大魔導士の弟子

研究所から離れ、街の外壁にほど近い位置にある一軒の家の前に刀護とエッジは立っていた。

研究所の前に停めてあった馬車に揺られてここまで連れてこられたのである。

守衛や御者は、ただ、二人をここまで連れてくるようにとしか命じられていないという。

広い敷地のわりに建物がそこまで大きくない、何とも妙な家だった。

「入れってことなんだろうな」

頭をかきながらエッジが言った。

「ここってレインさんの家なんじゃないのか?」

刀護は普通に考えつくであろう質問をエッジにぶつけた。

「俺の知る限りでは、あいつは研究所の中にある自分の部屋で暮らしていたはずだからな。この家のことは知らない。まあ連れてこられたってことはきっとそういう事なんだろ」

意を決して二人は家のドアをノックする。

30秒程待たされ、再度ドアをノックしようとした時、ゆっくりと扉が開かれ、中から一人の女性が現れた。

そもそもが家族以外の女性とほとんど面識を持たない刀護である。

現れた女性のあまりの美しさに硬直し、挨拶の言葉すら口に出すことができなかった。

「よう、久しぶりだな。全然変わっていなフゴアァァッ!?」

見知った顔ににこやかに声をかけたエッジだったが、途中で明らかに不機嫌そうな顔になった女性に顔面を鷲掴みにされ、家の中へと無理やり引きずられていった。

突然の凶行に先程とは別の意味で硬直していた刀護は、奥から響いてきた父親の悲鳴によって正気に戻った。

「なあ、これってやばいのかな?助けに行った方がいいのかな?」

刀護は由羅と宗角に意見を求めた。

「大丈夫じゃろ。触らぬ神に祟りなしと言うじゃろう?」

「そうですね、きっと積もる話でもあるのでしょう。お邪魔しては悪いですし、我々は後からゆっくりと挨拶にでもいきましょう」

「そ、そうだな!俺たちは少しここで待たせてもらおうか!」

「うむ。それが良いのじゃ」

あっさりと父親を見捨てて、中から聞こえてくる謝罪と悲鳴をBGMに三人仲良く漫画を読みふける事にした。


10分程で悲鳴は止み、それからもう30分程立った頃であろうか。家の中から仮面をはぎとられ顔の形を変形させた涙目のエッジが現れ、刀護を中へと招き入れた。

中に入ると、そこはあまり片付けられていない室内と、ソファに座った先程の美女の姿があった。

「ふーん・・・この子があんたの連れてきた面倒事ね?」

ちらりと刀護を見てからエッジへ責める様な視線を送る女性。

「突然現れて勝手なことを言っているってのは重々承知している。さっきから謝ってるだろ?そろそろ許してくれよレイン・・・」

(やっぱこの人がレインさんなのか・・・ちょっと怖いな・・・)

先程の出来事を目撃しているので無理はないのだが、若干失礼なことを考えていた刀護は、これから世話になるかもしれない人物の家で挨拶すらしていないことに気がついた。

「失礼しました!自分は凪坂刀護と申します!自分のせいでレインさんにご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした!」

「へえ・・・」

刀護の態度を見て、にこりと笑ったレインは、優し気に刀護に話しかけた。

「こちらこそはじめまして。私の名はレイン。あなたのお父さんに聞いてると思うけど、一応、昔一緒に旅をしていた仲間よ。よろしくね?」

そう言って、手を差し出してきた。

緊張しながらその手を握り返すと、レインは訝し気な顔でエッジに問いかけた。

「随分しっかりした子だけど、本当にあんたの息子なの?ちょっと信じらんないんだけど」

「正真正銘、俺の息子だよ!それにもうすぐ二十歳になろうって歳だぞ?子供扱いはやめてやってくれ」

「そうね、ごめんなさいね?トウゴ。あなたの事は手紙でも読んだし、さっきそこのアホからも聞いたわ」

その言葉で思い出したのか、エッジがレインに食って掛かった。

「そうだよ手紙だよ!先に知らせておいたのになんで昨日知らないふりしたんだよ!?おかげでいらん心配をしちまったじゃねーか!」

「はあ?そんなの決まってるじゃない。あんた達が諦めて帰ればそれが一番って考えてたのよ。面倒ごとに巻き込まれずに済むしね」

「その割にわざわざ馬車まで用意してくれてたじゃねーかよ?」

「よくよく考えたら、あんたがただで諦めるとは思えなくなったからよ・・・ほんとしつこいんだから・・・断っても絶対に私の事探すでしょ?気持ち悪いし鬱陶しいのよそんなの」

「人の事をストーカーみたいに・・・まあいい、それより本題に入らないか?」

「そうね。私もそんなに暇なわけじゃないし。・・・結論から言うと、魔力の封印に関しては何とかできると思うわよ」

「本当か!?良かったな刀護!これで真由羅を手放しても爆死することがなくなったぞ!」

喜ぶエッジにレインが待ったをかけた。

「何を勘違いしているの?魔力の封印は可能だけれど、まだあなた達に協力するとは言ってないわよ?」

エッジは表情を硬くし、レインに問いかけた。

「どういうことだ?報酬が必要ならある程度は用意できるが」

「確かに、結構な金額がかかる封印だし、それなりに報酬をもらいたいところだけど、そういうことじゃないわ」

「じゃあどうしろっていうんだよ!?できる限りの事はさせてもらう!」

人の親らしく必死なエッジの顔を見て、レインはため息を一つ漏らすとしかたなさそうに言った。

「やめなさいよそんな顔。ほんっとに鬱陶しいから。・・・もう、わかったわよ!封印に関しては、必要な材料の値段で手を打ってあげるわよ!・・・でもそこから先の事に関しては条件があるわ」

「すまない・・・感謝する。条件の方も無理でない限り呑もう」

悲壮なエッジの姿に、レインは戸惑いを感じていた。そして、あえて昔の名前で問いかけた。

「ベイル・・・あんたちょっと変わりすぎじゃない?手紙にも書いてあったし、さっきも話は聞かせてもらったけど、よっぽど平和な世界に行ってたみたいね」

「そうだな。少なくとも俺が住んでた国では争いごとなんて一度もなかった。刀護以外の人間を殴ったこともないしな」

刀護はその言葉に、散々しごかれて酷い目にあったことを思い出していた。

「で、よ。あんたさ、私にトウゴのこと預かって魔力の制御も含めて色々と経験を積ませてやってくれって言ってたわよね?」

「あ、ああ・・・」

「その時にさ、『無茶しない程度で鍛えろ』とか、『絶対に死なせないように守れ』とか言ってたわよね?覚えてる?」

怒りと呆れが混ざったようなレインの言葉に気おされながらエッジは答えた。

「ああ、言った。お前ならできると思ったからな・・・」

それを聞いた瞬間、かつての仲間のあまりの腑抜けっぷりにレインは激怒した。

「あんた本当にベイルなの?平和ボケも大概にしなさいよ!?いつまでチキュウとやらにいるつもりなの!?魔王討伐の旅をしていたあんたが知らないとは言わせないわよ!?人の生き死にに絶対なんてない!どんなに気をつけていたって人は死ぬわ!先生も!ミース様も!」

エッジは何も言えなかった。死んでいった二人を守ることができなかったのは、エッジも同じだったからだ。そしてそのことをレインが悔いていない訳がない。

「悪いことは言わないわ。トウゴ、街の外になんて出ないで静かに父親の帰りを待つって言うならここに置いてあげてもいいわ。魔力の制御に関しては諦めなさい。できるのが当たり前の技術を教えることなんてできないもの。それを身に着けたければ、それこそ人の限界を超える様な修練が必要でしょうね」

その言葉に刀護は迷った。正直、自分が死ぬ可能性をあまり考えていなかったからだ。

刀護の迷いを見て取ったレインは、言葉を続けた。

「トウゴ、よく聞きなさい。あなたがもし、街の外に出て世界を見て回ることになれば、間違いなく人間として成長することができると思うわ。魔力の制御だって出来るようになるかもしれない。沢山のモノを得ることができるでしょう」

それはとても素晴らしい事の様に思えたが、更に続いた言葉で覆される。

「でもね、同時に多くのモノを失う事にもなるわ。多分、あなたにとってすごく大事なモノよ」

刀護は恐る恐る失うモノについて尋ねた。

「それは、どんなモノなんでしょうか?」

問いに対してレインは即答する。

「そうね、『人間性』とか『あなたの世界の常識』とかかしらね?あなた、人や動物や魔物を殺した事ある?ベイルみたいなのが人を殴る事すらなかった世界ですものね?経験があるとは考えにくいのだけど」

「・・・ありません」

当たり前である。魚を釣って捌いたりしたくらいはあったが、動物を殺したり、ましてや殺人など最大の禁忌。経験がある方が異常だった。ここまでの旅の途中でも、出会った魔物は全てエッジが処理してきたのである。

そんなやり取りの中にエッジは割り込んできた。

「おい!刀護に何をさせるつもりだ!?そいつは平和な世界に返してやらなきゃならないんだ!魔物ならいざ知らず人を殺させる必要はないだろ!?」

「・・・本当に平和ボケって怖いわね。あんたも私も、今までいくつの盗賊団を潰してきたと思ってるの?それに、暗殺者に襲われたこともあったわよね?全員を生かして捕らえて警備兵に突き出したんだったかしら?」

エッジは歯を食いしばって俯くことしかできなかった。

なんとなくわかってはいたが、刀護としてはやはり父親に殺人の経験があるというのはあまり認めたくなかった。

「良く考えなさい。街の外に出るということは、魔物だけじゃなく、人間にも襲われる可能性があると言う事を」

この世界では至極当然の話である。だが、刀護にとってはやはり、自分の中の常識を覆される事であった。

「・・・少し時間をもらってもいいですか?」

大した覚悟もなしに即答していいとは思えなかった。

「そうね、一時間あげるわ。外に出る意思はあるのか、命のやり取りをする覚悟はあるのか、その間に決めなさい。その答え如何いかんで、条件の一つをクリアできるかどうかが決まるわよ?私は、あなたのお父さんと話さなきゃいけないことがあるからちょっと席を外すわね」

そう言って、レインはエッジを引っ張って家の奥へと消えていった。

すると、何を言うまでもなく由羅が話しかけてきた。

「刀護はどうしたいのじゃ?」

「どうって・・・」

「命のやり取りのことは、とりあえず置いておいて、じゃ。お主は静かに父の帰りを待ちたいのか、街の外で経験を積みたいのか、どっちなのじゃ?」

「俺は・・・できることなら旅を続けて色々なものを見てみたい。鍛錬を続けて親父の強さに近づきたい。でも、命のやり取りに関しては、正直全然実感がわかない。きっと甘い考えなんだろうな・・・決めろと言われても、『わからない』としか答えようがないよ」

「なら、それでいいのじゃ。『わからない』というのも一つの答えなのではないのかの?」

「姫様は良い事を言いますね。私も賛成です。無理に出した答えが自分にとって正しいとは私には思えません。厳しい事を言うかもしれませんが、刀護君の生き方は刀護君が決めなさい。恰好つけて出した答えを、あのレインという方が見破れないとは思えませんからね。本心をぶつけるのが一番だと思いますよ」

「そんなもんかな?」

「そんなもんじゃろ。ダメで元々じゃ、当たって砕けよ」

「・・・そうだな。馬鹿が頭ひねったっていい答えが出るとは思えないや。今思ってることを素直に話してみるよ。ありがとう、由羅、カクさん」

やがて、一時間の時が過ぎ、レインが奥の部屋から姿を現した。

「考えはまとまったかしら?」

「はい。答えと呼べるのかどうかはわかりませんが」

「ふぅん・・・まあいいわ。じゃあ教えて頂戴。あなたの意思を」

刀護は、大きく深呼吸すると、心を落ち着けるようにゆっくり答えた。

「自分は・・・外の世界を旅して歩くことを望みます。命のやり取りに関しては、今の自分ではよくわかりません。死ぬ覚悟も、殺す覚悟も」

何も言わず、刀護をじっと見つめ続けるレイン。

刀護は言葉を続けた。

「はっきりと、いつでも死ねる!とか、敵なら殺せる!とか、格好良く答えられると良かったんですけどね・・・本気で殺されかけたことなんて自分にはないですから、その時になってみないとわかりません。これが自分の答えです。・・・甘い考えですよね・・・すみません」

俯いて申し訳なさそうに謝った刀護は、頭部の突然の衝撃と痛みに驚き、咄嗟に頭をあげた。そこには、握り拳をつくって呆れた顔をしたレインの姿があった。どうやら叩かれたらしい。

「悪いこともしてないのになんであんたが謝るのよ。男ならもっと堂々としていなさい!わかった!?」

「は、はいっ!」

レインの有無を言わせない迫力に頷くしかなかった。

「はい、よろしい。それで、さっきの答えだけどね?心配しなくても怒ったりしないわよ。むしろ合格点ね」

意外な答えに刀護は戸惑った。

「何でですか?さっき親父には甘いとか平和ボケしているとか・・・」

「馬鹿ね・・・あれは、元々こっちの住人で、この世界の厳しさを知っているはずのあんたのバカ親父が、余りにも腑抜けたことをぬかしたから、つい怒鳴っちゃっただけよ」

「そうなんですか?」

「争いのない平和な世界で育ったあんたが、殺す覚悟も死ぬ覚悟も出来ているなんて答えてたら、間違っても外になんて連れて行けないわ。そんなのは殺人鬼か自殺志願者にしかならないもの」

「・・・良かった・・・」

「良くはないわよ。人間に襲われるのは本当の事だもの。いざその状況になった時には、トウゴ、あんたに決断してもらうことになるわよ?絶対に逃げられない決断をね。それでもいいのなら連れて行ってあげなくもないわ」

「ありがとうございます!レインさんの手を煩わせないように努力します!」

その様子を見て微笑みながらレインはこう考えていた。

(冗談じゃなくこの子がベイルの子供だとは思えないわ・・・よっぽど母親がしっかりしてたのね)

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