港町での日常1

視界一杯に広がる青い空と白い雲。

空気が澄んでいるせいか、日本にいた時よりも空が高く感じる。

吸い込まれるような綺麗な空だった。

そんな中で仰向けに寝転んだ刀護は、ピクリとも動けずにいた。

別に景色に見とれていた訳ではない。

左上腕と左わき腹の骨をまとめて叩き折られ、痛みで動くことができないのだ。

「すまんな刀護・・・儂の力ではすぐに全快というわけにはゆかぬのじゃ。今までにも使っていた治癒の術は、本来、真由羅の機能維持の為にある物じゃからな。お主に影響を与えられるのはその余波に過ぎぬ。儂の力不足を許せ」

いつになく殊勝な由羅に驚きつつも感謝こそすれ責めるなどと言う事は刀護の中ではありえない。

普段から世話になっていることに礼を言いつつ、三人との模擬戦闘の結果を思い出す。

(三連敗か・・・しかも最後は純粋に技量で負けた。ぐうの音もでねーよ)

重傷を負う程の強い衝撃を受けたせいか、レインのおまじないは解けてしまっていた。幻覚に近い魔法にもかかわらず、解けた後の記憶はしっかり正常なまま残っているというのがレインの技量の高さゆえなのであろう。

お陰で刀護の心は、悔しさと罪悪感で一杯である。

(かなりヤバ・・いことしてたよな・・・ゼッドさんに怪我が無くて本当によかった・・・)

ゼッドは、刀護のしでかしたヤバ・・いことにより、少し離れた場所で運動によるものではない冷たい汗をぬぐっていた。

「やるじゃない。刀護の事を殺さずに仕留めるられるなんて思っていなかったわ。流石はランク8、『闘神とうしん』と呼ばれるだけの事はあるわね」

治療の為に近づいてきたレインが、ゼッドにかけた言葉により刀護の骨折した部位に鋭い痛みが走る。

「ぶふっ!っあぐっ・・・痛てぇ・・・」

ランク8とはハンターの最高峰。凄まじい技量にも納得できた。だが後半のアレは耐えられなかった。

不意打ちで放たれた中二病全開な通り名に、危うく腹筋を崩壊させられる所だったが、怪我の痛みにより最悪の事態はまぬがれることができた。

「ちょっと、大丈夫?トウゴ。その程度の骨折ならすぐに治るから大人しくしていなさい」

そう言って刀護の耳では聞き取れない難解な呪文詠唱を始めたレイン。

しかし、これで激痛ともおさらばできると安堵した所で悲劇は起こった。

「「闘神のゼッド」」

「やめてっ!?」

先程の殊勝さはどこへ行ったのか、封印の中でものすごく意地悪そうな顔をしているであろう由羅と宗角の追撃により、再びの激痛に悶絶する刀護だった。

そんなやり取りにレインは呆れながらも、ものの数分で骨折を治して見せる。

(相変わらずどういうプロセスで体が治っていくのかが理解できない・・・折れた骨の整復とかどうしているんだろう?)

笑いをこらえながらも、柔らかい光と共に痛みが引いていく不思議な現象を見て、しきりに感心する刀護だった。。



刀護が治療を受ける中、シグとネイはゼッドの下に駆け寄っていた。

だが、勝負を制したゼッドに二人からの称賛はなかった。

「しっかりと見ていたか?」

父からかけられた言葉に二人は無言で頷く。

「どう思った?」

その問いかけに、シグ珍しく真面目に、ネイは更に珍しくニヤリと笑いながら各々おのおの感じたことを口にする。

「正直、全力で戦えば絶対に負ける気はしねえ。100回ったら100回勝てるだろうさ。・・・でも、よくわかんねぇけど俺はトウゴよりも強くなりたいと思った。やっぱ勇者ベイルの息子はすげぇよ」

「ごはん・・・きれいだった・・・」


刀護とゼッドの戦いは、ゼッドの圧倒的優勢で始まった。シグもネイもこの調子ならすぐにでも決着がつくだろうと考えていた。

しかし、その予想は大きく外れることになる。

序盤、ゼッドの豪快かつ繊細なハルバード捌きについていけず刀護は防戦一方だったが、時間を掛けながらゆっくりと、次第に目に見える程にはっきりと劣勢を押し返していく。

一太刀ごとに技を修正し、ハルバードの動きに対応していく姿がシグ達にもはっきりとわかった。

やがて、ゼッドの癖を見抜いたのか、斧槍の一撃をかいくぐり、ぬるりと刀の間合いに滑り込むと絶対に逃がさぬという気迫と共に縦横無尽にして凶悪無比な連撃が始まるのだった。

例え真剣など持っていなくとも、当たれば大怪我は免れぬえげつない急所攻撃に肝を冷やしながら何とか体格差を以て刀護を弾き飛ばし、渾身の一撃で勝負を決めたゼッド。

されど、戦いの最中さなかある事に気づいた彼は、とてもではないが実力で勝てたとは思えなかったのである。

「そうか、ネイ。きれいだったか・・・俺は死ぬかもしれんと思ったんだがな・・・」

ゼッドを追い詰めた舞う様な連続攻撃を思い浮かべたのだろう。彼としては笑えない死の剣舞であったが、娘の貴重な笑顔が見られたので相殺としておくことにした。

「そしてシグ。お前に二つ教えておいてやる。一つ目はトウゴは勇者の息子だから強いんじゃない。今のベイルの実力は知らんが、勇者と崇められていた当時のアイツよりも技量だけならトウゴの方が上だろう。二つ目は推測だが、トウゴは長物ながものと戦った経験が全くないはずだ」

この二つ目こそゼッドが刀護に勝てた気がしない理由だった。長剣に対する経験が豊富な自分と比べ、刀護は初見の斧槍相手に互角以上に立ち回ったのである。その才覚たるや驚愕に値するものであった。

言葉を失うシグに、ゼッドは楽しそうに声をかけた。

「トウゴがお前と同等の魔力制御を身につける日が来るのが楽しみだ。その時にはどちらが勝つんだろうな。お前は楽しみだとは思わんか?」

ゼッドにはわかっている。それは愚問だと。自他共に認める戦闘狂がそんな楽しそうなこと・・・・・・・・・・に食いつかない訳が無いのだ。

ニヤリと笑いながらシグは即答した。

「親父。明日からは今までの3倍きつくて構わねぇ。絶対に負けらんねぇからな!うおおああぁぁぁ!!!燃えてきたぜ!!!」

実に単純で、そして頼もしい息子である。そうゼッドは思った。

そしてもう一人も。

「・・・やってもいい・・・よ?」

二人の意気込みを見て、ゼッドはレインに礼を言いたくなった。

予想を遥かに超えて刀護の存在は強い起爆剤になったからだ。

そして自分にも。

(これは少し考えてみる必要がありそうだな)

今回の出来事を経て、ゼッドは人知れずある計画を思いつき、のちに実行に移すことになるのである。





模擬戦闘から数時間後。

刀護が夕食時にプリンを作らなかったことで、ソレを大いに期待していたネイが膝から崩れ落ちるというハプニングはあったものの、おおむね平穏にその日の家事を済ませ夜の修行時間となる。

「今まではトウゴの体力が持たなかったから延期にしてたけど、やっとまともな魔法の練習ができそうね」

そう。刀護が待ちに待った魔法の修行である。

「今日の模擬戦闘ではっきりわかったんだけど、トウゴの身体強化は現時点の魔力量の限界値まで使いこなせていると思う。だから次のステップよ。これから魔法についての講義をしてあげるから良く聞いておくのよ?」

すぐにでも魔法の練習を始めたい刀護ではあったが、その前に今のレインの話で大変気になる内容があったので、まずそれについて聞いてみることにした。

「あの、師匠。俺が身体強化を使いこなしているってどういうことでしょうか?この一週間、ひたすら走っていた記憶しかないのですが・・・」

「あのね・・・別に意味も無く全力で走らせていたわけじゃないのよ?ファルゼン先生も言っていたわ。身体強化の効率を上げたいのなら限界まで体を酷使することだって。そうすれば、難しい事なんて考えなくても楽で自然な魔力の運用を体が勝手に行うようになるのよ。少しでも苦しさから逃れようってね」

そんな乱暴だが妙に説得力のある・・・様な気がする言葉に刀護は納得せざるを得なかった。反論してもきっと良い事はないだろう。

「わかったなら今度こそ講義を始めるけど、いいかしら」

「はい!お願いします!」

ごくりとつばを飲み込み、レインの言葉を一言一句聞き逃さぬよう耳を澄ませる。だが念のためタブレットPCで講義内容の録音も開始する抜け目ない刀護だった。

「・・・前にも見たけど、その魔道具のことは後で詳しく説明してもらうわよ?」

やはり魔導士であり研究者であるレインには大変気になる物品ではあったが、気を取り直して講義を開始するのだった。

「まずは基礎中の基礎からよ。───魔法とは、この世界のことわりを魔力を以て書き換える現象であり、術者の意思に従い様々な効果を生み出す万能の技術である。───なんて世間一般では言われてるけど、正直、こんなの魔導士の驕りよ。トウゴが最初に覚えるべきことは、魔法は万能なんかじゃないってことね」

ファンタジーの代名詞である魔法。そのわりには、初手から夢を打ち砕くような現実的な講義の内容であった。

「フレナ様にだって出来ないことがあるんだから人間ごときが万能をうたって良いはずが無いのよ。出来る事と出来ないことをはっきりとさせておくことが、いざという時の事故を防ぐための第一歩であることを心に刻んでおきなさい」

「なんじゃレイン。随分と教師っぽいことを言うのじゃな。まるで本物かと思ったぞ?」

「まるでじゃなくて本物よ。今は講義の途中なんだから余計なことは言わなくていいの。わかったかしら?」

「「「はい先生!」」」

興味深い話についテンションが上がる三人。

「はいよろしい。じゃあ続きを話すわよ。少し長くなるから、わからなくなったら質問してね」

刀護が頷くとレインは軽く息を吸い込んでからゆっくりと話し始めた。

「次は魔法の種類についてよ。より正確には魔法を発動させる方法についてね。一つ目は詠唱魔法。これはフォルバウムのほぼ全域で使われている共通語を基にした魔法のことよ。そして世界で最も普及している魔法でもあるわ。特徴は詠唱さえ暗記していれば誰でも使える事。欠点は一切の融通が利かない事と、魔法の発動体が必要な事ね。二つ目は精霊魔法。真なる詠唱魔法とも言われているけど、精霊魔法の方が一般的ね。これは私が普段使っている魔法よ。多分トウゴには聞き取れなかったと思うけど、そもそもヒュームには真詠唱の発声器官がないから練習しても無駄ね。これは言葉そのものに魔力を乗せるから、かなり自由に魔法の形を変えることができるわ。わかりやすく言うと魔力を以て現象に命令するって感じかしら。欠点は使える種族が少ない事ね。そして三つ目は想像力を魔力で形にする無詠唱魔法。私はあんまり得意じゃないわ。特徴は言葉通り詠唱を必要としない理論上最速で起動できる魔法よ。そして最も高い自由度と、魔力だけでなくイメージの強さでも魔法の威力が増減するのが大きな特徴ね。欠点は個人の資質に効果が左右されやすい事と、高い集中力が必要な事、失敗時に魔力の暴走の危険性がある事。ま、上級者向けの魔法よ。四つ目は魔法陣による魔法の発動。あらかじめ描かれた魔法陣に魔力を流すことによって魔法陣の内容に沿った魔法が発動するわ。魔法学校で貴族の馬鹿ガキが使ったのもこれよ。特徴は無詠唱に迫る魔法の発動速度と、高度な魔法を簡単に使える利便性。欠点は魔法陣自体が複雑でしかも完璧に描かれていないと魔法が発動しない事と、魔法陣を描くのに必要な素材が高価だってことかしら。最後に魔道具での発動よ。これに関しては説明は要らないわよね?さて、以上だけど何か質問は?」

レインの言う通り少し長い説明だったので、要点をまとめるために頭の中で反芻していると、刀護よりも先に由羅が声を上げた。

「詠唱魔法の発動体とはなんじゃ?なぜ他の魔法は発動体を必要としないのじゃ?」

するとレインは間髪入れずに淀みなく答える。

「発動体って言うのは、共通語での詠唱を魔法に転換するための道具よ。詠唱とか魔法陣って魔法の設計図みたいな物なの。詠唱魔法はそれを発動体に送り込んで魔力と組み合わせることで様々な魔法が発動するって訳ね。発動体自体に決まった形はないわ。杖だったり剣だったり指輪だったり色々よ。どうかしら、理解できた?」

「ふむ・・・お主はやはり教育者や研究者としてなら優秀だと言う事がわかったのじゃ。どうしてその優秀さがいつも発揮できんのかのぅ・・・」

「ほっときなさいよ!他に質問が無いなら外に行って実践するわよ!」

「では私からも一つ」

怒るレインを宥める様に宗角からも質問が出た。

「無詠唱魔法失敗時の魔力の暴走について詳しく説明していただけますか?」

だがその質問にレインは腕を組んで少し言い淀む。

「うーん・・・暴走した魔力がどんな現象を引き起こすのか、なんてのは、はっきりいってわからないのよ。強いけれど形にならないイメージに魔力を乗せて放つと、何も起こらない時もあるし、爆発を起こす時もあるし、術者の髪が全部抜けたなんて事もあったらしいし、予測は不可能と言っていいわ」

恐ろしい反動に思わず息をのむ刀護達。

「・・・刀護は大人しく詠唱魔法を覚えるべきじゃろうな」

「全くもって異存はありません。なんて恐ろしいバックファイアでしょうか・・・刀護君の毛根は我々が守ります」

「い、いや、別に禿げるって決まったわけじゃないだろ!?禿げないよな!?禿げないですよね!?」

肩に掴みかかりぶんぶんと体を揺する刀護を、レインは鬱陶しそうに手で振り払いのけ嘆息する。

「あのね、そんな馬鹿な事が早々起こるわけないでしょ?長い魔法の歴史の中で私の知る限りたったの2件しか報告されていないレア中のレアケースよ。くだらない心配してないでさっさと外に出るわよ。時間は有限なんだからね!」

そう言って外に出て行ってしまったレイン。

取り残された者達の間には、まるで通夜の如き重苦しい空気が漂い、たまたま部屋をのぞきに来たシグが室内から漏れる負のオーラに驚いて何も言わずに引き上げていくのだった。



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