買い物が楽しくない奴なんていない

その日、オークション会場は、異様な熱気に包まれていた。

それは、もちろん勇者の遺品が出品されるからである。

しかも、ただの遺品ではなく、勇者の友であったファルゼンとドルカスの合作であるという。

否が応でも盛り上がるというものである。

それの熱気を、出品者席から見ていた刀護は思った。

「なあ親父?俺たちって場違いじゃない?本当にここに居ていいのか?なんかそこら中、きらきらした人でいっぱいなんだけど・・・」

「うむ、なんとも不細工で不格好。趣味の悪い服だのう。目が痛いわ」

なかなか辛辣な由羅の言葉である。

「あー、ありゃ貴族の方々だな。それと大商人に・・・あっちは王族か」

なんでも、王侯貴族や富裕層の間では、勇者一行にゆかりのある品を集めるのがステータスらしい。

その中でも、特に数の少ない勇者の遺品は、まさに垂涎すいぜんの的なのだという。

(俺の遺品っていうけど、そんなに物なんて残していってないはずなんだけどな?俺の持ち物は全部、ドルカスとレインが持ってるだろうし・・・)

ちなみに、勇者の遺品なるものが出回っている理由を、当の本人が知るのは、もう少しだけ先の話。


やがて、オークションは始まり、会場の熱気とは裏腹に、粛々と進んでいく。

そしてついに、本日の目玉。オークションのトリを飾る勇者の遺品の登場である。

湧き上がる歓声と拍手。なぜか涙している者までいた。

刀護は言葉がわからないので、オークション自体に興味がなく、封印組と共に自作の単語帳で共通語の勉強をしていた。

エッジはと言うと、自分が考えていた、大体、家一軒分という値段より、少し高く・・・できれば1.5倍くらいになればいいなーという感覚だった。

そんな彼を他所に、事態は凄まじい早さで進行していった。

白熱する入札合戦と、それを煽る司会者。それを見て青ざめる出品者。

震えが止まらない手で、勉強をしてた刀護の肩をつかむ。

「ん?なんだ?親父。終わったのか?どのくらいの値段になったんだ?」

「・・・い、いや、まだ入札は続いている・・・そ、それがね?なんかすごいことになっちゃってて俺はどうしていいか・・・ねえどうしたらいい?」

「お、親父?ちょっ!?どうした!?しっかりしろ!顔は青いし目の焦点も合ってない・・・由羅、これ大丈夫なのか?」

「大丈夫なんじゃないかの?仮にもこの世界の勇者じゃぞ?」

由羅がそう告げた時、会場からハンマーの音が聞こえて、落札者が決定したようだった。

その落札価格を聞いた瞬間、エッジは泡を吹いて気絶した。



翌日、二人は、商業ギルドの応接室で、ギルドマスターであるカールを待っていた。

刀護は、昨日の父親の様子から、尋常でない事態であることは気づいていたが、怖くて未だに落札額を聞いていない。

エッジに至っては、気絶から復帰してから、ずっと震えっぱなしである。

やがて、黙示録のラッパ、もとい、応接室のドアがノックされた。

ビクッっと体を震わせる二人。

扉は開かれ、宝石箱のような見事な細工の箱を持って最後の審判を告げるべくカールが現れた。

「大変お待たせいたしました。オークションでの落札額から、諸経費を差し引いた額をお持ちしました。ご確認ください」

しかし二人は動けなかった。

「おや?どうかなさいましたか?」

すると由羅から喝が飛んでくる。

「しっかりせんか!愚か者!たかが金じゃ!命を取られるわけでもあるまい?」

「あ、ああ・・・親父、開けてくれ」

「・・・おう」

震える手で箱を開けるエッジ。

それを見てカールが中に入っている金額を告げた。

「神鉄貨77枚、聖銀貨6枚、白金貨3枚、金貨3枚、銀貨8枚。総額で7億7633万8千ロンでございます。端数は切り上げさせていただきました」

(だめだ、思考がついていかない・・・億ってなんだ?これで納豆は何個買えるんだ?えーとえーと・・・うへへへへへ・・・)

「エッジ様!?しっかりなさって下さい!」

そこには、真っ白に燃え尽きて、口から魂の抜けたエッジ姿があった。


なんとか商業ギルドを後にした二人は、その足で、異様な程周囲を警戒しながらハンターギルドへと向かい、二人分の口座を作った。

世界中に支部を持つ様々なギルドでは、金銭の預け入れや引き出しができるのである。

本来なら信頼の厚い商業ギルドに金を預けたかったのだが、二人は商業ギルドに属していなかったので、前に登録したハンターギルドに口座を作ることにしたのである。

約一週間ぶりにハンターギルドを訪れた二人は、即座に手持ちの金の5割をエッジの口座へ、4割を刀護の口座へ預け入れた。。

そのあまりの金額に、受付嬢が卒倒していた。

二人の来訪を待っていたのか、奥の部屋からギルドマスターが現れ、気安く挨拶をしてくる。

「よう、来たな?無事、剣は売れたようだな。金が入ったからってハンターの仕事をおろそかにしないでくれよ?」

「はい、その節はお世話になりました。預金も済ませたので、ようやく人心地つけました」

「いやいや、こちらとしては迷惑をかけただけだからな。それでな、お前たちを騙そうとしたオルバンなんだが・・・」

ギルドマスターは申し訳なさそうに告げた。

「実は逃げられてしまった。詫びの言葉すらない。初犯で、私欲ではなかったとしても、勇者の遺品を騙し取ろうとしたとなれば重罪は免れない。下手をすれば死罪まであり得る。それを恐れたようでな・・・」

「死罪なんて、何もそこまで・・・彼とて、そこまでの悪気があれば、人前であのような事はしなかったでしょうし」

剣の価値を誰より知っているエッジは、騙されてかけたとはいえ、オルバンに同情的だった。長い日本での生活で、平和ボケをしていると言っても良かったかもしれない。

「いや、どのみちヤツはギルドにはいられない。信用が何より大事な仕事だからな。それを失う様な行為など、到底許せるものではない。ギルドマスターであるこの俺、ブランデルの名に懸けて、必ず探し出して報いは受けさせるので、どうか待っていてほしい」

「そうですか・・・わかりました。この件は全てお任せします」

「心得た」

ハンターギルドでやることは終えたので、外に出ようとすると、エッジはギルドマスターから呼び止められた。

「ちょっと待ってくれ、一つ尋ねたい事があるんだが」

エッジは立ち止まって振り返る。

「なんでしょう?」

すると、どこかで聞いたような質問をされた。

「お前さんのその仮面は、一体どこで買ったんだ?よかったら教えてもらえないだろうか」


剣を売って、潤沢すぎる資金を得た二人は、王都に向かう途中で一緒になったホズとの約束を守るために、西区画にある噴水通りを歩いていた。

「その仮面、量産して売ったら儲かるんじゃないか?」

「正直、俺も予想外だった」

「次はタキ〇ード仮面にするのじゃ」

「いえいえ、ここはジェイ〇ンでしょう」

「って言ってるぞ?親父、期待に応えてやれよ」

「勘弁してくれ・・・」

くだらない会話をしながら歩いていると、エッジがミダス武具店の看板を発見した。

それは、予想を遥かに超える規模の、巨大な店舗・・・というかデパートのような規模の店だった。

「なんじゃこりゃ?デパート?明らかに周りと規模が違いすぎるんだが」

「昔は、こんな店なかったと思うんだが。あったら有名になってるだろうしな」

「これだけ大きければ、どんなものでも手に入るのではないのかの?」

「そうですねえ、掘り出し物があると良いのですが」

やがて、店を見上げるのにも飽きた刀護が入店を促した。

「早くいこうぜ。でも装備なんて俺にはわからないから、みんなに任せるよ」

「おう!任せろ。最高の装備を見繕ってやるぞ」

「うむうむ。それが良い。儂のセンスを見せてやろう」

「私も及ばずながら力添えを」

頼もしい言葉を聞きながら店の中に入っていくと、予想に反せず、凄まじい品揃えが刀護を迎え入れた。

(うわぁ・・・武器がこれだけ並ぶと壮観だな・・・)

エッジは、ホズに挨拶をするために、店員に声をかけているようだった。

やがて、店の奥からホズが現れた。

「やあ、いらして下さったんですね!歓迎します!その様子だと資金は無事得られたようですね?」

「どうもホズさん。約束通り寄らせていただきました。素晴らしい品揃えですね。驚きましたよ。これならば、目当ての品も見つかると思います」

「いえいえ、お恥ずかしい・・・私は親の立ち上げた店を継いだだけにすぎません。たまたま成功を収めてこの店舗を開きましたが、まだまだ満足できていません。いずれは世界中に店を出したいと考えています」

「それでは、新しく支店が出来た時には、また寄らせてもらいますよ」

「その時はよろしくお願いします。それでは心行くまで自慢の品を見て行って下さい」

そう言ってホズは去って行った。

エッジは、自らの新しい装備品である長剣と予備の剣、そしてサブウェポンのショートソードを早々に選ぶと、高らかに宣言した。

「よし、それでは刀護に最高の装備を揃えるぞ!予算は青天井だ!準備はいいか!?」

「もちろんじゃ!腕がなるのう」

「いつでもよろしいですよ!はりきって参りましょう」

「と、おっしゃっています」

無制限の資金と豊富な品ぞろえでテンションが上がり、暴走を続けるエッジと由羅と宗角の3人。

刀護はただ、みんなについて回り、封印の二人の通訳をしながら、着せ替え人形にされ続けた。

少し早めの昼食をとってから、すぐに来店したはずなのに、気づけば夕方の閉店間際になっていた。

選びに選んだ甲斐あって、この店でそろえられる最高の装備といっても過言ではない品が手に入った。

普通であれば目玉が飛び出る様な金額を支払い、ホズに最大級の笑顔で送り出された刀護達は、新たにとった宿の部屋で一息つくと、冷静になった頭で、全員が同じ事を考えていた。


どうしてこうなった、と。

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