第29話 鋼太朗side
今日の授業が終わり鋼太朗は教室で帰りの支度をする。先日伯父が急な腰痛を患わせ、行きつけの整形外科へ診てもらう為に診察の予約を入れたらしい。そして今日が予約当日なので、店を臨時休業するとあらかじめ聞かされたのでバイトも休み。この時間既に伯父は整形外科へ行き、診て貰っているだろうから、調べ物をする時間もじっくりある。
「四堂君」
聞き覚えのある声がしたので声のする方向へ顔を向けると、自分のクラスの教室前に泪が立っていた。他の生徒の邪魔にならないように、教室口からは少し距離を置いている。
「珍しいな。お前がウチのクラスに来るの」
「いいえ。昼休み、あなたが言っていた話の続きが気になって」
話の続きと聞き鋼太朗はすぐに思い出す。そう言えば教室を訪れた時、泪と話す途中で冴木とか言う女子生徒に横槍を入れられ、昼休みは結局泪とまともに話が出来なかった。
「この場じゃあんまり詳しい話出来ないし、どっか別の場所で話さないか」
「じゃあ、僕の事務所へ行きましょう。実は普段から其処で暮らしてます」
学園内や他の場所だと昼休みの様に誰かの邪魔が入られても困る。泪が暮らしている場所ならば、面向かって話し合うには丁度良い機会かもしれない。振り返ってみれば連続殺人事件の事やら異能力研究所やら、横道から逸れた出来事だけを色々話していて、泪個人の事は全く聞けなかったのだ。
「それから…」
泪は鋼太朗の目の前に一枚のメモ用紙を差し出す。白いメモ用紙には二つの異なる携帯の番号と、メールアドレスが綺麗な文字で書かれている。
「これは」
「上のものは僕が普段使っている携帯です。下に書かれてる番号とアドレスは……。こっちの方は自分が知っている人以外には使わないので、普段は上の番号とアドレスで連絡を下さい」
再会して数週間邪険にされたり殴られたり色々あったが、ようやく泪との連絡手段を確保出来た。
「わかった。連絡は上の番号とアドレスだな」
知っている人以外には使わないと言うのが少し気になる。泪自身も個人のプライベートには、無闇やたらに介入して欲しくないと思ってるのだろう。
―宝條学園正門前。
「泪君…よかった! やっと、やっと今…。あなたに会えたね」
鋼太朗と泪が靴を履き替え校舎を出ると、タイミングの悪い所で冴木みなもと遭遇した。しかしやっと今会えたとの表現は如何せん大袈裟過ぎる同級生だ。
「…冴木さん」
みなもは鋼太朗を全く見ていない。昼休みの時の様に鋼太朗の存在など、始めからなかったかのように完全に彼を無視しているのだ。
「私、決めたよっ。今日はあなたの為に一生懸命愛情の込もった手料理を作るねっ。うん!
今日は泪君の為に美味しいロールパンを焼いて、ふわふわの甘い卵焼きっ、それからメープルシロップをたっぷり使ったふわふわの美味しいパンケーキ…。そして特製のハンバーグ。あなたが喜んでくれる顔が見れるなら、私なんでもする。あなたの為なら私、なんでも出来るから…だから…」
泪との出来事を自分の出来事の様に語るみなもを他所に、泪は真っ直ぐみなもを見て穏やかに微笑む。
「ありがとうございます。でも今日は用事が埋まっていて、夕飯の時間を取り繕う暇がないんです。また今度の機会にお願いしますね」
「あっ…そ、そうだね。るっ、泪君も忙しいもんね。じゃあまた今度…。今度は、あなたのためだけに美味しいご飯をいっぱい作るね。次こそはあなたの為だけに、美味しい手作りのお料理をご馳走、するね…絶対に…絶対、だからね」
泪の顔を何度も見ながらその場で立ち尽くすみなもを他所に、鋼太朗と泪は正門から学園を出て先へ進む。
「スルーが完璧だな」
「…一方的に話を続ける相手には、適当に相づちを売って返すのが一番です」
自分へと言い寄るみなもへの対処を語る泪の横顔は、機械のように無機質で冷たく、全く笑っていなかった。
―神在商店街。
泪が暮らしている事務所へ行く筈が、どういう訳か二人で商店街を歩いている。泪は先程の機械の様な顔とはうって変わって、いつもの柔らかな表情に戻っている。
「先に用事か」
「夕飯の買い物済ませてから帰りましょう。話し合いには十分時間もあります」
前回の弁当を見るからして泪の料理の腕は期待出来る。どこか食料品の安い店はないかと前を見ると、商店街を歩く小柄な少女を見かける。
おさげのサイドテールに特徴のある身体付きの持ち主は間違いなく瑠奈だ。向こうも自分達の姿に気が付いたらしく駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、買い物?」
「ええ。夕飯の買い物済ませてから」
「献立は決まってるの」
「今日は四堂君がいるから、ボリュームのある献立にしようかと」
今日は鋼太朗がいると聞いて何か考える仕草をする瑠奈。一瞬だけジト目で鋼太朗を見た後、気の抜けた表情に戻る。
「鋼太朗はなんか嫌いな食べものある?」
「む…肉料理とラーメンが好きだ。嫌いなのは特にない。沢山食えるなら何でも食うぞ」
嫌いな食べ物と聞かれあまり思い付かず、反射的に好きなものを答えてしまった。
「よし。じゃあいっぱい食べられる献立にしよう」
「…まさか、またウチに転がり込む気じゃないだろうな」
「そのまさか! 今日は私が夕飯作る」
「四堂君の好き嫌い聞くから、言うと思ったよ…」
半分呆れるような泪の質問に対して、瑠奈は笑顔で泪が予想していたであろう答えを引き出す。泪も普段話す時と違い、どことなく言葉遣いが碎けている。
「ちょっと待て、なんでそうなるんだ!?」
当たり前のように語る瑠奈へ鋼太朗は突っ込みを入れるが、瑠奈は意味深な感じにニンマリと笑みを深める。
「私にも鋼太朗の話を聞く権利があるよ。それに、帰って来たら『教えてくれる』って言ったでしょ?」
「あ、あのなぁ…」
どうも一昨日(おとつい)の話を覚えていたようだ。泪の方にしても冴木みなもに取った対応と瑠奈への対応が、まるで違うのが大いに突っ込み所があるが、今さら考える隙がない。
それから夕飯の献立を明確に決める為、鋼太朗は荷物持ちと言う名目の元、泪や瑠奈と商店街を歩き回る羽目となった。
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