封印

レインの言葉は耳を疑う内容だった。

「私の研究を完成させるために、トウゴを研究材料にしたいのよ」

「・・・ふぁ?」

あまりの申し出に変なところから声が漏れた。

エッジは腰に差した剣の柄を握り、レインを睨みつける。

「何のつもりだ?返答次第ではお前でも容赦できんぞ」

それを見たレインは、自分の説明不足に気づき、慌てて手を振りながら言葉を続けた。

「あああ、そうじゃなくて!コレ・・にトウゴの血を分けてほしいだけよ!トウゴ自身をどうこうするつもりなんて微塵もないわよ!?」

試験管のような形の陶器製の入れ物の見せながらレインは言った。

「最初からそう言えよ。お前こそ馬鹿なのか?血を分けるくらいなら問題無いよな?」

エッジは刀護に確認する。

「そのくらいなら構わないけど、注射器ってあるのか?」

「少なくとも俺は見た事ないな。バサッと指でも切って直接入れたらいいんじゃないか?」

「殴られて鼻血出すのなら慣れてるんだけど、自分で自分の皮膚を切るってのは何だか怖いんだよな・・・」

へこむ刀護にレインが声をかけた。

「そんな必要ないわよ?ちょっと手を出して」

そう言われた刀護は、指ぬきのグローブをつけたままレインに手を差し出した。

レインは、指の一本を手に取るとその先に試験管をかぶせ、10秒ほどの時間をおいた。そして、ゆっくりと試験管を外し、蓋をしっかりと閉める。

「はい、おしまい。協力に感謝するわ」

地味だが高度な技術に驚愕する刀護。

「すげぇ・・・何の痛みも感じなかったし傷跡すらないなんて・・・これが地球より進んだ医療技術か・・・」

驚く刀護を他所に、エッジはレインに質問した。

「結局、まだ三つ目の条件の詳細を聞かせてもらってないぞ。なんで刀護の血が必要なんだよ?魔力量がどうとか言ってたけど」

「そうだったわね、じゃあ説明してあげる。あんた達がここに来た理由の一つに、普通じゃ考えられない量の魔力を抑えるためってのがあるわよね?」

「・・・まあそうだな」

「その魔力過多の原因ってなんだと思う?」

「さあな、俺も魔力量に関しては常人より遥かに大きいだろうから、それが原因なんじゃないのか?」

「トウゴの魔力量はあんたと比べてどのくらい大きいの?」

その言葉に反応したのは由羅だった。

「刀護よ、エッジに真由羅を触るように言うのじゃ」

理由はわからなかったが、刀護はエッジにそのことを伝え鞘を握らせた。

すると、エッジの膝がガクッと折れ片手をつく。

すぐに起き上がったが、突然の出来事に驚いたようだ。

「何だったんだ?今のは」

刀護は由羅に何が起こったのかを尋ねた。

「一瞬だけエッジの魔力を封印して、儂にかかる負荷で魔力の量を調べたのじゃ。その結果、刀護の魔力の量は、エッジの魔力と比べて数倍の大きさがあるようじゃ」

刀護は由羅の計測内容をレインに伝えた。

「それはすごいわね・・・私は、刀護の魔力の異常は異世界の血にあるんじゃないかと考えたのよ。それで刀護に実験を手伝ってもらおうと思ってここに呼んだわけ」

「でもそれって、まだ確定したわけじゃないですよね?」

「そりゃそうよ。だからこれからそれについて調べるの。少し時間はかかると思うけど、何か月も待たせたりはしないわ。そうね・・・調べるだけなら数日。もし当たりなら、それを基に研究を完成させるのに一か月ってところかしら」

それでも随分長いと感じたが、突然押し掛けた身としては文句を言うわけにもいかない。

「一か月だな?わかった。刀護も構わないだろ?」

「ああ、でも一か月の間、俺は何をしていたらいいんですか?」

エッジに頷き、レインへと質問する刀護。

「それはちゃんと明日までに考えておくから心配いらないわ。それより、私が出した条件を全てクリアしたんだから、約束通りトウゴの魔力の封印を始めるわよ?準備はいい?」

「そうだったな。すまんが頼む。金は明日にでも用意するよ。どのくらいかかるものなんだ?」

「出世払いでいいわよ。あんたにすぐ用意できる金額とは思えないから。一応伝えておくけど、心臓にかける、魔力を半減させる封印が一つ聖銀貨3枚、体にかける、一定量の魔力を抑える封印が一つ白金貨5枚よ。とてもじゃないけどこんな大金払えないでしょ?」

レインの告げた金額は、この世界で、それなりに立派な家が、土地付きで買える程の値段だった。

驚いた表情をしているだろうとエッジの顔を見たレインだったが、そこには予想外に安堵の表情を浮かべたエッジの姿があった。

「よかった・・・そのくらいならすぐにでも用意できる。とりあえずこれで足りるだろう?余った分は刀護を預ける手間賃だと思ってくれ」

王都クリスベルンで金銭感覚が壊れてしまったエッジは、いともあっさりと懐から神鉄貨を1枚取り出し、レインの手に握らせた。

手のひらに乗った神鉄貨を見て、レインはしばらく固まった後、疑わしいどころか完全に犯罪者を見る目でエッジを睨む。

「・・・あんたこれどこで盗んできたの?さっさと白状して大人しく縛につきなさい」

テンプレートなリアクションにため息をつくエッジ。

「そんなもんがほいほい盗める場所にあるか。俺が持ってた『勇者の遺品』を売ったんだよ。前にお前の剣を作った時に出た端材でじいさんとドルカスがお遊びで作ったやつ。覚えてるか?」

「剣の事は覚えてるけど・・・勇者の遺品?」

「は?お前知らないのか?俺が残していった物がとんでもない値段で取引されてるみたいなんだが、てっきりお前かドルカスが出所でどころだと思ってたよ。俺の荷物はお前らが持ってるはずだからな」

その言葉を聞いて、レインは深く考え込んでいるようだった。

「なるほどね・・・あんたはもう戻ってこないものだと思ってたし、ドルカスも要らないって言うから、あんたの荷物は10年位前に全部売ったわ。研究資金にも困ってたしね。でも面倒くさいから処分は全部研究所の職員に任せたのよ。そしたらとんでもない金額持って帰ってくるんですもの、びっくりしたわ。やっと謎が解けたって感じね」

しれっと答えるレイン。

「まあわかってたよ・・・それに関して特に文句を言うつもりはねえ。とにかくその勇者の遺品で得た金だ。汚い金じゃねーよ」

「・・・とりあえず信用してあげるわよ。私もあんたの残していった荷物で随分と助けられたし。まあ殆どはこの子に消えちゃったけどね」

そう言いながら、培養槽を撫でるレイン。

「・・・なあ、自分で言うのもなんだが勇者の遺品の値段ってそう易々と使い切れる額じゃないよな?お前、そいつにどれだけつぎ込んだんだ?」

恐る恐るエッジは訊ねた。

「さっきも言ったでしょ?この子は私と先生の努力の結晶よ?資金が足りなくて先生が断念した素材のみならず、思いつく限りの素材を集めて作り上げた最高傑作よ?半端な額で済むはずがないじゃない。設備も併せてざっと神鉄貨80枚は下らないわね」

金遣いの荒さは知っていたが、さすがに行き過ぎである。うすら寒い狂気を感じたエッジは、金額について深く考えることをやめた。

「それだけ資金をぶっこんでまだ完成してないのかよ。刀護の血なんてなくても十分なんじゃないか?」

「それがね、自由になるお金が沢山あったものだから、ついやりすぎちゃったのよね・・・おかげで素体の魔力の容量が足りなくなっちゃったのよ。それで器を広げるためにトウゴの血を調べさせてほしいわけ」

「よくわからんが、すごいってことなんだろ?もう何でもいいから刀護の封印を頼む」

エッジは理解を早々に諦め、刀護の封印を優先することにした。

「そう?じゃあ私は準備してくるから、そこの通路を左に曲がって突き当りの部屋で待ってて」

そう言い残して去って行くレイン。

その後ろ姿を見ながら由羅達が素直な意見を述べた。

「・・・想像以上にぶっ飛んだ女じゃの」

「そのようです。あの研究への情熱は、一歩間違えたらマッドサイエンティストですかね」

二人の言葉を心の中で肯定しながら、指定された部屋へと向かう刀護だった。



刀護たちが通された部屋の床には、魔法的な儀式を行うための大きな魔法陣が描かれていた。

魔法陣を眺めるのにも飽きて、部屋の中をうろうろしていると、ようやくレインが姿を現した。その手に一抱えもある袋を携えて。

「待たせたわね。すぐに始めるから上半身裸になって魔法陣の真ん中で仰向けに寝てちょうだい」

レインの言葉に従い、背負った刀を外して服を脱ぎ、刀を抱えたまま仰向けになった。

「まずはこの封印からね」

袋から魔法陣が描かれた折り紙程の大きさの紙を一枚取り出し、刀護の心臓の位置に置く。

さらに握り拳程の赤く輝く水晶のような石を取り出し、先程の紙の上に置いた。

「行くわよ」

言葉と共に魔法陣に魔力を流すレイン。

すると、紙は一瞬で燃え尽き、その上にあった石が溶け始め、そして刀護の中へと染み込んでいく。

きれいさっぱり石が消えてなくなった時、レインが口を開いた。

「とりあえず魔力の半分を封印したんだけど、どんな感じかしら?」

そう言われても正直なところ、刀護には何がどう変わったのかわからなかった。

「すみません。俺にはよくわからないです。由羅ならわかるか?」

「全然ダメじゃ。もう半分にしてもまだ足りぬ」

刀護は由羅の言葉をレインに伝えた。

「本当にとんでもないわね・・・じゃあもう一回行くわよ?」

先程と同じ手順を繰り返すレイン。

「これでトウゴの魔力は7割5分封印されたことになるわ。これでもまだ足りないんでしょ?あとどのくらい?」

「そうじゃな・・・あとエッジ一人分くらいかのぅ」

そのまま通訳すると、レインは呆れたようだった。

「それならこっちの、一定量の魔力封印を5つ使えばエッジ一人分くらいになるわ」

先程とは違う魔法陣が描かれた紙と、先程より二回り小さくなった石を取り出すと、同じ要領で、今度は左手首に封印を5回施した。

「今度はどうかしら」

「うむ!丁度良いと思うぞ?・・・刀護よ、長らく待たせたのじゃ。今から儂の封印を解くぞ。立派に魔力を使いこなして見せよ」

約80日ぶりに由羅の封印を解かれた刀護だったが、やはり変化を感じることはできなかった。だが、命の危険が無くなったというのはやはり嬉しいものである。

「大丈夫なようです。由羅の封印もすでに解かれました。どうやら死んでないみたいですね・・・レインさん、ありがとうございました!」

「いいのよ、ちゃんと報酬ももらってるしね?それにあなたからちゃんと魔力を感じられるようになったわ。そうね・・・ここまでやってもまだ普通の人よりも少し多いくらいかな」

「自分では全然わからないんですけどね。・・・由羅も今まで本当にありがとう。これからは自力で魔力を制御できるように精進するよ」

「うむ。しかしな、今後、儂を手放しても死ぬことはないのじゃが、今まで通りできる限り肌身離さず持ち歩くがよい。その方が儂らとの親和性も上がりやすいと思うしの」

「わかったよ。それにもう体の一部みたいなものだし、言われなくても手放したりしないさ」

「う、うむ!それでよいのじゃ!今まで通り風呂も寝床も共にするがよいぞ!」

由羅の言葉に苦笑しながらも、嬉しく思う刀護。

その肩に手を置いたエッジが、なぜか涙目で鼻水をすすりながら話しかけてきた。

「・・・良かったな刀護・・・これで命の危険はなくなったんだな・・・本当に良かった・・・」

それを見た刀護たちの第一声はというと。

「「「気持ち悪い(のじゃ)」」」「こらこら、失礼ですよ」

仮面を外し涙と鼻水でぐずぐずの顔と、あまりの親馬鹿っぷりについ本音がもれる一同。

息子やかつての仲間の手ひどい言葉に打ちのめされるかと思いきや、エッジは言葉以上のある事に驚きに、刀護の肩に置いた手を反射的に引っ込めながら後ずさった。

「な、な、何だ今の!?頭に直接響くような声が・・・まさか由羅様と宗角さんか!?」

その言葉に一番驚いたのは由羅と宗角だった。

「なぬっ!?凪森の血族以外に儂らの声が聞こえるなぞ聞いたことがないのじゃが・・・おいエッジよ儂の声が本当に聞こえておるのか?」

だが由羅の呼びかけにエッジは答えなかった。

「はて・・・どういう事なのでしょうね?・・・先程、エッジさんが反応を見せた時は刀護君の肩に手を置いていました。もしかしたらそれが関係するのかもしれませんね」

「じゃが、今までもエッジが刀護の体に触れている時に儂らが言葉を発していた時なぞ沢山あったじゃろうが」

事態を正確に把握していないレインが事の成り行きを見守る中、宗角が自分の推測を話し出した。

「その時の刀護君には、完全に封じられていたために魔力がありませんでした。ですが、今はそれがあります。体内を流れる魔力に乗ってエッジさんに我々の言葉が届いた・・・と言うのはどうでしょうか?」

「そんなことが起こるものなんですか?」

刀護が宗角に尋ねた。

「魔力自体が我々にとって未知の物です。詳しいことは不明ですが、それが一番わかりやすいのではないかと考えただけです」

宗角の推測をエッジとレインに話し、二人に刀護の体に触れてもらう。

「聞こえるかの?」

由羅の言葉が響いた。

エッジとレインは同時にビクリと体を震わせたが、すぐに冷静になり、言葉を返した。

「本当に聞こえた・・・やっぱ魔力のせいなんでしょうか?でも、やっとお二人と会話が出来て嬉しく思います。今後ともよろしくお願いします由羅様、宗角さん」

「へえ、話には聞いてたけどすごいわね。ユラとソウカクでいいのよね?初めましてって言うのもおかしいかもしれないけど、よろしくお願いするわね」

二人の挨拶に由羅と宗角も挨拶を返した。

「うむ!儂が由羅じゃ!二人ともよろしく頼むぞ」

「私が宗角です。こちらこそよろしくお願いしますね」

挨拶も終わったところで、刀護が口を開いた。

「それにしても魔力ってのは本当に便利なんだな・・・まさか由羅達と親父が会話できるなんて」

「だが、多分お前、というか凪森の血のフィルターを通さないと声は聞こえないと思うぞ?俺が今まで刀に触っても声なんて聞こえなかったからな。お前に魔力が戻ったことで、それを通じて声が・・・」

そこまで言ったところで考え込んでしまったエッジ。

「どうしたのよ?ただでさえ不審者なのにこれ以上磨きをかけてどうするの?」

辛辣な言葉にも耳を貸さず考え込むエッジ。やがて勢いよく顔をあげたエッジは、こう言い残して外へと走り去っていった。

「ちょっと買い物してくる!すぐに戻るから待っててくれ」

突然の事態に一同はただ呆然と待つことしかできなかった。

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