港町での日常2

港町ピーカの夜。

海上に見える月は真円を描き、砂浜で訓練する師弟を静かに照らす。

結論から言うと、刀護の魔法は拍子抜けするほど簡単に成功した。

それも驚くべき精度と多様性を以て。

刀護の初めての魔法は、初めてと言う事もあって半信半疑で放った部分もあり、ほとんど気合だけの完全とは言い難い出来であった。

だが、一度できるとわかってしまった物に関しては何の疑いも無く受け入れてしまうのが刀護の長所であり短所と言える部分である。

「一度成功していたのは知っているけど、何でこんなに簡単に無詠唱魔法ができて、それより簡単な身体強化が出来なかったのかが謎ね。おまけに最初に放ったトウゴの魔力量ではありえない馬鹿げた威力の魔法も・・・」

その理由は、育った環境としか言いようがなかった。

何せ日本では、魔法そのものはなくとも、魔法という概念だけが娯楽文化として過剰なまでに発達した場所だからである。

刀護の中ではイメージが難しかった身体強化よりも、より一般的でイメージが簡単だった攻撃や防御の魔法の方が扱いやすかったのだ。

そして、刀護の中の魔法を放つというイメージがある物・・・と重なった事も成功の要因と言えただろう。

それこそが、地球で最も有名な必殺技と呼ばれる、男の子なら誰しも真似したであろうアレである。





「刀護よ、わかっておるな?」

「ああ。今こそ長年の夢を叶える時だ」

「丁度、今宵は満月です。試すには都合が良いのではないでしょうか」

基礎的な講義を受けた後、とりあえずどんなものでも構わないので魔法を使って見せろとレインから言われた刀護が選択したのは、厳密には魔法ではないが、小さな頃から妄想し、もかしたらいつか本当に出るのではと練習を続けた憧れの必殺技である。オリジナルと違い『気』ではなく『魔力』を放つ事になるが、この際細かい事は気にしない。浪漫の前ではそんな物は些末さまつな事象であるからだ。

刀護は、足を開いてゆっくりと腰を落とし海上に浮かぶ月に向かって半身になり、勢いよく両のてのひらを前に突き出す。そして両手の間に球状の何かを包むようにして腰だめに構えた。

幼き日に練習した時には感じられなかった力が、今でははっきりと感じられる。その積み重ねてきたイメージは強力にして無比。

体内に流れる魔力を両手に収束させ、それが臨界に達した時、刀護は、本当に月さえ吹き飛ばしかねない気合と共に魔力を解き放った。


「カメ〇メ波ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


刀護の、そして全世界の男子の積年の思いを乗せた一撃は、残念ながら月まで届きはしなかったが、それを間近で目撃したレインと、屋内からその様子を眺めていたゼッド一家があんぐりと口を開けて放心するほどの威力を以て満月の夜空を切り裂いたのである。




「現時点ではほぼ完璧と言っても差し支えないわ・・・。自分の魔力も制御しきれないのに無詠唱だけ完璧とかバランス悪いのも大概にしておきなさいよ。それとも何か理由でもあるのかしらね?」

レインのもっともな疑問に、刀護は講義を録音するのに使っていたタブレットPCを見せて説明した。

これは父が言っていたフォルバウムの魔法の発展につながるだろうと判断して。

「地球の技術で作られた道具です。魔法ではなく電気という力で動いています。本来であれば数えきれないほど沢山の用途で使える道具なのですが、親父の意向により地球の娯楽で容量の殆どが埋め尽くされています。俺の魔法のイメージはコレからです。師匠も読んでみますか?親父は『魔法の奥義が記された魔導書』なんて大げさな事言っていましたけど」

そう言って刀護がレインに見せたのは、ありふれた魔法バトル物や、設定の凝った魔法実験がメインのダークな物語など多種多様なものだった。

それらのストーリーや魔法の内容をかいつまんで説明し、地球にはこれと似たようなものが溢れている事を聞かせると、レインは画面から一瞬たりとも目を離さぬままおもむろに口を開いた。

「トウゴ。これはこちらの世界・・・・・・に出してはいけないものだわ。この知識を悪用しない範囲であなた一人が使う分には構わないけど、決して世間に公表してはいけない。師として命令するわ。わかった?」

一瞬、刀護には理解できなかった。

たかが漫画に随分と大げさな表現をされたからだ。

刀護はレインに理由を聞いたが、答えは、日本人である刀護には理解し難い物だった。

「魔法の知識云々じゃないわ。物語自体の発想がヤバすぎるのよ。そんな思想が広まったら国家間の戦争やら人体実験やらが横行するわよ?あんたたちの世界って平和なんでしょ?なのになんでそんな過激な物語ばっかり作っているの?」

「そんなにヤバいんですか?親父は喜んで読んでましたけど・・・」

「アイツも向こうでの生活が長くてこっちの感覚が麻痺でもしたんじゃないの?普通なら禁書扱いでもまだぬるい異端の書物よ。まあ誰も向こうの文字なんて読めないから危険性は低いけど、これだけ綺麗な絵だともしかしたら内容を読み取られる可能性もあるわ。とにかく気をつけてちょうだい。あの馬鹿にも言っておかなくちゃね」

そう言ってレインは、送言具が置いてある家の中へと入って行ってしまった。

刀護は、これからたっぷりと絞られるであろう父に同情しつつ自らの思慮の浅さを反省した。

「まさかの展開じゃのう」

「そうですね・・・しかし最初に見せたのがレインさんで良かったのかもしれませんが」

「これが文化の違いってやつか・・・考えが足りてなかったな・・・これからは気をつけないと」

この世界にとって禁忌の書でも、魔法を覚えた刀護にとっては命綱足りえる知識の宝庫である。やはり簡単には手放せない。

念のためより厳重にパスワードをかけ、できるだけ人目につかないように運用しようと心に誓った刀護であった。





翌朝。

昨日と同じように刀護が庭先で洗濯をしていると、やはり昨日と同じように背後からネイが現れて刀護の服の裾をつまむ。

「んー?なんだ、またネイか。どうかしたのか?」

洗い終えた洗濯物を絞りながらいつもと同じ無表情───いや、いつもより若干悲しそうな雰囲気がするようなしないような表情のネイに話しかけた。

「ごはん・・・今日はアレ・・・作る?」

「ネイ、俺はトウゴであってごはんじゃないぞ?それにアレって・・・あー、プリンのことか。昨日はプリンがなかったから落ち込んでたのか・・・ごめんなネイ。アレは材料が少し高いからあまり頻繁には作れないんだ」

魔王の危機が去って久しい今、プリンの材料となる食材はさほど高価はないフォルバウムだったが、バニラによく似た香りの香辛料だけは高級品と言っていい値段であった。先日使った分の残りはまだ少しとってあるが、ゼッド宅に来客でもあった時の為に使おうと残しておいたのだ。

刀護の言葉を聞いたネイは、表情は変えぬまま首をかしげると、何かを思いついたのか家の中へと入って行ってしまった。

それと入れ違いに自らの仕事を終えたレインが、刀護を手伝うために現れた。

「ネイと何かあったの?」

「いえ、大したことではないんですけどね。ネイはプリンが随分と気に入ったみたいで、今日は作らないのかと聞きに来たんです。でもあれ、少し高い食材を使うんで、居候の身としてはちょっと遠慮しちゃうんですよね」

「ふーん。別にいいんじゃない?ゼッドはランク8のハンターだもの。はっきり言って滅茶苦茶稼いでるはずだから、あの程度の料理毎日三食食べても痛くも痒くもないわよ」

そんな話をしていると、先程家の中へと消えたネイに、書類仕事でもしていたであろうか、手にペンを持ったままのゼッドが連行されてきたのだ。

「あんた何してるの?」

そんな姿に呆れるレイン。

「・・・俺もよくわからん。突然ネイに引っ張ってこられた。事情を説明してもらえるか?」

刀護としてもネイの心中しんちゅうなどさっぱりわからないが、とりあえず先程の会話の内容を伝えることにした。

「・・・ふむ。多分、ネイが言いたいのはトウゴにそのプリンとやらを作るための金を出してやってくれということだろう。俺は別に構わん。金に糸目はつけなくていいとまでは言えないが、ネイが食べたい物を食べさせてやって欲しい。こいつがこんなに誰かと関わろうとするなど今までになかったからな・・・。トウゴ、すまんがネイの事をよろしく頼む」

そんな話を聞かされてしまっては、刀護としては奮起せざるを得ない。人付き合いが得意には到底見えないネイがここまで頑張ったのである。男としてそれに応えないわけにはいかないのだ。

「わかりました。俺の素人料理で良ければ知り得る限りの範囲でネイが喜びそうな物を作りますよ。ネイはそれでいいか?」

ゼッドの依頼を快く引き受けた刀護は、心なしか嬉しそうな雰囲気を漂わせるネイの手入れされていないぼさぼさの頭を軽く撫でた。

自らの頭を撫でる刀護の手をぼんやりと眺めていたネイは、特に嫌がる様子も無くそれを受け入れ、刀護が手を離した後も彼の傍を離れずそこが定位置だとでも主張するように彼の服の裾をつまんでいた。

「よかったじゃないトウゴ。妹が出来たわよ?」

ネイのことを知っているレインとしても、それは初めて見る姿で、そしてとても微笑ましく感じる。

満足そうに一つ頷き、背中を見せて仕事の続きに戻ろうとするゼッド。

しかし、刀護の中で綺麗に話がまとまろうとしたところに、そうはさせじと由羅の悪意すら感じる言葉が割って入ったのだ。

「話がまとまったところで一つ聞きたいことがあるのじゃが構わんか?」

そんな由羅の声に、背を向けていたゼッドも立ち止まってもう一度こちらを向く。

「何?私もトウゴも仕事が残っているから手短にお願いね?」

「別に時間などとらせんよ。レインがゼッドはランク8のハンターだと言っておったな?」

話を振られたゼッドは特に誇る事でも隠す事でもないので、一言、そうだと肯定した。

「その後に、『闘神』と言っておったのを覚えておるのじゃが、これはなんじゃ?」

(ちょ!?由羅!余計な事を・・・)

レインがゼッドの事を闘神と呼んだとき、笑いをこらえながらではあったが、ゼッドがあまり良い表情をしていなかったのを見ていたからだ。

「そんな大仰おおぎょうな『二つ名』は勘弁してほしいものだ。誰がつけたのかは知らんがいつの間にかそんな名前で呼ばれるようになっていた・・・いい迷惑だ」

ゼッドの答えに気になる単語を見つけた由羅は即座にソレ・・に食いつく。

「ほう?二つ名とな?それは一体どういうものなのじゃ?」

似たような物の知識はあるはずだが、やはり中二心をくすぐられたのだろう、詳しく聞き出そうとする由羅。

「別になんてことはないわよ。実力のある人物が、職種にかかわらずそれに見合った二つ名をつけられるってだけ。広く定着する場合もあれば風化する場合もあるわね。二つ名持ちは一目置かれるみたいな風潮もあるから、自分で勝手に二つ名を名乗る人もいるわよ。まあよっぽどの実力が無いと認められないけどね」

やはり、ほぼ知識通りのシロモノであった。

「なるほどのう・・・これは是非、刀護にも二つ名を与えてもらわねばならんな」

「さすが姫様です。刀護君の喜びそうなことがわかっていますね。今の内に我々で考えておきましょうか」

「くそっ!やっぱりこうなったか!俺はそんなものいらんぞ!?そもそも自分の魔力も制御しきれない俺を認める人なんているもんか!」

全力で否定した刀護だったが、経験者の言葉は無情だった。

「嫌がろうと否定しようと勝手に周りからそう呼ばれるのだ・・・諦めろ。それにお前が順調に実力をつけていけばほぼ間違いなく二つ名はついてまわるだろう。気づいていないかもしれんがレインもお前も目立つんだ。色々とな」

レインは元々英雄の一人であるし、それを魔道具で隠したとしても絶大な力を持つ魔法生物を二匹も従えている。刀護も異界の剣を背負った黒髪黒瞳といういで立ちが他者と一線を画す存在感である。確かに目立つかもしれない。

「クックック・・・楽しみじゃのう!はてさてどんな二つ名がつくやら」

「これだけ期待された後では、二つ名がつかなかったらつかなかったで恥ずかしいかもしれませんね。進退窮しんたいきわまりましたよ刀護君。大人しく精進を重ねて素敵な名前を貰いましょう」

前門の虎、後門の狼。

逃れられぬ心底どうでもいい運命に、無力な刀護は、ただ流されることしかできないのであった。


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