港町での日常3
「今日みたいな晴れた日に芝生で寝転ぶのは気持ちよさそうね?」
港町ピーカに滞在して三日目の昼。
昨日も見た抜ける様な青空を、ゼッド宅の庭に倒れこみ痛みで動かせなくなった体でもう一度見上げることになってしまった刀護。
但し今回は骨を叩き折られているわけではない。
対人のみに特化してしまった刀護の弱点ともいえる魔物との戦闘を克服するため、フェルトとクルルの二匹を相手取り、約一時間の訓練を行った結果、全身くまなく打撲と擦過傷という重症で見事行動不能と相成ったのである。
皮肉100%の言葉が聞こえた方向に目線を向けると、一部始終を見ていたレインが不服そうな表情で刀護を睨んでいた。
「これが実戦だったら何回死んだか数えきれないわよ。私やゼッドを追い詰めたいつもの動きは何処に行ったの?言っておくけどフェルトもクルルもあなたのレベルでどうにかできる程度でしか攻撃していないから。それでこの体たらくじゃシグやネイに笑われちゃうわね」
容赦のない言葉を投げつけながらも怪我の回復はしっかりと行ってくれるレイン。
体の痛みが引いた刀護は、ムクリと体を起こすと治療を行ってくれたレインと由羅に礼を言った。
「魔法の時もそうだったけど、トウゴはバランスが悪すぎるのよ。人を相手にするならかなりのものだけど、それ以外が相手だと素人に毛が生えた程度。街や街道の近くには辺境でもない限りそこまで強い魔物は出ないけど、今のあなたを安心して送り出せるかって訊かれたら否としか言えないわ」
レインの言葉はもっともであるが、魔法も魔物もない世界で育った刀護にはどうしようもない事なのである。
「すみません師匠・・・人間相手ならある程度動きを読める・・・というか感じられるのですが、魔物や、フェルトみたいな四足の動物、ましてやクルルみたいな不定形な生物を相手にしたことがなかったので、どう対処していいのかがさっぱりわかりません」
刀護の弱点は魔物との実戦経験の少なさ。そして地球にはなかった魔法や魔道具を駆使しての戦闘知識がまるでない事だった。
「普通なら魔法や魔道具に頼りすぎて剣が
話の途中で何かを思いついたのか、一人でぶつぶつと独り言をつぶやきながら考え事に没入するレイン。だが程なくして刀護にこんな訓練方法を課してきた。
「あなたはしばらく魔導士になりなさい。剣を使うのは禁止よ。但し、常に剣を手にしているイメージを忘れない事。難しいと思うけど魔法戦闘に慣れるためには剣だけに頼り切った今までの戦い方を変えていくしかないわ。攻撃も防御も魔法とそのマフラーで何とかして見せなさい」
確かに刀護は、折角魔法を覚えたにも拘わらず、いざ戦闘が始まるとその存在を失念し、咄嗟の防御に操霊布を何度か使った程度で残りは全て剣一本に頼ったとても魔法戦闘とは呼べないシロモノを繰り広げていたのである。
その結果、フェルトの二本の尻尾やクルルの無数の触手による攻撃についていけず一方的に叩きのめされ苦汁をなめることになったのだ。
「あの・・・師匠。魔法のみで戦うというのは理解できましたが、剣を持ったイメージは忘れないようにするというのはなぜですか?魔法のみなら剣のイメージは邪魔になるような気がするのですが・・・」
刀護の疑問にレインは即答する。
「別に剣を捨てるわけじゃないでしょ?
(使えるけど使わないのと使えないから使わないのは別物?そりゃそうだろうけど、それがどう関係するんだ?いまいちピンとこないが・・・。よし!きっと考えるな、感じろって事だろう。そうに違いない)
結局レインの言葉を理解しきれなかった刀護は、思考を放棄し都合の良い解釈に落ち着く。
だが刀護の脳筋的思考を感じ取った由羅が即座につっこんだ。
「おいレインよ。このうつけはお主の言う事を多分理解しておらぬぞ?良いのか?」
しかしその辺りはレインも織り込み済みであった。
「大丈夫よ。頭で理解できなかった分は、体に叩き込んで無理やりにでも覚えさせるだけだから。最終的にはどっちでも変わりないわ」
弟子が弟子なら師匠も師匠である。肉体言語は地球でも異世界でも万能なのだ。
「そうじゃな。それが一番わかりやすかろう」
「まったくですね。百考は一行に如かずです」
「あら、良い言葉ね?あなた達の世界の言葉かしら?」
脳筋は何人集まっても脳筋にしかならないのであった。
刀護がフェルト達を相手にサンドバッグになっていた頃、家の目の前に広がる砂浜ではシグとネイが地味で地道な基礎訓練を繰り返していた。
「お前たちは俺の仕事の都合で魔物相手の実戦ばかりだったからな。勿論実戦も必要だが、基礎を積むことで得られる物があるのもまた事実。トウゴという存在がまさにそれだ。技量であのレベルを目指すのなら絶対に避けては通れん。そもそもお前達が言い出したことだからな。文句も泣きごとも聞かんぞ。強くなりたければ基礎をこなせ」
ゼッドの厳しい声が響く。
元々、獣人の恵まれた身体機能と戦闘に対する天性の素質を持っていたシグとネイだったが、父について旅をするようになった5年前からが本格的な訓練の始まりで、未だ経験豊富とは言えぬ上、溢れる才能に任せて実戦ばかり繰り返してきたせいで基礎が
「トウゴがこれで強くなったってんなら俺もやるぜ!トウゴに置いていかれたくないからな!そんでいつか親父もぶち抜いて俺が最強のハンターになってやるぜ!」
相変わらず暑苦しいシグであったがゼッドの反応は冷たかった。
「無駄口を叩くな。型が乱れているぞ。それともお前だけ一日中型の反復で終わりたいのか?」
注意を受け慌てて訓練に集中するシグを他所に黙々と己の訓練をこなすネイ。その表情は実戦時とまではいかないが普段のぼんやりとした無表情とは比べ物にならない程の真面目な顔だった。
やはり彼女の中でも父に迫る実力を見せた刀護の存在は大きいのだろう。二人の師として厳しい表情を作っていたゼッドの顔が嬉しさで思わず緩みそうになるほどの熱意を以てシグとネイは訓練に励んでいた。
「私はあなたに魔導士になれとは言ったけど亀になれとは言ってないわよ!さっさと甲羅から出て戦いなさい!」
フェルトとクルルの攻撃に刀護は防戦一方だった。それはもう見事なまでに。
ドーム状に張った防御魔法の中から一歩も出られず、持てる魔力の全てを防御魔法維持のためだけに使っているという勝ち目などあるわけもないじり貧な籠城戦を続けているだけなのである。
「しかし師匠!フェルトやクルルに剣と違って加減の難しい魔法をぶつけるのは物凄く気が引けるのですが!」
激しく実力差がある相手を前にしてこの期に及んでといったセリフではあるが、刀護にとっては使い慣れない凶器を普段可愛がっているフェルトやクルルに投げつけるのも同然なのである。たとえ無事だとしても心苦しいことこの上ない。
だが、一ヶ月以上に渡る共同生活の中でレインも刀護の性格は把握できたのであろう。ため息を一つつくと優しく刀護に呼び掛けた。
「もう、馬鹿ね・・・あなたが心配するようなことにはならないからとりあえずそこから出てきなさい。フェルト、クルル、こっちへ。トウゴはこれから起こることをよく見ておくのよ?」
レインの言葉により防御魔法を解いた刀護は、言われたとおりに少しも見逃すまいとレイン達のいる方向を凝視する。
そして、目の前で起こったとんでもない出来事に比喩でなく腰を抜かすことになったのだった。
二匹を呼び寄せたレインはフェルトの二本の首にある首輪を外しクルルの中に荷物が残っていないことを確認すると、
そこに集まっていく攻撃的な魔力は、先日のカ〇ハメ波など比較にならない程に強く、魔法初心者の刀護が見てもはっきりとわかる危険性を以て解き放たれた。
その瞬間。
文字通り爆発四散し粉々になった二匹は、肉片をまき散らしながら辺り一面に降り注ぐ。
凄惨な光景だった。
貧弱な脳みその許容量を遥かに超える惨事に声を失いへたり込んでフリーズする刀護。
そんな中、由羅と宗角は冷静そのものだった。
「自信満々に爆破しておいて『復元できませんでした!』とか言われたらそれはそれで
「不謹慎ですよ?姫様。刀護君が可愛がっていた二匹が粉微塵になってしまったのですから少しは心配してあげましょう。それにレインさんは普段は
二人の冷静と言うよりかは失礼極まりない発言にレインは
「二匹とも無事だから現実に戻ってきなさい。バラバラになったくらいで死ぬような
言葉と共にコツンと軽く放心している刀護の頭を小突く。
その衝撃に我に返った刀護は、目の前で起こり始めた変化に目を奪われる事になった。
今更だが、血の一滴も流れていないことに気づく刀護。そして飛び散った肉片・・・と言うより小型のスライム状の物体が一ヶ所に向かって吸い寄せられるように集められ大きな塊となり、クルルはそのまま饅頭の様な形に落ち着き、フェルトも元の双頭の犬の形へと戻っていった。そこには先程までバラバラだったなどという痕跡は見受けられない完璧に復元された二匹の姿があった。
ただ、刀護には僅かではあるが、二匹のサイズが縮んだように見えた。
「師匠、少し縮んでませんか?」
感じたことをレインに訊いてみる。
「消し飛んだ部分は、後で私が補充しておくから夜には戻ってるわよ。それよりも、わかったでしょ?今のトウゴがいくら魔法をぶつけたってこの子達にはダメージらしいダメージにはならないわ。それに痛覚は最初から存在していないから余計な事考えなくても大丈夫よ。手加減なんかせずに思いっきりやりなさい。これは命令よ?」
命令と言いつつもその言葉は穏やかである。そして遠慮など一切不要であることを嫌と言う程理解させられた刀護は、魔力が尽きるまで全力で戦い、やはり力及ばずぼろ雑巾の様にされながら昼の訓練を終えるのだった。
訓練を終え、夕食の準備の為に買い物に出かけようとする刀護の傍らには、あまり好んで外に出かけようとしないネイの姿があった。
「ネイも買い物手伝ってくれるのか?」
買い物袋を持って外に出た刀護は、服の裾をつまんだままついてくるネイに問いかける。
するとネイは、ぼんやりとした視線を虚空にさまよわせ、何かを考えているかのような
「そうか、ありがとうな。じゃあ出発するぞ」
無言で無表情だが、刀護の裾が伸びないように気をつけながらついてくるネイ。
刀護はいつもよりも少しだけゆっくりと歩きながら、本当に妹ができたような何とも言い難い幸福感を感じていた。
「ネイは今晩食べたい物はあるか?肉でも魚でもなんでもいいぞ?メニューを決めるのは買い物に出た者の特権だからな」
するとネイは、普段では考えられぬ反応で一瞬の間も置かずに即答した。
「プリン」
「あはは、心配しなくてもそれは食後のデザートに出すよ。簡単な物でよければプリン以外にも甘い物は作れると思うが、プリンでいいのか?」
そんな刀護の提案に、目を大きく見開いて驚いた表情を見せるネイ。
だがそれは刀護としても驚きだった。
(なんだ、ちゃんとこんな表情も出来るんじゃないか・・・贅沢を言えばもう少し
歩きながらも必死に思案を続ける彼女を眺めながら刀護はそんなふうに思った。
結局、市場に着くまで考えに考え抜いたネイの答えはこうだった。
「・・・全部」
「ぜ、全部か・・・。よし!じゃあやれるだけやってみるか。材料が沢山必要になるだろうからネイも荷物運ぶの手伝ってくれよ?」
そう言ってネイの頭をくしゃりと撫でる。
心なしか嬉しそうに彼の手を受け入れるネイと共に、菓子作りに使えそうな食材を探して市場中を歩き回り、ほくほく顔で集まった食材を家まで持ち帰ったが、肝心の夕食用の食材を買い忘れていた事を指摘され数日ぶりの全力疾走で市場までトンボ返りする事になった刀護であった。
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