運命の出会いは失敗から生まれることもある

港町ピーカは観光客でごった返していた。それはもう、酷くごった返していた。

特に街の中心部を貫くメインストリートは芋洗い状態で、そこから枝分かれする道だけでなく、普段なら薄暗く人気ひとけのない路地ですら、大勢の人で賑わっているのだった。


「で、レインよ。何か申し開きはあるか?」

嫌みをたっぷりと乗せた由羅の言葉が、元々防御力の低いレインの心をえぐる。

彼女はメインストリートから離れた人通りのない場所で、泣きながら正座させられていた。

別に由羅が理由も無くレインを責めているわけではない。

では何故かと言うと、はっきり言ってレインの計画の杜撰ずさんさが原因であった。

その経緯を説明するとこうなる。


最初の目的地であったここ、港町ピーカは、普段であればここまで人が集まる場所ではない。

海産物を使った料理が有名で、小高い丘から見る夕暮れの港の風景が美しいと言われているが、それ以外は特に目新しい物もなく、いたって普通の港町なのである。

だが、今だけは違った。

一ヶ月程前から『放浪の歌姫』なる存在が滞在していて、それを目当てに集まってきた人と、本来なら街から出ていくはずだった旅人や商人たちがこぞってこの街に居座っているのが原因だった。

放浪の歌姫とは、神出鬼没で、ふらりとどこかの街に現れたかと思うとそこで一月ひとつき、長くて二月ふたつき程の間滞在し歌を披露する。その姿は見目麗しく、歌声に至ってはこの世のものとは思えぬ美しさで聴く者を魅了するのだという。

そしていつの間にか姿を消し、しばらくするとまたどこかの街に現れるというのだ。

いつどこに現れるかは誰も知らない。なので機を逃さぬために彼女が現れた時には多少離れた場所からでも大勢の人が集まるのである。

外から人が集まれば夜を越す為に宿をとる。だが明らかに許容量を超えた人が集まれば宿に空きなど無く、街中で野宿することは禁じられているため外壁の外に寝泊まりする人まで出ている有様だった。

勿論、ピーカがこんな状態なのは少し前からであり、レリッツのハンターギルドなり商業ギルドなりで調べればすぐにわかる事であった。

だが、平静を装ってはいたが初めての弟子をとったことで舞い上がり、師匠として格好良い所を見せようなどと浮かれた事ばかり考えていたレインは、そんな初歩的な事すら忘れていたのである。

しかもそれだけでなく、ハンターランクの昇格やクルルの猟犬申請まで忘れてのこのこと旅に出てしまっていたのだ。

刀護達は何か意味があるのだろうと考えていた。だがそんなものはなかった。

先程、ちょっとしたきっかけ・・・・・・・・・・でその一部が露呈してしまい、由羅に残りを洗いざらい吐かされたのである。


「薄々感づいてはいたのじゃがな・・・お主、結構アホじゃろう」

「うぅ・・・」

容赦ない由羅の言葉に小さくなるレイン。

「すみませんが、今回はツメが甘いとしか言い様がありません。少し反省して下さい」

「あうぅ・・・」

宗角の追撃で更にしおしおとしぼんでいく。

「師匠・・・」

そんな|憐憫『れんびん』のこもった弟子の呟きがとどめとなり、レインの脆い心は完全に粉砕され、ついにはぺたりと石畳の地面に倒れこんだ。

「ごべんなざい・・・ぢょうじにのっでまじだ・・・」

倒れこんだまま流れ出る鼻水に詰まった声で謝罪する。それは、魔王を倒した英雄の一人とは思えない憐れな姿だった。

だが、英雄といえど人間である。完璧などありえない。阿呆でも脳筋でもいいのだ。

素直に全てを白状し謝ったレインを許さぬものなど誰もいなかった。

「何だか師匠を少し身近に感じられて俺は良かったと思います。とりあえずコレで顔を拭いてください。そのままでは他人に見せられません」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったレインにハンカチを渡す。

「今までの刀護といい、今日のお主といい、涙と鼻水に事欠かぬ旅じゃのう」

実際の刀護はもっと酷い状態だったが、レインの顔も中々である。

「レインさんも反省なさっているようですし、とりあえずはこれからどうするかを考えなければならないでしょうね」

宗角の建設的な意見に刀護も同意した。

「そうですね・・・宿が取れないなら俺達も外で野宿でしょうか?」

そこに、汚れた顔を拭って見た目上は復活したレインが話に加わった。

「ぐすん・・・あまり人には頼りたくなかったんだけど全部私のせいだし、背に腹はかえられないわ。この街に住んでいる私の知り合いを頼りましょう。貸しもあるから留守じゃない限り嫌とは言わせないわよ」

頼もしくも恐ろしい言葉である。その知り合いの方にはご愁傷様としか言いようがない。

「今度こそ任せても良いのじゃな?」

レインには前科があるので由羅が慎重になるのは仕方ないだろう。

「悪いけど確実じゃないわよ。結構忙しく動き回ってる奴ら・・だもの。留守の可能性も高いと思う。でも何もしないよりマシでしょ?ダメなら次の案を考えるだけよ」

この面子では他に良い案など出ようもないので、ただ迷っているよりは先に進むべきという共通認識によりレインの意見は即決で採用されたのだった。



レインの案内で、海岸沿いの外壁付近という最も街のはずれにある彼女の知り合いの家へと向かう一行。

街の中央から遠ざかっても、未だ多くの人影が見られた。

そんな中、行き交う人々とすれ違いながら、由羅はある違和感を感じていた。

「のう、レインよ」

「ん?なに?」

呼びかけに答えるレイン。由羅はそこに違和感の理由をぶつけてみた。

「お主、勇者一行の一人としてかなり顔が知れ渡っているのではないのか?」

「そうね、各国の王とも謁見したし、そのとき城の前に集まった民衆にも顔を見せてるから結構有名だと思うわよ。後、肖像画も何枚か描かれてるし、その複製も出回ってるみたいね」

つまりは超有名人である。

「どうやらお主を嫌う者もいるようじゃが、基本的にお主は英雄の一人とされておる。そのお主がこれだけの人前に出て、騒ぎの一つも起きんというのは不自然な気がするのじゃが」

日本でトップアイドルが顔も隠さずに人気ひとけの多い場所を歩けば、たちまち人だかりができて大混乱となるだろう。それに近い事をレインは今しているのである。

「その辺の対策はちゃんとしてるわよ。コレなんだけどね」

そう言って見せたのは、スラリとした指にはまった一つの指輪だった。

「魔王を倒した後に私が作った魔道具よ。街の外に出るとき面倒ごとになるからって昔の仲間に言われて作ったの。この指輪を着けていると、軽度の認識阻害の魔法がかかるようになっているわ。顔も見えるし声も聞こえるけど、私と関係の薄い人は私が英雄のレインと結びつかないって感じかしらね。効果を強くしすぎると誰からも認識されなくなるし、下手に落としたりでもしたら犯罪に使われる可能性もあるから、敢えて効果を落としてあるの。だから親しい知り合いには効果が殆ど無いのよ」

(外国の有名人がお忍び・・・で日本を歩いていても騒ぎにならないみたいなものか?)

超有名F-1ドライバーが平然と地下鉄に乗っている写真を思い出していた刀護の想像は当たらずとも遠からずといったところだろうか。

「なるほどのう。なぜそんな芸当が出来て、当たり前のことが出来ぬのかがわからんのじゃが」

痛いところを突かれてうめくレイン。

「終わったことを蒸し返すのは感心しませんよ。それよりもそろそろ到着するのではないですか?」

歩き始めてからそれなりの時間が経過している。海岸は未だ見えないが外壁はすぐそこだ。

「もうすぐよ・・・ほら、見えた」

建物が連なる通りを抜けると、急に視界が開けた。目に移ったのは灰色の海と、言葉の通り街の最果てにポツンとたたずむ一軒の家であった。

「ある意味とてもわかりやすいご住所ですね」

確かに宗角の言うとおりである。

「良かった・・・家の中から人の気配を感じるわ。どうやら居てくれたようね」

レインの鋭い感覚は、まだ200メートル以上先にある屋内の気配を感じ取っていた。

(居留守すら使えないって恐ろしい・・・)

こちらの都合で面倒事に巻き込むことが確定してしまった、の家の人々に申し訳なく思う刀護だった。


近くで見るとそれなりに大きく立派な家だった。庭も広く手入れがしっかりとされている。

丈夫そうな造りの木製のドアをレインは遠慮なくゴンゴンと叩いた。

すると、程なく中から刀護と同じくらいの年齢に見える獣人の青年が姿を現す。

「ん?ねえちゃんはどちらさんだ?ウチに何か用かい?」

決して丁寧な言葉使いではないが、そこまで酷く無礼でもないであろう青年の受け答えに、レインは無言で拳を振り下ろすことで応えた。

ゴッと硬い物を殴りつける鈍い音が響き渡る容赦のない一撃だった。

「ほんと、成長しないわね。お得意様の顔も見忘れたのかしら。馬鹿も行き過ぎると罪になるわよ『シグ』」

盛大に罵られたシグと呼ばれた青年は、あまりの痛みに頭を押さえながらゴロゴロと床を転がっている。

「ぬおぉぉぉぉぉ!!?滅茶苦茶痛てぇ!いきなり何なんだよ!俺の天才的な頭脳が馬鹿になったらどうするつもりだ!・・・って、あれ?この痛みはレインさん?久しぶりだな!」

殴られた痛みで思い出すとは、なるほど高性能な頭脳の持ち主である。

「一年ぶりかしら?それよりゼッドは居る?ちょっと話があるんだけど」

「親父なら書斎にいるぜ。こっちだ」

シグはそう答えると、レインを連れ立って家の奥へ行こうとする。

「トウゴはそっちにリビングがあるはずだから、そこで少し待ってなさい」

レインもそう指示を残すと、一旦送言具を切り、すぐにシグの後を追って視界から消えてしまった。

玄関に取り残されてしまった刀護は、仕方なく指示されたリビングへと向かったが、勝手に知らない家でくつろぐこともできずただ一人立ち尽くすことしかできなかった。

「どうしよう・・・すごく居心地が悪いんだけど・・・」

人様のお宅に勝手に上がり込んでいるような気分である。他人の迷惑を気にする日本人にはつらい環境であった。

「あまり気にするな。すぐにレインが戻ってくるじゃろう」

由羅はそう言ってくれたが、やはり落ち着かないものは落ち着かないのである。

あまり動き回るのも失礼かと考え、ひたすら壁だけを見つめていた刀護。

だがその時である。

「・・・だれ?」

突然後ろからかけられた声に驚きを隠せなかった。

急いで声が聞こえた真後ろを振り向くと、そこには浴室から出てきたと思わしき少女が、水を滴らせたまま一糸纏いっしまとわぬ姿でぺたぺたとこちらに向かってきているのだった。

「ひっ!?」

普通であれば女性側が上げるであろう悲鳴が刀護から漏れる。

「刀護!見てはいかん!あれは凶器じゃ!」

由羅が言っているのは多分、その胸元で揺れている二つの大きな膨らみの事であろう。

急いで目をつむり回れ右して壁側を向く。

刀護とて健全な男性である。別に興味がないわけではない。

レリッツでの生活で半裸のレインなら見慣れているが、やはり不意打ちで見知らぬ女性の裸を見るのには恥ずかしさがある。

「・・・だれ?」

今度はすぐ後ろから先程と同じ質問が繰り返された。

「じ、自分は、レイン師匠の弟子でトウゴと申します!師匠からここで待っているようにと仰せつかってこの家にお邪魔させていただいています!」

見知らぬ人間が家の中に居れば不審者と思われても仕方が無いだろう。

焦りすぎて言葉がおかしくなっているような気もするが、今はそれどころではない。

だが、聞こえてきた言葉からは拒絶や嫌悪の感情は感じられなかった。

「レイン・・・の?・・・そう・・・」

そう告げると、再びぺたぺたともと来た道を戻り、脱衣所があるであろう場所へと消えていった。

そこに急いだ様子のレインが戻ってくる。

「何があったの!?刀護の声が奥の部屋まで聞こえたんだけど」

再び送言具を通話状態にしてから由羅が先程の出来事を説明した。

するとレインはため息をつきながら答えた。

「はぁ・・・それは『ネイ』よ。あの子も相変わらずね」

そして、レインの後ろからついてきていた大柄な男性も口を開いた。

「すまんな。娘が迷惑をかけたようだ。俺の名は『ゼッド』。ハンターを生業なりわいにしている。お前がベイルの息子・・・・・・か?」

とんでもない言葉が飛び出して、刀護は混乱した。

「師匠!?どういうことですか!?」

秘密にしていたことをあっさり他人へと漏らしたのだ。驚くのも無理はないだろう。

だがその答えはあっさりしたものだった。

「そのことなら心配いらないわよ。さっきベイル本人に許可とったもの。ゼッドは私の古い知人で、ベイルとも面識があるわよ。っていうか友人だったんでしょ?」

なんとも意外な展開である。

「友人・・・か・・・。そうだったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。今となってはどうでもいい話だがな」

表情の読み取れない顔で意味深な言葉を放つゼッド。

驚くことが多すぎてまだ挨拶も出来ていないことを思い出した刀護は、ゼッドに向かって口を開こうとした。

だがそれは、闖入者ちんにゅうしゃによってまたも妨害されたのである。

「・・・服」

「親父!そいつが勇者ベイルの息子か!?俺にも紹介してくれよ!」

水気は拭きとったが、相変わらず全裸のネイと、妙にテンションの上がったシグの登場で、現場はさらに混沌としていくのであった。


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