別れと約束と新たな旅立ち
その日は、いつもと少し違う朝だった。
刀護とエッジの二人は早朝に起き、身支度を済ませ、軽く走って
旅の途中であれば、早い時間からできるだけ距離を稼ぎ、暗くなり始める前には野営の準備をして、それからが鍛錬の時間だった。
しかし、今日は別れの日である。二人は剣を振るう手を少しも緩めることなく会話を続けていた。
「旅の間の修行の成果はちゃんと出ているようだな。安心したよ」
斬撃のフェイントからしゃがみこみ、足払いをかけながらニヤリと笑うエッジ。
「約70日間でたった3日しか休まず仕込まれ続けたからな。嫌でも身につくさ」
そう言いながら刀護は足払いを軽い跳躍で回避し、顔面へと容赦なく切っ先を突き込む。
「この技能はこれから先の旅で必ず役に立つはずだ。これからも精進を続けろよ?」
信じ難い反射速度で突きに反応したエッジは、体をひねって回避しつつ、その勢いのまま後ろ回し蹴りと斬撃を同時に繰り出してきた。
未だ宙に浮いたままの刀護は、剣を引き戻して攻撃を受け止めることしかできなかった。
「ぐあっ!?・・・痛ってーなちくしょうめ!絶対イカサマしてるだろ!身体強化なんて汚ねえぞ!」
攻撃の勢いを受けきれなかった刀護は弾き飛ばされ地面に転がり、悪態をつきながら痺れる手で木刀を握って何とか立ち上がる。
「ばーか。これからお前が戦うかもしれない相手は例外なく身体強化を使ってくる。その時お前は同じことを言うのか?」
刀護の言う通り、エッジは、軽い身体強化を施しながら刀護の相手をしていた。
「・・・確かにそうかもしれないけど、ちょっと強すぎるだろ・・・それに結局、この何か別の事に意識を集中しながらの戦闘訓練の意味も良くわからないままだしな」
構えなおしながら不満を述べる刀護。
「そういや、まだ言ってなかったか。そうだな・・・これからお前も魔力を使った戦闘を経験していくわけだからな。よし、俺からの最後のレッスンだ。行くぞ!」
返事も待たずに切りかかってきたエッジの剣は、刀護にとって十分回避できる範疇の速度だった。
しかし、攻撃を見切って回避行動に移ろうとした刀護の足は、突然何かに強く払われ無様に地べたを舐めることになる。
そこに突きつけられる切っ先。刀護の完敗だった。
「ってぇ・・・何だったんだ?今のは・・・」
エッジの攻撃には細心の注意を払っていたはず。剣だけではなく手足の動きも見落としてはいなかった。
「何が起こったかわからなかったか?そりゃまあそうだろう。今のは魔法だ。圧縮した空気でお前の足を払ったんだよ。まだ魔力の感知ができないお前にはどうすることもできないだろうな」
「そんなのどうすりゃいいんだよ?それにさっきの話とどう関係があるんだよ」
刀護を助け起こしながらエッジは言葉を続けた。
「ちゃんと説明してやるからそう焦るなよ。まずはこの世界での戦い方だ。基本的には戦い方ってのはどこでもそう変わらない。初手は遠距離攻撃だ。地球でもそうだろ?ミサイルなり空爆なりで相手の戦力を削いでから始まる。こっちでもまず魔法を撃ち合うのが一般的だ」
「随分と物騒な例えだな・・・」
「そう言うなよ、わかりやすくしようと思っただけさ。それで、だ。魔物との戦いではこれでケリがつく場合も多い。素材が欲しい場合は
頭の中で話を噛み砕きながら刀護は頷いた。それを見ながらエッジも話を続ける。
「一般的なレベルでの戦いなら大体はこの武器を使った近接戦闘で決まる。魔法を専門にしている者は近づかれた時点でアウトだ。だが、ある程度以上の実力を持った者同士の戦闘は全く別物だ」
「別物?」
「そうだ。さっきも見ただろう?一流同士の戦闘は、剣の間合いでも魔法が飛び交うのさ。まあ自分を巻き込まないように規模は落とすがな。
「ふーん・・・親父が一流かどうかは知らんが、実際に見せられちゃ信じるしかないか・・・」
若干、胡散臭そうな表情をした刀護だったが、性格はともあれ剣の腕だけは信用しているエッジの言葉を受け入れた。
「お前な・・・自分で言うのもなんだが、俺は一応、魔王を討伐した勇者だぞ?ともあれ、今までの訓練の意味はそういうことだ。理解できたか?」
「ああ、わかったよ。これで教わることは全部か?そろそろ宿に戻って出発の準備をしないといけないんじゃないのか?」
早朝の薄暗さもなくなり、別れの時間が近づいているようだった。
「そうだな、それじゃあ最後にもう一つだけ」
「何だよ?まだあるのか?」
「ああ、そうだ。俺達がレインから勝ち取ったお前のマフラーのことについてだ」
「は?」
怪訝そうな表情の刀護。
「エッジよ・・・ついに明かすのじゃな?」
「思えば長かったですね・・・やっと真価を見せる時が来たと」
思わせぶりな由羅と宗角の言葉に息をのむ刀護。
「このマフラーが一体どうしたっていうんだよ・・・高級品ってのは知ってるけど、どんな秘密があるって言うんだ?」
勿体をつけながら、エッジは重々しく口を開いた。
「良く聞くんだ刀護。そのマフラーただ丈夫なだけではなく、隠された力があるんだ・・・」
「隠された力・・・だと・・・?」
「そうだ。その力とは・・・」
ゴクリと唾を飲む音だけが響く。
「魔力を流すことによって、風が無くても
「まさに完璧な機能じゃな」
「素晴らしい趣味だと思います。作者は天才ですね」
(・・・こいつらは何を言っているんだ?)
あまりにも馬鹿げた言葉に、脳が理解を拒否しているかのようだった。
やがて、ゆっくりと動き出した刀護は首に巻かれたマフラーをスルスルと外し、
地面へと叩きつけた。
「死ねっ!アホかっ!?そんなクソくだらねー物に大金使ってんじゃねーよ!もっと他に残す物があるだろうが!」
地面に落ちたマフラーをガシガシと踏みつける。
「刀護落ち着け、ちょっとした冗談だ!本当はちゃんとした能力を持っているから!」
その言葉に、持ち上げた足を止めギリギリと父の方へ首を回す。
「本当だろうな?嘘だったらその辺の道具屋に二束三文で売り飛ばしてやる」
エッジは苦笑しながら地面に落ちたマフラーを拾い上げると、軽く埃を払った。
「悪かったって。こいつを手元に残させたのにはちゃんと理由があるんだ。証明してやるからコレ持って打ち込んで来い」
そう言いながら自身の腰に
「コレって真剣じゃねーか!?さすがに親父でも危ねーぞ?」
「心配するなって。俺にはこいつがあるからな。それに身体強化も使うから大丈夫だ。たとえまともに攻撃を受けたとしてもかすり傷程度で済むさ」
マフラーを持ち上げながら自信ありげに言い放つ。
「・・・本気でいっていいんだよな?」
「勿論だ。思いっきりこい」
剣を構え、呼吸を整えると、自然体で待つエッジへ猛然と斬りかかった。
攻撃に対してまったく動こうとしない父を不審に思ったが、渾身の斬撃はすぐには止まらない。
しかし、振り下ろされた切っ先が肩口へ届きそうになった瞬間、刀護の腕はピタリと動きを止めた。
刀護が自ら止めたわけではない。振り下ろした剣に真紅のマフラーが絡みつき、宙に固定していたからである。
「なっ!?」
微塵も動かなくなってしまった剣から手を離しその場を離脱しようとした刀護だったが、マフラーの先端がまるで意思でも持ったかのように足元を襲う。
間一髪飛び
足首を捕らえそこない空を切ったかに見えたマフラーが明らかに本来の長さを超え、後退した刀護の足へと到達したのである。
一瞬にして膝から下をぐるぐる巻きにされた刀護は、本日三回目の地面の味を味わうことになった。
剣を捕らえたもう片方の先端は、エッジが触るでもなく器用に剣を鞘へと納めると、先を槍の様に尖らせた
「骨身に染みたか?これがこのマフラー・・・もとい
反則的な性能に唖然とする刀護。
「もう全部コイツ一枚でいいんじゃないかな・・・」
立ち上がりながら本音を漏らす。
「バカたれ、そんなわけあるか。それにお前はこれからコイツを使いこなさなきゃならんのだぞ?かなり特殊な装備だ。相応の時間がかかるだろう。だから無理にでも持ち歩かせることをレインに許可させたんだ」
「使いこなす・・・か・・・」
マフラー改め操霊布を受け取った刀護は、エッジの様に操ろうと念じてみたが、ピクリとも動かなかった。
「ダメみたいだ・・・」
「そのうち出来るようになるさ、俺はもう見てやれないけどな。だがお前に伝えるべきことは大体伝えたはずだ。後はレインに聞け。ほら、宿に戻って朝飯にしようぜ」
落ち込む刀護を励ましながらエッジは宿に向けて歩き出した。
朝食を食べ宿を引き払い荷物を抱えて外に出たところで二人は立ち止まった。
「ここまでだな。俺は必要な荷物を買いそろえたらすぐに出発するよ。魔族の馬鹿共の
「早いとこ終わらせてくれよ?母さん達も心配してるだろうから。俺も異界送りを使いこなせるように努力してみるよ。自信は全然ないけど」
エッジは弱気な刀護に軽くゲンコツを落とした。
「違うだろ刀護。そこは次に会うまでに俺を超えて見せるくらい言わないとな?それに借りを返さないといけない相手がいるだろうが」
宿に付随した厩舎に目を向けながら笑う。
「そうだったな・・・次に会った時にはあのクソトカゲに目にもの見せてやらないと」
旅の間、己より格下の存在であると認識した刀護を完全に無視し続けたジュラ。そんな高慢な爬虫類を屈服させることが、刀護の目標の一つなのであった。
「それでいい。それじゃ俺は行くよ。まあ送言具があればいつでも会話できるから心配はしてないんだが・・・そうだ、最後に一つだけ約束してくれ」
「約束?・・・難しいことじゃなければ別に構わないけど」
「どうだろうな。簡単かもしれないし難しいかもしれない。とにかく一つだけさ。『生きて再会すること』これだけだ」
予想外に重い言葉で返答に困る刀護。
「・・・レインさんも言ってただろ?そんなのわかんねーよ。出来る限り努力はする。それじゃだめか?」
「甘いことだってのはわかってるんだ・・・それでも俺はお前を五体満足で地球に返してやりたい。こんなんでも一応お前の親父だからな。ガキの心配をするくらい当たり前だろ」
「親父・・・」
らしくない父の姿に、絶対に生きて再会すると約束してあげたかったが、先日のレインの言葉もあり、刀護にはどうしても未来を楽観視することができず、下を向いて口ごもってしまう。
そんな時、そこに響いたのは由羅達の声だった。
「安心せよ。儂らが全力を以て刀護を護ろう。約束じゃ」
「言われるまでもありませんね。私達が傍にある限り刀護君の安全は保障されたも同然です。エッジさんは何も気に病むことなく己の使命を果たしてください」
はっと顔をあげた刀護。
「由羅?カクさん?」
「お主も何をしょぼくれておる。いつも通りに難しいことなぞ考えず前に進めばいいのじゃ!わかったら返事をせよ!」
「お、おう!」
心強い由羅の言葉に励まされる刀護。
「それでいいんですよ刀護君。用心は必要ですが心配ばかりでは歩みを進めることはできません。失敗しても我々がいますよ。ですから迷う事などないのです。それではだめですか?エッジさん」
エッジは二人の言葉に心の
「そうでしたね・・・お二人ともありがとうございます。刀護の事、よろしくお願いします」
最初にこの世界に降り立った日同様に、深く深く頭を下げた。
「じゃあまたな!次に会う時までに少しは腕をあげておけよ!」
「親父こそしくじるなよ?ばあちゃんの御馳走が待ってるんだからな!」
互いに手を振って別れ、背を向けて歩き出す。
地球で待つ家族の顔を思い出しながら。
これからの旅路に思いを
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