ランク2昇格試験2

「───次はお前だ。ゴンド」

名を呼ばれた少年は、木剣を手に自信満々と言った表情で試験官の前へと進み出る。

年の頃は15か16といった所だろうか。剣を握る姿はお世辞にも様になっているとは言えない。恐らく素人に毛が生えた程度の使い手だろうと刀護には見えた。

「さあ、殺すつもりで打ち込んで来い。遠慮はいらんぞ?出来ればの話だがな」

少なくともランク1の仕事をこなすことができる忍耐は持ち合わせているはずなのだが、ゴンドは恐ろしく低い沸点で見事ワジ挑発に乗り、ただ出鱈目に前に出てブンブンと剣を振り回した。

しかし、そんな攻撃がワジに当たるはずも無く、ニヤニヤと笑いながらサンダル履きの足元で器用に攻撃を避け続ける彼を、更なる怒りで必死に追いかけるゴンド。

「・・・ランク3の上位か、ランク4の最下位ってところかしら。まともに戦えばトウゴよりも少し強いかな・・・。でも、新人で明らかな格下相手にしてあの態度、すっごいムカツク。気に入らないわね・・・」

息を切らし汗だくで木剣を振り続けるゴンドを見ながら、すぐ隣にいる刀護にだけ聞こえるくらいの小さな声でぼそりと呟くレイン。その美貌は汚物でも見る様に歪んでいる。

確かに刀護から見ても格上が格下に指導していると言うよりは馬鹿にしているようにしか見えない。

だが、そんなワジを見て何かを感じ取ったのか、由羅が少し違う意見を述べた。

「あれは悪意でやっているわけではないな。無論、指導などでもないが」

「どういう事だ?」

悪意でなければ何なのかと刀護は由羅に問う。

すると由羅は予想外の答えを出してきた。

「あれは多分、中二病の一種じゃろう」

「は?」

「元々、こっちの世界の住人にはその気があるじゃろ?アヤツはあの格好で自分はまだまだ本気を出していないと。あの言動で自分が大物であると必死にアピールしているように思えてならん。そう考えると中々に不憫でのう・・・」

突飛ではあったが、よくよく見るとなるほど理解できる話だった。

「・・・由羅は凄いな・・・それを聞かされるとそうとしか思えなくなったよ」

本人は必死に頑張っていても逆にどんどん自分の価値を落としていく可哀そうな男というのが刀護と由羅のワジに対する評価となってしまった。

「ここまでだ。下がって休んでいいぞ」

刀護達がとりとめもない事を考えていると、疲労と酸欠でフラフラになったゴンドが、もつれそうになる足でなんとかこちらに戻ってこようとゆっくり歩き出していた。

「トウゴ、普通に戦えば難しいかもしれないけど、相手は完全にこちらを舐めているわ。別に勝つ必要はない試験だけど、舐められたまま引き下がれないでしょ?」

要約すると『負けは許さん』と言う事だろう。

「わかりました。やれるだけやってみます」

こちらも要約するとどんな手段を使ってでも勝つという悲壮な決意であった。



覚悟はできた。ならば後は結果をもぎ取るのみ。

刀護がやれるだけのことをやる・・・・・・・・・・・ための準備をコソコソと仕込んでいると、ワジから次なる呼び出しがかかった。

「次はトウゴだ。胸を貸してやるから遠慮なくかかって来い」

遠慮なくとは全くもってありがたい言葉である。

「試験官、武器以外の道具の使用は許可されますか?」

後から文句を言われるのも嫌なので刀護は念のための確認を忘れなかった。

「俺は別に構わねえんだけどな。一応、ギルドの規定では金属製の武器や致死性の高い魔法の使用は禁止されている。それさえ守れば何を使ってもいいぜ」

「そうですか、ありがとうございます」

お墨付きは貰った。あとは師の期待に応えるだけである。刀護は仕込みの確認を済ませると、用意された木剣をいつもの正眼ではなく、型など無い出鱈目で隙だらけな位置へと構えた。

案の定、それを見たワジはゴンドの時と同じようにニヤニヤとした笑みを浮かべ刀護を挑発してきた。

「さあ来い!一発でも入れられたら昇格は確定だ。ついでに今晩の昇格祝いも俺が出してやるぜ?」

しかしそんな挑発も先程の由羅の話を聞いた後では怒りではなく哀れみしかわいてこない刀護だったが、ワジに油断を継続してもらうため、敢えて挑発に乗ったふりをすることにした。

(ワジさんは見切った攻撃は全て紙一重で避け、しかも反撃をしてこない。ならばそこを利用させてもらう!)

「くっそおおおおおおおおお!!!」

自分でも赤面物の雄たけびを上げながら剣を大上段に構え、待ち受けるワジへと走り出す刀護。その速度は一般人より遅く、誰が見ても失笑を誘う不格好さだった。

剣の間合いにはすでに入っている。だが敢えて更にもう半歩踏み込んだところで頭上の剣を振り下ろす。

大振りな剣は鋭さの欠片も無く、しかも踏み込みすぎているため、切っ先ではなく根元の部分を相手の頭に叩きつける様な格好になっていた。

余裕をもって攻撃を見切り、紙一重で避けたワジだったが、それは刀護の予想通りである。

回避された攻撃がワジの顔の横を通り過ぎようとした瞬間、右手に握りこんでいた仕込みを彼の顔面にぶちまけたのだ。

「ぶわっ!?てめぇ!」

その仕込みとはゼッドの家の目の前にある砂浜の砂であった。対人にせよ魔物相手にせよ目を潰すというのは常に効果的な攻撃方法である。刀護は常日頃からスローイングダガーの鞘の中に砂を隠して持ち歩き、いざという時のために使えるようにしていたのだ。

だが腐ってもランク4ハンター並みの実力を持った相手である。不意は打ったが完全に目を潰せたわけではなかった。

しかし刀護にしてみればそれも予想の範囲内である。

(一瞬でも視界を奪えればそれでいい)

目潰しから間髪を入れず、ワジの横を駆け抜けざまにサンダル履きでむき出しの足、その小指だけ・・・・を狙って踵で踏み抜いた。

「がっ!?」

骨が砕ける鈍い音と共に、あらぬ方向を向く小指。

激しい痛みに身をすくませ、その発信源へと目をやるワジ。

されどそこには容赦のない追撃が待っていた。

「ぬおおおっ!?」

右手だけではなく左手にも握りこんでいた砂で、痛みに目を見開いていたワジへと二度めの目つぶしを敢行したのだ。

外野からは『うわぁ・・・』という非難とも同情ともとれない声が聞こえてくる。

だがそこまでやっても刀護は決して油断しない。師の教えに従いやるべきことを遂行する。

(油断したら死ぬ。止めを躊躇ったら死ぬ・・・)

足の痛みと両目を潰された痛みで行動不能におちいった試験官に渾身の袈裟切りを叩き込んで昏倒させ、残心をとりながら倒れた相手が動かなくなったことを確認すると、ようやく刀護は安堵の息をついた。

「よしっ」

「「よしっじゃねーよ!」」

一部始終を見ていたジェスとゴンドから同時に全力のつっこみが入った。



「・・・良くやったと言ってあげたいけど、ちょっと相手に同情しちゃうわね・・・。どうしてこうなったのかしら」

「いえ、しかし格上を相手にするのならばあれでもまだ足りないくらいかと。今回はたまたま上手く行っただけです」

「最初から最後まで騙し討ちのフルコースじゃからのう。まあ油断したあやつが悪いのじゃ。刀護は間違っておらん」

「刀護君はきちんと最初に確認もとっています。なんら恥じ入る必要はありません。正々堂々と騙しただけです」

普段から隔絶した実力差の相手と戦い続けてきた刀護である。シグやネイにならもしかしたら通用するかもしれないが、レインやゼッドには今回程度の策など通用するとは思えなかった。なので、せめて一矢報いるためにと普段から策を練っておくのは刀護にとって当たり前のことなのであり、今回のもまだ序の口と言える程度の出来なのだ。

ちなみにそれらの策の監修には、勿論由羅と宗角が関わっている。

先に試験を終えた二人と共に全てを見ていたレインは皆そろって同じような表情をしていた。

ドン引きと言うやつである。

「・・・取りあえずその話は置いておきましょう。刀護は他の職員を呼んできて。この人じゃこれ以上試験を続けられないだろうし」

「えっ?師匠が治すんじゃないんですか?」

「何で私が見ず知らずの人の怪我を無料タダで治してあげないといけないの?そんなの嫌よ。それにギルド内の医務室にでも行けばそこで治してもらえるでしょ」

「ですよねー。すぐに行ってきます」

これは別にレインが冷たいわけではない。万事において安請け合いは身を亡ぼすことになりかねないのだ。そして刀護もレインの性格は良く知っているため特に食い下がったりなどはせず即座に駆け足でギルドの施設内へと入って行った。

どうやら中からもこちらの様子をうかがっていたらしく、中に入った刀護が状況の説明をするまでも無く一人の女性職員がついてきてくれることになった。



「これはまた見事というか無様というか・・・。完全にのびていますね。まずはこの人を何とかしないといけないので少し待っていて下さい」

刀護が呼んできた女性職員は、気絶したワジを丁寧な口調とは裏腹につま先でつんつんとつついて容体を確認した後、襟首をつかんでずるずると引きずりながら去って行った。

彼女がワジを運び込んでから数分後。ワジとは別の壮年の男性職員がしっかりとした革製の防具を身に着けて訓練場に現れた。

「色々とすまなかった。アイツもそこそこできるはずなんだが妙に恰好ばかりつけるせいでたまにああいう不覚をとる。とはいえ今回はちょっと酷かったな・・・。あれをやったのは誰だ?」

そう訊かれた瞬間の周囲の視線は冷たかったが、名乗り出ない訳にもいかないので刀護はおずおずと手を挙げた。

「・・・そうか。最近の若者は随分と容赦なくえげつない真似をするようになったのだな・・・。いや、別に責めているわけではないんだ。ただもっと、こう・・・ハンターになりたての若者らしい初々しさというか真っ直ぐさというかだな・・・。すまん、忘れてくれ・・・」

そこまで言うと、片手で目を覆って空を仰ぐ壮年の職員。その姿には哀愁が漂っていた。

「言いたいことはわかるわ。でも、私の試験だけまだ終わっていないのよね。この後すぐに依頼を受けたいから早めに終わらせてもらえると助かるんだけど」

そんなレインの声に我に返った職員は立てかけてあった木剣を拾い上げると隙の無い構えを見せた。

「度々すまんな。一応名乗っておこう。私の名はエルネスト、元ハンターだ。今はしがない指導教官だがな」

エルネストと名乗った新しい試験官の名を聞いた瞬間、レインは何かを思い出したように目を細める。

「ランク7、『親鳥』のエルネスト。こんな所にいたなんて知らなかったわ。あなたが相手なら手加減はいらないかしら」

レインから放たれた言葉と静かな威圧感を感じ取ったエルネストは、こめかみに一筋の汗を浮かべながら答える。

「今の職の方が私には合っているようでね。ハンターはとうの昔に引退した身だ。それにこれはランク2昇格試験であって、ランクにふさわしい実力さえ見せてもらえれば十分だよ」

「・・・そう」

レインはそれだけ答えると、腰に履いた黒い木刀を一閃し、再び腰に戻す。それが見えたのは剣を振るった本人と、エルネストだけであった。

一瞬の間の後、エルネストの構えた木剣の先端が斜めに切れて・・・ポトリと地面へと転がった。

「これで合格にしてもらえるかしら?」

「・・・十分だ。あんたにはさっきの坊主と一緒にさっさと上のランクに行って欲しいね。偉いさんも喜ぶだろうさ」

「言われなくてもそうするつもりよ。お偉いさんなんてどうでもいいけどね」

レインは苦笑しながらそう言うと、エルネストに背を向けて刀護の待つ場所へと歩き出した。


「これで本日のランク2昇格試験は終了だ。ワジもそろそろ叩き起こされている頃だろうからな。すぐにでも合否を発表するのでロビーに戻って待機していてくれ」

エルネストは全員にそう告げると、報告のためか一足先に施設内へと戻って行った。

残された4人もロビーへと戻るため歩き出す。ほんの目と鼻の距離ではあったが、その間にジェスとゴンドが話しかけてきた。

「あんたら凄いな・・・。お前のド汚ねえ攻撃もだけど、木剣で木剣を切り落とすなんて初めて見たよ」

「俺もだ。あんなの見せられると自信を無くすぜ・・・」

ジェスはともかく自信を持てるほどの実力を備えていないゴンドだが、そこはあえて触れないようにして刀護は答えた。

「俺の場合は相手の油断を利用しただけです。お二人の様に正々堂々と戦っていれば同じような結果になっていましたよ。師匠は規格外なのであまり参考にしないほうが良いと思います。基準をそこに置くとあまりに離れた実力差に心が折れますからね」

そんな刀護の失礼な言葉に口元が引き攣りそうになるのをこらえながらレインも口を開く。

「微妙に引っかかるけどまあいいわ。・・・そうは見えないかもしれないけどトウゴは、ほぼ毎日のように血反吐を吐きながらぼろきれと見分けがつかなくなるくらいまで訓練を積んでいるのよ?あなた達も他人を羨ましがる前にそのくらい努力してみなさい。落ち込んでいる暇なんて無いはずだから」

それは、普段から親しい人間以外に興味を持たない彼女には大変珍しい言葉だった。

「レインが他人に助言とは槍でも降るのかのう?あとでエッジとゼッドにも報告しておかねばな」

「姫様、レインさんは少し抜けているところはありますが、きちんと他者を思いやれる優しい方ですよ?ですが、彼らに報告するのはやぶさかではありません。是非聞いて頂きましょう」

由羅と宗角の冷やかしにそれだけで人が殺せそうな視線で睨み返すレイン。

嬉々とした二人を他所に、漏れ出でた殺気にてられた刀護、ジェス、ゴンドの三人は、短いはずのロビーまでの距離がまるで永遠に続く苦行の様に感じられたのだった。




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