ごはんの人

「少し落ち着きませんか?話ならいつでもできます。どなたかそちらのお嬢さんに服を着せてあげてください。刀護君が困っています」

宗角の提案で混沌とした空気は一先ひとまず収拾がついた。

彼女が客の前で裸でいることに何のためらいもない事も驚きだが、それに対して何の反応も見せないこの家族も、おおらかを通り越して異様に見える。

「すまんな。すぐに着替えさせてこよう。どうも自分の家にいるとこういう事に無頓着になってしまう。我ながら困ったものだ」

そう言ってネイを片手でひょいと小脇に抱え上げたゼッドは、階段を上がり二階にある一室へと入って行く。

あっけにとられていた刀護だったが、そんな彼を興味津々といった表情で見ているシグに気づいた。

一応、空気を読んでいるのだろう。二階に消えた二人が戻ってくるまでは好奇心を我慢しているようである。

そんなやり取りの中、我関せずと部屋の隅で丸くなっているフェルトとクルルがうらやましく思える刀護であった。


「待たせたな。簡単なことはレインから聞いているが、お前の口から詳しい事を聞いておきたい。構わないか?」

きちんと服に着替えさせたネイを先程と同じように抱え上げたゼッドが、戻ってくるなり、開口一番そのように告げた。

「その前に茶の一杯でも出しなさいよ。わざわざ遠方から知人が訪ねてきたのよ?」

突然押し掛けておいて厚かましいことこの上ないが、この傍若無人さもレインなのだろう。

「茶か。そんな上等な物など家にはないぞ。酒ならあるが飲むか?」

見るからに無骨なゼッドらしい答えではあった。

「はぁ、もういいわよ・・・トウゴ、台所を借りてお茶れてきて」

わかっていたとでも言いたげなため息をつきながらレインは刀護に茶の準備をさせる。

「俺が案内するぜ。俺は茶なんかよりも酒の方がいいんだけどな!」

身も蓋もないシグの言葉だが、案内の申し出はありがたく受けることにする。

「ありがとう。助かるよ」

クルルに出してもらった荷物から道具を取り出すとシグと共に台所に向かう。

そこは、家の大きさの割にはいまいち設備が悪い、あまり料理をする人間がいないであろうことが予測できる場所であった。

ただ、棚に並べてある酒の種類だけはむやみに豊富である。

「カップなんかはそこに並んでるから適当に使ってくれ。水はそっちのかめに溜めてある。他になんか必要か?」

大雑把そうな性格の割にはきちんと説明はしてくれるようだ。玄関での出来事で下がっていた彼の評価が刀護の中で少しだけ戻る。

「特にないな。後は大丈夫だからみんなと一緒に休んでいてくれ」

するとシグは、後ろを向いて軽く手を振りながらリビングへと戻って行った。

(なんだか話しやすい奴だったな・・・)

普段から年上は勿論、初対面の人間には年下でも敬語から入る刀護が最初から軽い口調で話す事はとても珍しいことであった。

そんな事を考えながらでもテキパキと仕事をこなし人数分の茶を用意すると、盆などという気の利いたものが見つからなかったので、操霊布を器用に使い全員分の茶をいっぺんに運ぶことに成功したのだった。


テーブルを挟んで向かい合うように座り、話し合いは再開した。

「ほう・・・なるほどな。レインの言う事は本当だったようだ」

刀護が淹れた茶を一口飲んでゼッドが言葉を漏らす。

どういう事かと隣に座るレインを見やるが、後で説明してやるというニュアンスの目線だけが返ってきた。

「それでは話を戻すぞ。お前の話を聞かせてくれ」

色々あってずるずると先延ばしになっていた刀護の自己紹介がやっとのことで始まろうとしていた。

「お聞きの通り、俺がベイルの子で名を刀護と言います。歳は19です。フォルバウムとは違う世界である地球という星の日本という国から来ました。そして、すでに声を聞いたと思いますが、この剣に封印されている二人が由羅と宗角です」

「儂が由羅じゃ。以後見知り置き頼むぞ」

「私が宗角です。この度は突然の訪問、平にご容赦を」

「トウゴにユラにソウカクだな。よろしく頼む。おい、お前達は名乗ったのか?」

三人の挨拶にゼッドはゆっくりと頷いた。そして両隣に座る自分の子供達に問う。

「まだだよ。つーか親父達をずっと待ってたんだぜ?」

ネイの着替えのため二階に行っていた二人を待っていなければとっくに話は終わっていただろう。

「そうか。悪かったな」

それだけ言うとゼッドは口をつぐんだ。

「まあいいや。俺はシグ。歳はお前と同じ19だ。見ての通り虎族の獣人だ。トウゴは結構ヤレ・・るんだろ?なんせあの勇者ベイルの子だもんな。後でその腕見せてもらうぜ」

上背は刀護よりも少し高いくらいか。しっかりと鍛えあげられた肉体を持つ、野性味はあるが整った顔立ちの青年だった。

そしてどうやら興味の原因は腕試しにあるようだ。年齢も同じである。刀護としては是非にでも手合わせを願いたかった。

「ほら、お前もだ」

シグの挨拶が終わったのを見てゼッドがネイへと話しかけていた。

「・・・・・・?」

半眼でぼんやりと刀護を見るネイ。

やがて一言。

「・・・ネイ」

それだけだった。

余りに簡潔すぎたため、そこから先はシグが説明を引き継ぐ。

「こいつはネイ。俺の妹だ。血は繋がってないけどな。歳は17。コイツはちょっと特殊でな、獣人ではあるんだけど、種族がわからないんだよ。黒い毛並みも珍しいけど、耳の形も尻尾の形も種族の特性も他のどんな種族にも似てないんだよな。そういや、お前も黒い髪だな!珍しい色同士仲良くしろよ!」

ネイの肩まで届かないほどの長さの髪と、細い腰からのびる尻尾の毛は艶のある混じりけの無い黒。この世界の獣人達は、頭頂部にではなく、ヒュームに近い位置から側頭部にかけて耳があり、そこからは黒い狐のような耳が長く伸びていた。尾も同様に狐に近いふさふさとした毛が特徴である。犬も猫も虎もいるのにこの世界には狐が存在しないのであろうか、と刀護は思った。

顔立ちは非常にかわいらしいが、常に半眼で表情に乏しく、身だしなみは気にしていないのであろうぼさぼさの髪型のせいで女性としての魅力はそこまで感じられない。ただ、その胸は豊満であった。

途中から話が逸れてしまったが、この一家の事は大体把握できた。

まず、ゼッドは種族がヒューム、つまり普通の人間であり、その子供は獣人が二人。その二人も血がつながっていないという。つまり誰も血のつながらない家族なのだ。そこまで考えたところでゼッドから声がかかった。

「そういう事だ。俺達には血のつながりがない。そもそも俺は結婚などしたことがないからな。だがそんなことは関係ない。こいつらは俺の子だ。それ以上でもそれ以下でもない」

色々な意味で中々言いにくい言葉をサラッと吐けるお人である。決してクサいとか恥ずかしいなんて言ってはいけないのだ。

「そうでしたか・・・そういえば、師匠はゼッドさん達とどういったお知り合いなのですか?」

全員と面識があるようだったレインに訊いてみると、実にあっさりとした答えが返ってきた。

「私は客よ。こんな不愛想な男でもゼッドは腕利きだから、先生の代から普段流通しないような魔物の素材をとってきてもらってたの。5年位前からこの子達も一緒に連れ歩くようになってね、それで私に会ったことがあるのよ」

「そうだったんですね。それで貸しとか借りって言うのは?」

何気なく訊いた刀護だったが、何があっても動じなさそうなゼッドが、ビクリと肩を震わせて下を向いてしまった。

「・・・聞きたい?私は別にかまわないけど、ゼッドはなんだか嫌そうね?」

にっこり笑うレインとは対照的にゼッドの表情は青ざめている。

ここから先は踏み込んではいけない。そう感じた刀護は強引にでも話をそらすことにしたのだった。

「そ、そろそろ夕飯の準備をする時間ですよね!?もし良かったら俺に料理を作らせてください!皆さんは何が食べたいですか!?」

やや、いや、かなり苦しかったが敢えてレインは乗ってくれるようだ。そしてこれから先の事も繋がるこんなことを教えてくれた。

「もとよりそのつもりよ。そういう契約でしばらくこの家に滞在させてもらうんだもの。今回は全面的に私に非があるから、私もトウゴのことを手伝うわ。あの馬鹿・・・・が消えるまで私達はこの家で家事全般をこなす。そういうことだから、私も買い物にいくわよ。あ、費用はゼッド持ちだから安心しなさい」

雇用されている身分の割には随分と態度が大きかったような気もするが、先程のゼッドの青い顔を思い出すと、口が裂けてもそんなことは言えない。

(これは貸し借りじゃなくて弱みを握られて脅されているんじゃないだろうか・・・ゼッドさん・・・強く生きてくれ・・・)

力になれぬ不甲斐なさとゼッドへの同情でホロリと涙がこぼれる刀護であった。



シグが街の案内がてら買い物を手伝ってくれるというので、それなら自分はと家に残り室内の掃除を始めたレイン。

ゼッドは書斎にこもり、ネイはというと彼らと波長が合うのだろうかクルルを敷布団に、フェルトを掛布団にして器用に眠っている。二匹も嫌がる様子はなく大人しくしていた。重くはないのだろうかと考えたが、無表情な彼女が少し満足げな雰囲気をかもし出しているので放っておくことにした。

(ウォーターベッドか・・・いいな。後で俺も試してみよう)

そんな益体やくたいもない事を考えながら市場へと向かう刀護だった。


玄関まで見送ってくれたレインに行ってきますと挨拶をして外に出る。すると、待っていたとばかりにシグは話しかけてきた。

「なあ!トウゴは勇者ベイルの息子でレインさんの唯一の弟子なんだよな?やっぱすげぇ稽古を積んできたのか?きっと強えーんだろうな!早く戦ってみてぇ!」

子供のようにはしゃぐシグを見て刀護も由羅も宗角もそろって同じことを考えていた。ああ、こいつは馬鹿野郎だと。そして自分達と同じサイドの人間だろうと。

「シグ、親父の話は外では無しだ。一応、死んだことになっているからな。俺の事や修行の内容は教えてやるからあまり大きな声だすなよ恥ずかしい・・・」

「おう!わかったぜ!」

全然わかっていなかった。

市場への道すがら、刀護は、魔力制御を覚えて間もない事や魔物の相手が不得意な事。そしてレリッツでの訓練と街を出てからここに辿り着くまでの出来事を話して聞かせた。

すると、こんな言葉が返ってきた。

「お前、なんで生きてるんだ?頭おかしいのか?馬鹿なのか?普通は素人にそんな無茶させねーぞ?」

コイツにだけは言われたくないと思った刀護だったが、よくよく思い返してみるととても正気の沙汰とは思えない事ばかりだ。慣れとは恐ろしい物である。

「いや、やっぱり普通じゃなかったんだな・・・知ってたけど知りたくなかったよ」

改めてこの世界の常識を思い知らされる。

だが、刀護自身は気づいていないが、常識を覆す無茶を繰り返したことで、常識を遥かに超える速度で魔力制御が上達していることもまた事実だった。

「ま、それで生き残ってるんだから、やっぱお前はすげーんだよ!魔力が制御できねーならそれ無しでやりあえばいいだけだからな!おっしゃあ!燃えてきたぜ!」

戦闘狂の暑苦しい馬鹿というのがシグへの評価だったが、何故か彼の事は初対面にもかかわらず気に入っているというのが刀護の正直な気持ちであった。


市場には、レリッツで見かけないような様々な品が豊富にそろえてあり、見ているだけでも楽しめる。やぱり港町ならではの品ぞろえなのだろう。魔王が倒されてからは船便も増え、世界中のあらゆるものが交易されるようになった結果だった。

「肉食おうぜ!でかい肉!最近は近くの食堂でしかメシなんて食ってないからな。もう飽きちまったよ。旅の間は他の街で美味い物が食えるから楽しいんだけどな!」

どうやら、ゼッド一家には料理番がいないらしい。腕の振るい甲斐があるというものだ。

「わかった。じゃあ肉と、折角だから魚介類も買っていこう。勿論野菜もな」

「野菜なんていらねぇよ!虎族は肉だけで生きていけるんだ!」

(ガキかコイツは・・・)

「虎族はお前だけだろうが。それにバランス良く食わないと強くなれないぞ」

「マジかよ!?そうか、だから俺は親父に勝てないのか・・・」

子供のようなことを言い出すシグにそれ・・らしいことを言ってみると、それ・・に受けた彼は驚くほど大人しくなった。今度から何かあった時はこの手で行こうと刀護は心に刻んだのだった。



市場である掘り出し物を見つけた刀護は、ほくほく顔で帰宅すると、掃除を終えて待っていたレインと共に調理へ取り掛かった。

台所の隅では、余程気に入ったのかクルルの上に乗ったままのネイが刀護達の調理風景を無言でじっと眺めている。

刀護は掘り出し物を使って、先にある物を手早くこしらえると、フェルトに魔法での冷蔵を頼み、レインの手伝いへと戻っていく。

やがて完成した料理を食卓に並べ終わり、ゼッド家の人々に声をかけた。

「夕飯ができましたよ。どうぞ冷めないうちに召し上がってください」

やはり最初のつかみ・・・が大切だろうと考え、少し豪勢なメニューとなっている。

胃袋を制する者は世界を制するのだ。

程なく全員が集まり、食事の時間となった。

「なんだよこれ!めちゃくちゃうめぇ!近所の食堂なんてメじゃねえよ!」

がつがつと好物の肉料理を頬張りながら、少しではあるが野菜にも手を伸ばすシグ。先程の話が効いているのだろうか。

「確かにな・・・見事なものだ。世界中を旅してきたつもりだったが、こんな味は初めてかもしれん」

醤油も味噌も鰹節も無いが、市場で見つけた魚の干物と乾燥昆布の出汁で作った、なんちゃって和食は好評なようだ。

肉はただ塩コショウをして焼き、レインが作った果物ベースのソースをかけただけだが、大量に作ったにもかかわらず、見る見るうちに5人の胃袋に消えていく。

ネイも無言ではあるが、黙々と手と口を動かし続け刀護よりも多くの料理を決して大きくはないその体に納めていた。

(別に俺は小食ってわけじゃないんだけどな・・・異世界人の胃はどうなってるんだ?)

レインもそうだが、ゼッド一家の食欲も信じられぬほど旺盛であった。この家のエンゲル係数はどうなっているのか大いに気になったが、作った料理を美味そうに食べてくれるのは嬉しいものである。

一足先に満腹になった刀護は、フェルトに任せていた食後のデザートを仕上げるために、もう一度台所へと立ったのであった。


「食後にこちらをどうぞ。匙ですくってそのまま食べてください」

刀護が作っていたのはレインにもまだ見せていない恐らくフォルバウム初公開の料理であろう、日本でも大人気の品。プリンである。

刀護が見つけた掘り出し物とは、バニラビーンズに限りなく近い、というかこれはそのまんまバニラビーンズなのではないかと思える香辛料だった。

刀護にとってプリンには欠かせない物である。これが見つからなかったためにレリッツでもプリンは作らなかったと言っても過言ではない。それ程に重要な物なのだった。

味見はしていないが上々の出来であると自負している。

反応は様々だった。

何を食べてもうまいとしか言わないシグは置いておいて、ゼッドは普段の険しい表情を緩めて仏のような穏やかさを見せている。

レインは逆に怒っていた。なぜ今までコレを作らなかったのかと。

そしてネイはというと・・・表情は変えぬまま椅子を蹴立てて立ち上がり、室内では見えないはずの空を見上げる。さらには、左手にプリン、右手に匙を持ったままゆっくりと両腕を天に突きあげた。

見事なガッツポーズ、いや、声なき勝利の雄叫びだろうか。

それは神々しさすら感じられる姿だった。気のせいか可能性の獣が覚醒しそうなBGMと共に彼女の周りが光り輝いて見える。

そんな姿を見て由羅と宗角はこう呟いた。

「コロンビア」

「コロンビア」

「もう許してやれよ!」



次の日の朝。

刀護はゼッドの家にあったものと、旅の間に汚れた衣類をまとめて洗濯していると、後ろから服の裾をつままれた。

「ん?」

何かと思い後ろを振り向くと、そこにはネイが一人で立っていた。

そして一言。

「・・・ごはん」

こちらを見上げるその顔は、いつもの無表情かと思いきや、微笑んでいるように・・・いや、微笑んではいなかった。相変わらず目に力はなく口元だけがニヤリと笑っている。

彼女の中で唯一無二のごはんの人が誕生した瞬間だった。

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