港町での日常4
港町ピーカ10日目の朝。
規模が大きくなり始めたため、魔法での戦闘訓練を街から走って10分程度離れた砂浜に移した刀護は、いつも通りフェルト達を相手にして血と汗と砂にまみれていた。
「風よ!」
同じ無詠唱でも、効果を声に出すことよりイメージが強まることに気づいた刀護は、威力や正確さを求めるとき、このように叫んでいた。
欠点は効果がばれやすい事と少し恥ずかしい事だろうか。
刀護の放った魔法は風の刃。だが、ただの刃ではない。現代日本風に凶悪なアレンジを
高速で回転する
「そんな単純な魔法じゃこの子達には通用しないわよ?威力の高い魔法はもっと相手に隙を作ってから打ちなさい。あなたが使える魔力はそんなに多くないんだからね!」
レインの
(隙って言ってもなぁ・・・あれだけ自由自在に動く尻尾と触手相手に隙を作るってどうしたらいいんだ?)
不意に飛びかかってきたフェルトを炎を使った目くらましでやり過ごし大きめに距離をとる。
(フェルトの尻尾は2本。クルルから生えている触手は・・・8本か。全部で10本。やってやれないことはない!)
作戦を決定した後の刀護の行動は早い。
残り少ない魔力を操霊布に込め、自身も全力でクルルとの距離を詰める。
無論、即座にフェルトからの牽制とクルルの攻撃が飛んでくる。だが刀護は、走る速度を緩めることなく向かってくる攻撃の軌道を見切り無数に枝分かれさせた操霊布で見事にそれらを搦め捕ると力任せに引きずり寄せた。
結果、フェルトの体勢を崩し、クルルの懐に潜り込むことに成功する。
絶好のチャンス到来である。
(行ける・・・!けど、最後まで油断も容赦もしない!)
ここ数日でレインから耳にタコができるほどに聞かされた言葉である。
それは、どんな相手でも過小評価したら死ぬ。相手を完全に無力化する前に気を抜いたら死ぬ。敵に情けを掛けたり
師の言葉に忠実に従い、クルルの反撃に備えながら右手に魔力を集める。
(常に剣を持つイメージってのはこういう場合で使うんだろうな)
ゼロ距離ではやはり魔法よりも剣の方が速い。剣を持っていないからこそわかる剣を振るうタイミングの重要性をこの数日間で何となくだが理解することができた。
目前に迫るクルルから僅かだが魔力の反応を感知した刀護は姿勢を低くし回り込むように体を滑らせると、直後、頭のすぐ横を新たに生えた一本の触手が風を切る音を残して通り抜けて行く。
最後の反撃を
クルルを一応の戦闘不能へ追い込んだ刀護だったが、直後に体勢を立て直したフェルトに
(これだけ毎日ボコられ続けると痛みもあまり気にならなくなったような・・・。打たれ強さだけは間違いなく上がっているだろうな)
あまり自慢にはならないが
「詰めが甘い・・・と言いたい所だけど、今日の所は勘弁してあげる。よく頑張ったわねトウゴ。魔法の訓練を初めて10日足らずでここまで出来るなら大したものよ。けど、私の見立てでは今の魔力量でもフェルトに一撃与えることぐらいは出来るはずだわ。もしそれに成功したら私からのご褒美が待ってるから努力を怠らないようにね」
倒れた刀護の頭をぽんぽんと撫でる様に叩いたレインは上機嫌で回復魔法の詠唱を始める。
尊敬する師匠からの褒美と聞いて素直に喜ぶ刀護だったが、一方、その言葉を聞いた由羅は気が気ではなかった。
(こやつ、やはり侮れん・・・もし刀護に褒美を
そんな由羅の下らないが切実な思いを何となく感じ取った宗角は周囲の思惑を他所に、一人楽しそうに微笑むのだった。
訓練からの帰り道。
早朝に外門を出てきた時にはあまり多くはいなかった旅人や商人が、こぞって街から出て行こうと大混雑の様相を
「なんだこりゃ?」
刀護はそんな様子を見て首を捻ったが、レインはすぐにこの混雑の原因に気づき、家路を急ぐ。刀護も遅れぬようにその後を追った。
多くの人々が出立の準備でごった返す街中を遠目に見やりながら外壁沿いを走り、そのままの勢いでゼッドの家に駆けこむと、騒ぎの原因を知っているであろう家の主を問い詰めるレイン。
「ルナが居なくなったんじゃないの?あんたなら知ってるんでしょ?」
身も蓋も無い質問だったが、こうなることを予想していたであろうゼッドは、落ち着いた様子で答えた。
「そうだ。今朝早くに部屋を引き払ってそのまま街から消えたらしい。その話が広まったお陰でこの有様だ。俺にもギルドから通達があった。出立する馬車を狙う盗賊団の殲滅依頼だ。随分と悠長な話ではあるがな」
ピーカ所属のハンター達は未だ混乱する街から離れることはできず、外から来たハンターや、別の支部から応援で呼び寄せたハンターは出立する人々の護衛にとられるため、この日の為にと各地から集まってきた盗賊団の殲滅という大規模な任務を遂行できるのは、所属に縛られない腕の立つ高ランクのハンターだけなのであった。
「まったく・・・ルナの歌に引き寄せられるのは観光客も盗賊共も同じだな。人が集まる分、警戒も厳重になることがなぜ理解できんのか」
「それが理解できないから盗賊なんて馬鹿な事やってるんでしょ。魔王を倒して平和になったら今度は盗賊が増えましたなんて笑い話にもならないわよ」
実際、魔王が倒れ平和が訪れたことで職を失った傭兵崩れが野盗に身を落とすことは少なくない。それらが徒党を組んで盗賊団となり、都市間を往来する物資を狙うのだ。
せめてもの救いは、傭兵職を失った後、ハンターとして食っていくことすらできないような半端者が殆どなので、個々人の戦闘能力がさほど高くないことだろうか。
だが狂暴性だけは人一倍で金品の強奪だけに飽き足らず、捕らえた男は娯楽として
「見ての通り俺達は準備ができ次第出発だ。たぶん十日もかからずに戻れるだろう。その間お前達はこの家を好きに使ってくれていい」
ゼッド達は各々旅の荷物をまとめている真っ最中であった。もう
だがレインは、準備を進めるゼッドに待ったをかけた。
「ちょっと待ちなさいよ。私も手伝ってあげるから。私が一緒だとフェルトの鼻が使えて便利よ?盗賊の巣穴ごとき簡単に見つけられるわ」
ゼッドにとってレインの申し出は非常に助かるものではあったが、同時に警戒を抱かせるものでもあった。なぜならそれはレインにとって今回の件はただ働きに他ならないからである。古い知り合いであるゼッドには彼女が見返りもなしに動くなどありえないということを知っている。何か裏があるに決まっていると思えてならなかったのだ。
「何を企んでいる?お前達はランク1だ。盗賊の討伐依頼など受けられぬことはわかっているだろう。お前の申し出はありがたいが、こちらが納得できる理由が無いのであれば悪いが連れて行くことはできない。大人しく留守番をしていてくれ」
しかし、レインの答えはゼッドが予想した物とは大きく外れた、おおよそ彼の知るレインらしからぬものだった。
「別に他意はないわよ。報酬を貰おうとも思わない。強いて言うなら手伝い賃として道中の食料を提供してもらいたいくらいかしら」
ゼッドには正直なところ信じられなかった。一体、彼女に何があったというのだろう。弟子をとったという事すら信じ難かったが、そこは元仲間であったベイルの息子だからということで無理やり納得していたのだ。
「本当にそれだけか?」
恐る恐るといった感じでゼッドは訊き返す。
するとレインは、悲しそうに笑いながら本心を答えた。
「私も迷ったんだけど、やっぱりトウゴには
そんなレインの言葉にゼッドは驚かされっぱなしだった。だがそれは、彼にとって好ましい驚きであった。
「随分と変わったものだな・・・お前らしくは無いが、その変化は良い物だと俺には思える。・・・わかった、同行を許可する。食料もこちらで出そう。だがその前にトウゴにも覚悟を訊いておけ。詳しい話はそれからだ」
「ええ、言われるまでもないわよ」
そう言ってレインは後ろを振り向くと、すぐ後ろに立っていた刀護の顔を見上げて問いかけた。
「話は聞いていたわよね?私達はこれから盗賊団を潰しに行くわ。当然だけど命のやり取りになる。トウゴをそこに連れて行くことの意味はわかるわよね?」
なるべく考えないようにしていた事が、どうやら来てしまったらしいと刀護は思った。そして、レインの先程の言葉を聞いて自分はそこから逃げてはいけないと言う事も悟った。
神妙な面持ちで静かに頷く。
「さっきのは私の勝手な判断だからあなたが従う理由は何処にもない。でも私には、あなたがこれから先、自分の身を守っていく上で必要な事だと考えているわ。別に断ったからと言って破門にするわけじゃないけど、あなたも真剣に考えて欲しいの」
刀護は自分の事を博愛主義者と思ったことは一度もない。もし自分や家族の命が暴漢に
「簡単に人を殺せますとは言えません。前に師匠が言ってくれた通り、その時になってみないとわからないことだと思います。こんな浮ついた覚悟でも構わないのであれば師匠にお供させてください」
それが刀護にとっての精一杯であった。
自然と頭が下がり、腰を折ったままの姿勢で師であるレインの言葉を待つ。
叱責されてもおかしくないと思っていた刀護であったが、予想に反してレインからかけられた声は優しさに満ちていた。
「ほら、これも前に言ったでしょう?悪い事なんてしてないんだから簡単に人前で謝らないの。トウゴの覚悟は聞かせてもらったわ。私はそれで十分だと思う。駄目だったら駄目だったでその時に考えればいいのよ。だからそんな悲しそうな顔しないの。わかった?」
下げたままだった頭を上げさせて自分よりも頭半分高い位置にある刀護の頭を優しく撫でるレイン。
師ではあるが、同時に美しい女性であるレインにそうされたことで、刀護の顔は
「ふふっ。その調子なら大丈夫みたいね。私達も急いで準備するわよ。ほら、わかったら動く!」
「はい!師匠!」
レインに元気づけられ、自分の荷物をまとめるために刀護が動き出そうとしたとき、今まで沈黙を守ってきた由羅がようやく口を開いた。
「刀護よ。儂らの最も優先すべきことはお主の無事じゃ。そのために人を斬らねばならぬというのなら止める
それは二人の思いが乗った重い言葉だった。
「ありがとう。心に刻んでおくよ。後悔なんて俺もしたくないからな。ぐじぐじ考えていじけるのは性に合わないんだ」
刀護はそれだけ答えると、急いで荷物をまとめる手を動かすのだった。
荷物をまとめ、しばらくの間お預けとなる刀護とレイン特製の昼食を摂り終えると遂に出発の時間となった。
「もう昼過ぎだからな、普通に進めばさほど距離を稼ぐことはできないだろう。だが、ピーカから旅立った連中の第一波が奴らの前を通過する前には潰し終えておきたい。そこでレインの猟犬を使わせてほしいのだが、どうだろうか」
「別に構わないわよ?私とトウゴはフェルトに。シグとネイはクルルに。ゼッド、あんたは走って追いついてこれるでしょ?」
家主で依頼主のゼッドを相手に酷い扱いではあるが、当の本人はなんという事も無く頷いた。
「ああ、それでいい。クルルの猟犬登録がまだなのが気にかかるが俺たちが近くに居れば問題なかろう。ではすぐにでも出発だ。準備はいいな?」
その場にいた全員が頷いたのを確認すると、一人と二匹は街の外へとつながる門に向かって風の様に駆け出したのだった。
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