ランク2昇格試験1
ピーカ東の森に巣食っていた大規模な盗賊団を一人残らず殲滅し、無事ギルドからの依頼を完了した刀護一行。
行きはフェルトとクルルのお陰でまさに超特急という速度で目的地に到着することができたが、帰りは犠牲者の遺体とその持ち物である馬車、そして
「にしてもしけてやがったな。あれだけでかい盗賊団だったのに、溜め込んでたお宝がたったこれっぽっちなんてよ」
盗賊が所持していた財産は、基本的に元の持ち主が死亡している可能性が高いためと、盗賊団を討伐するという手間に値する旨味を持たせるために彼らの財産は討伐者が手に入れても良いという法が定められているのだ。
「仕方あるまい。奴らはピーカに集まった人々を襲うために遠征してきたわけだからな。溜め込んだ金品をアジトからわざわざここまで持ってくる道理が無い。留守居役が信用できない
今回、彼らから没収した金品は、平均的な盗賊団の財産よりも少し少ない程度のものであった。ピーカの東で襲われたのは大道芸の一座のみだったので、合併した三つの盗賊団の一つが財産ごと遠征してきたということなのだろう。
「そういえば師匠、一つ気になったことがあるのですが」
「ん?どうしたの?」
刀護は、行きと同じようにフェルトに同乗したレインに質問した。
「以前、カノーサさんに魔物というのは魔王が消え魔族が表立って攻めてこなくなってからは街や街道にあまり近づかなくなって山や森や洞窟みたいな場所に暮らすことが多いと聞いたのですが」
「んー、まあそうね。間違ってはいないと思うわ。人を好んで襲う狂暴な奴もいるから一概には言えないけど」
「なるほど・・・。まあ例外はさておいて、盗賊団のアジトを探して森に入った時、魔物の姿はおろかそれらしい気配も感じられなかったのは何故なんでしょうか?大きな森でしたから、魔物が一匹もいないなんて考えにくいですし、俺達が入って行ったのも浅いとは言い難い場所でした」
そんな刀護の質問に、ふむと考えた後、あくまで推測だと断った上でレインは答えた。
「多分、盗賊共のせいね。獲物ではあるが同時に天敵でもある人間が大挙して自分達の住処に押しかけて来たんですもの。知能があるモノは森の外や森の更に奥に逃げ、そうでないモノは襲い掛かって返り討ちといったところかしら。その結果あの辺りには魔物がいなくなった───って感じ?」
そんなレインの推測を隣で馬車の一台を操っていたゼッドが聞いていたようで、刀護にこんな助言をしてくれた。
「レインの言ったことは間違いないだろう。それは、低ランクハンターの懐を潤してくれることになるはずだ。お前達の目的も果たせるぞ?良かったな」
「そうなんですか?それはとても助かるんですが、まずはランクの昇格をしないといけないですよね」
本来であればレリッツで済ませられた事だが、それが延びに延びてしまった結果、すでに刀護はランク詐欺と呼ばれてもおかしくないくらいに実力を伸ばし現在に至るのである。
ちなみにランク2相応の実力とは、レリッツで刀護が戦った魔法学校の貴族達程度のレベルである。今の刀護であれば余裕をもって全員を叩きのめすことができるだろう。
「そうだな・・・。お前もそうだが俺の仕事に付き合わせたせいでシグやネイも実力相応のランクに至っていない。しばらくはピーカで仕事をさせてランクを上げるのもいいかもしれん」
ちなみにシグ、ネイ共にランクは3。実力通りのランクで言えば5以上、6にも届きうる力を持っている。事実上、ハンターの最大ランクは8までしかないが、ランクが一つ上がるごとに必要とされるレベルも格段に上がるため、4で常人の到達点、5から6で魔力量に恵まれた達人クラス、7以降は超人の域と言われている。但しこれはあくまで戦闘能力だけで見た場合であって、他にも色々な要素が絡んでのランク昇格となるため、すぐにでもシグ達がランク6まで上がれるわけではない。強さを持つ者には様々な責任が付きまとうのである。
「あんたね・・・。すっごい今更だけど、あの子達の歳と実力ならとっくに独り立ちしていてもおかしくないでしょ。それをいつまでも連れまわした挙句、ランクすら上げさせてないって・・・。ベイルといいあんたといい父親ってどうしてこうも過保護なのかしら?」
ゼッドの話を聞いたレインはベイルを
「ふん、お前にとやかく言われる筋合いはない」
ゼッドは不機嫌そうにそれだけ言うと、すれ違う回数の多くなった馬車に気をつけながら帰り道を急ぐのであった。
「ランク2への昇格試験ですね?タグの記録も問題ありません。明日の朝9時までにギルドまでお越しください」
先の混乱ぶりが嘘だったかのように、ピーカの街は安寧を取り戻していた。
ハンターギルドも通常営業を開始しており、掲示板にも溢れんばかりの依頼書が張り付けられていた。
昼を少し過ぎた時間に無事ピーカへと帰ってきた刀護達は、その足で真っ直ぐにギルドへと向かいそれぞれの用事を済ませてから、近場にあった食堂で遅めの昼食を摂っていた。
「彼らの遺体も盗賊のお宝もまとめて引き取ってくれるとは、無能と思っておったギルドも中々やるものじゃのう。まあ先の不手際と合わせてとんとんといった所かの」
「ピーカに人が集まったせいで彼らが襲われたって考え方もできるから今回みたいな措置になったんじゃないの?普段ならこんなにサービス精神旺盛じゃないでしょ」
ギルドにあまり良いイメージが無いのか、由羅とレインは悪口にしか聞こえない会話を続けていた。
山賊に襲われた犠牲者の遺体をわざわざ街まで運んでくるなど滅多にない事であり、外門を守る守衛達も驚いていたが、持ち帰ってきたのがピーカが誇る闘神である。簡単な説明だけですぐに通行許可が出た。
そしてレインの言う通り、本来であれば遺体の引き取りや盗賊から奪った財産の買取などはギルドの業務外であったが、自らの失態とそれによってゼッド達が
「そう言うな。ルナによる混乱さえなければそれほど悪い支部ではないぞ?それよりもお前達にはコレを渡しておかなければな」
そう言ってゼッドが差し出したのは小さな革袋だった。
それを受け取って中身を確認したレインは眉根を寄せた。
「白金貨3枚?何よこれ?食料を出してもらうとは言ったけど報酬をよこせなんて言ってないんだけど?それに金額が大きすぎるわ。確かにお金は必要だけど、自分達で稼いだお金以外は悪いけど貰うつもりはないわよ」
それはレリッツを出発する前に刀護と約束した事だった。降って湧いた大金を前に約束を反故にするなど師としてのプライドが許さない。
「早とちりするな。それはお前達への正当な報酬だ。今回の仕事で最も働いたのは間違いなくレインだろう。それにその金は依頼の報酬ではない。盗賊の持ち物を売った金だ。ならば討伐者が貰い受けるのが筋というものだろう」
「だからその討伐者はあんただって言ってんのよ。私達は無理言ってついていっただけなんだから、報酬云々に首を突っ込む筋合いなんてないわ。わかったらさっさとそのお金を引っ込めなさい」
「しかし・・・」
「くどい」
押し問答を続ける二人だったが、最終的にはゼッドが折れることになった。
「わかった・・・。ならばせめてピーカ滞在中は俺の家を宿代わりに使うと良い。勿論今までの様に家事をさせるつもりはない。それぐらいは吞んでもらうぞ?」
しかしその言葉に反応したのはレインではなくシグとネイだった。
「あぁ?何を今更な事言ってんだよ親父。トウゴ達がウチに住むなんて当り前じゃねえか。
「・・・ごはんいなくなるのダメ・・・絶対に許さない・・・」
二人は不機嫌さを隠そうともせず父親に食って掛かった。
「ふん。誰もそんな事は言っていないだろうに。それよりもどうするんだ?お前の事だから出ていくとでも言いだすつもりだったんだろうが、それをこの状況でも言えるのなら言ってみるがいい」
ゼッドらしからぬ意地悪な言動と表情でレインへと選択を迫った。
「ぐっ・・・。あんた性格悪くなったんじゃないの・・・?もういいわよ。トウゴ、あんたが決めなさい。聞く必要があるのかは知らないけど」
空きができたはずの宿屋に今日にでも移ろうと画策していたレインは見事に図星を突かれ、半ば諦めたように答えのわかり切った問いかけをしたのだった。
その日の夜、ゼッド家の食卓に約束のプリンが上がったのは言うまでもない話だろう。
翌朝。
ランク2への昇格と、昨日ギルドに赴いた時、誰一人思い出さなかったクルルの猟犬登録を済ませるため、指定された時間よりも早めにギルドの入り口をくぐるレインと刀護。
今日はゼッドが家に残り、シグとネイも早朝からランク3の依頼を受け街の外へと出てしまっているため、久しぶりの師弟水入らずである。
早朝の混雑も終わり空きが出来たカウンターに立つと、レインはクルルの猟犬申請の手続きを始めた。
彼女が手続きの書類を書いている間は
クルルもその輪に入りたそうな雰囲気を触手だけで器用に表していたが、登録の手続きがあったためレインの
やがて手続きは終わり、フェルトの時と同じように首輪を選ぶために別室へと消えていった一人と一匹は、苦笑いと真っ赤な首輪を土産にして刀護の下へと帰ってきたのだった。
「あんた達、本当にトウゴの事好きよね。主が私だって忘れてないかしら?」
ちなみにレインの姿は、黄金に輝くロングヘアを白いリボンの様な防御用魔道具でまとめポニーテールにし、薄い緑のアンダーウェアと青白い光沢を放つ不思議な材質で出来たハーフアーマーを身に着けている。見た目的な特徴には、赤も黒も一切入っていない。にも関わらず彼女が保有する二匹の猟犬はいずれも赤と黒、つまり全身黒づくめに真っ赤なマフラーという刀護を象徴とするような色合いの首輪を自分用として選んでいるのだ。
「お疲れ様です師匠。後は無事ランク2に昇格できれば良いのですが・・・」
誇らしげに赤い首輪を首ならぬ触手に身に着けて戻ってきたクルルを撫でてやりながら刀護は言った。
「下らない事考えなくていいのよ。今のトウゴが受からないようなら、それは試験官側の問題だから。そんなに緊張しないで普通にやってりゃ問題ないわよ」
「そうじゃぞ?下手な考え休むに似たり。思いっきりやってみて、それでも駄目だったらまた修行を積めばいいだけじゃ」
「その通りです。刀護君は見違えるように強くなりました。もっと自信を持ってください」
普段から果てしない高みに居る存在と剣を合わせ、ほぼ毎日の様に地べたを舐めている刀護としては自信を持てと言われても中々に難しい。
レリッツの魔法学校では多対一でひたすらいたぶられた記憶しかなく、盗賊を相手にした時も不意を打って一人を仕留めただけである。
だが応援してくれる三人に心配をさせぬよう気丈に振舞おうとしたその時、ギルド職員からの呼び出しの声がかかった。
ギルドの裏手にある屋外訓練場。
広さにして50
刀護は
「待たせたな。俺が今日の試験を担当するワジだ。ま、俺の名前なんてどうでもいいよな。さっさと始めようぜ。ほれ、お前らの武器だ」
ぞんざいというかせっかちというかその恰好も含めて悪い意味でいい加減な男だった。木製とはいえ武器を使った模擬戦闘に防具もつけずに現れ、足元などサンダル履きである。
「まずはジェス、お前からだ。いつでも打って来ていいぜ」
ジェスと呼ばれた青年は、自分の得物である槍を置き、木製の槍を拾い上げた。
「あんた、防具も無しで大丈夫なのか?俺は手加減なんてできないぞ?」
「気にすんな。俺を殺せたら特例でランク3にしてやるよ。おら、ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとかかって来いひよっこ」
ジェスの心配を、片手で剣を担ぎ空いた手で手招きをするという挑発で返すワジ。
「くそっ!馬鹿にしやがって!」
刀護から見てもそれなりに鋭い踏込で槍の一撃を繰り出すジェス。
だがその攻撃は、危なげなくワジにいなされ空を切った。
しかしジェスもすぐに体勢を立て直し一撃必殺を諦め速さ重視の連撃で攻める。
それらを全て見切って
「ま、よく頑張ったんじゃねーか?下がっていいぞ。・・・さて、次は誰にしようかな」
にやりと笑ったワジが次の相手を探すように残った三人へと視線を向ける。
「よし決めた。次は───」
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