出発準備
「はい?」
彼女は何を言っているんだろう。刀護はそう思った。
「聞こえなかったかの?お主が、儂らの持ち主となるのじゃ」
「いやいや、そうじゃなくてな?どうしてさっきの話からそうなるのかが理解できないんだが。それに御神刀じゃなくて斬魔刀?」
すると宗角が助け舟を出してくれた。
「姫様、話を端折りすぎです。順序だてて説明してあげてください」
すると由羅も気づいたようで、
「おお!そうだな!つい気が急いてしまったようじゃ。すまんかったの」
そう言って説明を始めた。
「少し難しい説明になるのじゃがの、鞘や刀に封じられた儂らは、人の魂を持ってはいるが、基本的には道具なのじゃ。そこで、お主を正しき所有者と認めることで道具の力を引き出せるようにするわけじゃ。鞘と刀に元々込められていた能力と儂らの術。それをお主に渡すわけじゃな」
それを聞いた刀護は、少し考えてから質問した。
「それって二人の力を、俺が奪っちゃうってこと?」
「そうではないぞ。儂らの力は儂らの物のままじゃ。お主はそれを道具経由で自由に引き出せるだけじゃ」
「それって俺がものすごく強くなるってこと?」
「そうであるとも言えるし、無いとも言える。先程も言ったが、儂らは力の加減ができん。最大出力で攻撃や防御をすることはできるだろうが、細かい制御の必要な術は使えん。その制御をお主に任せようということじゃ。儂らは術の設計図を渡すだけ。組み合立てられるかは、お主の力量次第じゃ」
「つまり、俺が成長しないと宝の持ち腐れってことか・・・」
「そうじゃな、だが使いこなせれば、お主が異界送りを使うこともできるのじゃ。元の世界へ帰れるぞ?」
「そっか・・・頑張らないとな・・・ちなみに、今、俺が二人の力を使ったらどのくらいの事ができるんだ?」
「ふむ・・・そうじゃな」
にっこりと笑みを浮かべて由羅は答えた。見えはしないが。
「無い。何もできん。刀はただの良く出来た刀じゃ。鞘もただの木製の鞘じゃ。それにお主の魔力の封印も止めることはできんしの。そもそも鞘の能力は封印や自衛のための防御の術が主じゃ。無理にお主の制御をうけんでも、そんなに不便はない」
「そっか、どうやったら力を制御できるかはわからないけど、努力はしてみるよ」
あっけらかんと言う刀護に由羅は意外そうに尋ねた。
「お主、もっと落胆するかと思ったんじゃがのう。タダで強い力が手に入るかもしれなかったんじゃぞ?」
「うーん・・・別に落胆はしないかな。すでに恵まれてる俺が言うのもなんだけど、他人から貰った力
それを聞いた時、由羅は感心し、そして笑った。
「はっはっは!良いのう、うむ、それで良いのじゃ。確かにお主は恵まれておる。まあ魔力制御に関してはマイナススタートもいいところなんじゃが、それでも常人より魔力の量に恵まれたのじゃから、差し引きゼロといったところかのう」
「死にかけたけどな・・・」
刀護は苦笑する。
「では継承の件は問題ないかの?」
そう聞かれた刀護は、「じゃあ最後に一つ。俺が継承しなくてもこれから先、二人が制御に慣れて術を使いこなすことはできないのか?」と尋ねた。
すると由羅は微妙な反応をする。
「正確なところはわからんのじゃが、多分、無理じゃろうと思う。術の制御に長けた宗角が手も足も出んのじゃ。外から流れ込んでくる強い力に押し流されている感覚じゃの。その流れに逆らった難しい術は使えんのじゃが、流れに沿えば、今までより遥かに強い力で術を放てる。といった所かの」
「ふむ・・・大体わかった、ありがとう由羅」
「よし、では早速継承を始めるぞ。刀を抜いて指を少しだけ切るのじゃ」
「えっ!?なんか痛そうなんだけど・・・」
刀護は嫌そうに言った。
「大丈夫じゃ!少し血が出る程度で構わん。子供じゃあるまいし我慢せい!それに傷などすぐに治る。ほれ、額の傷も、もうないじゃろ?」
いつの間にか額の傷が消えていた。
「あれっ!?痛くないとは思ってたけど傷口すらきれいに消えてる・・・」
「それも儂の力の一つじゃからの。だから遠慮せず、ずばっといくがよい」
ずばっとは勘弁だが、刀を抜いて薄っすらと指を切った。
「切りました。この後どうしたらいいですか?」
「よし、では出た血を刀身と鞘に塗るのじゃ。どこでも構わんぞ」
刀護は言われたとおりに両方に血を塗りつけた。
由羅と宗角は何事か、ぶつぶつと呪文のようなものを呟く。すると塗った血が染み込むように消えていった。
「・・・継承は完了しました。我が主よ」
「よろしくお願いします、ご主人様」
刀護は若干引きながら叫ぶ。
「いやいや、やめろよ。今まで通りでいいから!っていうかご主人様って何さ!」
「なんじゃ、主従プレイも中々面白そうだと思ったんじゃがのう」
「そうですね、マイマスターとか言ってみたいですよね」
「・・・疲れた・・・で、これで終わりか?」
「うむ。これで儂らの能力は自然と理解できるはずじゃ。まあその辺は追々でよかろう」
「ああ、これからは、二人に恥じないように努力するよ」
「うむ、良い心がけじゃぞ。精進するがよい」
「頑張ってくださいね刀護君。応援していますよ」
「はい!ありがとうございますカクさん。・・・で、斬魔刀の話は?」
「おお、忘れておった。それが凪の本来の名じゃ。鬼となった宗角を討滅するためのな」
「あっ・・・」
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、表情が曇る刀護。
「何を遠慮することがある。お主には聞く権利があるからの。そんなに難しい話ではない。凪は鬼の呪い見守るために御神刀として祀られておったのじゃ。じゃが知っての通り、絹江の代で全ての呪いが祓われ、封印を守る必要がなくなった。つまり社に祀る必要もなくなったのじゃ」
「なるほど・・・」
「御神刀なんて大層な役目を終えて一介の鬼斬り包丁に戻ったわけじゃ。ただそれだけの話じゃよ。未だに凪森に祀られているのは、儂らの我が儘じゃ。恵美と香奈は、面白いものを教えてくれるしのう」
「ええ、本当にそうですね」
それを聞いて刀護は、何だか嬉しくなった。
「二人が楽しそうで何よりです」
三人のやり取りを眺めていたベイルが話に入ってくる。
「そろそろ大丈夫か?」
「すまん親父。待たせたな。今あったことを説明しておくよ」
するとベイルは、
「いや、それは道すがら聞くことにする。今はできるだけ早く出発の準備をするぞ。結構時間も食っちまってるからな」
それを聞いて、ここが荒野の真っただ中ということを思い出した。
「そうだったな、すまん。急いで準備するよ」
「ああ、そうしてくれ」
刀護は立ち上がり、自分の荷物へと向かっていく。
だがその途中で、自分が靴を履いていないことに気がついた。
「あっ!靴がねぇ・・・本殿の中から飛ばされたから・・・」
「そりゃちっとまずいぞ。この辺は尖った石も多いからな、それに裸足じゃ長くは歩けねぇ。何か代わりになる物でもあるといいんだが。お前、何かないのか?」
「ちょっと待ってくれ、荷物を見てみる」
そういって自らのバッグを漁り始める。
「旅をするにあたって、お互いの荷物の確認ってのも大事だ。俺もお前の荷物を把握しておいたほうがいいな」
「わかった。でも、大したもんは入ってないぞ。なんせ帰省しようと思ってただけだし」
「おう。とりあえず見せろ」
その言葉に従って、刀護はバッグの中身を取り出し始めた。
「まずは木刀だな、あと木刀と・・・木刀だな。他には・・・」
「ちょっと待て息子よ」
「ん?なんだ?」
「何だじゃねえ!木刀三本も持って、お前はどこにカチコミに行くつもりだ!」
「何言ってんだ?親父。最初のこれは鉄心入りの素振り用で、二番目のは普段使い用。そして最後のこれはとっておきのやつだ。観賞用兼予備」
「日本のどこに木刀を普段使いしている奴がいる・・・っていうか最後のは何だ?」
「これか?これは、俺が帰省できないと言った原因だな。生活費を切り詰めて貯金して、先月のバイト代と合わせてやっと購入金額がたまったんだよ。でも木刀を買うと生活費が消えてなくなるので、休み中は日払いのバイトをびっしり入れるつもりだったんだ」
「ほーう?」
「で、さっそくお金を持って、木刀を注文していた武道具店にいったんだけど、そこの店主さんが俺の事知っててくれて、君が使ってくれるならお金はいらない。そのかわり、君がウチの商品を使ってることを宣伝させてほしいって」
「・・・お前、それなりに有名人だもんな・・・小中高と出場した全大会を無敗で連覇したんだ、店のほうもメリットがあったんだろうさ」
「いや、金払おうと思ったんだけど、すごい勢いで頼まれてな?断り切れなかったんだよ・・・とりあえず品物受け取って家に帰ったんだけど、やっぱり悪いと思って、夕方に菓子折り持ってお礼言いにいったんだよ」
「我が息子ながら中々律儀に育ったな。父さんちょっとうれしいぞ」
「そしたら、店の入り口に『現代の剣豪・凪森刀護御用達の店』って張り紙があってな・・・恥ずかしくて次の日に飛行機乗って帰ってきた」
「・・・そうか・・・大変だったな・・・そういや俺も覚えがある。魔王討伐の旅してた頃、仲間と一緒に宿屋に泊ったんだよ。そしたらいつの間にか勇者一行が逗留した宿って宣伝材料にされててな?人が集まりすぎて急いで逃げたことがあった」
「勘弁してほしいよな・・・」
「そうだな・・・」
何故か盛大に脱線した上に落ち込んでいく二人。
そこに由羅からつっこみが入った。
「お主らそれでいいのか?準備はどうしたのじゃ」
その声で我に返った刀護はバッグの中身を確認していく。
「木刀の他はこれだな、手拭いとタオル。それからお土産と、渡しそびれた菓子折り。食うか?東京〇ナナ」
「お前の学校って埼玉じゃなかったのか?まあいいが、その手拭いとタオルは使えるぞ。ちょっと足出せ」
ベイルは刀護の足の裏に畳んだタオルを当て、その上から手拭いを包帯の様に巻いていく。
「日本手拭いは丈夫だからな、少し安定感は足りないだろうが我慢しろ」
「裸足よりかはなんぼかましになったよ。ありがとう」
「よし、それじゃあ出発するか」
「ああ、でも親父、随分と荷物が一杯だな、持とうか?っていうかそのクーラーボックス何?」
刀を背中に括り付け、立ち上がりながら聞いた。
「これは別れ際にお義父さんが持たせてくれた物だ。何が入っているかは知らない。こっちで開けろと言っていたが、ゴタゴタしてて忘れてたな」
「んじゃ、歩きながらでも確認しようぜ。それでどっちに行くんだ?周りには何もないようだが、ここはどこなんだ?」
「俺もわからん。だから今から調べてくる。ちょっと待ってろ」
そう言うと刀護から少し離れた位置でしゃがみこんだ。
「何してんだ?腹でも痛い・・・は?」
話の途中でベイルが勢いよく飛びあがった。人の限界などあざ笑うかのような、高い高い跳躍。50メートル程も飛び上がり、何事もなく着地するベイル。
「街道を見つけたぞ。あっちだ。行こう」
そしてやはり、何事もなかったかのように歩き出す。
「ちょ・・・ちょっと待て!なんだよ今の!いつ人間辞めたんだよ!この世界の人ってみんなこうなのか!?」
ベイルはめんどくさそうに答えた。
「魔力のコントロールが出来るようになりゃお前なら簡単にできるよ。だからさっさと歩け。日が暮れちまうぞ」
無駄に時間のかかった準備を終え、親子はようやく旅立った。
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