発動、そして

刀護の訓練最終日ということもあってか、彼ら・・は随分と豪華な歓迎会を開いてくれるようだった。

皮鎧はいつもと同じものだが、今日は木剣ではなく真剣を持参である。

(オイ、王立の魔法学校は無法地帯なのか?誰か止めろよ。さすがに問題になるだろ?殺る気満々じゃねーか)

どうやら彼らも休息日を有効に使っていたようだ。限りなく負の方向にではあるが。

しかし、さすがにこの暴挙にはストップがかかった。

「訓練での真剣の使用は禁じられています。たとえあなた方でも禁を破れば罰せられることはご存知でしょう。訓練終了まではこちらで預からせてもらう事になりますがよろしいですね?」

(アイツらが素直に言う事を聞くなら最初からこんなことにはなっていないよな・・・)

帯剣している上に全員が全員血走って尋常ではない目つきなのである。これから起こることが正々堂々の勝負になるとは到底思えなかった。そもそもが、多対一の対等とは言えないものではあったが。

だが、刀護の予想を覆し、彼らは素直に剣を腰から外すと、訓練用に備えてある木剣と交換するようにソードラックへと預けたのだ。

ただし、狂気を感じる笑みを浮かべながら。

あまりに常軌を逸した彼らの様子に、レネンは彼らが預けた剣に魔力の干渉を弾く結界を張ってから刀護へと近づいて小声で警告した。

「わかっていると思いますが何かを企んでいるようです。殺気を隠そうともしていませんからね。場合によっては私も介入しますが、トウゴ君も油断しないようにしてください」

「御忠告ありがとうございます。もしもの時は全力で走って逃げますので後はよろしくお願いします」

臆病にも聞こえる答えだったが自身の実力を過信していない最善の回答だとレネンには思えた。

いつも通り刀をレネンに手渡すと彼らの待つ場所へと刀護は歩き出す。

確かに予想外の状況ではあるし、身の危険も感じる。だがやられた分はやり返さないと気が済まない性分はどうしようもない。刀護とて、一ヶ月間いたぶられ続けた鬱憤うっぷんがてんこ盛りで溜まっているのだ。

定位置につくとやはり当たり前の様に取り囲まれる刀護。

だが今日のそれはいつもとは違う部分があった。

まず罵倒の言葉が一切ないこと。その代わりにむき出しの殺意がこもった視線があった。

そしてもう一つ。

刀護を囲んでいるのが全員でではなく、一人だけ輪から外れてレネンの下へと歩き出したことである。

しかし、既に取り囲まれている刀護には、そちらを気にしている余裕はなかった。

深呼吸で入りすぎた肩の力を抜くと剣を構えて周囲の気配を把握する。

襲い掛かってくる気配はない。何となくつかみ始めた魔力の反応も未だない。

やはり何かおかしい。そう思った時である。

「ぐっ!?何をっ!?」

レネンの驚く声が聞こえた。

突然の出来事に目をやると、レネンが紫色に輝く半球状のドームに囚われているのが見えた。

「は?」

驚きのあまり間の抜けた声が出てしまったが、刀護自身もすぐに人の事を心配していられなくなった。

足元が急にぬかるみ、膝までが地面に埋まってしまったからである。

(くそっ!油断した!いや、これは油断しなくても一緒か?)

周囲を見渡すと、半径10メートルは完全に泥沼と化していた。回避などできなかっただろう。

力を込めても足が抜ける気配はない。罠に嵌った悔しさに歯噛みしていると、周囲から引きり歪んだ笑いが聞こえ始めた。

「ヒッ、ヒャハハハハハハァ!やっとだ!やっとこれで貴様を殺せる!下賤で生意気な下等動物め!貴様のせいで我々は要らぬ恥をかかされたのだ!万死に値するとは思わないか?神に選ばれた我々を侮辱した罪、死んでつぐなうのが当然であろう!」

刀護からすれば逆恨みもいいところである。あまりにも幼稚で自己中心的な考え方にただ呆れかえるしかなかった。

「では、さっさと死ね。魔封じの結界も長くは持たんからな」

名も知らぬ赤髪の男がそう告げると、刀護を取り囲んでいた者達がソードラックに預けられた自らの剣に向かって一斉に手をかざす。すると、鞘走りの音と共に抜き身の剣が宙を舞い持ち主の手へと戻っていく。腐ってもレネンの教え子である彼らは、同時に扱える本数は少ないものの飛剣術の使い手だった。

本来であればレネンの結界に邪魔されて使用はできないはずだったが、術者のレネンは現在魔封じの結界の中である。魔力自体を封じられた今、彼らの術を阻止することはできなかった。

「そんなことをしては、あなた達とてただでは済みませんよ!?まだ間に合います!馬鹿なことはやめなさい!」

レネンは必死に叫んだが、歪んだ恨みに狂った彼らには届かない。

最も近くで訓練をしていたクラスの担当教師がこちらの異変に気づき、駆け付けようとはしていたが、とても間に合いそうにはなかった。

そして無情にも死神の鎌は振り下ろされる。

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

狂気の叫びと共に目標へと殺到する刃。

しかし、その中心にいる刀護は、自分でも驚くほどに冷静だった。

飛び交う剣がスロー再生の様に見える。

(倒れこんでも回避は不可能。剣で撃ち落とすこともできない。ならばどうする?)

火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。振り下ろされる白刃の下でしか見えぬものがあると言った人がいたが、それが見えた気がした。

(死線をくぐるって言うのはこういう事なのかな?)

そんな馬鹿げたことを考える余裕すらある。

今までおぼろげだったものがカチリとはまる感覚。

父が言っていたことを思い出す。

魔法はイメージだと。

思い浮かべる。イメージは自分を囲う壁。そこにこれまでの訓練の中で何となくだが感じ取っていた魔力を流し込む。

(できなきゃ死ぬ。ならやるだけだ!)

「はあああああああっ!!!」

裂帛れっぱくの気合と共に練り上げたイメージを解き放つ。

その瞬間、向かってくる剣と自分の間に鈍く輝く魔力の壁が展開されるのが見えた。

刀護の初めての魔法が発動した瞬間だった。





「助かったよ由羅・・・」

「まったく、刀護にはやはり儂がおらんと駄目なようじゃな!」

泥沼から引き上げられ、返してもらった刀を背負った刀護は、命の恩人である由羅へと礼を言った。

結局、刀護の魔法は一応の成功を見せはしたが、最初の一本を受け止めた時点で脆くも崩れ去ってしまったのである。

残りの剣は全て、由羅の作り出した防御障壁によって防がれていた。

レネンを捕らえていた魔封じの結界も由羅によって破壊され、解放されたレネンは文字通りあっという間に全員叩き伏せると、駆けつけた教師達と協力して一人も逃さず捕縛した。

「なんかもう・・・死にたい。あれだけ気合入れて放った初めての魔法は、成功はしたけど防げたのは一発だけだし、その前にも色々と恥ずかしい事考えてたし、しかも全員叩きのめすつもりが思いっきり返り討ちにあったし・・・」

悶絶ものの痛々しさに穴があったら入りたい思いである。

(何が白刃の下でしか見えないものだよ!アホかっ!死線なんて何処にも無かったわ!)

今すぐ駆け出してベッドに潜り込めたらどれだけ幸せだろうと考えたが、事が事だけにそうはいかない。

暗い顔をしたレネンが頭を抱えて落ち込む刀護の下へとやってきたのだ。

「レイン様からあなたの身柄を任されていたというのに今回の体たらく。誠に申し訳ありませんでした。全ては私の油断と教育の失敗が招いたものです。まさかここまで愚かだったとは思いませんでした。貴族の子弟と言えど彼らには処罰が下されるはずです」

完全に自業自得で一切の弁護の余地も無いが一応、彼らの処遇について聞いてみることにした。

「具体的にはどんな罰になるんですか?」

日本の法律なら凶器準備集合罪に殺人未遂だろうか?詳しくはわからないがそこそこ重い罪になりそうだ。

しかし、異世界の貴族様相手では、そういうわけにはいかないようだ。

「そうですね・・・詳しく取り調べをしてみないことにはわかりませんが、罰金と退学処分、家元への苦情と強制送還といったところでしょうか」

これだけやらかしておいてあまりにも軽い罰だと思った。それが顔にも出ていたのだろう。刀護の反応を見たレネンは言葉を続けた。

「我々にかつての力があれば彼らにも然るべき罰を受けさせることができたのですが、ファルゼン様が亡くなり、レイン様が所長を退いたことで、この研究所は王の名のもとに国が管理することとなりました。その結果、国の中枢たる貴族に逆らう事が出来なくなったのです。勿論、レイン様を批判するつもりなど毛頭ありません。ただ、我々の力不足が原因なのですから」

「それで先生を無視してやりたい放題ってわけか・・・」

「ですが、全ての貴族があのような振舞いをするわけではありません。民を思う立派な方も大勢いらっしゃいます。私が受け持っていたクラスが色々な意味で特別なだけです。学内でも特に問題を起こす者達を集めて隔離するために名目上特別クラスとして作られました。ですがその特別待遇が良くなかったのでしょうね、彼らは自らを選ばれた存在と勘違いして増長し、虚栄心と自尊心ばかりが育ってしまったようです」

特権階級などとは無縁の生活を送ってきた刀護にはいまいちピンとこない話ではあったが、今後できる限り貴族とは関わらないようにしようという気持ちだけは固まっていた。

「そうですか・・・わかりました。俺からは特に不満はありませんよ。レネン先生がアイツらを叩きのめしてくれましたからね。気分がスッとしました。ありがとうございました」

「とんでもありません。最後の授業が散々な形で終わってしまい申し訳ありませんでした」

「そんなことありませんよ。色々と勉強になりました」

確かに何度も死にかけ悔しい思いも沢山したが、ここに来て後悔したことは一度もないと自信をもって言える。

「嫌な思い出しかないかもしれませんが、私個人としてはここでまたトウゴ君と手合わせをすることができたらと思っています」

だから、そんなレネンの言葉にも迷わず答える事が出来た。

「ええ、必ず」





出発前に必ず挨拶に来るとゴールズに約束して東門を出た刀護は、日課の買い物を済ませてレインの待つ家へと戻った。

庭先で出迎えてくれたフェルトに全力でスキンシップを受けながら家に入ると、とんでもなく不機嫌そうな表情のレインがリビングに仁王立ちしていた。

「ただいま戻りました、師匠」

「おかえり、トウゴ。本当ならあなたの成長を祝ってあげたいんだけど、ついさっきレネンから連絡があったの。事のあらましと簡単な聴取の結果についてね」

そう言いながら送言具を通話状態にする。

「でも先にユラにお礼を言っておかないと。トウゴの命を救ってくれてありがとう。今回の件は私のせいでもあるわ。ほんと、あのボンクラ共にこんな行動力と知恵があったなんて予想外だったわ。逆恨みでも恨みって言うのは凄い力なのね・・・」

レインからの礼に由羅は得意げに答えた。

「うむ。何せ刀護は儂のものじゃからの。守るのは当然の事じゃ!それに今回は宗角があっさりと許可を出してくれたしのう」

「今回は非常事態でしたからね。判断を誤って守るべき人を死なせるわけにはいきませんから」

実際、宗角の判断と由羅の術が無ければ間違いなく刀護は黒ひげが特徴的な玩具の海賊の様になっていただろう。想像すると全く笑えないが。

「でね、あの馬鹿共、わざわざ腕の立つ魔導士を雇い入れて、昨日から訓練場に細工していたらしいのよ。魔力を流すだけで仕込まれた魔法が発動するように作られた魔法陣と魔力不足を補うための魔晶を地面に埋めておいたんだって。それでレネンの対応が遅れたみたいね。その労力をもっと有意義なことに使えなかったのかしら」

心底不思議そうにレインは首をひねった。

「あとはトウゴへの恨みの件だけど、あなたに聞かせたっていう正気を疑うような理由以外は完全に被害妄想のたぐいよ。クラス総出でもあなたを仕留められない姿を他のクラスの生徒に見られたことで、自分達が馬鹿にされていると思い込んでいたらしいわ。実際は貴族なんかに関わり合いを持ちたくないから誰もまったく気にしていなかったみたい」

刀護も由羅も宗角も等しく言葉を失った。

余りにも愚かで、憐れですらある。

「まだ若いのになんでそんな風になっちゃったんですかね・・・」

「貴族なんてそんなもんよ。だからあなたのお父さんは仇敵である魔王の力を借りてまで異世界に逃げたんじゃない。己よりも弱い者はしいたげ、強い者は恐れて排除しようとするのがあいつらよ。一応、例外もいるけどね」

清々しいほど下衆な考え方だと思った。だがこの世界ではこれが当たり前なのだろう。とても納得はできないが。

重苦しい雰囲気が刀護を押し包んでいたが、そんな空気を払拭するように由羅が明るい声をあげた。

「もう終わった事じゃ!そんなことよりも刀護が初めて魔法を使ったことを祝うべきじゃろうが!刀護もレインもそんな辛気臭い顔しとらんで素直に喜べばよかろう。ほれ、笑え刀護」

「姫様に全面的に同意します。笑ってください刀護君。あなたは十分に頑張りましたよ」

色々な事がありすぎた一日だったが、くだらないしがらみに囚われて立ち止まるより、由羅達の言う通り、笑って先に進む方がずっと建設的だと思えた。

「そうね、ユラとソウカクの言う通りだわ。じゃあ今日は、私がお祝いの料理を作ってあげるから残すんじゃないわよ?」

そんな師の言葉に、嬉しくはあったが量が心配な刀護であった。

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