第1話 鋼太朗side
「今日からこの神在市で俺の新しい学園生活の始まり、か…」
宝條学園三年生・四堂鋼太朗(しどう こうたろう)は、色とりどりの縁柄(ふちがら)が特徴的な白の制服に身を包んだ生徒達が通り過ぎる中、もうすぐ若葉色へと徐々に色付き始めるソメイヨシノの桜吹雪がひらひらと舞う、宝條学園の正面エントランスに一人でつっ立っている。
首が少し見える程に伸びた濃い紫色の髪に、友人達からは大方アホ毛と呼ばれているへの字に伸びた一本の髪の毛の束。そして精悍な顔立ちと一九〇センチ近い長身がなかなか目立つ。
本来なら四堂鋼太朗は最上級生であり、大学進学か就職の進路も選ばなければいけないだろうこの時期に、彼はこの神在市に存在する私立宝條学園へと転入してきた。
「ここから先は、俺一人でやらなきゃいけないからな……恨むぞ親父」
元々鋼太朗は普通の人とは異なった『異能力』と言う、超能力とも言うべき異質の力を扱う事が出来る以外は、普通の学生として今まで何の変わりもなく暮らしていた。
だが鋼太朗は数ヶ月前のある出来事が原因によって、盛大に父親と喧嘩し家を飛び出した後、
命からがら遠方に住んでいる親戚の所へ転がり込み、伯父の稼業を手伝う事を条件に、この宝條学園へ転入する事となり今日に至る。
普段から勉学が赤点スレスレな鋼太朗にとって、比較的レベルの高い宝條学園への転入試験はまさに鬼門だったが、裏で鋼太朗の脱走を手助けしてくれた友人達のスパルタ指導により、かろうじて学園の転入試験に合格した。
「今度こそ─」
「あの、そこ退いて下さい」
「あ、ああ悪い…!」
突如鋼太朗の背後から声を掛けられたので、慌てて後ろを振り返ると一人の生徒が立っている。
白を基調にした宝條の制服をきっちりと身に付けた男子生徒。
制服の縁(ふち)が青色から鋼太朗と同じ三年生、しかし鋼太朗はその男子生徒にはっきりと見覚えがあった。
「る……泪!?」
群青(ぐんじょう)色をした黒目がちの瞳。
声こそは間違いなく男性その物なのだが、黙っていれば女性と見違える様な長い睫毛に、日に当たっていないのを思わせる透き通るような白い肌。何よりも憂いを帯び儚げな雰囲気を持つ顔立ちと細身の体格。
薄紅色の膝近く迄に伸びた長い髪を一つにまとめた男子生徒は、今も怪訝そうな顔で鋼太朗を見ている。
「お、お前…赤石泪(せきいし るい)……泪なのか? まさかお前、この学園に通ってたのか!」
間違いない。
鋼太朗の目の前に立っている青年は、昔家族ぐるみで交流があった幼なじみの赤石泪(せきいし るい)だった。
何故泪がこの学園にいる?
幼い頃、彼の家族を通して仲良くなった筈の泪はいつの間にか、鋼太朗の知らない内に自分の前から姿を消した。家族に聞いても周りの人間に聞いても、誰一人として彼がどこに居るのか知らないと言った。もう会えないと思っていた幼なじみが、今鋼太朗の直ぐ近くにいる。
しかし目の前の青年から出た言葉は、鋼太朗の期待を遥かに裏切るものだった。
「貴方……誰ですか?」
「……は」
薄紅の髪の青年―赤石泪は、目の前の青年に対して他人を見る視線を向けそう一言告げると、泪の言葉に呆然と立ち尽くす鋼太朗の存在など気にも止めず、さっと背を向けて学園の校舎の中へと入って行った。
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