面を見た鋼太朗は顔をしかめる。
「これは?」
「暁村に数十年前に設立された、私立暁学園のホームページです。此処は宝條学園程有名ではありませんが、初等部・中等部・高等部までの私立校になっています」
研究所とあまり関係なさそうだが、暁の名前が出た時点で既にキナ臭さを感じる。制服の画像を見る限りでは、暁学園はミッション系の私立校のようだ。
「この学園と暁研究所に何の関係が?」
「あの件以来、数日掛けて暁研究所の事を調べました。暁研究所の管轄下は主に二つ。その内の一つは前回僕達が侵入した、暁研究所以上に厳重に警備が敷かれていて、外からでは何も情報を得られないのは、もう一つの暁研究所が、宇都宮一族の影響力を強く受けているから。
四堂元所長管轄下の暁研究所は、異能力の情報関連自体隠蔽されていても、工学研究や遺伝子研究などの異能力に差し支えの無い、ある程度の情報は外部から情報が閲覧出来ました。ですがこちらの暁研究所は、情報そのものがあまりにも少なすぎるので、僕の方で更に調べを進めました。
調べを進めて分かったのは、この宇都宮一族管理下の暁研究所は、暁村によって村ぐるみでの隠蔽工作も念入りに行われていたと言う事です。事務所のPCを使って、外部からのハッキングも試みましたが、研究所独自のセキュリティをフルに使っているのか、外部に対するセキュリティが何重にも固められていて、更に無理やりセキュリティを突破しようとすると、ハッキングを試みたPCに対して、自動的にOSを含めたメインシステムを破壊する、ウィルスが仕込まれる仕組みになってると分かり、結局突破を断念しました」
PCを使ってサーバーのハッキングまで、行おうとしていたのか。それにしても村ぐるみで研究所の隠蔽を行うとは、こう見ると暁村の連中は完全にクロだ。
「じ、じゃあ俺を避けてたのは…」
「四堂君。異能力者の立場とか研究所の事とか、色々知ってる割に自分の考えが顔に出やすいでしょう。すぐにこの件を話せば、周りに勘繰られるかもと思ったので」
図星を突かれ、鋼太朗は顔を引き吊らせながら苦笑いを浮かべる。お前は平静を装っているが感情が顔に出やすい、と両兵からも散々指摘されていた。
「…あの時も瑠奈に話そうとしてた」
些細な事もまめに見抜く当たり、泪の周りを見る観察力と洞察力は流石だと思う。最も自分の事やその周りに対して、全く感心が無いのはいただけないが。
「さっき中庭で勇羅達が言ってた話。冴木みなもが今、教員会議で名前出されてるのも」
「そこまでは知りません。ですが彼女がもう後戻りの出来ない所まで、何らかの事件に突っ込んでいるのは間違いありません」
学園の教員会議で、堂々と冴木みなもや郊外裏通りの名前が出され、生徒達の間でも彼女の事が噂になっている位だ。冴木みなもが学園から呼び出しを受けるのもまず時間の問題だろう。
「…今は異能力者や異能力の研究に関して、表だって話さない方が良いかと。神在は異能力者の表だった受け入れが最も進んでいます。皇君のご両親の企業もその内の一つです。ただ、異能力者の受け入れに伴って、政府の神在に対する異能力者への抑圧や迫害も厳しくなっていく」
医療か何らかの専門で有名な、皇コーポレーションの事か。異能力者の受け入れは現状、リスクしか伴わない。一般社会の企業は異能力への脅威や、異能力者に対する偏見や迫害などを恐れ、企業の大半が異能力者の受け入れを拒否すると聞く。偏見の目に晒される事を気にする事なく、異能力者を受け入れると言う事は、そこはあくまでも実力主義であり異能力者への偏見がないと言う事。
「雪彦君も異能力者の受け入れが進んでるから、会社に対する当たりが強いと言ってました。ですが元々権力争いに慣れてるらしく、大概は嫌がらせすら押し退けているそうです」
泪の話を聞きながら壁時計を見ると、既に予鈴の三分前をまわっていた。
「…ここまでか。もうすぐ午後の授業始まる」
残念そうに鋼太朗はため息を吐く。もう少し情報を集めたかったが仕方がない。少しでも構わないので、泪の事も聞き出したかったのだが時間もない。
「そのようですね。また次の機会に」
PCをシャットアウトした直後、午後の授業を知らせる予鈴を聞きながら二人は視聴覚室を後にした。
―午後四時・マンション前。
「お前…」
「……ごめんなさい」
授業を終えた鋼太朗がマンション入り口に入ろうとする直前、周りを見ると居ないはずの瑠奈がいた。鋼太朗の住んでる階は三階。奥の非常階段で昇るか、入り口手前のエレベーターを使うかだ。
「この前の話。お兄ちゃんに止められてたけど」
「異能力者の立場だな」
正直、瑠奈に話して良いものだろうか。異能力者達が異能力を研究している研究所で、どのような扱いを受けて来たのか。正直、鋼太朗の研究所での経験は全く役に立たない。自身も異能力者である両兵が同じ研究所の異能力者を庇っていたと言う真実を知った以上、鋼太朗は研究所の『実験材料』としてあまりにも恵まれている立場だ。
例の一件で自分達の事を暁研究所を管理する上層部に問われた父・両兵は、政府上層部管理下の研究所への連行こそ免れたが、結果的に暁研究所所長の任を解かれた。現在はかつての恩師の手引きにより、異能力者の受け入れを積極的に行っている、郊外の私立大学で講師として教鞭を取っている。ここ数日で両兵とのメールや電話で何度かやり取りし、他の異能力研究所について分かった事が幾つかある。
この数十年間。国内で行方知れずとなった人間の数割には、政府のESP検査によって異能力者と判断された者が居る。その全ての異能力者は、各国の異能力研究所へ連行され、一人残らず『実験材料』として扱われていると。研究所に捕らえられた異能力者達は、非人道とも言える凄惨な実験を受け続けた挙げ句、外に出る事すら叶わないまま、命を落とした異能力者もいる。
中には研究所から脱走した異能力者も何割か存在するものの、脱走した異能力者の所在は今だに分からない。仮に生きていたとしても、異能力研究や研究に関わっている異能力者の存在すらも、徹底して隠蔽する政府によって戸籍が抹消されている可能性が高い。
「一つだけ質問する」
「何?」
瑠奈は怪訝そうな表情で、身長差故に鋼太朗を見上げる形で見つめる。
「お前は……。泪がどんな過去を持っていても、受け止める事が出来るか?」
両兵から泪の事に関しても、いくつか明らかになった。泪は『宇都宮一族管理下』の暁研究所において、『実験材料』として扱われていた事。
暁特殊異能学研究所に登録されていた異能力者達の中でも、特にずば抜けて高い念動力と異能力を持っていたと言う泪は、国家機密にも関わっているとも噂される、ある実験に関わっていたと言う事。その研究は暁研究所所長を勤めていた両兵ですらも、研究に関わる事を許されなかったと。
そして彼の……-泪の家族は現在暁村の管理下に居る。本来なら父親も郊外へ脱出する予定だったが、ある研究に関わった事により、彼らの身柄は暁の監視下に置かれている。現在も両兵とは連絡を取り合っているが、例の研究が進んでいる以上、連絡が取れなくなるのも時間の内だと告げている。そして二人の娘の内、妹だけは郊外へ脱出し唯一暁の監視下から逃れたが、姉の結は連絡すら取れないのだ。
泪が瑠奈に頑なに自分の過去を隠したがっているのは、瑠奈は研究所と無関係の異能力者である事は明白だ。
「……わからない」
「わからない?」
「数ヶ月前、数年ぶりに会った時もお兄ちゃん。自分の事、何も話さなかった」
泪は瑠奈の事は覚えているにも関わらず、瑠奈に何も話さなかった。視聴覚室で泪と暁研究所の件で話し合ったが、結局泪個人の件は何も話せなかった。次に泪と暁の事を話す機会もいつになるか分からない。
「泪は俺達が思ってる以上にヤバい所に踏み込んでるかもしれない。それでも、お前が聞きたいなら…」
瑠奈は何も答えない。
「……」
数分に及ぶ沈黙の後、瑠奈は一瞬寂しそうな顔をしたが、鋼太朗の正面を向き深く頭を下げると、背を向け走り去って行った。
「……」
鋼太朗も走り去る瑠奈を無言で見送っている。鋼太朗に何も言わず帰ったのは、瑠奈の心の内では泪の過去を受け入れる準備が、まだ完全に出来ていないのだろう。十数年前の神在大災害。泪の記憶と過去。原因不明の連続殺人事件に異能力者狩り。
鋼太朗が泪と再会して約一ヶ月。鋼太朗一人の手で処理出来ないほどに、沢山の出来事が起きはじめている。
―。
この先。『異端の力』を『異質の存在』として恐れる『人間』の手によって、少しづつ滅びの道を辿っていく『異能力者』がどのような道を歩むのだろうか。
鋼太朗も瑠奈も。同じ異能力者である二人はまだ知るよしもない。
TAME GATE psychic record ~嵐を呼ぶ転入生・四堂鋼太朗~ 時扉 @tokitobira
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