お世話になります
ピーカ到着の翌日。早朝5時にかけておいた目覚まし
理由は、こんな状況でもランク昇格や依頼は受けられるのかを確認するためだった。
ギルドに辿り着き、中の様子を確かめる。
いつもであれば早朝のこの時間は、より良い依頼をいち早く受けるためにハンターでごった返しているはずなのだが、今日は、というかここしばらくは静かなものであった。
理由の予測はついていたが、念のため空いた受付で話を聞くことにする。
「申し訳ありません。この騒ぎが収まるまでは通常の業務は行う事ができません。ピーカ支部に所属しているハンター達も今は全員半強制的に街の治安維持にまわってもらっています。緊急性がある物以外はギルドへの依頼も全て断っていますので外から来た方でも依頼を受けることはできません。腕の立つギルド職員もハンター同様、治安維持に奔走していますのでランク昇格を受けることもできません。あなたも治安維持に協力してくださるのでしたら少ないですが報酬が出ますよ?いかがですか?」
つまりは全部ダメであった。
かくなる上はと
「ただいま・・・」
早々に家事を終わらせた刀護が、庭先を借りて素振りをしているところに気落ちしたレインが帰ってきた。
「おかえりなさい師匠。どうかしたんですか?」
打たれ弱い彼女がこんな姿で返ってきたのだから何か悪い事があったのであろうことは簡単に推測できる。
「ちょっと失敗しちゃってね・・・ギルドのほうも全然ダメだったし、私ってほんといいとこなしだわ・・・」
昨日からへこみっぱなしのレインである。
「案ずるな。そのくらいは既に知っておる。それで失敗とはなんじゃ?」
送言具を通話状態にして由羅が尋ねた。
失敗したと言ってしまった手前、説明しない訳にもいかなくなったレインは、ごにょごにょと口ごもりながらも観念して失敗について話し始めたのだった。
「・・・実はね、この街の騒ぎの元凶に会ってきたのよ」
「元凶?」
そう由羅が訊き返したとき、丁度家から出てきたゼッドがこちらに近づいてきた。
「なんだ?ルナファリルに会ってきたのか?」
どうやら話は聞こえていたらしい。
「元凶・・・そのルナファリルさんが放浪の歌姫ですか?よく会えましたね」
この街の大混雑は歌姫の滞在が原因である。話の内容を総合するとそういうことなのだろうと刀護は考え、レインに訊いてみることにした。
「そういうことよ。まさかゼッド、あんたがルナをこの街に連れてきた張本人だったとは思わなかったわ」
これもまた予想外の事実であった。
「別に連れてきたというわけではないんだがな。ギルドの依頼で他国まで行っていた時の事だ。仕事も果たして帰ろうとしていた折りに偶然出くわしてな。ピーカへ帰るところだと説明したら自分もついていくと言い出して、断る理由もなかったから共に帰ってきただけだ。知らぬ仲でもなかったからな。美しくか弱い歌姫を護衛できるのだから光栄に思えなどと言われたが冗談ではない。なぜ俺よりも強い相手を護衛などせねばならなかったのか理解に苦しむ」
普段は無口でぶっきらぼうな印象を受けるゼッドだが、基本的にとても親切で
「そのルナとやらがこの街に来た経緯は理解したが、それと失敗とはどう繋がるのじゃ?はようそれを説明せい」
やはり言い逃れはできなかったかとため息をついたレインは、今度こそ失敗について語り始めた。
「私もルナの事は良く知っているのよ。決して友達とかそういうのじゃないけどね。ちょっと不本意だけど、
藪から蛇とはこの事であろう。
「お主はアレか?悪意無く主人公の足を引っ張るドジっ子キャラでも目指しておるのか?」
「レインの無鉄砲さは昔からだ。もう少し後先を考えたほうが良いと思うぞ」
由羅とゼッドの心底といった言葉がよく似合うつっこみをうける元英雄。
「だってしかたないじゃない!あいつが居なくならないと仕事がないから路銀も稼げないし!いきなりトウゴの貯金に手を出すわけにもいかないし!私もハンターとしてトウゴと一緒に頑張るなんて格好つけちゃったから自分のお金ほとんど全部置いてきちゃったし!」
二人のつっこみに逆切れした上、わんわんと泣き崩れながら言わなくてもよかった恥ずかしい真実まで暴露するレイン。
無論、最後のは初耳である。
それは何とも頭を抱えたくなる酷い内容であった。
「お主の父親は人選を誤ったのかもしれんのう・・・」
「今度からはきちんと計画を立てて旅のしおりでも作りましょうかね」
「トウゴ・・・俺で良ければいくらでも力になろう・・・」
三人の彼女への評価は下がりっぱなしな上、ゼッドからは同情される始末である。
レインはレインなりに刀護の事を考えていてくれたのは良くわかっている。そして、現状食うに困っている訳ではないし、先を急いでいるわけでもない。それにゼッド達に引き合わせてくれたことも含めて、刀護の中のレイン株は上がる事こそなかったが、特に下がることも無く、相変わらず尊敬できる師匠のままであった。
刀護にはこの二日間でわかったことが一つある。それはどんな偉業を成した英雄も、間違え、失敗し、笑って、泣いて、怒る、ただの人間であるということだった。
数分後、泣き喚いていたレインが落ち着きを取り戻した頃。これからの事についてゼッド一家も含めて話し合う事にした。
「ルナが居座り続ける限りレインの計画は
ゼッドの提案に当たり前だと答えるレイン。それができるなら最初から困ってなどいないのである。変なところで非常に頑固な性格であった。
「ならしばらくの間、この家を自由に使うと良い。ルナが居なくなるまでまだ時間がかかるのだろう?勿論、約束通り仕事はしてもらうがな。それにトウゴの異界の剣術とやらはシグやネイの良い刺激になるはずだ。それなら双方に利があると思うのだが?」
そんなゼッドの言葉にいち早く賛同したのは、意外にもネイだった。
「・・・ごはん、居なくなるの・・・困る・・・だめ・・・」
そう言って刀護の裾をつまむ。
無表情のままだが強い意志を感じる言葉だった。
「トウゴはもう
いつの間にシグの親友になったのかは知らないが腕試しはしてみたいと刀護も思っていた。
「刀護はどうしたいのじゃ?レインは阿呆じゃが愚かではない・・・はずじゃ。お主の意見を聞き入れるくらいの度量は持っておるじゃろう」
由羅の言葉に一瞬だけ鬼のような形相になってはいたが、師の威厳溢れる
「もう私に決定権なんてないからあなた達で決めてちょうだい」
師の威厳が台無しである。よく見るとレインの目には自嘲の涙が滲んでいた。
「だ、そうだが、お前はどうしたい?もっとも、レリッツ以外でハンターギルドの支部があるような大きな街はここからだと少し遠いがな。しっかり稼いで旅に備えなければ到達は難しいだろう」
本来であれば港からの物資を経由するための街が近くに存在していたのだが、領主の能力不足により魔族に滅ぼされた
しかし、ゼッドに脅されるまでも無く刀護の答えは決まっていた。
「しばらくご厄介になります」
そう言って、深々と頭を下げたのだった。
「いつでもいいぜ!かかってきな!」
今後についての話し合いも終わり、少し早めの昼食を摂った刀護達は、シグに急かされて模擬試合を行う事になったのである。
レインの家とは少し質の違う芝生の上でお互いの武器を構えて向かい合う刀護とシグ。
刀護はいつもの木刀をレインの家に置いてきたため、鞘のままの凪を構えている。たとえ隕石の直撃を喰らっても壊れないという話なので、どんな無茶な使い方をしても大丈夫だろう。
対してシグはというと、2メートル程の棍の両端に打撃力を上げるための
まずは身体強化あり魔法ありの全力戦闘である。
死なない限りはレインが何とかしてくれるらしいので、頭にだけは攻撃をもらわないように注意しつつ、いつも通り正眼の構えをとる。
自分なりに身体強化を全力で施し、同年代の相手にどこまで己の力が通用するのかを確かめるために前へ出た。
レネンと初めて戦った時と同じように脱力からの全力突進で間合いを詰め、肩口に剣を振り下ろす。今の刀護にできる最速の一撃だった。
しかし、渾身の一撃は易々と避けられ、返す一撃で手から得物を弾き飛ばされた。
くるくると回転しながら芝生へと落ちる刀。
「ふぅ・・・
ビリビリと痺れの残る両手を見つめながら先程のシグの動きを思い出す。それは圧倒的に速いだけでなく、流れるように無駄のない動きだった。そして、そこから繰り出される一撃は、刀護の目では捉えることができなかった。
完敗である。
同年代には負けなしだった刀護としては悔しさも当然あったが、同時に、追いかける楽しみができた。そしてそのずっと先に父がいるのだ。負けて悔やんで立ち止まっている暇などないのである。
「じゃあ次はネイだな!」
シグに呼ばれたネイは、自分の得物を持って刀護の前に立つ。
「俺ほどじゃないけどネイも強いぞ!思いっきりやれよ!」
彼に言われるまでも無く格下の刀護が手を抜くことなどありえない。
ネイは不思議な形状の武器を両手に構えると、這うように姿勢を低くして刀護を
(こんな顔できたんだな・・・)
いつもの半眼無表情ではなく、戦士の顔になったネイはこの場では不謹慎だが、美しいと刀護には思えた。
それと同時に異様さも感じる。
その低い姿勢もそうだが、持っている武器が特殊なのである。
一見、トンファーの様な形状だが、長い部分の先端が両刃の斧になっているのだ。
勿論、木製の練習用武器ではあるのだが、その形状は斧としか思えない。おそらく、小回りの利く堅い防御よりも遠心力による強烈な一撃を狙った攻撃特化の武器なのだろう。
(さすが異世界・・・何でもありだな)
ネイの武器を自分なりに解析し、相手の低い姿勢に合わせるようにやや切っ先を下げた。
その瞬間である。
ネイの姿が目の前にいた。
気を抜いたつもりはなく、瞬きもすらもしていないが、一瞬で懐に入られた上、首筋に斧を突きつけられていた。早さだけならシグを軽く凌駕するだろう。
武器を収めたネイは、いつも通りの表情に戻り元の位置へと戻っていく。
年下にも圧倒された刀護は、世界の広さを知ったのだった。
(レリッツで相手にした貴族のボンボン共と同じくらいの歳なはずなんだけどな・・・レベルが違いすぎるだろ。っていうかあいつらが弱すぎるのか?)
そう考えた刀護だったがそれは当たっていなかった。なぜなら、魔法学校で戦った貴族の子弟達はハンターランクで言えば2相当で、強くはないが弱すぎるという程でもない。対してシグやネイは、超一流といっても過言ではないゼッドに鍛えられた、
だがそんなことは知らない刀護は、更なる修練を自らに課そう心に決めたのだった。
「では、最後に俺だな」
そう言って出てきたのはゼッドだった。
それを見たシグは笑ってそれを止めようとする。
「何でもありのルールで親父がやったってしかたないだろ?それともハンデでもつけるのか?」
だが至って真面目にゼッドは言った。
「ハンデはつけない。だがお互いに対等な条件で勝負をさせてもらいたい。ルールを少し曲げさせてもらうが問題なかろう?」
つまりは地球人ルールである。
「それでも親父が相手なら大して変わりないだろ?
ゼッドの実力を良く知っているシグにとってはまったく悪気の無い、むしろ刀護を心配した言葉だった。
だがその言葉を聞いた瞬間、レインは・・・つい噴き出してしまった。実力を見誤った以前の自分を思い出したからである。
「トウゴ、ちょっとこっちに来なさい」
レインが刀護を呼びつけた理由は一つ。
「トウゴの準備はいいわよ。そっちは大丈夫かしら?」
レインの問いかけにゼッドは答えた。
「いつでも構わん。遠慮なくかかって来い」
やる気満々の父をたしなめるようにシグは声をかける。
「ほどほどにしとけよ親父。間違っても殺すなよ?」
随分と心配性な兄とは対照的に何も言わずにじっと刀護を見つめるネイ。その表情から心情を伺う事はできないが、少なくとも刀護の命の心配をしているようには見えなかった。
「やっちゃいなさい。トウゴ」
師の言葉に背中を押され、刀護はゆるゆると芝生の上を滑りだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます