狩人は魂を狩り集める

ランクや地域に関係なく、ハンターのランク昇格試験の結果発表は必ずギルド内で最も目を引く場所、つまりロビーで衆人環視のもと行われるのが通例である。所属しているハンターのほとんどが出払っている時間帯とは言え、それなりの人数がギルド内には残っており、発表の場は、半ばイベント会場の様相を呈していた。

もっとも、向けられる視線は低ランクという事もあって日常的に行われているためか、冷やかしが殆どである。

「なんだか見世物みたいですね・・・。大勢の観客の前で試合をすることは何度もありましたが、こういうのはあまり得意じゃありません」

「実際、見世物なのよ。一種のお披露目も兼ねているみたいだしね。でも試験に落ちた者にとっては針のむしろでしかないわ。恥ずかしい思いをしたくなければしっかり実力をつけてこいって事でもあるんじゃない?」

「・・・恐ろしい通例ですね。絶対に勘弁してほしいです」

なんともむず痒い視線の中で、刀護は落ちた時のことを考え戦々恐々としていると、遂に合否の発表の時となった。

「お待たせしました。今回のランク2昇格試験の結果を発表します。合格者はジェス、トウゴ、レイン、以上です。ランク2昇格おめでとうございます。これからもハンターの名に恥じぬよう、より一層の活躍を期待しています。なお、合格者の方々は昇格手続きをお忘れなきようお願いします。・・・はい、いいですよ」

合否を発表した受付嬢がそう告げると、周囲を囲っていたハンター達が待ってましたとばかりに一斉に動き出す。

その結果、名前を呼ばれなかったゴンドは、落ち込む暇もなく抱え上げられ、併設する酒場へと連行されていった。

「残念だったなボウズ!試験に落ちるなんざ良くあるこった!嫌な事はパーっと飲んで忘れちまえ!そんで明日からまた頑張りゃいいのさ」

ゴンドを抱え上げたハンターの一人がそう言ってガハハと笑いながら、仲間と共に酒場へと消えていく。

そんな光景をあっけにとられながら眺めていた刀護だったが、レインの声で我に返った。

「ほら、ぼんやりしてないで手続きを済ませるわよ。この後すぐに依頼を受けて街の外に出るんだからもたもたしないの」

「はい、すみません師匠。でもなんかいいですね、ああいうの」

ゴンド達が消えていった酒場への扉を見ながら刀護は答える。

「そう?鬱陶しいだけだと思うけど」

口ではそう言ったレインだったが、その表情はどこか優しげだった。




「では、こちらがランク2の認識票です」

「ええ、ありがとう」

手続きを済ませ、受付嬢から新しいタグを受け取ると、レインはすぐにランク2が受けられる依頼を張り付けてある掲示板に向かう。

レインの後ろから依頼書を眺めていたトウゴだったが、同じく依頼書を眺めていた由羅が疑問の声をあげた。

「見事なまでに魔物討伐の依頼ばかりなのじゃが、お約束の薬草を採集してこいとかそういうのはないのかのう」

そんな何気ない由羅の問いかけにレインは不思議そうに答えた。

「なんでわざわざランク2が行ける範囲にある薬草なんて採りに行かなきゃいけないのよ。そんなの安全な場所で栽培すればいいじゃない。人の手で育てるのが不可能な希少な植物を採って来いなんていうのは、もっともっとランクが高くなってからの仕事よ?ランク2で受けられるとしたら、かなり特殊な地域だけでしょうね」

身も蓋も無い説明であったが、確かにその通りなので由羅は反論も出来ず押し黙ってしまう。

「それで結局、どんな依頼を受けるのですか?できれば刀護君の為に肩慣らし程度から始めて欲しいのですが」

「ソウカクは過保護すぎ。普段から私やフェルト達と訓練してるのよ?今のトウゴなら、この街の近くに出る魔物程度じゃ相手にもならないわ。今回受けるのはこの討伐依頼。盗賊騒ぎで住処を追われて街道付近に出てきた魔物を狩るの。まぁ・・・退屈な仕事よね」

宗角の提案にため息交じりで返しながら受付へと向かい、新しくなったタグを受付へと渡して依頼の受領を伝える。

うけたまわりました。フツカムイは初めての討伐任務となりますので、希望すればこの街の近辺に生息する魔物の情報や討伐証明部位を記載した書類を無料で提供できます。いかがなさいますか?」

受付の言葉を聞いた刀護は、随分と至れり尽くせりなサービスだと感じた。しかし、そんな心遣いをレインはあっさりと断る。

「いいえ、結構よ。討伐証明にはこっちを使うから登録してもらえるかしら?」

討伐証明とは依頼のあった魔物を討伐した証明として、死体の特徴的な部位を切り取って提出することであるが、刀護が初めてその説明を受けた時、随分と不便な仕組みだと思ったものだ。粉々に吹き飛ばしたり、燃やし尽くしてしまったりすれば、たとえ間違いなく討伐したとしてもそれを証明出来ないし、首尾よく手に入れることが出来ても大量になれば嵩張かさばる上に、そもそも衛生的にどうかと考えてしまう。夏場などはすぐに腐って異臭を放つだろう。魔物の素材などにしても、腐りやすい部位は持ち帰らず、その場で処分してしまうのが通例で、肉や内臓が必要な場合は、生け捕りか氷結魔法という手間が必須になる。しかし、刀護の考えを他所に、レインは腰のポーチから小さな宝石のついた二つの指輪を取り出すと、受付へと差し出した。

「こちらは集魂具ですね?すぐに確認致しますので少々お待ちください」

指輪を受け取った受付嬢は、席を立つと奥にある部屋へと消えていった。

「師匠、集魂具ってなんですか?」

やり取りを見ていた刀護が、レインへと質問した。

「あんたも言ってたじゃない、討伐証明なんて不便だって。それを解決するための道具よ。アレを身に着けて魔物を倒せば、倒した者の集魂具に魔物の魂の欠片を封印できるの。あらかじめギルドに登録しておけば、それが討伐証明になるってわけ。私が作ったわけじゃないから原理はよくわからないんだけどね。それに便利な分だけ値段もかなり張るんだけど、今回は盗賊退治の手間賃だってゼッドが無理矢理押し付けてきたのよ。トウゴの覚悟にむくいてやりたいなんて言われたら断るに断れないじゃない。卑怯よねあの馬鹿」

プンプンと怒りながら言わなくてもいい部分まで口に出してしまっているレインを生暖かく見守っていると、奥の部屋に消えた受付嬢が二つの指輪を持って再び現れた。

「確認と登録が終わりました。すぐにでもお使いいただけます。これからご出発されるのですか?」

レインは問いかけに頷いて指輪を受け取ると、一つを自らの指にはめ、一つを刀護へと手渡す。

「お二人の事は素晴らしく腕の立つ方々だとエルネストから聞いております。心配は無用だと思いますが、どうかお気をつけて」

受付嬢の言葉に送り出され、無事昇格試験を終えた二人はハンターギルドを後にするのだった。




ギルドの外で行儀よく待っていたフェルト達と合流した二人は、早々に街を出て、街道に沿って歩を進めていた。

「ソレがそんなに珍しいの?」

集魂具であるという指輪をつまんで眺めながら歩く刀護にレインは不思議そうに問いかける。

「少し慣れてきた感はありますけど、やっぱり魔法ってすごいなぁと改めて思いました。ところでコレって指にはめないとだめですか?こういう装飾品ってどうも苦手で・・・」

普段から飾り気など一切なかった刀護である。身につけ慣れていない物はストレスにしかならないのだ。

「別に身に着けてさえいればどこだって構わないわよ。認識票と一緒に首から下げておけばいいんじゃない?」

「あっ大丈夫なんですね。ならそうさせてもらいます」

刀護はすぐに首から下げた細い鎖に指輪を通し認識票と共に鎧の下へと滑り込ませた。

しかしそこに抗議の声が上がる。

「いやいや刀護よ、お主はもう少し身だしなみに気をつけるべきじゃ。素材は・・・まあまあ良いのじゃから多少の洒落っ気があってもいいはずじゃ!髪も前の坊主頭よりは今の方が似合っておるぞ?儂の好みとしてはもう少し長くても良いのじゃがのう」

「まあまあって何だよ?ほっといてくれ。・・・それに自分の食い扶持も未だに満足に稼げていないの現状で、余計な事に気をまわしていられないよ」

由羅からの抗議を正論で受け流した刀護だったが、由羅への援護は意外な場所からもたらされた。

「いいんじゃない?そのくらい気を配ったって罰はあたらないわよ。それに着飾ったトウゴってのもちょっと見てみたいしね。ま、当面の旅費に余裕ができるまでは我慢してもらうことになるけど、私も賛成かな」

「ちょっ!?師匠!?」

「刀護君も年頃なんですからお洒落ぐらいしないといけませんよ?こちらの世界ではもう十分に一人前の年齢なんですから、恋人の一人や二人作ってもいいじゃないですか。刀護君ならきっと素敵な方がすぐに見つかりますよ」

「カクさんまで・・・。俺に恋人なんてまだ早いですよ。せめて親父に一太刀入れられるくらいになるまではうつつを抜かしていられません」

「中々大変よ?それ。あんたのお父さんは馬鹿だけど、こと実力だけは本物なんだから」

「うむ。じゃが心配はいらんぞ?恋人なぞおらんでも儂がおるからの。いやむしろ儂が・・・」

由羅がそこまで言いかけた時、レインの長い耳がぴくりと動き、進行方向の遥か先にある雑木林に目を向けた。ちなみに刀護には、かろうじて林のようなものが見える程度である。

「何かいるわね・・・。はっきり言って雑魚の気配だけど少し数が多いかしら」

そんなレインの言葉に呆れたように由羅が呟く。

「相変わらず出鱈目な感覚じゃのぅ・・・。刀護は何か感じるか?」

由羅の問いに刀護はただ首を横に振った。

どうやらフェルトには察知できていたらしく、どこか褒めてほしそうな雰囲気で尻尾を振りながらこちらを見ている。

「トウゴの実力が足りないのもあるけど、こればっかりは種族的なものもあるから仕方ないんじゃない?多分、私達エルフよりも獣人族の方が感覚は鋭いはずよ。魔法や魔道具と組み合わせた探知なら私達の方が上手でしょうけどね」

ちなみにヒュームと呼ばれる人種族の感覚は全種族の中でも底辺である。魔力操作も拙い刀護にとって遠くの気配を正確に察知することは中々に酷な話なのだ。

「そんなことより戦闘になるわよ。準備はできてる?」

フェルトの頭をワシワシと撫でていた刀護に問いかけるレイン。

「大丈夫です。いつでも行けますよ」

初の実戦の任務で多少の緊張はあるものの、師から問題ないとお墨付きをもらったのだ。魔物相手に無様な姿を晒すわけにはいかない。気合は十分である。

「そう、ならこのまま直進よ。林に近づけば、こちらに気づいた魔物が襲い掛かってくるはずよ。あいつら、街道を通る者を見張ってるみたいだからね。あと、これは修行じゃなくて仕事だから、トウゴ一人にやらせるつもりはないわ。私が半分。あなたが半分。いいわね?」

レインの言葉に一つ大きくうなづく刀護。

「ユラ?ソウカク?わかってると思うけど実戦だからって手助け無用よ?私の指示か、トウゴが戦闘不能になるまで絶対に手を出さないこと。そして、その手段も以前使ったっていうユラの防御魔法に限ること。あんた達の内包した馬鹿げた量の加減も効かない魔力を破壊の力に転換したらどんな惨劇が起こるか見当もつかないもの」

「わかっておる。儂らとて無用な破壊など生みたくないからのぅ。範囲が限定できぬ術など使わぬ」

「ええ、私たちの失敗は刀護君の失敗になってしまうでしょうからね。そんな物は望んでいません」

「・・・スリの腕を吹き飛ばそうとした事、私は忘れてないからね。くれぐれも頼んだわよ・・・」

刀護の安否がかかるといまいち信用できない二人に釘を刺しながら本日二度目のため息をつくレイン。

「ため息は幸せが逃げるんじゃぞ?」

「やかましいわよ」

なんとも気の抜けるやり取りに軽い頭痛を覚えながら、レインは間近に迫った雑木林を睨んだ。

(さっさと終わらせてお酒の一杯でも飲まなきゃやってられないわね・・・)

目前の敵よりも、味方の動きに気を払わなくてはいけないレインは、これからの事を考えると暗鬱あんうつたる気分にならざるを得なかった。










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勇者のおまけ 黒腹海豚 @yura-ecco

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