平和な世界で平和に生きるために

突然飛び出していったエッジを待つ間、刀護は地上の住居部分の片づけを買って出ていた。

「トウゴは家事とか得意なんだ?とっても助かるわ・・・きっと性格も容姿も母親似なのね。髪の色も瞳の色もアイツと違うし」

エッジは赤茶色の髪に碧眼である。対して刀護は黒髪黒瞳で純日本人な顔立ちであった。

「そうなんですよ。よく全然似てないって言われますね。姉ちゃんも全然似てないです。二人とも完全に母親似ですね」

「でもいいじゃない。素敵よ?その真っ黒な髪と瞳。それに姿かたちは似てなくても、間違いなくあなたには勇者ベイルの血が流れているわ。あのえげつない剣を見ればわかるわよ」

「あはは・・・えげつないですか・・・。髪の色や瞳の色が父と違うことはあまり気にしていませんでした。・・・髪か・・・そういえばこっちの世界にきてからずっと髪を切る暇がなかったので大分伸びてしまったんですよね。この街に髪を切ってくれるお店ってありませんか?」

ただでさえ帰省時に実家にあるバリカンで頭を丸めようと考え、少し伸ばし気味の坊主頭になっていた刀護である。そこから更に80日程経っている現在、坊主頭とは言えない程に髪が伸びてしまっていた。

「その程度の長さなら髪を切る必要なんてないじゃない。むしろもうちょっと伸ばすべきよ?」

掃除の手を止めずに刀護は答えた。

「自分は一度も髪を伸ばしたことがないので今の状態はなんだか落ち着きません・・・ですがレインさんがそう言うならもう少し伸ばしてみようと思います」

「そうしなさい。その方がかっこいいわよ?」

「か、かっこいい・・・ですか・・・?自分にはわからないです・・・よし、掃除は大体終わりました。他に片付ける場所はありますか?」

生まれて初めて容姿を褒められた刀護は、照れながら掃除の完了を告げた。

「ううん、十分よ。ありがとうトウゴ。丁度、エッジも戻ってきたみたいだし、ここに座ってゆっくりしてなさい」

敷地内に入ってきた気配を感じ取ったレインは、自分が腰かけているソファの隣をぽんぽんと叩きながら微笑みかけた。

黙っていれば美人のレインの申し出に赤面しながら固まっていると、救いの神が玄関に現れたのだった。

「すまん、待たせたな」

「待ったわよ。一体何を買いに行っていたのかしら?」

戻ってきたエッジに、レインは冷え切った声音で問いただした。

「悪かったって。こいつを買いに行ってたんだ。どうせこれから必要になるし、ちょっとした実験もしようと考えてな」

そう言いながら腰に着けていたポーチを開け、中に入っていた三対の送言具を取り出し刀護とレインに手渡した。

「これで俺が旅に出ても、いつでも会話ができるぞ」

渡された送言具は白が一つと黒が一つ。形状は2センチ程の立方体から細く短い鎖が伸びているというものだった。白と黒で一対らしい。

「そっちの白いのが俺と、黒いのがレインと繋がるようにする」

同じように白と黒の送言具を渡されたレインが呆れたように口を開いた。

「必要な物だってのはわかるけどさ、あんたの金銭感覚も大概よね。これ一対で金貨2枚もするのよ?私かトウゴがアンタと連絡を取れればいいだけじゃない。二つ分必要ないわよ。勿体ない」

「お前には言われたくないな・・・しかしまあそう言うなよ。いざって事もあるだろ?保険はかけておいた方が良い。それにうまくいけば面白いことになるからな」

そう言いながら、自分が持っていた黒い送言具の鎖部分を引っ張った。

「お前が持ってる白いほうのヤツの鎖を引っ張ってこいつに軽くぶつけるんだ」

刀護は頷いてエッジの言う通りに、白い送言具の鎖を引っ張り、黒い送言具にコツンとぶつけた。

「よし、最後にもう一度鎖を引けば登録完了だ」

エッジとの登録を終わらせ、更にレインとも同じように送言具の登録をした。

「登録を終えたら、あとはいつでも使える。鎖を引っ張ればいいだけだ」

言葉と共に、もう一度鎖をひっぱるエッジ。

すると、刀護の白い送言具が鈴の様な音を発しながら光り始めた。

「うわっ!?何だこれ・・・どうすりゃいいんだ?俺もこの鎖を引っ張ればいいのか?っていうかマジで携帯電話みたいだなこれ」

驚きながらも送言具を観察する刀護。

「ああ、そうだ。それを引っ張ればこっちと繋がる。通話を切る時も同じだ。基本的に通話中は常に魔力を使う。どれだけ離れても繋がるが、距離が離れれば離れるほど消費する魔力も大きくなるんだ。これだけ近ければ消費量はほぼ無いと考えていい」

「へえ、便利なもんだな。んじゃ早速使ってみるか」

刀護も鎖を引き、送言具を通話状態にした。

「準備はできたな?それじゃあ由羅様・・・、何か話していただけませんか?」

突然話を振られた由羅が、驚いて口を開いた。

「儂か?話せと言われても何を話したらいいのかのう?」

すると刀護に触れていなければ聞こえないはずの由羅の声が、エッジの持った送言具から聞こえるではないか。

「どうらは実験は成功のようだな。やはり刀護の魔力を通して声が聞こえるってのは間違いないみたいだ」

嬉しそうに笑うエッジ。

「これは便利じゃのう!不便なくお主らと話が出来るようになる日が来ようとはな!エッジよ、良くやった!」

「確かにこれはありがたいですね。私からもお礼を言わせてください」

エッジの機転にレインも驚いた顔をしていた。

「あんたがこんなことを思いつくなんてね、意外だったわ。確かに送言具は魔力の糸を直接繋いでいるわけだから、体に触れているのと大差はないのかもしれない」

難しい事はさておいて、刀護も封印の中の二人が自由に会話を出来るようになったことを心から喜んだ。




「さてと、とりあえずアンタたちの目的は果たせたのよね?刀護は明日から私が預かることにするわ。今日は一度、宿に戻って明日の朝またここにいらっしゃい。それまでに今後のプランを考えておくから。それでいいかしら?」

レインの提案に刀護は頷いた。だが、エッジの反応は違った。

「その前に一つ聞かせてほしい事があるんだが、いいか?重要な事だ」

真面目な口調になったエッジに対して、レインも表情を引き締めた。

「何よ?聞いてあげるから言ってみなさい」

数秒の間を置いた後、エッジはゆっくりと言葉を紡いだ。

「俺が異世界に旅立った後の話の事だよ。剣を売った時に聞いたんだ。他にも色々な所でな。俺やじいさんやミースさんの功績が本来よりもかなり過剰に盛られていること。そしてその功績の中にお前とドルカスがいないこと。世間ではお前が俺達の荷物持ちとして扱われていること。どういうことか話してもらおうか?」

エッジの話にため息をつきながら、レインはうんざりとしながら答えた。

「はぁ・・・あんたが異世界に渡った理由を忘れたの?魔王のヤツも言ってたじゃない。強い力は疎まれるってね。まさにその通りだと私もドルカスも考えたからよ。異世界へ旅立ったあんたはどうでもいいとして、亡くなったお二人には申し訳ないと思ったけど、魔族相手に大活躍した3人の影に私たちは隠れさせてもらうことにしたのよ。予想以上に上手くいったわ。ちょっと不名誉な通り名はついちゃったけどね」

だが、話の内容に不自然さを感じた由羅がレインに問いかけた。

「話はわかったが、お主ら有名だったのじゃろ?魔王討伐の道中は目撃者も多かったはずじゃ。レインが戦っている場面を見た者もおるのではないか?それを無理やり荷物持ちにするのは無理があるような気がするのじゃが」

もっともな意見だったが、レインはあっさりと反論した。

「それがそうでもないのよ。私達は魔族全体から常に狙われてたし、それどころか結構頻繁に魔王自身が襲撃をかけてきたのよ。正直、有象無象が集まってても被害が増えるだけだから、私達って単独行動がほとんどだったのよね。それに街の中では、私って本当に荷物持ちだったのよ?ドルカスは自分の荷物は自分で持ってたけど、尊敬する先生とミース様に荷物を持たせるなんて許せないし、エッジはあんなんでも一応、現人神フレナ様から聖剣を授けられた本物の勇者だもの。人目がある場所で荷物なんて持たせられなかったのよ。んで結局私がドルカス以外全員の荷物を持ってたわけ」

「お主も苦労したのじゃのう・・・」

苦笑しながらレインは答えた。

「そこそこね。でもまあそのおかげで、今こうして気楽に暮らせているわけだし、この事に関してはエッジに感謝してあげてもいいわ」

「良く分かった。微妙に釈然としないが、まあいいだろう。聞きたいことはそれだけだ。それじゃ明日の朝また来るよ」

エッジは外に出ようと玄関へ向かった。

しかし、その背にかかったのは別れの挨拶ではなかった。

「は?何言ってるの?もう来なくていいわよ。むしろ邪魔ね。アンタ過保護すぎるのよ。さっさと自分の目的を果たしに行きなさい」

「なっ!?邪魔ってなんだよ!それに過保護ってことはないだろ!?」

自らの行いを顧みないエッジに辛辣な言葉が飛んだ。

「過保護でしょ」「過保護じゃな」「親馬鹿ですよね」

刀護は一人無言でなんとも言えない表情をしていた。

過保護を認めようとしないエッジにレインは更なる追撃をかける。

「刀護の装備を見ればわかるわよ。古龍でも退治しにいくのかしら?こんなお金のかかった装備品で全身を固めてたらそれこそ誘拐されかねないわよ?」

「それはっ・・・刀護の身の安全のために・・・」

思い当たる節があるのか、エッジの言葉は尻すぼみになっていった。

「これ、全部預からせてもらうから。駆け出しが高性能な装備に頼ってたらいつまで経っても成長しないもの。明日までにこっちで用意しておくから心配しなくていいわよ?」

レインの厳しい言葉にエッジは必死に懇願した。

「頼む!せめて、せめてこれだけは残してやってくれ!」

そう言いながら手に取ったのは、刀護の首に巻かれた真紅のマフラー。

「なんでこれなんだよ!」

「儂からも頼む。このマフラーだけは譲れんのじゃ!」

「私からもお願いします。これは刀護君のアイデンティティのようなものなのです!」

見事なまでにエッジに乗っかる由羅と宗角。

「由羅とカクさんまで・・・」

三人の妙な迫力に押されたレインは、渋々マフラーの着用だけは認めることにしたのだった。




「それじゃトウゴ、また明日ね」

レインに送り出されて宿に帰ってきた刀護は、ベッドに寝転がりながら父親と由羅達の会話をぼんやりと聞き流していた。

(久しぶりに自分以外の日本語の会話を聞いたような気がするな・・・)

そんなことを考えながら暫しの時が流れ、そろそろ寝ようかと考えた頃、エッジはふとある事に気づいて由羅へと質問した。

「そういえば由羅様って随分と古風な話し方ですよね?やはり当時の人はみんなそういう話し方だったのですか?」

何気ない質問だった。そうだ、と言われればそれでおしまいの何気ない質問。刀護も特に疑問に思ったりしていなかった。

だが事実とは無情である。

「これか?これはのう、香奈に教わったのじゃ。なんでも男子永遠のジャスティスとか言っておったぞ?最初はそれなりに難儀したものじゃが、今ではすっかり慣れてしまったのう。今更戻すことなぞできんぞ?儂も気に入っておるしな」

「姫様は元々、それはそれはきれいな言葉を使っていらっしゃいましたよ?私は今の方が好きですけどね」

知らないほうが良かった。

そう思いながら刀護とエッジは就寝の準備をするのだった。

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