盗賊団討伐任務2

先行して闇に消えていったレイン。

その後に続き森の奥へと続く街道を進みながら、盗賊団の野営地へ繋がる馬車道を探す刀護達。

急ぎながらも慎重に森の丁度半ばまで捜索したところでフェルトが不自然に森の中へと入っていく匂いを発見した。

「へぇ・・・道の隠蔽に魔道具まで使うなんて盗賊のくせにやるじゃねーか」

シグの言葉通り、刀護の目には何の変哲もないただの茂みにしか見えなかった場所には幻術の結界が張ってあり、魔力の扱いに長けた実力者以外には見破ることができないような仕掛けがしてあった。

「何気なく歩いていれば見過ごしていたかもしれんな。フェルトの鼻はやはり大したものだ」

ゼッドに褒められたフェルトは嬉しそうに二本の尻尾をぶんぶんと揺らす。

「下手に解除すれば奴らに感づかれるかもしれん。ここでレインの合流を待ってから踏み込むぞ。あいつなら雑魚を二匹見つけて捕らえる程度にそう時間はかけないだろうからな」

入り口の捜索の為にフェルトを置いていったレインだったが、彼女自身が嗅覚以外ではフェルトを上回る人間離れした感覚を所持しているので斥候役とはいえ盗賊風情ふぜいに後れを取ることなど万が一にもありえないだろう。

「当たり前よ。私を誰だと思っているの?」

背後から突然聞こえた声に刀護とシグはビクリと肩を震わせた。

「・・・あまり驚かせるなレイン。お前の隠形おんぎょうは心臓に悪い」

そうは見えなかったがどうやらゼッドもかなり驚いていたらしい。彼にしては珍しく苛立った声を上げた。

ただ一人なんの反応も見せなかったネイは、彼女の存在に気づいていたのか、ただ単純に肝が据わっていたのか判別はつかないが、いつもと変わらぬ無表情を貫いていた。

「あの程度の魔法で気づかないあんたの修行が足りないのよ。それより入り口はここなの?・・・ふぅん。中々良い魔道具使ってるじゃない。群れなきゃ何もできないチンケな盗賊には勿体ないシロモノね。折角だし貰っていきましょうか」

「おい、そんなことをして大丈夫なのか?警報の類が仕込んである可能性もあるだろう」

いくら他者と隔絶した戦闘能力を持っているゼッドでも、魔道具に関しては門外漢である。だが、その道の専門家と言えるレインは、すでに道をふさぐ魔道具の性能を理解しているようだった。

「心配いらないわ。そういった類の魔力は検知できない。あくまで少し広い範囲に幻術の結界を張るだけのタイプよ」

「そうか。お前がそう言うのなら間違いないんだろう。だが魔道具の回収は帰り道にしておけ。今は兎に角先を急ごう」

「そうね。さっさと潰しに行きましょ。私達は早く帰って自分たちの仕事をしないといけないんだから」

そう言ってレインは茂みにしか見えない場所へ何事も無かったかのように入っていく。しかしやはりそこには何もないのだ。茂みに足をとられることも、がさりと音を立てることも無く幻の中へと消えていった。

「トウゴも驚いてないで行こうぜ。レインさんを見失っちまうぞ」

「あ、ああ。わかった」

幻とわかっていても躊躇ちゅうちょしてしまう刀護を引っ張ってシグも幻の中へと突入する。

すぐ後ろには刀護の裾をつまんだネイもついてきていた。

体に触れることの無い木々と茂みの中を50メートルも歩いただろうか。突如幻は消え去り、大きめの馬車が余裕で一台通れるほどの幅を持った道が目の前に現れた。

「短い時間でこんな道を作っちまうなんてやっぱり魔法って凄いんだな・・・」

魔法で作られた隠し通路を走りながら刀護は誰ともなしに呟く。

「あまり認めたくはないけど、多分盗賊団の中にエルフがいるわね。そうじゃなきゃこんな風に森に道を切り開くなんてできないもの。まあ細かい部分に荒さがあるから大した技量じゃなさそうだけど、盗賊にくみするなんて許せないわね」

同族が悪行に加担している事が許せないのであろう。苦虫を噛み潰したような表情でレインは答えた。

「レイン、心中は察するが、そろそろ森へ入るぞ。お前の魔法が効いているとはいえわざわざ警戒が厳重な場所から突入する必要もないからな」

「ふん、余計なお世話よ。それよりここで二手に分かれましょう。私とトウゴは南側から。あんた達は北側から回り込んで。歩哨を片付けたら後は逃がさないようにまとめて吹き飛ばすだけよ。クルルをそっちにつけるから、突入する時はクルルに伝えてちょうだい。それでいいかしら?」

レインの有無を言わせぬ作戦立案にゼッドは少し思案した後、特に問題ないとその作戦を支持した。

「では俺達は先に行く。配置について合図を待て」

ゼッドはそれだけ告げると、シグとネイを連れて野営地の北側へ回り込むために森の中へと消えていった。

「私達も行くわよ。遅れるわけにはいかないからね」

レインも刀護を伴って目的地を目指し、同じように森へと分け入っていった。



鬱蒼うっそうとした深い森の中を器用にすり抜けながら走るレインとフェルト。その後ろ姿を見失わないように彼女の通った道を懸命になぞりながら追いかける刀護。

走り始めてから5分程たった時、前を走るレインが後ろにいる刀護に足を止める様に指示を出した。

「どうやらついたみたいね。魔法は効いているから見つかることはないはずだけど、念のため気配を殺して木々に隠れながら接近するわよ。これも訓練の一環だと思いなさい」

師にそう言われれば刀護としては是非もない。ベイルに仕込まれた隠形術で暗殺者顔負けの動きを見せる。

(へぇ・・・悪くないわね。ベイルが教えたのかしら?)

そんなことを考えながらも刀護を上回る身のこなしであっという間に野営地の状況を見渡せる場所へと到達したレイン。

そこに少し遅れて刀護も無事到着した。

(情報通り歩哨が五人か・・・でもあれじゃ案山子かかしと大差ないわね。それよりも・・・)

直系100メートルはあるだろうか、予想以上に大きく開けた円形の広場に無数のテントと20台以上の馬車が停泊し、如何にもやる気のなさそうな見張り役が五人、眠そうな表情で立ち尽くしている。

だが刀護の目にはそんな物は映っていなかった。それはある物に目を奪われていたからである。

刀護の視線の先にあったモノとは、停泊している馬車の一台。そして広場の中央付近に生えている大きな木に吊るされた六人の男性の遺体。そして同じ木の下に横たわる一人の少女の遺体だった。

「刀護よ・・・アレは・・・」

「見間違いではないでしょうね・・・」

それらは刀護や由羅達にとって見覚えのあるモノであった。

「・・・レリッツで見た大道芸の一座だ」

隠形には向かない送言具は休息時から切ってあるため、微かな声で独り言のように呟かれた刀護の言葉だったが、すぐ隣にいたレインにはしっかりと聞こえていた。

「知り合いなの?」

刀護だけに聞こえる様な小さな声でレインが尋ねた。

「・・・いえ、知り合いではありません。街中ですれ違った程度です。ですが・・・」

知り合いどころか名前も知らぬ相手だったが、その中の一人におひねりを渡し笑顔を向けられたのである。そんな人達の無残な姿を見た刀護は、悲しみや怒りと共に、恐怖を感じていた。

もしあれが身近な人達だったら。

もしあの木に吊るされているのが父やシグやゼッド、そしてレリッツで世話になった人々だったら。

もしあの木の下で横たわっているのがレインやネイだったら。

そんな風に考えると手が震え、吐き気がした。

魔力により視力の上がった刀護にははっきりと見える。

苦痛に喘ぎながら死んでいったであろう吊るされた人々の顔が。

恐怖と絶望の中で息絶えたであろう涙の跡が残る少女の顔が。

その顔が自らの大切な人々の顔と重なった時、刀護自身でも驚くほど心が冷えていくのを感じた。

「・・・師匠。奴らの始末は俺にやらせてください。お願いします。絶対に失敗はしません」

そんな刀護の顔を見ながらレインは小さくともはっきりと聞こえる声で答えた。

「見張りは一人一殺よ。じゃないと時間がかかりすぎて気づかれる可能性があるわ。あなたは一番近くにいる奴を狙いなさい。それと───」

言葉を一旦切って刀護の顔に手を伸ばし両手で優しく包む、と見せかけて両頬をつまんで引っ張った。

「───全然似合ってないからそんな顔するのはやめなさい。あなたが何を考えたのかはわからないけど、ただ怒りや憎しみだけで人を斬るのはあなたには向いてないわ。確かに奴らは生かしておけば害悪にしかならない最低の外道だけど、仕事と個人の感情をきちんと分けられるのが一流ってものよ?ほら、しゃんとしなさい」

そう言って微笑んだレインは、刀護の顔から手を離し、コツンと刀護の胸を小突いた。

心に染み込んでいくような温かい言葉だった。

いつの間にか刀護の手の震えは収まり、硬く強張っていた表情とかつて彼が感じたことの無かったどす黒い負の感情は綺麗にとかされ洗い流されていく。

「ふん・・・弟子に似てバランスの悪い師匠じゃのう。いつもこのくらい出来ていれば儂らも安心してこやつに任せられるというのに」

「きっとそれらも全部含めて刀護君の尊敬する師匠なのですよ。いいじゃないですか、完璧な人なんて面白くありません」

狙ってやっているのだろうか、二人の軽口もこんな時には心の励みになるものだ。

「すみません・・・。そんなに酷い顔でしたか?」

「ええ、酷いなんてもんじゃなかったわ。あなたのあんな顔、私は二度と見たくないから、金輪際やめてちょうだい。わかったらいつでも行ける様に準備して。出遅れて作戦が失敗したら後でお仕置きだからね?」

そう言ったレインは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめている様だった。

彼女の暗視の魔法のお陰で中々見られない師匠の表情を見ることができた刀護は、いろいろな意味で彼女に深く感謝した。

「ご心配をお掛けしました。覚悟もできています。俺が人を斬るのは怒りや憎しみではなく俺自身の命と俺が大切に思う人々を守るためにです。奴らはそれを脅かす。だから───」

刀護がそこまで言ったとき、クルル経由でゼッド達から合図があった。

「トウゴ、10秒後に出るわよ。抜剣を許可します。悔いのないようにやりなさい」

レインの指示に刀護は無言で頷いた。




馬車道から来る者を見張るため、道の真ん中に陣取りやる気の欠片も見えないだらけた姿勢で立ち尽くす盗賊の見張り役。

その背後にはレインの魔法と本人の隠形術で完全に気配を絶った刀護が音も無く立っていた。

首に巻いた真紅の操霊布に魔力を流し、盗賊の口元目掛け一直線に伸ばす。

狙いたがわず目標の口と鼻を塞ぐように巻き付いた操霊布は相手が抵抗できぬように引きずり倒し、次の瞬間、その喉元には抜き身の凪・・・・・が突き立っていた。

(───だから躊躇ためらいなく斬れる。俺が迷えば、俺か、他の誰かが死ぬからだ)

完全に頚髄を破壊した凪を引き抜くと、血払いをして真由羅へと納刀する。

そしてすぐにレインと合流するために走り出した。

「一人で重荷を背負うなんて水臭いですからね。やるなら我々も一緒です」

「そうじゃぞ。何せ儂らは一心同体一蓮托生じゃからな!刀護一人につらい思いなど絶対にさせぬ!」

「・・・ありがとう」

一人ではない事の心強さに安堵の笑みがもれる。

だが刀護は忘れてはいない。初めて人を殺したことを。そして刃の下にあった盗賊のおびえた目を。それがきっとこれからの自分への戒めになるだろうと。



その後は一方的な虐殺だった。

森へと延焼しないように配慮された巨大な炎の嵐により中で眠る誰一人もが気づかぬまま焼き尽くされたテントの群れと、寝込みを襲われ抗う事もできぬまま殺された、馬車で眠っていた盗賊達。圧倒的な実力で他者を従えたという盗賊団の首領も、この世界で屈指の実力を持つ者達を前にしては一介の盗賊に過ぎなかった。

彼が倒され、盗賊団が斥候を除いて一人残らず殲滅されたのは、作戦が決行されてから僅か二分足らずの事だった。


「あっけなかったわね」

「お前の魔法があればこんなものだろう。普通ならこう上手くはいかない」

確かにその通りだった。相手からこちらの存在が認識されないというのは有利どころの騒ぎではない。下手をすれば一国の王すら暗殺しうる能力である。

馬車で寝ていた盗賊達の死体を一ヶ所に集めながら話をするレインとゼッド。

やはり人間の死体と言う今までの生活の中ではあり得ない物を運ぶのに若干の抵抗はある刀護だったが、他の皆が働いているのを黙ってみている訳にはいかないと、両手と操霊布を使って4人を同時に引きずっていく。

「師匠、この集めた死体はどうするんですか?よくある話だとそのまま放って置くととアンデッドになったりとか・・・」

そんなことを訊かれたレインは、軽く首をかしげて不思議そうに答えた。

「なんでアンデッドになるの?この辺りには魔族もいないし死霊術師が住んでいるなんてのも聞いたことはないけど・・・。ゼッド、どうなの?」

「いや、俺も知らん。もしそうだったとしても関係ないがな。こいつらの死体はここで全て焼いて弔っていく」

どうやら放って置いても死体がアンデッドになることはないらしい。

だがその言葉に、作戦が終わって送言具を通話状態に戻した由羅が疑問を覚えた。

「この外道共の死体を焼くのはわかるが、弔うとはどういう事じゃ?」

しかしそれにも、さも当たり前だといった感じでシグが答えた。

「こいつらはクズだけど死んで罪をつぐなったんだ。なら人として弔ってやるのが筋ってもんだろ?何かおかしかったか?」

その答えは日本人にはなじみの深い考え方だった。

「なるほどのう・・・死すればみな仏というわけか。いや、良くわかった。手間をとらせたな」

「別に構わねーよ」

そう言ってシグは作業へと戻って行った。

やがて死体を集め終わり、灰になるまで燃やした後、穴を掘ってその灰を埋め墓石代わりにと一抱え程の石を上に乗せる。

犠牲になった旅芸人達は、防腐のために氷結の魔法で凍らせた後、無事に残っていた彼らの馬車に乗せてピーカに連れ帰り、そこで弔う事にした。

そうした作業を終えた頃、単独行動をとっていたネイが戻ってくる。

「・・・終わった」

作戦が完了した後、ネイは一人でもと来た道を戻り、殺さずに捕縛していた残りの盗賊を始末してきたのだ。

「そうか、ご苦労だったな」

報告を受けたゼッドは、ネイをねぎらうと、そのまま遺体を乗せた馬車に馬を繋ぐための準備に取り掛かる。

刀護には彼を手伝うための技術がないため、その姿を黙って見守ることしかできなかった。

だがそんな刀護の顔を、彼の裾をつまんだネイが見上げていた。

刀護にはその姿がどことなく自分を気遣ってくれているように感じられた。

頬にかかった盗賊の返り血を拭き取ってあげながら反対の手でぼさぼさの頭をくしゃりと撫でる。

「ありがとうなネイ。俺は大丈夫だ。帰ったらまたプリンを作ってやるから楽しみにしておけよ?」

二手に分かれるまでには無かった、少し精悍さの増した彼の言葉を聞いたネイは、思わず裾をつまむ手に力が入り、嬉しさと、後は何だかよくわからない感情のせいでこくんと一つ頷いたまま、顔を上げることができなかったのだった。


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