第二章 出会いと別れ

大魔導士の街

王都を旅立った刀護達は、一路レリッツへと歩を進めていた。


旅とは素晴らしいものである。

異世界の文化に触れ、珍しい食事を堪能し、そこに住まう人々との出会いや別れに一喜一憂する。

襲い来る困難に、仲間たちと力を合わせて立ち向かい、乗り越えていくたびに深まる友情や、生まれる恋。

未踏の大地を切り開き、誰も見たことの無い壮大な景色に感動する。



「そんな事を考えていた時期が、私にもありました」

「急に何をいいだすのじゃ?刀護よ」

すでに目前に迫ったレリッツの外壁を見て、刀護は、これまでの約70日間を思い出していた。

「俺はさ、馬車の中で勉強しながらも、景色を見たり、途中で立ち寄った街で美味いもん食ったり、なんかしらの感動があったり・・・そんな事があっても良かったと思うんだよ」

「何だ刀護。お前、この世界に観光しにきてたのか?言っただろ?この旅の中で言葉をしっかり覚えてもらうって」

「それは聞いてたさ。だけど色々と問題があっただろ!?」

「お主は物覚えが悪かったからじゃないかの?」

「確かに俺の頭は、たいして性能良くないけど、でも絶対に勉強の方法が悪かっただけだ!」

「なんだよ。別に旅の間、勉強だけをやるとは言ってなかっただろ?お前にゃ色々と成長してもらわにゃならん。あのくらいこなしてもらわないとな」

「だからって、あれはないだろ・・・何回倒れかけたと思ってるんだよ」

刀護の旅は、気を抜いている暇など微塵もなかった。

全道程の2割程は走っていたし、野営中は、模擬戦闘と気配の制御を叩き込まれた。

それら全て共通語の勉強をしながらである。

共通語で会話をしながら、馬車の横を走り、馬車で休んでいる間も、もちろん勉強漬け。激しく打ち合いながらも出題に応え、単語帳を見ながら気配を殺し、尚且つ、いつこちらの気配を察知し物陰から襲ってくるかわからない父の気配を探すのである。

やはり勉強としては捗らず、遅れた部分は、寝る間を惜しんで穴埋めした。

刀護は必死だった。何度も限界を感じた。せめてどちらか一方だけなら、どうとでもなっただろう。

問答しながらの修行に、なんの意味があるのかを問うても、この世界で強くなるには必須技能。死にたくなければやれ、と言う返答しかもらえなかった。

何度か立ち寄った街や村でも、あまりの疲労に観光どころではなく、ただ胃袋に栄養を放り込み、ベッドで眠り続けることしかできなかった。

しかし、人間とは、追いつめられると強くなる。そして、慣れる生き物である。

やがて刀護も思考と行動、更には感覚までもが分離していき、勉強の効率も上がり、会話に不自由がなくなった頃・・・

ようやく、レリッツの街へとたどり着いたのである。



必死の努力で覚えた言葉を以て、少し誇らしげに衛兵の質問に答える。

この街に来るのは初めてと伝えると、「見て驚くなよ?」と言葉をかけてくれた。

一体、どんな驚きが待っているのかと期待して街に入ると、そこには、まるで雪化粧でもされているかのように、一面真っ白な光景が広がっていた。

「・・・すっげー、地面も家も真っ白だな・・・道も随分ときれいに舗装されてるし、こんなに晴れてるのに、照り返しが無いってのもなんだか不思議だな・・・」

刀護は、思わず感想をもらした。今までに見てきた街や村とは、明らかに雰囲気が違ったからである。

「確かに真っ白じゃのう・・・何か意味でもあるのかの?」

「何やら不思議な力を感じます。多分、魔法的に意味を持たされていると思いますよ」

そんな疑問を、エッジにぶつけてみると、こんな返答が帰ってきた。

「これは・・・そうだな、太陽電池みたいなもんだ。この世界のあらゆる物にはマナが宿っている。陽光や月光にもな。この道や建物に使われてる素材は、それらを取り込んで蓄積し、生活に役立てたり、ある場所へ送って、そこで使われていたりする」

「光を取り込むなら黒っぽくてもいいもんだけどな・・・それに、ある場所って?」

「これから向かう場所だよ。確か、前に言ったはずだ。ここには、大魔導士ファルゼンの研究所があるってな。蓄積されたマナは、そこに送られて、魔法や、魔道具の研究に使われている。全部ファルゼンのじいさんが整えたんだ。その偉業を称えてこの街は『大魔導士の街』なんて呼ばれてる」

「大魔導士の街に研究所ねぇ・・・そういやレインさんもそこにいるんだったな。でも、本当に大丈夫なのか?アポもなしに行って、やっぱりいませんでしたーとか、俺の事なんて預かれませんとか、そんなことにならないだろうな?」

「一応、手紙くらいは前もって出してあるんだぜ?届いているかどうかは知らないけどな。まあ大丈夫だろ。とりあえず行ってみないことには始まらない」

「いい加減だなあ・・・」

すると由羅と宗角からありがたい一言があった。

「刀護は難しいことを考えすぎじゃ!物事なんてなるようにしかならんものじゃぞ?」

「そうですとも。当たって砕けろですよ。ダメならダメでその時に考えれば良いのです」

「なんで俺より考えなしばっかりが集まっちゃったんだろうな・・・」

自分を棚に上げて、仲間の脳筋ぶりを嘆く刀護にエッジが声をかけた。

「刀護、何ぶつぶついってるんだ。さっさと研究所に行くぞ」

先に歩き始めた父親に追いつくために、真っ白な道を走る。

(うじうじ悩んでも仕方ないか・・・俺も難しいことはわかんないし。なるようにしかならんって由羅も言ってたしな!)

結局、皆と同じ思考に行きつく刀護だった。



研究所への道のりは、全く迷う必要がなかった。

街にある特に大きな通りは、全て研究所を中心にして放射状に延びているからである。

そもそもが、街の入り口から一つの角も曲がることなく到着するのだから、道に迷うほうが難しいであろう。

研究所への一本道を歩いている途中で、刀護はあることに気がついた。

「この街って他の街と比べて随分とエルフが多いような気がするんだが・・・あと魔道具屋の数も」

「そりゃそうだろ。ここは魔法研究において他の追随を許さない、世界一の魔法都市だからな。魔法を学ぶならここより良い環境は無いだろう。それにファルゼンのじいさんもエルフだし、その弟子もエルフだからな。二人を慕って集まる同族も多い」

「そんなにすごい場所なのか・・・なら俺の魔力の制御もここで勉強したほうが上達が早いんじゃないかな?」

「お前の場合はまず、封印の方法自体を何とかすることだ。それが解決したら、その後の事を決めたらいい」

「・・・だな。まずはレインさんに会わなくちゃ」

「そういうことだ・・・さて、もうすぐ到着だ。レインが居てくれるといいんだが」

大通りをまっすぐに進む二人。

やがて、建物をぐるりと囲む、街の外壁に勝るとも劣らない立派な壁と巨大な門に守られた大魔導士の研究所へと二人は辿り着いた。

「遠くからでもわかってたけど、でかい建物だよな・・・一体どんなことを研究してるのやら」

眼前にそびえ立つ、馬鹿げた大きさの建物を見上げながら刀護は言葉を漏らした。

「研究内容は俺も知らないがな、この研究所の中には、魔法を教えるための学校と、その学生や教員の寮が併設されてるからな。もちろん研究員のもだ」

「へえ、魔法学校かあ・・・なんかちょっと憧れるな」

「そうじゃのう!実力を隠した最強魔術師とか、使い魔を連れた魔法少女とかがいそうじゃの!是非見てみたいのじゃ!」

「魔法学校の名前はホ〇ワーツだったりするのでしょうか?」

いつも通り、とりとめもない話をしていた刀護達を他所に、エッジは門を守る守衛と話をしているようだった。

「お勤めご苦労さん。ここに勇者の仲間だったレイン様が居るって聞いて来たんだが、間違いないだろうか?」

守衛はいぶかし気に答える。

「失礼ですが、あなたはレイン様のご関係者の方でしょうか?もし違うのでしたら、先程の質問にはご返答し兼ねます」

「ああ、俺の名前はエッジと言う。レイン様とは知己がある。先だって手紙を送っていたはずなのだが、何か聞いていないか?」

「そうでしたか、これは失礼いたしました。すぐに確認を取りますので、今しばらくお待ちください」

守衛はそう言って、交代の者に持ち場を任せ、詰め所に戻り、送言具を使って責任者と連絡を取った。

待たされること20分程。

若干待ち疲れた頃、事態は動いた。

「お待たせいたしました。確認をとったところ、エッジ様からのお手紙は、確かに届いておりました。間違いなくレイン様の手元に届いたはずです。ですが、レインは様からは、エッジなる人物は知己にない、との返答がありました」

予想外の返答に、エッジは動揺を隠せなかった。

「はぁ?レイン様は手紙を読んだんだろう?ならそんな馬鹿な話にはならないはずだ!もう一度確認を取ってみてくれ!」

衛兵はあくまで冷静に答えた。

「貴方からの手紙は確かにレイン様の元へと届けられました。が、あの方がそれを読んだかまでは我々にも確認はできません。レイン様から拒否の意思があった以上我々もあなたをレイン様の所まで案内することはできません。申し訳ありませんがお引き取りください」

「どうにか直接レイン様と話すことはできないだろうか?そうすればすぐに俺の事がわかるはずなんだ!」

どうにか食い下がろうとするエッジだったが、丁寧かつきっぱりと断られ、仕方なく伝言を残していくことにした。

それは、レインに手紙を読むように伝えること。そして自分たちはまた明日ここにくるということだった。


すごすごと引き下がり、研究所に近い宿屋に部屋を取ったエッジは、怒りを露わにしていた。

「あんの馬鹿野郎!だらしがないのも大概にしやがれ!じいさん・・・なんで死んじまったんだよ・・・誰かあの馬鹿にガツンと言ってやるヤツはいないのか!?」

勝手に押し掛けておいて随分な言い草ではあるが、エッジも焦りで頭が回っていなかった。

「親父、しかたねーよ。明らかに俺たちの方が悪い。そもそもが勝手に頼ろうとして一方的に押し掛けたんだ。それを断られたからってレインさんを悪く言うのは筋違いだろ?」

「今回は刀護の意見に賛成じゃ。エッジよ、少し頭を冷やせ」

「エッジさんの気持ちもわからなくはないですが、怒っても良い事はありませんよ?」

由羅と宗角の言葉も伝えると、エッジは沈黙し、暫しの間を置いてから口を開いた。

「すまん。刀護達の言うとおりだ。息子にダメ出しされるってのも恥ずかしい話だよな・・・今回は失敗したが、明日がある。もしかしたらレインから反応があるかもしれん」

「しっかし、最初からものの見事につまずいたもんだ。最悪の場合も考えておいた方がいいんじゃないのか?」

「そうだな・・・その場合は、それこそこの街の魔法学校に入学するのもいいかもしれないぞ?」

エッジの返答に由羅と宗角が反応した。

「儂は賛成じゃ!是非そうしよう!」

「私も魔法学校で魔法を習いたいですね」

異様に乗り気な封印の二人を他所に、刀護は答えた。

「とりあえず今日はゆっくり休みたいよ。やっと目的地に着いたんだからな・・・面倒なことは明日まで後回しでも大丈夫だろ?風呂入って美味い物食って英気を養おうぜ」

「良くはないがそうするしかないしな。んじゃさっそくひとっ風呂浴びてくるとするか」

頭脳労働が苦手な一行は、本当に面倒事を放り投げて旅の疲れを癒すことに専念した。


翌日、刀護達は、先日指定した時間に研究所を訪れた。するとそこには一台の馬車が用意され、二人を待っていたのだった。

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