行動開始

レインの家への道すがら、強くはないが酒をたしなむとの話を思い出し、温かい懐事情にまかせて1本銀貨5枚もする葡萄酒を2本購入。定刻の10分前に到着した刀護は、緊張からか遠慮がちに扉をノックした。

最初のノックから1分。次のノックから更に1分。家の中で動く気配は全くない。

(あれ?留守かな?時間は間違っていないはずなんだが・・・)

約束の時間は午前8時。念のためタブレットPCで時間を確認したが間違いはなかった。

(どうしたものかな・・・大声で呼ぶのもなんか気が引けるし、しばらく待ってみるしかないか)

玄関先で途方に暮れている刀護に由羅から声がかかった。

「刀護よ、後ろを見てみるのじゃ」

「ん?後ろ?」

後ろを振りむいた刀護は、その姿勢のまま10秒程硬直した。

彼のすぐ後ろに気配もなく立っていたのは真っ白な体毛の犬だった。

ただそれだけなら刀護は硬直したりなどしないだろう。

しかしその大きさが馬ほどもあり、しかも双頭であれば、驚くなという方が無理である。

「心配いりません。この子からは敵意が全く感じられません。もしかしたら案内役なのかもしれませんよ?」

宗角の言葉で硬直が解かれた刀護は、恐る恐る双頭の犬に手を差し出してみる。

すると、刀護の手を挟むように二つの頭をこすりつけてきた。

(うーむ・・・これはこれでかわいい気がする・・・)

二頭?の頭を両手で撫でながら自身の記憶から双頭の犬の情報を思い出す。

「確かオルトロスだったよな?こいつ」

すると、二次元大好きの由羅と映画大好きの宗角から即返答があった。

「それっぽい感じはするがのう・・・儂の知る限りではたてがみと尻尾が蛇だったはずじゃ」

「私の知識だと体毛が黒だったはずです」

「二人とも詳しいな・・・でもそれだと随分特徴が違うよな?頭が二つに妙に長い尻尾が二本の真っ白な犬か・・・さすが異世界とでも言うべきか?」

そんな話をしていると、尻尾の一本が刀護の手に巻き付いた。そして、もう一本で器用にドアを開け、刀護を引っ張るように家の中へと入っていく。

「なんだっ!?勝手に入っちゃって大丈夫なのか?」

「大丈夫なんじゃないかの?」

「なるようになりますよ」

相変わらず肝の太い二人にうながされ、オルトロスモドキに大人しくついていくことにした。

そもそもが大きくない建物である。目的の場所へはすぐに到着した。

ノックもなくドアを開け部屋の中に刀護を引っ張り込むオルトロスモドキ。

部屋の中にはこの家の主であり、刀護の保護者となる人物がいた。


ベッドの上で気持ちよさそうに眠っている姿で。


寝相は良くない。涎を垂らし、にやけた表情。しかも半裸である。

「うわぁ・・・なんかすごくダメそうな人だ・・・」

「・・・同感じゃな」

「弁護の余地もないですね」

せっかくの美人が台無しである。

オルトロスモドキは刀護の腕は相変わらずロックしたまま、もう一本の尻尾で寝ているレインの顔をぺしぺしと叩く。

だが全く起きようとしないレインに業を煮やしたのか、ちょっとそれは大丈夫なのか?と思える勢いで鳩尾みぞおち付近へと尻尾を叩きつけた。

「ぶふぉ!!?」

女性が出してはいけない声を発しつつ跳び起きたレインは、部屋の中に居る刀護をぼんやりと眺める。

「・・・夢か・・・」

壮絶に寝ぼけたレインは、二度寝を敢行。だが再びの鉄槌により無事叩き起こされたのだった。



「格好悪い所を見られちゃったわね・・・」

「いえ、気になさらないで下さい。自分は姉で見慣れていますから・・・」

「そ、そう?あまり解決にはなっていない気がするけどまあいいわ」

身支度を終えたレインに、お土産の酒を渡し、ついでに買ってきた、まだほんのり温かい朝食をテーブルに並べておいた。

「どうぞ召し上がってください。大したものではないので申し訳ないのですが・・・」

それを見たレインは、何故か瞳をうるませながら刀護を抱きしめた。

「もう!本当にかわいいわね!これであの馬鹿の子供じゃなかったら完璧だったのに・・・いや、この際それはどうでもいいか?うーん・・・」

途中から何やらおかしな思考の迷路に迷い込んでしまうレイン。

そこに由羅の不機嫌そうな声が響いた。

「手を離さぬか痴れ者め!刀護は儂のじゃ!誰にもやらんぞ!?」

由羅の言葉に我に返ったレインが厳しい反撃に出た。

「は?マジックアイテムが何を言っているのかしら?この子は私の弟子になるのよ?つまりは私のモノね」

「何じゃと!?儂とて完全な魂と肉体がそろっておるのじゃ!役目を終えた今、もう一度この世に生を受けることなぞ造作もないことよ!」

由羅の言葉に驚いたのは刀護だった。

わざわざ送言具を通話状態にして激しく口喧嘩を続ける二人を他所に刀護は宗角へと問いかけた。

「由羅が生き返ることができるって本当なんですか?カクさん」

「どうでしょうね。確かに姫様が復活できるような術式を組んではあるようですが、多分、未来に更なる呪術の発展があると見越しての未完成な術式だと思われます。ですが、発展どころか消滅してしまったわけですからね。でも、もしかしたらこちらの技術でどうにかなるかもしれませんよ?」

「・・・それは良い事を聞いた気がする。俺のこの世界での目的が増えました」

「今の言葉、後で伝えてあげてくださいね?きっと今は気づいていないでしょうから」

結局、二人の口論は、オルトロスモドキが見かねて止めに入るまで10分近く続いたのだった。



すっかり冷めてしまった朝食をレインが食べ終わり、一息ついたところで、今後の予定についての話が始まった。

「まずあなたに最初にやってもらうことなんだけど、とりあえず一旦いったん裸になりなさい」

突然の衝撃発言に混乱する刀護。

「は、裸ですか・・・?」

「そ、裸よ?あ、下着は脱がなくていいからね?全部見せたいっていうのなら私はそれでもかまわないけど」

「儂もそれでかまわんぞ?」

「私はできれば遠慮したいですね」

「いえ・・・下着は勘弁してください・・・っていうか由羅もカクさんも今更でしょうが!」

由羅と宗角の二人には、裸どころか隠しておきたいもの全て見られている刀護である。今更と言えば今更であった。

「冗談はさて置き、着てるものを脱いだらこれに着替えて頂戴ちょうだい

そう言って取り出したのは、大きな布の袋に入った装備品だった。

丈夫そうな布で出来た服と革の半鎧一式。金属製のプレートがついた額当てと、同じくプレートで補強された頑丈そうなブーツ。そして鉄製の長剣を取り出しテーブルに並べるレイン。

動きやすさを重視したであろう装備品の数々は、元の装備と同じように黒一色。ただし、ランクは比べるべくもない。まさに駆け出しの装備だった。

「ほら、さっさと着替えなさい。これから先、一緒に旅をすることになるんだから、お互いの裸を見ることくらいザラにあるのよ?一々恥ずかしがるなんて面倒くさいじゃない」

「・・・そういうものですか?」

「そういうものよ」

レインの男前な発言に、意を決して刀護は下着以外を脱ぎ捨てた。

「よしよし、それでいいのよ。体の方もちゃんと鍛えてるみたいね。魔法と身体強化に頼って体を鍛えない愚か者も結構多いのよ?」

ほぼ全裸の刀護の体をペタペタと触りながらニコニコと笑うレイン。

「あ、あの・・・そろそろ着替えてもいいでしょうか・・・」

赤面しながらレインのセクハラに耐えていた刀護の声が、か細く響く。

「あら、ごめんなさい。でも、もうちょっと女性に慣れないとだめよ?さっきも言ったけど私だって肌を晒すことがあるんだから。というかすでに見せちゃってるしね・・・」

あられもない姿で眠っていたレインを思い出し、顔の赤みが増す。

「ほらそれよ!もうちょっと男らしくしなさい!女々しいとなめられるわよ?」

「しかし・・・自分は家族以外の女性と関わった経験が殆どないので、どうしたらいいかわからないんです・・・」

そんな情けない言葉にレインは腕を組んで考え込む。

「うーん・・・良く言えば紳士的なんだろうけど、はっきり言ってソレ、弱点にしかならないから。色香は女の武器よ。もしもの事があった時、運が良ければ金銭程度、悪ければ命を失う事だってあるわ」

鍛えたことのない部分を弱点とされ落ち込む刀護。

だがそこに救いの手が差し伸べられた。

「案ずるな刀護よ。儂らがいる限りお主が騙されるようなことはないのじゃ」

「私も得意というわけではありませんが、助力くらいはできます」

二人の言葉にレインも微笑んだ。

「ふふっ、心強い味方がいつもそばにいるんだったわね。でもいつまでも二人に頼っているようじゃだめよ?難しいかもしれないけど克服する努力は怠らないことね」

「はい、肝に銘じておきます」

いそいそと着替えながら己の未熟さに恥じ入る刀護だった。



「着替え終わったわね?マントとマフラーだけはそのまま身につけていて構わないわ。他の装備品は悪いけど全て地下の研究所に保管させてもらう。あそこなら盗まれる心配もないしね?」

「そうですね、あの隠し扉がそう簡単に見破られるとは思いませんし」

「ふふっ、それだけじゃないわよ?この研究所の敷地内には大小様々な防衛機能が備わっているわ。犯罪目的で敷地内に踏み入ったやからの末路、知りたい?」

不穏すぎる言葉にブンブンと首を横に振って応える刀護。

「そう?ならいいんだけど。後は・・・そうだ、あなた、随分と大金持ち歩いているんじゃない?さっき貰ったお酒、かなり高級品よね?」

「えっと、確か一本銀貨5枚だったはずです」

「たっか・・・ごめんなさいね気を使わせちゃって・・・じゃなくて!あなた一体いくら持ち歩いているのよ?正直に言いなさい」

刀護は、ギルドで作ったタグを見せながら素直に自身の全財産を打ち明けた。

「コイツに神鉄貨30枚預けてあります。手持ちはこれだけです」

そう言って立派な魔獣の皮で出来た財布から聖銀貨1枚と白金貨5枚と金貨3枚、その他沢山の硬貨をテーブルに並べる。

それを見たレインは頭痛をこらえるように眉間を押さえ肩を震わせていた。

「これ、あなたのお父さんが持たせたのよね?何?ちょっと買い物って出かけて行って店ごと買い占めるつもりなの?それに預けてある金額も滅茶苦茶じゃない!何考えてるのよあの馬鹿・・・」

「あ、あの、何かおかしかったですか?一応、防犯のため財布には由羅が結界を張ってくれています。自分が身に着けている限り悪意ある者は触れることができないらしいです」

「うむ。その通りじゃ!結界の力加減は一切できんので、下手にスリなぞしようものなら、腕ごと消えてなくなるはずじゃ」

「物騒過ぎよ!すぐにやめなさい!ったく、信じられないことするわね。・・・いいわ、旅の間の金銭管理は私がする。異論はないわね?」

「「「えっ!?」」」

三人の声は綺麗にハモった。

「何よ!失礼ね!?文句でもあるっていうの!?」

由羅が代表して反論する。

「たわけめ!昨日、常軌を逸するお主の金遣いの荒さを聞いたばかりだからじゃ!大金を湯水のごとく使うお主に大事な金は渡せん!当たり前じゃろうが!」

由羅の言葉に心の中でうんうんと頷く刀護と宗角。

「あー・・・うん。確かに研究に大金を使ったことは認めるわ。でもそれとこれとは話が別よ?それにもう研究にお金使う必要なんてないし、普段の生活でも贅沢なんてしてないわよ?むしろ無駄な出費は敵ね」

「いや、しかしのう・・・あの研究とやらに神鉄貨80枚以上つぎ込んだお主に無駄使いは敵とか言われても・・・」

「絶対に大丈夫だから安心しなさい。スリにあうたびに血の雨が降るなんて勘弁してほしいもの。それにトウゴの成長にもつながることなのよ?」

「詳しく聞こう」

「ト、トウゴのためならいいんだ・・・まあいいわ。早い話が、あなたのお父さんに頼ってちゃだめなのよ。高性能な装備品しかり、使い切れないほどの大金然り。それはあなたが自分の力で手に入れた物ではないわ。成長を願うのなら、自分の力で道を切り開きなさい。そのためのハンターの証でしょ?」

そう言って、刀護の首にかかっているハンタータグを指で軽く弾いた。

「それってつまり・・・」

「そういう事よ。ハンターとしてお金を稼ぎながら旅をするの。実戦経験も積めてお得よ?私もついでにハンター登録するつもりだから一緒にお仕事頑張りましょうね」

レインの話す今後の展開について刀護は非常に乗り気だった。

(すごく冒険者っぽくなってきた気がする・・・これはアレか?今までの旅路の中で夢見てきたことが現実になるのか?)

そんなお気楽で浅はかな考えが表情に出ていたのだろうか、レインの表情が険しくなった。

「言っておくけど、楽じゃないわよ?私も手伝うけど基本的にあんたの修行のためなの。甘い考えで外に出たら死ぬから。それだけは心に刻んでおいて」

レインの指摘は図星だった。自らの馬鹿さ加減を反省した刀護は、顔面を自らの手で殴り飛ばしてからレインに詫びた。

「すみませんでした。以後、気を引き締めて精進します」

そんな刀護の姿を見て、レインは困った顔をしたあと、優しく微笑んだ。

「わかったから、頭をあげなさい。トウゴはちょっと真面目すぎるわね。本当は、私もちょっと楽しみなのよ?ハンターになるなんて初めての経験ですもの」

刀護は意外そうな顔で目の前にあるレインの顔を見つめる。

「そうなんですか?」

「ええ、あなたも私もハンターとしては新米もいいとこなわけだし、これから頑張らないといけないわね。それでユラ、私の言う事は信用してもらえたのかしら?」

数秒の間を置いてから由羅は答えた。

「・・・完全に、というわけにはいかないが、とりあえずは信じてもいいじゃろう。だが、刀護を裏切った時はどうなるか覚えておくが良い」

凄まじい重圧を持った言葉を軽く受け流しつつレインは答えた。

「私が裏切る可能性なんて億に一つもないわよ。そんなことより早速行動しましょう。まずは街の中央付近にあるハンターギルドへいくわよ!準備は良い?」

「はい!いつでも!」

「まあなるようになるかの?」

「なるようになりますよ。きっと大丈夫です」

若干の不安を残しつつも、次のステップへと行動を始める刀護達だった。

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