盗賊団討伐任務1
潮の香りは既に遠く、夕闇迫る街道をひたすら東へと急ぐ一人と二匹の影。
ランク8ハンターであるゼッドに依頼された盗賊団の討伐任務に同行した刀護とレインは、十数日前に全力で駆け抜けたレリッツへと繋がる道を、今度はフェルトの背に乗って逆走することになっていた。
急ぎ旅支度を整えてピーカを出発してから今日で二日目。
フェルトとクルルの圧倒的な機動力を生かし、初日の夕暮れ間近には最初の目的であった街から旅立った人々の第一陣に追いつくことができた。追いついた隊商と共に一夜を明かした後、彼が動き出す前のまだ薄暗い早朝とも呼べないような時間に出発した刀護達は、数回の休憩をはさみながらも走り続け、今に至るのである。
「止まれ。ここいらで最後の休息だ」
一行のリーダーであるゼッドの号令で彼に追走していた二匹もピタリと足を止める。
流れる汗を拭い、軽く乱れた呼吸を整えた彼は、これからの任務について話し出した。
「先に説明した通り、ここからもう少し行った所に大きな森がある。その中のどこかに連中の巣があるはずだ」
昨晩、ゼッドに聞かされた説明はこうだった。
ギルドからの情報では、数日前からピーカ付近に集まり始めた盗賊は、街を囲むように東西と南に伸びる街道に巣を作り、往来する人々を毒牙にかけているらしい。
ゼッドが受け持つ東側に集まった盗賊団は少なくとも二つ。それ以上になる可能性も高いとの事。構成人数や戦力も不明。ピーカとレリッツのほぼ中間にある森に仮の拠点を構えていることはわかっているが正確な場所は不明。
なんとも頼りない情報である。その話を聞いた由羅が思わず『ピーカのハンターギルドは無能ぞろいなのか?』と口走ってしまったほどだ。
だが、確かに彼らの不手際には目も当てられないが、天災の様に現れた放浪の歌姫の対処で手一杯だったのも事実。あまり責めるのも酷というものだろう。
「あの森に大勢が寝泊まりできる場所なんてあったかしら?確か洞窟の類なんて無かったはずだけど・・・」
レインがうろ覚えの知識を引っ張り出して拠点になりそうな位置を割り出そうとする。
「レインの言う通りだ。奴らが
そう推測したゼッドの言葉にシグが口をはさんできた。
「じゃあどっかに森の中でも馬車が通れるような道があるんだろうな。それを探しゃあいいんじゃねぇのか?っていうかもういっそ森ごと焼き払っちまえばいいんじゃねーか?」
さすがにそれは乱暴すぎるのではと思った刀護であったが、支持者はもう一人いた。
「うむ。それは豪快かつ楽でよさそうじゃのう。宗角と凪の力なら森の一つや二つ消し飛ばすこともできるじゃろうて」
そんな物騒な力は金輪際封印しておいてほしい。もちろんそんな案は即却下された。
「絶対に駄目よ。その森の恵みで生計を立てている人もいるだろうし、もしかしたら人質だっているかもしれない。と言うか、わかっていて森の民たる
そんなやり取りを、ぴったりと密着するように隣に座るネイと共に傍観者として眺めていた刀護であったが、思いもよらぬゼッドの一声でその渦中へと投げ込まれた。
「トウゴの意見も聞いておこう。最終的な判断は俺が下すことになるだろうが、異世界流の考え方という物にも興味がある」
(ふぁっ!?何それ!?無茶振りにも程があるだろ!?日本で暮らしてきた俺が盗賊団相手の作戦なんてわかるわけないじゃん!ちくしょう・・・もうこうなったら二次元の知識に頼るしか・・・)
素直にわからないと言えばいい物を、驚きのあまりおかしなスイッチが入ってしまった刀護。それをまるでエスパーに様に察した由羅と宗角の二人は、あえて口を出さず必死に笑いをこらえながら見守ることにした。
「えっと・・・盗賊っていうくらいだから道行く人を襲って金品を強奪するわけですよね?それなら必ず街道が見える場所に見張りを立てますよね?そいつをどうにかして見つからないように捕まえて詳しい情報を尋問するっていうのはどうでしょうか・・・あ、やっぱだめですよね・・・?」
そんな必死に考えた刀護の答えを由羅と宗角は普通で無難すぎると勝手にがっかりする。しかしゼッドの反応は違った。
「そうか。やはり異世界でもそうそう考え方は変わらないと言う事だな。
予想外の高評価に冷や汗をかきながらもほっと胸をなでおろす刀護。そしてなぜか彼の隣では、まるで自分が褒められたかの様に誇らしげな様子のネイが、叱られているシグを見てニヤリと笑っていた。
「奴らを一匹残らず殲滅するにはこちらの存在を気づかせない事が最重要だ。作戦の決行は深夜。見張り以外が寝静まった頃だ。まずはフェルトの耳と鼻で奴らの斥候を見つけて捕らえる。こいつは決して殺すな。情報を聞き出す意味もあるが、送言具を持っている可能性も高い。殺せば接続が切れて奴らに警戒される危険性がある。首尾よく斥候から情報を聞き出せたらそれを基に新たな作戦を考える。もし失敗して敵にこちらの存在が露見した場合は即座に撤退だ。下手に襲って逃げられでもしたら後々面倒だからな。俺の考えに異議はあるか?」
そんなものはあろうはずもない。刀護は首を横に振った。シグもレインも異議はないようだ。
「火を起こすと気づかれるかもしれんからな。温まることは出来んがしばらくはゆっくりと体を休めることにしよう。ネイ、寝過ごすなよ?」
すでにフェルトとクルルのお布団セットで横になろうとしていたネイにゼッドは釘を刺しておくのだった。
空は隠密任務にはお
「刀護は休まんのか?まだ時間には余裕があるぞ。心配せずとも時間になったら儂らが叩き起こしてやるからお主も少し眠るが良い」
これから起こるであろうことを考えると、とてもではないが眠れる気がしない刀護に、労わる様な声で語りかける由羅。
「緊張するなと言う方が無理でしょうね。ですが、私は安心もしているのですよ。刀護君が人の命を軽々しく扱っていないと言う事に。ですが、これから向かう先に居る
宗角も刀護の心の負担を少しでも軽くしようと声をかけた。
二人が一生懸命自分を励ましてくれていると言う事は良くわかる。そして自分はそんなに不安そうにしていたかと刀護は少し恥ずかしくなった。
「大丈夫だよ。心配かけてごめん。師匠が俺にやらせようとしていることもちゃんと理解できてる。その意味も。全ては俺のためなんだよな・・・。そう考えたらどんなことがあっても無事に生きて母さんや姉ちゃんやじいちゃんばあちゃんの居るあの家に親父と二人で帰らないといけないなって思えた。そのためならどんなことでもやるよ。人を斬ってでも泥を啜ってでも生き延びて必ず帰るんだ」
刀護の決意を聞いた二人は、それ以上何も言わなかった。もう何も言う必要が無かったからだ。こちらの世界に来てから僅かな期間ではあるが、肉体的にも精神的にも大きく成長している刀護を確認できたことが、由羅にとっても宗角にとっても何より嬉しい収穫であった。
時刻は午前三時。季節は秋と言う事もあって夜が明けるにはまだまだ時間がかかるだろう。そんな深い闇夜の中、誰一人寝ぼけた様子など無く、完全に戦闘態勢といった出で立ちで街道を進む一行。
「そろそろ森が見えてくる頃だ。レインの隠蔽魔法でこちらの姿は見えないだろうが、絶対に気を抜くなよ」
深夜だからといって見晴らしの良い開けた場所からどうやって敵に気づかれずに近づくのかを思案していた刀護だったが、反則じみたレインの魔法の効果を聞いた時、自分の考えなど魔法という言葉の前ではちっぽけなものであると理解した。
やがて森の入り口に一行が近づいた時、フェルトの耳が人間の足音を捉えた。
フェルトと意思の疎通が可能なレインは足音を捉えた方角と距離を確認すると、刀護達に茂みに隠れているようにと指示を出し、自らは隠蔽魔法をさらに強化して斥候の居る場所へと歩き出した。
刀護達から見ると隠蔽を強化した瞬間、目の前から彼女が消えたようにしか見えなかった。姿どころか魔力も気配も足音も匂いすらも感知できないのである。
「なあ、もう全部レインさん一人でいいんじゃないかな」
シグのそんな呟きに刀護は頷かざるを得なかった。
「本気で姿を隠したレインを捉えられるのは、同格の力を持った存在だけだ。つまりレインはこの世界のほぼ全ての人間を自分が死んだと気づかせぬまま殺すことができるわけだ。・・・自分で言っておいてなんだが、恐ろしい女だな」
まさにチート能力である。彼女だけは何があっても絶対に敵に回してはいけないと刀護は改めて心に誓った。
それから数分後。
レインが二人の薄汚れた男をずるずると引きずりながら現れた。
「ちゃんと殺してないわよ。こいつらやっぱり送言具を持っていたからね。情報もしっかりと頂いておいたわ。しばらく目を覚まさないはずだし、念のため両手足の腱と声帯を切って傷だけ塞いであるから逃げることも叫ぶこともできないわ。巣穴が綺麗に片付いたら帰りにでも始末しましょう」
こういったことに関しては素晴らしい手際である。しかも一切の容赦がない。
「そうか。では説明を頼む」
ゼッドにとってはレインの手際など当たり前なのだろう。時間が惜しいとでも言わんばかりに話の先を促した。
盗賊から聞き出した内容とは、盗賊団の情報だけではなく聞いているだけで吐き気がするような内容も含まれていた。
ここ、ピーカ東の森に集まった盗賊団は全部で三つ。荒くれ物の集団がかち合えば当たり前の様に
拠点については各々が持ち寄った馬車で寝泊まりしている他は、偶然見つけた開けた場所にテントを立て野営をしているようだ。馬車を入れるための道は魔法で無理やりこじ開けたとのこと。
人質はなし。より正確には七人の人間が捕らえられていたのだが、先日の朝最後の一人が冷たくなっていたらしい。
七人の旅人が二人の護衛をつけて旅をしていたところを襲い、その場で護衛を殺害。捕らえられたのは六人の男性と一人の少女。
男性六人は木に逆さ吊りにされ生きたまま投げナイフの的に、少女は想像通り盗賊の慰み者になった。
「野営地の見張りは交代制で常に五人。後はこの森を抜ける手前くらいにもう二人斥候が隠れているらしいわ。私はそっちを先に潰してくるつもりよ。野営地までの道は、もう少し先に馬車が通れるほどの道が隠されているようだから、それを探して道なりに行けば着くはず。聞き出した情報はこれで全部よ。まだ聞きたいことがあるなら喉だけ治して聞き出すけど」
「十分だ。レインはすぐにでも残りの斥候を潰してきてくれ。俺達は隠された通路を探す。いいな?」
ゼッドは確認するように全員に声をかけた。
レイン、シグ、ネイは無言で頷く。
だが刀護だけはそうできなかった。
「あの・・・俺、暗視の魔法とか苦手で、これだけ真っ暗だと俺の力ではほとんど前が見えないんですけど・・・」
これは特に刀護の能力が劣っているわけではない。レインとゼッドはそもそもが規格外であり、シグは夜行性である虎の獣人で、ネイも種族こそよくわからないが、シグと同じような目を持っているのだろう。暗視の魔道具を持っていない刀護には暗闇での行動は難しい話であった。
「ごめん。そうだったわね・・・ちょっとだけ目を閉じていて。私が暗視の魔法をかけてあげるから」
「すみません・・・」
謝りながら目を閉じる刀護。レインは苦笑しながら刀護に魔法をかけ、無事暗闇での行動が可能になり、ほとんど昼と変わらない視界に彼は驚かされていた。
「もう大丈夫です。お待たせしました」
刀護の準備完了の声にゼッドは頷いてから全員に告げた。
「では行動を開始する。行くぞ」
体の自由を奪った盗賊をその場に残し、刀護達は盗賊団殲滅のため一斉に動き出したのだった。
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