行ってきます

夕暮れ迫るレイン宅の庭。

昨日と同じように芝生に腰を下ろした刀護は、壊れたレコードの如くただひたすら同じ動作を繰り返していた。ずっと見守っていた由羅が呆れるほどに。

「刀護よ、今朝から同じことしかしておらんぞ。儂もそろそろ飽きたのじゃがのう」

そんな由羅の言葉に苦笑する刀護。

「基礎を嫌がらずここまで淡々とこなせるのは最早才能ですね」

「そういえば今日は昨日覚えたことを反復して体に染み込ませるとか言っておったしのう・・・じゃがさすがにコレは異常だと思うぞ?」

刀護が行っているのは、剣術の型などと同じように操霊布の動きを型としてまとめ、それを延々とループさせているのだ。

「素振りや受け身と一緒だよ。いざというとき咄嗟とっさに使えないと命に関わることだから」

話しながらも操霊布の動きは乱れない。どうやら二日の内にかなり練度を上げたようだ。

「ですがそろそろ時間ですよ?研究の結果がどうあれ今日は外食にするとレインさんが言っていましたから」

宗角に教えられて空を見上げる刀護。

「あー、もう夕方か・・・ついさっき昼飯食ったばかりだと思ったんだけど。一日って短いよな」

だがそれは、一日中相手にしてもらえなかった由羅としてはあんまりな言葉である。

「たわけ!お主のお陰で儂らは暇すぎて朽ちるところだったわ!」

「姫様は刀護君の集中を乱さないようにとずっと我慢していたんですよ?ちゃんと褒めてあげてくださいね」

「そ、そうだったのか・・・ありがとうな由羅。今度何か埋め合わせさせてくれ」

刀護の言葉に満足したのか打って変わって上機嫌になる由羅。

「わかれば良いのじゃ。お主はもっともっと儂を大切にするが良いぞ。ほれ、そんなことよりレインの所に行くのじゃ。時間に遅れでもしたらあやつに何を言われるかわからんからの」

「そうだった、じゃあ戻るか」

とはいえ徒歩30秒の道のりである。すぐに玄関までたどり着きドアを開けて中に入ると、丁度レインが地下から上がってくるところだった。

「あら、呼びに行く手間が省けたわね。ついてきなさい」

刀護を見つけたレインは、そう告げると再び地下へと降りていく。

「地下に呼ばれるとは珍しいのう。研究が完成でもしたのじゃろうか」

「そうだな、とりあえず行こうか。師匠も待ってるだろうし」

「それが良いでしょう。結果が楽しみですね」

師の研究が成功していることを願いつつ、地下研究所へ続く長い階段を下りていくのだった。



階段を下りたところで待っていてくれたレインと共に、以前も見た聖剣が飾られた部屋にある培養槽まで歩く。

以前と変わらず、遠目からではからに見える培養槽の前で、レインは様々な装置に魔力を流し何かの準備を進めているようだった。

送言具を通話状態にして宗角が尋ねる。

「まだ、我々が呼ばれた理由をお聞きしていないのですが、説明はしてもらえるのでしょうか?」

作業の手を止めずにレインは答えた。

「ごめんなさい。もうちょっとだけ待って。すぐに終わるから」

だが宗角は、その待ち時間でこんなことをレインに頼んだ。

「もしよかったら壁の聖剣を刀護君に触らせてあげていただけませんか?一瞬でかまいませんので」

レインは不思議そうな顔でこちらに振り向き、少し何かを考えるとこう言った。

「別に構わないわよ?触って壊れる物じゃないし。あなたがそう言うのならきっと何か意味があるんでしょ?」

「ええ、あなたに不利益になるような事では決してありません。ご安心ください。では刀護君お願いします」

宗角に促されるままに、壁にかかった聖剣を一撫ひとなででする。すると、以前来た時には感じられなかった剣が内包する魔力をはっきりと感じられた。

「はい、結構です。レインさんありがとうございました」

「本当に一瞬ね。こっちももうすぐだからそのまま待っていて」

言葉の通り、準備はすぐに終わった。

培養槽内の液体が見る見るうちに抜けて行き、重々しい音と共に装置が開いていく。

「お待たせしたわね。完成したとは言えないけれど本日をもって正式に稼働することになった魔法生物四号よ」

開いた培養槽からずるりと零れる様に出てきたソレは、ドロドロのアメーバ状かと思いきや、きれいな半球状に留まりフルフルと震えている。

感慨深そうなレインに対して刀護達の反応は酷い物だった。

(水まんじゅう・・・いや、わらび餅か?)

(ドラ〇エよりもぷよ〇よ型かのう)

(なんだか未来の殺人マシーンを思い出しますね・・・)

レインの人生をかけた研究の成果に対しての感想とは思えぬあんまりな内容である。

「結局、暴走の原因はわからずじまい。だから残りの課題は旅をしながら見つけていくことにしたの。現状でもそれなりの戦力になるくらいの力は持っているし、実地でのデータもとりたいしね」

「なるほど・・・それでは仮ではありますが完成お披露目の場に呼ばれたということで良かったのでしょうか?」

宗角がそう訊くと、頬を指で掻きながら少し恥ずかしそうにレインは言った。

「一応ね・・・完璧に仕上がったとは言えないからアレなんだけど、あなた達には立ち会って欲しいと思って」

レインの気持ちに対してお馬鹿すぎた自分達を反省しつつ三人は祝福を述べた。

「ありがとう。でもみんなを呼んだ理由はそれだけじゃないの。前も言った通りこの子はまだ名前が無いわ。私も考えてはあるんだけど、みんなの意見も聞いておきたいと思ってね」

この人は何て事を言い出すのだろうと刀護は真剣に思った。

百年以上にわたる研究の成果に対して自分と由羅にも意見を求めるなど血迷ったとしか思えない。

「まあいいじゃろう。最高の名前を考えてやろう」

由羅の安請け合いに刀護は(ああ、ネタに走るんだろうな・・・)と思った。

「私も負けませんよ?」

(カクさん、アンタもか!)

だが、どこかしらかネタを引っ張ってこれる二人とは違い、刀護は焦りに焦っていた。

しかし、どうあっても最後はレインの案を立てるだろうと考え、最初に思いついた名前を適当に言うことにしたのだった。

「何か思いついた?」

レインに訊かれ、三人は思いついた名前を口にする。

「わらび」

「不定形生物バ〇ルス」

「T-10〇0」

案の定まともなものがない。

「それはやっぱりあなた達の世界の言葉なのかしら?何だか不思議な響きね。私が考えていたのは『クルルカクァンロト』。この辺りに伝わる古い言葉なんだけどね、『到達点』って意味があるの。大げさな名前かもしれないけど先生と私の意地ってところかしら。ちょっと長いから呼び方は『クルル』がいいかな」

刀護は、その名を素直に素晴らしいと思った。

「じゃあ案も出そろったことでこの子自身に決めてもらいましょうか。知能や性格はフェルトを基にしているからちゃんと判断して決めてくれるはずよ」

それを聞いて焦ったのは馬鹿三人である。

「いや、その必要はありません師匠!クルル最高じゃないですか!それしかありません!俺は大賛成です!」

「刀護に全面的に同意じゃ!もうそれしかないと言うくらいに似合っておるぞ?」

「そうですとも!良い名前をいただいて良かったですねクルル。これからよろしくお願いしますクルル」

「そ、そう?ありがとう。じゃあクルルでいいかしら?」

三人の異様な迫力に押されて、無事、不定形魔法生物はクルルカクァンロトと命名されたのだった。





「・・・夕食ってここですか?俺なんかが入っちゃっても大丈夫なんでしょうか・・・」

今日は外食するとは聞いていたが、刀護が連れてこられた場所は酒場兼食堂のような大衆的な場所ではなく、セレブ以外お断りといったたたずまいの高級感溢れるレストランだった。

「私達がハンターとしてこんな店で食事ができるくらい稼げるようになるにはかなりの時間が必要になるわ。だから今日は盛大に行きましょう。そしていつか毎晩でもこんな店で食事できるくらいの立派なハンターになりなさい」

つまりは目先に吊るされたニンジンといったところか。

「心配しなくても私の奢りだから遠慮なんていらないわ。それに招待客も待たせているだろうから早く入るわよ」

そう言ってレインは刀護の腕に自分の腕を絡めた。

一瞬で石像の様に固まる刀護。

「何の真似じゃ?レインよ」

殺気に近い由羅の怒声。

「こういう場所では男性が女性をエスコートするのが決まりよ?それともトウゴに恥をかかせるのかしら?」

そう言われては由羅としても引き下がるしかなかった。しかもトドメとして入店時に武器の類を預けなければならなかったのでしばしの別れとなってしまったのだ。

「後で怒られそうですね」

「ちょっと怖いわね」

招待客が待つという席に案内されながら、二人は帰り道で何を言われるのかと気が重くなるのだった。



「こちらです」

レストランの最奥さいおうにある個室に案内されると、そこには見知った顔が三つあった。

「ゴールズさんにカノーサさん、レネンさんまで・・・」

部屋に入ってきたレインに招待に対する礼をした後、刀護に向かって手を上げるゴールズ。

「おう、トウゴが明日出発だと聞いてな。レイン様の招待に一も二もなく飛びついたわけよ」

「私達も同じですよね?カノーサさん」

「フン・・・そういうことにしておいてあげるよ」

三人が来てくれたことはとても嬉しかったが、一つ気になることがあった。

「わざわざありがとうございます。それで、俺が明日出発ってどういう事なんでしょうか?」

そんな話は全く聞いていない。

刀護の反応にビクンと肩を震わせるレイン。

「ごめん・・・言い忘れてたわ・・・」

そんなサプライズは要らなかったと刀護は思った。

「はっはっは!レイン様らしいですね。まあハンター稼業なんてトラブルの連続だろうから今のうちに慣れておくんだな!」

最初はレインに。後半は刀護に向けてゴールズは笑った。

「アタシも昨日知ったものだから渡しそびれていた物を持ってきたよ」

そう言って皮で出来た握り拳程の袋を手渡す。

「これは?」

受け取った物に思い当たる節がないのでカノーサに訊きてみる。

「アンタ忘れてるのかい?最初に言ったはずだがね。仕事をこなせば報酬が出るって。要らないって言うならレイン様に預けることになるけどどうするんだい?」

ニヤリと笑うカノーサ。刀護はレインの顔をチラリと見ると、彼女は微笑みながら頷いてくれた。

「ありがたく頂いておきます」

未熟な仕事に対して重い財布だと刀護は感じた。

「次に来た時に腕前が上達していなかったらそっくりそのまま返してもらうからね!大切にするんだよ」

由羅が聞いていたらツンデレとでも言いだしそうなセリフだった。

「実は、私からもトウゴ君に渡したい物があるんです」

カノーサが革袋を渡すのを見てレネンもそう切り出した。

ローブの裾から取り出したのは布にくるまれた刃が無く先端も丸いダガーであった。

「お前も短剣かよ。わざわざ被せなくてもいいじゃねーか」

早速ゴールズからつっこみが入った。

「見ての通り殺傷能力はないので店に預けなくてもすみました。レイン様には失礼かと考えましたが、私からはこれを受け取って欲しい」

「師匠に失礼と言うのはどういうことでしょうか」

刀護の問いにレネンは答えた。

「それは、ファルゼン流飛剣術で師が弟子に最初に与える練習用のダガーなのです。トウゴ君は私の弟子ではありませんが、共に剣の腕を高めあった仲間としてこの剣を持っていて欲しいと思いました。レイン様、お許しいただけますか?」

レインは何も言わずにただ頷いた。

「ありがとうございます。トウゴ君には私の方が色々と教わってしまいました。最初の訓練でトウゴ君が彼らに啖呵を切った時なんて鳥肌が立ちましたよ。是非また手合わせをお願いします。きっと君は今よりもずっと強くなっているだろうから、私も負けないように腕を磨いて待っていますよ」

みんなの心遣いに危うく涙が出そうになったが、泣いてしまってはせっかくの高級料理が台無しになってしまう。何とか涙を堪えると、タイミングを見計らったかのように運ばれてきた料理に舌鼓したつづみを打つのだった。




翌朝。

既に用意してあった大量の荷物をクルルに積み込む・・・・と、レインはフェルトの上にひらりとまたがった。その腰には刀護が渡した黒い木刀が下がっている。

クルルは自らの核に蓄えていた魔力で自らの体積を増やすと体内に大きな袋を二つ、伸ばした触手でもう一つを抱えながらも重そうなそぶりは見せない。

(あれって濡れたりしないのかな・・・)

刀護はそう考えたが、レインがそんなミスをするとは思えなかったのであまり深く考えないことにした。

「トウゴ、忘れ物はないわね?」

そもそも忘れ物をするほど刀護は物を持っていない。日本から持ってきた自前のバッグ一つである。

「大丈夫です師匠。準備は万端です」

「そう?じゃあ荷物はクルルに預けておきなさい。これからの旅で邪魔になるから・・・・・・・・・・・・・・

荷物を持たなくて済むのはありがたいが、何故だろうか嫌な予感しかしない。

ちなみに由羅は昨日から無言である。完全に拗ねてしまったようだ。

「すみませんね刀護君。姫様の性格ですからそのうち機嫌は直ると思いますので」

「・・・フン」

色々と前途多難である。

戸締りとレイン自慢のセキュリティを確認し、もう一度、約一ヶ月間世話になった家を見た。

「これからは私が直接あなたの指導をするわけだけど、はっきり言って厳しいと思うわ。途中で弱音を吐いたらすぐにでもここに戻ってくるから覚悟しておいて」

「はい!」

「良い返事ね。じゃあ出発しましょうか」

レインの言葉でフェルトはくるりと方向を変えると、外壁の門へ向かって歩き出した。

ここから先は刀護のみ徒歩である。

修行もこれまで以上にハードになっていくだろう。

だが弱音など吐いてはいられない。父の背中に近づくために。

だから刀護は、この見慣れた家と、世話になった人々に、しばらくは戻らないという決意を込めて心の中で呟いた。

行ってきますと。

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