レリッツの休日

事件の翌日。

一ヶ月間休みなく働き続けた刀護に、レインは丸二日の休暇を言い渡した。

一日中寝て過ごすもよし。遊びに出かけるもよし。わざわざそのために大銅貨5枚という小遣いまで渡されたのである。

今までの生活の中で、ようやくこの世界の一般的な金銭感覚が身についた刀護は、ランク1の報酬1回とほぼ同額と言う破格の金額を渡してくれたレインに感謝しつつ大切そうに財布にしまう。

心から休める時間など皆無と言ってよかった刀護は、久しぶりの休暇をどう過ごすかを考えていたが、この街で研究所と市場以外の場所を全くと言っていいほど見ていないと思い至り、折角なので観光を楽しむことにした。

曲がりなりにも魔力の制御を習得した刀護は、自由自在とまではいかないが自らの意思で操れるようになった真紅のマフラーこと操霊布を首に巻くと、師へと出かける旨を伝え、ついてくる気満々のフェルトと共に当てもなくぶらぶらと歩き出したのだった。

「そういや、何処に何があるかも全然知らないんだよな・・・どうしようか?」

ノープランで歩き出したことを早々に後悔する。忙しいレインに聞くわけにもいかず、かといってこの街の知り合いと言えば研究所で働くゴールズ達くらいしかいない。私用でおもむくのは躊躇ためらわれた。

「儂らもこの街のことなぞわからんぞ。適当に行き当たりばったりで良いと思うのじゃが」

「私も当てどなく歩くのは好きですね」

フェルトは刀護が一緒ならどこでもいいとでも言いたげに尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

「わかった。じゃあとりあえず人通りの多い場所にでも行ってみようか。何かあるかもしれないしな」

そう言って通り慣れた大通りを中心部に向かって歩き出したのだった。



「やっぱり下調べがないとダメだったな・・・見られたものといえば大道芸の一座くらいか」

派手に飾り付けられた馬車を看板代わりにして6人の男性がわるわる芸を見せていき、10代半ばほどに見える可憐な少女が客の間を歩きながらおひねりを回収しているというものだった。

中々の賑わいではあったが、芸をするのが男性だけでは華が無く、芸自体もテレビで見たそれよりレベルが低いように感じて大いに楽しめたという程ではなかった。勿論おひねりは置いてきたが。

強いて言うならおひねりを渡した瞬間の少女の笑顔が魅力的であったのが救いだろうか。

「あれはいまいちじゃったのう。それにしてもこちらの世界にもジャグリングやら綱渡りやらはあるのじゃなぁ」

「しかし、彼らは魔法での強化を使わずに芸を披露していたのですからその辺りは評価してあげても良いのではないでしょうか」

何気なく芸を見ていた刀護は、二人の目の付け所に感心しつつ、露店で買った名も知らぬ串焼き料理にかぶりつく。味は、まあそこそこだ。

結局、どこを歩いても目新しい物が見つからなかった刀護達は、せめてもの悪あがきとして普段通らないような道を選びながら失意のうちに家路につくのだった。



「で、こうなるわけか」

他の街と比べて圧倒的と言っていいほど犯罪率の低く、静かな街であるレリッツでは日も高い内から面白おかしい事など起こるはずもなく、無事に帰宅した刀護は、たった二日しかない休日すら持て余すという悲しい事態におちいってた。

父に貰ったタブレットPCで漫画やアニメを見漁っていれば時間だけは潰せるが、それは何か違う気がする。その結果、操霊布を使っての魔力操作の訓練という何のためのレインの気遣いかわからない休日の過ごし方となってしまったのだ。

一応、レインには許可をもらったが、魔法自体は事故の危険性があるので使用しない事と、疲れは残さないようにする事を約束させられた。そしてついでに呆れられた。

「よしっ!それじゃやりますか」

こぶしをバシバシと自らのてのひらに打ち付けながら気合を入れる刀護。

「ふふっ、遊びに出かけた時よりも良い顔をしておるのう」

「私は少し心配です。刀護君は若いのですから、もっと遊んでも良いと思うのですが」

実際、今まで望んでもできなかった魔力制御の訓練である。父に近づくための道筋であるソレが楽しみでない理由などどこにもない。

しかし、伸縮し硬度まで変化する魔道具を室内で試すことはできないので、広い庭に出て家の裏手側へとまわった。

一面に広がる芝生に腰を下ろすと、深呼吸をして座禅を組む。ずは、由羅達に勧められ、今では就寝前の日課となっている瞑想から始めることにした。

目を閉じて心を落ち着けると、数日前に行った時とは全く違う物を自分の中に感じることができる。

魔法を発動させるというきっかけ・・・・を掴んでからは、自分の体が別物のように軽く、力がみなぎっているような感覚すらあった。

それでもまだ、レインから言わせると戦いを生業なりわいとしない一般人レベルらしいが。

十分に心を落ち着け、おのが内にある力を感じ取った刀護は、首に巻いた操霊布へとその力を流し込んだ。

淡くだが赤く発光した真紅の布は刀護の意思に従って動き出す。

「動かすだけなら昨日少しやったんだよな・・・」

操霊布をなびかせながら呟く。ちなみに現在は無風である。

「うむ。儂らはそれを見たかったのじゃ」

「是非その状態で颯爽さっそうと誰かの危機に駆けつけて欲しいですね」

信じられぬほど高額な伝説級の逸品を趣味のためだけに使おうとする由羅達は放って置いて次の段階に進むことにした。

(まずは親父がやってたことを真似してみるか)

ベイルがやっていた事とは、相手の攻撃を受け止めたり、伸ばして絡みつかせたり、槍の様に尖らせて攻撃したりといったことである。

(とりあえず伸ばしてみるか)

うろ覚えの記憶を頼りに操霊布を操ってみたが、ピンと布が張っただけで、伸びる様なことはなかった。

「・・・何故だ・・・イメージが足りないのか?」

とはいえ、人間の体には伸長するような器官はないため想像が働かない。ヨガでも極めたのならば話は別かもしれないが。

初手からつまずいてしまう刀護だったが、そこに思わぬ救いの手が差し伸べられる。

それは目の前をスルスルと伸びながら横切っていく白い尻尾だった。

「フェルト?」

刀護のやろうとしていた事を察して、手本を見せてくれたのだろう。どこまでも賢い魔法生物だった。

確かに目の前で見せられるとイメージはとても掴みやすかった。

「フェルトありがとう。そんなこともできるんだな。おかげで何とかなりそうな気がするよ」

笑顔で礼を言われたフェルトは、嬉しそうに一声鳴くと少し離れた位置まで歩いて姿勢を低くする。

大好きな刀護に褒められて気を良くしたのだろう、伸びた尻尾を元に戻すと、今度は凄まじい速度で二本の尾を伸縮させ白い残像を残す槍の如く虚空を貫き始めたのだ。

風を引き裂き音の壁を叩きながら嵐の様に繰り出される連撃。

ただ単純にもっと褒めて欲しくての行いだったが、余りに隔絶した実力差により刀護の心を打ち砕くには十分なパフォーマンスとなってしまったのだった。

一頻ひとしきり打ちのめされた刀護は、何とか気力を奮い起こしフェルトにもう一度礼を言うと、過剰なほどに見せつけられたイメージを基に操霊布を伸ばしていく。

今度は失敗せず、約10メートルの距離を伸ばすことに成功した。そこであらかじめ置いておいた石を掴んで手元へと引き寄せる。

速度こそゆっくりであったが、こころみは成功した。

「やればできるものじゃのう」

「お見事ですよ刀護君」

王都で買い与えられた時はピクリともしなかった物が、完全とまではいかないが自由に動かせる。それは自身の成長を感じる事が出来て刀護にはとても嬉しい事だった。

だが、先程見たフェルトの力の片鱗や、恐らくそれを遥かに上回るであろうレインや父の事を思うとこんな場所で喜んでなどいられない。負けず嫌いというのは難儀な物であった。

集中しすぎて強張こわばっていた体から力を抜き、大きく息を吐き出す。

「これじゃまだ序の口にも届いてないよ。次は防御の型だ」

緩みかかった気持ちを引き締めなおし、次は伸ばしながら広がるようにイメージする。武器だけでなく魔法からも体を守れるように全身を覆えるほど広く。

だがこれは、予想以上に簡単に成功した。一度形状を変化させるコツを掴んでいれば応用は容易いようだ。

「形状変化は大丈夫そうだな・・・後は硬質化か」

ベイルは形状も硬度も本人の意思次第を言っていた。柔らかな布が槍の様に尖った姿を思い出しながら硬質化のイメージを探す。

だが想像力が貧困な刀護にはなかなか基になる物が思い浮かばなかった。

「二人な何か思い当たらないかな?柔らかい物が硬くなるイメージなんだけど」

そう訊かれた二人はふむと考え込んだ後、同時に答えを出した。


「「〇〇〇〇(自主規制)」」


「おいィィィィィィィ!?駄目だよ!?そんなベルが二回鳴らされるような物は!」

確かに条件に当てはまりはするが、お下劣すぎて採用はできない。というかそんなイメージで操霊布を硬化するのだけは断固として、絶対に、万難を排してでも避けたい。先端の形状が大変なことになりそうだ。それを向けられる相手もさぞかし嫌であろう。

「なんじゃ刀護。生理現象・・・・なのだから仕方あるまい」

由羅は至極しごく真面目だった。ある意味究極の兵器アルティメットウェポンである。敵も味方も戦意喪失は避けられない。

「刀護君はリアクションが面白いですね。冗談はさて置き、布を筋肉に見立てるのはどうでしょうか?自由に動かせて力を込めれば硬くなりますよ」

是非最初からそう言って欲しかった。余計な精神力は使わせないで欲しい。

「か、カクさんの案で行きましょう。それならわかりやすいです」

「〇〇〇〇の方ですか?」

「そっちじゃない方ですよ!」



色々な意味で精神を激しく摩耗させながらも試せそうなものを一通り試し終わった刀護は、夕食の準備をするために家へと戻る。

休息を言い渡されはしたが師の世話はあくまで弟子の仕事だと刀護は考えていたからだ。

今まではフェルトに手伝ってもらっていた魔力を流して起動するタイプの魔道具のかまどを、少し誇らしげに自らの魔力で点火する。それを見ていたフェルトは少し寂しそうだ。

料理は自分以外の誰かのために作ると上達が早いというのは本当の事のようでレインのために手を抜かず一ヶ月間料理を作り続けた刀護の腕は格段の進歩を遂げている。

料理が冷めることを何より嫌う刀護は、出来立てを味わってもらうため送言具を使って少し早めにレインを呼ぶと急いで仕上げに取り掛かった。いつも刀護の料理をおいしいと言ってくれる師の笑顔のために。

だが今日の食卓は様子が違った。

やがて完成した料理をレインと共に食べ始めたのだが、果たして味がわかっているのかどうかという上の空で機械的に食事を口にしている姿はかなり異様である。

「すみません師匠、今日の料理は口に合わなかったですか?」

心配になった刀護が様子をうかがうように言った。

その言葉にビクリと体を震わせ驚いたように刀護を見る。

「ご、ごめんなさい!せっかくおいしい料理を作ってくれたトウゴに失礼な事をしちゃったわね・・・ごめんね・・・」

ぼんやりしていたかと思えば今度は落ち込んでしまった。明らかに様子がおかしいと刀護達は思った。

「どうしたのじゃレイン。先程から挙動不審もはなはだしい。というか鬱陶しい。何かあったのならさっさと話せ。儂らが聞いてやらんでもないぞ?」

由羅のそんな身も蓋もない言い方にレインは怒りもせず何があったかを説明するのだった。

「・・・実はね、さっきまで不定形型の最終調整の為に一度培養槽から出して起動実験をしていたの」

「ほう、それは順調で良いことなのではないのか?」

由羅の問いにレインは首を横に振った。

「成功していればね・・・起動までは上手くいったんだけど、その後すぐに原因不明の魔力の暴走が起こったの。何とか食い止めたけど、下手をすればこのあたり一帯が消し飛んでいたわ」

ぞっとしない話である。そしてどこかで聞いた話だった。

「それは刀護君の時と似ていますね。やはり何か関係が?」

宗角の問いに今度は頷くレイン。

「たぶんね・・・今は本当に刀護と同じ状態になっているわ。魔力封印でがんじがらめよ。お陰で想定外の大出費ね」

刀護と同じ術で封じたとするのなら確かに大出費であろう。血を提供した彼としても複雑な心境であった。

「別に刀護のせいじゃないからね?何だか謝りだしそうな顔してるけどやめて頂戴。とにかく明日もう一度調べてみるから予定通り刀護は明日もお休みよ。いいわね?」

師匠からそう言われてしまっては従うしかない。どの道、明日も一日魔力制御の訓練をする予定である。

土地もろとも吹き飛ばされるのは勘弁だが、レインを信じてやれることを全力でやろうと刀護は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る