レインの秘密と刀護の告白

「さて、それじゃあ三つ目よ」

屋内に入って開口一番の言葉がそれだった。

「二つ目はクリアで良かったのか?三つ目も出来れば簡単な内容にして欲しいんだが・・・」

「二つ目は文句のつけようがないわよ。チキュウって世界も侮れないわね・・・そんな事より三つ目なんだけどね?」

何故か満面の笑みで話を進めようとするレインに、エッジは疑わし気な視線を送る。

「お前怪しいぞ?文句なんて言わないから全部素直に話せよ」

「別に何か隠し事をしようなんて思ってないわよ?まああんたがそう言うなら事の経緯を全部話してあげてもいいわ」

「前置きはいいよ。とっとと話せ」

エッジからの言葉を受けて、咳ばらいを一つしてからレインは話し始めた。

「実のところを言うとね、あなた達を受け入れた理由の一つでもあるのよ。というかこれがメインかもしれないわね。刀護の魔力量の事よ」

「詳しく話せ」

「あんた、私と先生が何を研究していたか知ってる?」

「いや、知らんな」

「私が先生の弟子になってから120年。先生が亡くなった後、研究を引き継いで25年。190年程しか生きていない私の人生の大半をかけた、私の分身と言っても過言ではない代物よ」

レインの回りくどい言い回しに、段々とじれてくるエッジ。

「もったいぶらないでさっさと本題に入れよ。大層な研究だったってのはわかったから」

「そうね。実際に見てもらった方が早いわ。それじゃ二人ともついてきて。こっちよ」

そう言いながら、二人の返答も待たずに、家の奥へと歩き出すレイン。

顔を見合わせながらも、他に選択肢があるわけでもないので、二人は大人しくついていくことにする。

さして長くもない廊下を歩いていると、何もない壁の前でレインは立ち止まった。

「ここよ」

どことなく誇らしげな顔でレインは言い放つ。

刀護もエッジも何となく展開は読めたが、あえて何も言わず見守ることにした。

壁に手をついて魔力を流す。すると、壁は溶けるように消え、地下へと降りるための階段に続く扉が姿を現したのだった。

「ありきたりじゃな」

「そんなことを言ってはいけませんよ。それにかなり高度な隠蔽に感じられますしね」

実際に、エッジが見ても壁にしか見えなかったのである。宗角の言う事は事実だった。

由羅の言葉に苦笑しつつ、階段を下りていくレインに続く。

つづら折りの長い階段を下りると、そこには、地上に建っていた家とは比べ物にならないほどの広さの研究施設が広がっていた。

(これが庭ばかりが広かった理由か・・・にしても随分と立派な設備だなぁ。何に使うかは全然わからないけど・・・)

「すごいでしょ?ここが先生と私専用の研究所よ」

ドヤ顔で自慢げに誇るレイン。

「お前って街の真ん中にあるでかい研究所の主なんだろ?なんでこんな場所に研究所を持つ必要があるんだよ?」

もっともな質問をぶつけるエッジ。すると驚きの答えが返ってきた。

「え?あそこの所長なんてとっくの昔に辞めたわよ?研究以外の仕事なんて真っ平だもの。今の私は名誉顧問ってところかしら?それに元々、人が多い場所でなんて危なくて研究できない物が多かったから、私達はこっちをメインで使ってたのよ」

「はぁ?じゃあなんだってお前も、じいさんも、でかい研究所の方に住んでたんだ?わざわざここに通うなんて不便だろ」

そう質問されたレインは口ごもった。

「それは・・・その・・・」

「全部話すんじゃなかったのか?」

エッジに詰め寄られしかたなくレインは白状した。

「・・・あっちに住んでいれば身の回りの世話は全部やってもらえるもの・・・それにこっちの家にはあまり部外者を入れたくないし・・・」

もじもじと恥ずかしそうに後ろを向いてしまうレイン。

つまりは師弟共にものぐさなだけであった。

散らかった地上部分を思い出し、刀護の中でレインの評価は強くて美人だけど残念な人というものになった。

刀護は、白けた表情のエッジに小声で問いかける。

「前に言ってたレインさんの欠点ってこういう事なのか?」

レインに聞こえぬよう答えは小声で返ってきた。

「家事ができないわけじゃない。むしろあいつの料理なんかは一級品だ。だが基本的にめんどくさがりなんだよ。あいつの先生もな」

「でも親父、前に言ってた欠点で当てはまってない物があるように見えるんだが」

「ああ、わかっている。ここにつながる扉でも見ただろ?あいつの幻惑の魔法は凄まじい技量だ。見た目だけじゃなくて質量すら感じられる幻を操るんだ」

「まさかっ!?それって・・・つまり・・・」

そういいながら10メートル程先に居るはずのレインの姿を見る。

するとそこには、後ろを向いて恥ずかしそうにしていたはずのレインが、いつの間にかこちらを見ていた。抜群・・のプロポーションの上に、完全に消え去った表情を乗せたまま。

だが、エッジはそのことに気づかなかった。表情と一緒に気配も殺気も消え去っていたからである。

刀護は父を止めようとした。そこから先は言ってはいけない。絶対に。だが、あまりの恐怖に刀護の口は動かなかった。

そして終わりは訪れる。


「よく聞け刀護、信じられないかもしれないが、あいつは、超高度な幻術で胸を盛っていごぷっ・・・」


「「「ひぃっ!?」」」刀護のみならず、由羅と宗角までもが、あまりの恐怖に悲鳴をあげる。

以前、エッジから聞いていたレインの欠点なるもの。それは、気が強いがへこみやすいこと。酒と朝に弱いこと。気に入ったモノ以外に極端に関心が薄いこと。金銭にルーズで脳筋なこと。そして、『貧乳』であること。

刀護がレインに出会ってみて感じたことは、貧乳とは程遠い、巨乳と言っていいプロポーションを持った強くて優しくて美しい女性だった。

だが、人には知らなくても良い事がある。

音もたてず、空気すら揺らさずにコマ落としの様に刀護の視界から消えたレインは、父の顔面に拳をめり込ませた・・・・・姿で現れた。

刀護は、異界の地で父を失ったことを悟った。せめて安らかに眠れるよう祈ることくらいしか自分にはできないだろう。

父の顔から拳を引き抜き・・・・ゆっくりとこちらを見るレイン。

崩れ落ちるエッジには一顧だにしない。まるで落ちているゴミでも扱うように。

その瞳に映るのは虚無。怒気も殺気も感じられない。感じるのは圧倒的な恐怖。

「信じられん・・・アレの前では宗角が集めた呪いなど赤子同然じゃ・・・」

「なんと禍々しい・・・すみません・・・たとえ我々でもアレから刀護君を守り切れる自信がまったくありません・・・」

目の前に立っているのは『死』そのものだった。一歩も動けない刀護に、レインは静かに語りかけた。

「・・・あなたはベイルの息子ですものね?きっと大きな胸が好きなんでしょう?正直に答えなさい。怒らないから。・・・そうだ、言っておくけど嘘が通じるなんて思わないことね?」

エッジは生粋の巨乳派だ。ちなみに恵美も香奈もその胸は豊満であった。

怪しく発光するレインの瞳。きっと嘘を看破する魔法でも使っているのだろう。

絶望の中、刀護は恐怖だけでなく相当の羞恥も感じつつ、絞り出すような声で本心を打ち明けた。



「・・・自分は・・・控えめな胸の女性が・・・好きです・・・」



女性慣れしていない男の一世一代の告白。それは紛れもない事実だった。


凪森刀護は『貧乳派』である。



目をつぶり、己の死を覚悟する。

しかし、その瞬間は訪れなかった。

何故なら何者かに優しく抱きしめられていたからである。

恐る恐る目を開けると、自分を抱きしめていたのはレインだった。

しかも先程と違い、その胸には何も盛られて・・・・いなかった。

「そうよね、大きくたって何も良い事なんてないもの。戦う時にも邪魔になるし、噂では肩もこるらしいし、頭も悪そうに見えるわよね?」

最後は偏見のような気がするが、今は自分の命が惜しい。ひたすら頷く刀護。

わざわざ幻術で盛っていた事になんてつっこめるわけなどない。

だが、血の海に沈んでいく父親を見て、意を決して言葉を発した。

「あ、あの・・・親父は大丈夫なんでしょうか・・・?」

しかし返ってきた言葉は無情だった。

「えっ?誰の事かしら?そんなことよりも早く三つ目の条件を満たしに行きましょう。あなたはこれから私と一緒に旅に出るんだからね?大丈夫よ、一生私が面倒みてあげるから心配いらないわよ」

もの凄く良い笑顔で返され、顔を引きつらせた刀護は、あっさりと父を見限ることにした。

「そ、そうですね。これからよろしくお願いします」

「それじゃ行きましょうか。目的地はこっちよ」

そう言って二人は歩き出した。

痙攣すらしないエッジを放置して。



そんな中、血だまりに沈むエッジと、恐怖におののく刀護を他所に、レインと同じくらいに上機嫌な者がいた。

(ふひひ・・・そうかそうか、刀護は胸が小さい方が好きなのか。ういヤツじゃのう・・・ふひひ・・・)

誰にも見えないが、ニヤニヤが止まらない由羅だった。



「ここが目的の場所よ」

刀護が連れてこられたのは大きな円筒状の培養槽の前だった。

そしてその培養槽の横にある壁には、立派な造りの、何か神々しさすら感じる一振りの剣が大切そうに飾られていた。

「こんなところにあったのか。久しぶりだな、ゼシス」

後ろからの声に驚いて振り向くと、そこには死んだはずの父の姿があった。

「親父・・・早くも化けて出たのか・・・迷わず成仏してくれ・・・」

合掌して冥福を祈る刀護。

「勝手に殺すなバカたれ。まぁ実際かなり危なかったけどな・・・ファルスの野郎が手招きしてるのが見えたわ」

自らが倒した魔王と邂逅してきたという父の臨死体験をあっさり流すように刀護は問いかけた。

「そんなことはどうでもいいけど、ゼシスって確か親父が使ってた聖剣だったよな?」

「そんなことって・・・まあいいか、そうだよ。こいつが俺が残していった目印だ。売られててもおかしくないと思ってたんだが、ちゃんと保管していてくれたようだな」

「ちゃんと死んでおきなさいよ。っていうかこの剣を易々やすやすと売れるわけないじゃない。馬鹿なんじゃないの?」

「そういうものか?でもここにあってくれたのはありがたい。早速だが返してもらってもいいか?」

レインは冷めた目でエッジを睨むと、否定の言葉を発した。

「ダメに決まってるでしょ?あんた死にたいの?」

エッジはジト目でレインを見下ろした。

「なんだよ、ケチだな。俺はこれから魔族共とドンパチやらかしにいくんだぞ?強い武器が必要なんだよ」

「そういう問題じゃないのよ。ゼシスは今、ものすごーく有名なの。何せ魔王を討伐した後、しばらくの間、クリスベルンの王都の広場で厳重な警戒の下、一般市民にも公開されてたんだから。連日、色んな国から人が押し寄せて、とんでもない人だかりだったのよ?」

「目立つのは確かに困るな・・・」

「それだけじゃないわよ。こんなの持って歩いてたら文字通り死ぬわ。ゼシスはそもそも現人神フレナ様からたまわった品だし、魔王を倒した勇者の剣でもあるわ。その二人に敬意を表して、世界中がゼシスの複製を固く禁じたの。破ったら捕まって死罪よ?」

「なっ!?」

予想外の事態に驚きを隠せないエッジ。

「今、その剣を持ち歩いても罰せられないのは、私とドルカスくらいのものね。例え王族ですら許されないわ。あんたが持ち歩いてたら即捕まるわよ?それとも勇者の帰還をばらすのかしら?」

さすがにそれだけはできない。要らぬ混乱を引き起こすつもりなど毛頭ないからだ。

「わかったよ・・・ゼシスはお前が預かっててくれ」

「ええ、元よりそのつもりよ。それよりも、そろそろ本題に入りたいんだけどいいかしらね?」

「すまん、話を続けてくれ」

そう言って、エッジも培養槽を見た。

そこには、一見、何も入っていないように見えた。

「何も入ってないようにみえるんだが・・・」

「ちゃんと見なさいよ。確かに入ってるわよ」

目を凝らすと、確かに何かが入っていた。例えるなら透明な饅頭。透明な体の中には薄青く見える核のようなものがあった。

エッジは目を細めながら問うた。

「・・・クラゲ?いやスライムか?」

「スライムが近いかな。これが、先生と私の長年の研究の成果。とはいえまだ完成とは言い難いんだけどね」

刀護は、初めて見る謎の物体を物珍しく眺めていた。

「こいつってなんていう生き物なんですか?というかそもそも生き物なんですか?」

刀護の問いにレインは優し気に答えた。

「この子はね、見た目はスライムに似ているけど、似て非なるモノよ。先生は不定形魔法生物としか呼んでなかったから名前らしい名前とかは無いわね」

「それで、こいつと三つ目の条件とは、どんな関係があるんですか?」

「ふふっ、それはね?」

レインは勿体もったいつけるように微笑みながら、ゆっくりとその口を開くのだった。



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