楽しい学生ライフ(中編)

月明りも入らない真っ暗な闇の中。

寝室にとあてがわれた客間のベッドで刀護は眠っていた。

その額には包帯が巻かれ、体中のあちこちにも同様の処置がなされている。

すでに真由羅によって傷の治療自体はなされているのだが、大怪我と言っていい状態で刀護はここへと運び込まれてきたのである。

どれほどの時間がたったであろうか。夜も更けた頃、控えめなノックの音が室内に響く。だが、誰も応えることはない。

しばしの間を置いたのち、ゆっくりとドアが開かれた。

現れたのは、当たり前だがこの家の主であるレインだ。

魔力で部屋の明かりを灯すと、枕元へと歩を進め、眠っている刀護の顔を覗き込んだ。

「随分と手ひどくやられたものね。でも、もうそろそろ起きてもいいんじゃないかしら?」

言葉と共に手のひらを刀護の額へとかざす。すると、淡い光が生まれて、刀護の中へと吸い込まれていった。

「ぐっ・・・くはっ!?」

まるで、冷や水でも浴びせかけられたかのように刀護は目を覚ました。

ぼんやりした意識で周囲を見回すと、まずはしっかりと握りしめていた刀が目に入った。

そしてベッドの傍らに立つレインと、部屋の入り口でこちらの様子を見守っているフェルトの姿が映った。

「師匠・・・俺はどうしてここに・・・」

未だに混乱しているような弟子にレインは優しく言った。

「まずはこれを飲みなさい。その後、ゆっくりでいいから自分で思い出してみて」

刀護を焦らせないように部屋から出ていくレイン。

一杯の水と、落ち着くための時間をもらった刀護は、言われた通り乾いた喉を水で潤すと、自らに何があったかを思い出すことにした。

(たしかレネン先生と手合わせをした後のことだったな・・・)




レネンに刀を預け、これから来るというあの子達・・・・を待っていると、予鈴だけでなく本鈴の大鐘が鳴っても姿を現そうとしなかった。

他のクラスではとっくに実技訓練が始まっている。

レネンに聞いてもいつもの事だとしか返答がなかった。

やがて、授業開始から30分程経過したあたりで西区画の施設から15人くらいの集団が現れた。

刀護よりも少し下くらいの年齢であろうか。ダラダラとやる気のない歩き方で、授業に遅れているというのに急ぐ気などさらさらないようだ。

それどころか、不遜という言葉を形にしたような表情と、自分以外の全てを見下したような目でこちらを見ていた。

「アレですか?」

まだ十分に距離は開いているが、一応小声でレネンへと問う。

「そうです。魔法学校へ学びに来られた世界各国の貴族の方々の子弟を集めたのが私のクラスです。もっとも、わが校に貴族の教師など一人もおりませんので、誰も平民の我々の言う事など聞いてくれませんけどね」

「はあ・・・なんだか耳の痛い話ですね・・・権利を持ちすぎた子供が教師の言う事を聞かなくなるって言うのはどこも同じですよ」

「それでも、授業に出席してくれるだけでましですよ。彼らも単位だけは欲しいみたいですから」

諦めたような顔で頬を掻きながら自嘲する。

刀護とは違い、自前の立派な皮鎧に身を包んだ貴族の子弟達は値踏みするような目で新入りを睨みつけ、やがてそれはさげすみへと変わる。

整列も、遅れたことに対する詫びもなく一人が口を開いた。

「先生、見慣れぬ方がいらっしゃるようですが、ご紹介いただけますか?」

慇懃無礼いんぎんぶれいとはこの事であろう。明らかに侮蔑ぶべつが混じった問いかけだった。

「こちらは、この街の英雄ファルゼン様の弟子であり、我が校の特別顧問でもあらせられるレイン様の直弟子、トウゴ君です。今日からみなさんと一緒に実技訓練を行う事となりました。彼は現在、不幸な事故により魔力を操るすべを失っていますが、それを補って余りある素晴らしい剣の腕を持っています。彼から学べることは沢山あるでしょう。少しでも彼に近づけるよう、皆さんも努力を怠らないで下さい」

何を企んでいる?と叫びたかった。明らかに自尊心ばかりが異常発達してしまった御貴族様を煽るような発言である。

案の定、火がついてしまった彼らは、何故か煽った教師ではなく、被害者といえる刀護へと怒りの矛先を向けるのだった。

「家名もないただの平民風情が我らより剣の腕が立つと仰るのですか?それは楽しみですね、是非お相手を願いたいのですが、構いませんか?先生・・

最初から許可など待つ気はなく、有無を言わせず刀護は(確認した結果)16人に囲まれる。そして、開始の合図もなく訓練という名の私刑が始まったのだった。

名前など知らないので特徴から金髪Aと名付けた男が斬りかかってくる。一応の型はあるようだが練度が低いのだろう。初動が分かりやすく隙も大きい。だが、身体強化の恩恵も大きくその斬撃は速く重そうだった。

(親父や師匠とは比べるべくもないな・・・)

強化の度合いはレインが使っていた時の物よりも強力なのだろうが、そもそもの地が違いすぎた。

危なげなく半身になって斬撃を回避すると、がら空きの胴に一撃入れようと動き出す。

だがそれは叶わなかった。

足元で小さな爆発が起こったからである。

「っ!?」

突然の出来事に驚きはしたが、瞬時に父から教わった最後のレッスンを思い出した。

(魔法か?厄介だな・・・)

魔力を感知できない刀護からすると、前触れなく地面が爆発したようにしか見えないのである。回避のしようなど無い。

金髪Aから距離を取り、ぐるりと周囲を見回したが、何をされたか全くわからなかった。右手をかざした金髪Bがニヤついていたくらいだろうか。

だが、わからない物はどうしようもない。まずは金髪Aを何とかしようと踏み込んだが、その足が何もない空間につまずいた。

「なっ!?」

やはり何も感じられなかった。理不尽さに歯噛みする。

「おや?本当に魔力の制御ができないようだな?まさかこんな幼稚な罠にかかるとは思ってもみなかったよ。さすが『おまけ』の弟子と言ったところか?」

転びはしなかったが、体勢を崩した刀護へと、目に見える物から見えない物まで様々な魔法が雨あられと降り注いだ。

身を捻り、なんとか回避行動をとりはしたが、やはり全てを避けることなど今の刀護にはできない。何発かを食らい更に体勢を崩すと、後は急所を守ってうずくまる事しかできなかった。

「おい、みんな見たか?なんとも無様な姿じゃないか?この程度で剣の腕が立つなんて片腹痛い。下賤な平民は師と同じように荷物持ちポーターでもしていればいいんだ」

金髪Aは大仰な身振りと共に蹲る刀護を罵倒する。周囲の男たちもそれを見て笑い始めた。

だが、貴族たちにとっても予想外の事が起こる。

「くははっ・・・あはははははは!」

彼らの嘲笑と共に刀護も笑っていたからだ。

「なっ、何がおかしい!?」

貴族の子弟達は激高したが、刀護は完全にソレを無視した。

(ここまでボコられたのは久しぶりだな・・・手も足もでなかった)

長らく味わっていなかった血と土と敗北の味。しかもそれが、武を志す者として取るに足らない相手からもたらされたのである。

(未熟・・・情けないったらありゃしないな・・・このままじゃマジで師匠に顔向けできないわ)

ふらつく体に喝を入れ、無理矢理に立ち上がる。

「おい、まだ終わってないぞ?さっさとかかって来いよ。俺が剣を教えてやる」

精一杯の挑発とやせ我慢。だが効果は覿面てきめんだ。

視界の隅でレネンがにやりと笑った気がした。

最後に貴族達の怒声を聞いたところで刀護の意識は途切れたのだった。




「思い出せたよ。ボッコボコだっただろ?恥ずかしい所を見せちゃったな」

ぽりぽりと頭を掻きながら自嘲気味に由羅へと話しかけた。

「馬鹿者が・・・心配させおって。しかしそんなこと今はどうでもいい。さっさとレインと話させるが良い。儂は怒っておるのじゃぞ?」

多分、わかっていて置いてくれたのだろう。枕元には送言具が仕込まれた愛用のマフラーが置いてあった。

レインと繋がる送言具の鎖を引くと、待っていたかのようにすぐに繋がった。

「先に言っておくけど文句は受け付けないわよ?」

レインからの先制攻撃である。

だが反論は由羅からではなく宗角からであった。

「文句の一つくらい言わせてくださいよ。今回はものすごく大変だったんですよ?私が抑えていなければ、あの場所は今頃血の海に沈んで木っ端微塵になった遺体をかき集めている頃でしょうね」

「あらそう?それは苦労をかけたわね」

レインの軽口に怒りを何とか抑えていた由羅が爆発した。

「ふざけるな!!!全てわかっていてあのような愚劣極まりない者共の中に放り込んだのであろうが!!!そのせいで刀護は死にかけたのじゃぞ!?場合によっては貴様とて容赦はせん。たとえ刺し違えてでも地獄に送ってやる!!!」

しかし、由羅の烈火の様な怒りに返されたのは氷の様に冷ややかな言葉だった。

「実際、死んでないじゃない。何度も甘い事言ってるんじゃないわよ。最初に言わなかったかしら?まともな方法で魔法の無い世界の人間が魔力制御を覚えるなんてできないって。私達にとって魔力制御っていうのは歩く事や呼吸する事と変わらないの。それをゼロから身に着けようっていうんだから普通にやってたってダメなのよ。それこそ死ぬ間際の極限に身を置かないと手は届かないでしょうね」

レインの言葉に少しだけ冷静になった由羅だったが、納得はできなかった。

「お主の言っていることはわかる・・・ベイル同様、儂も宗角も刀護に甘いのじゃろう。じゃがあのような下衆が刀護をいたぶり、その師であるお主を侮辱している姿には反吐が出る。次にまた同じことが起これば我慢できるかわからんぞ」

「違うわね。あの馬鹿共だからいいのよ。目下の者には遠慮も呵責もなく非道を成せる。普通なら躊躇ためらってしまうような事も平気でするわ。そのくらいじゃないと修行にならないのよ。それにあのくらい乗り越えてもらわないと魔物の群れになんて勝てっこないもの。外に出たら一週間で魔物の餌ね」

二人の言い争いにため息をつきながら宗角が口をはさんだ。

「お二人ともおやめください。今回は両成敗だと思いますよ?」

宗角の意見に二人は素早く反応した。

「なんじゃ?宗角は儂の味方ではないのか?」

「私の何が悪かったのか聞かせてほしいわね」

納得がいかないという二人。

(命のやり取りになり兼ねない喧嘩は勘弁してほしいものですが・・・)

幻でしかない頭痛を感じながら宗角は答えた。

「今回の件で姫様の悪かったところは、すでに刀護君の師となっているレインさんのやり方に口だけでなく手まで出そうとした事ですね。絶対に手助け無用との言葉を無視して」

「それは・・・刀護の身が危ないと思ったから・・・」

由羅の言い分を宗角は真っ向からぶった切った。

「そんなものは言い訳です。刀護君の師匠は我々ではないのですから。彼の身柄を任せたレインさんに一任すべきです」

由羅が沈黙したのを見て、今度はレインへと話を向けた。

「正直、今回は私も少し怒っています。レインさん」

その言葉にレインは驚いたようだった。

「珍しいわね。そんな長い付き合いではないけど、あなたが怒るとは思わなかったわ」

「当たり前でしょう?私だって元は人間ですからね。私が怒っているのは、あなたのやり方ではありません」

「じゃあ何なの?」

疑問に答えるために宗角は話し出した。

「ベイルさんの仲間であり、魔王を打ち倒す程の実力と、善良と思える人柄を見て私も姫様もあなたに刀護君を任せました。この人なら大丈夫だろうと。ですが、今回、あなたの目と耳は届いていたのでしょうが、手が届かない場所で刀護君に命の危機があったわけです。その場にいたのは誰とも知れぬ一介の教師でした。彼はあなたほどに信頼のおける人物なのでしょうか?我々にはわかりません。我々が信頼したのはあなたです。そのあなたが居ない場所で刀護君の命を懸けるなど言語道断です。今日は大丈夫でしたが、もし間違いが起こっていたら姫様だけでなく、私も命を懸けてあなたに挑まなければなりませんでした。その辺りはご理解されていますか?」

レインは何も言えなかった。実力があり信用のおける者をあてがったつもりだったが、見込みが甘かったと言わざるを得ないだろう。

「いかがでしょうか?」

再度の問いにレインも口を開く。

「そうね・・・ベイルの事を悪くなんて言えないわ。あなた達の信頼を裏切った形になっちゃったわね・・・ごめんなさい。刀護には明日からは解体所で頑張ってもらうことにするわ」

己の非を素直に認め詫びる姿を見て、宗角と由羅の怒りは小さくなっていった。

だが、それまでずっと沈黙を保っていた刀護が割って入る。

「師匠、それは困ります!俺はまだあの糞野郎共に借りを返せていません!アイツらに負けっぱなしなんて死んでも嫌です!明日からも続けさせてください!」

刀護の言葉に困惑するレイン。

「いやでも私がついていったら本末転倒だし、さっきのソウカクの言葉を聞いていなかったの?」

しかし刀護の意思は変わらなかった。

「由羅もカクさんも聞いてくれ。これは俺の意思だ。師匠にはなんの責もない。何かあっても自己責任だ。馬鹿な事を言っているのはわかってる。でも、あの訓練の中で何かが見えそうなんだ。頼む・・・」

そんな刀護に呆れる由羅。

「これだけ言い争って結局はコレか・・・なんとも不毛じゃのう」

「そうですね、レインさんに意見した我々の勇気を返して欲しいです」

宗角も同意した。

「本当にいいのね?今ならまだ引き返せるわよ?私が言うのもなんだけど、一度自分で決めたら後戻りなんてさせないわよ?」

脅しにも聞こえる最後通告だったが、刀護の答えは一緒だった。

「ボコられたのも悔しいですが、師匠を馬鹿にしたアイツらをタダではおけません。必ず首を取って帰りますので我が儘をお許しください」

ニヤリと笑いながら物騒な事を言い始める刀護。

(叩かれすぎておかしくなってない?本当に大丈夫かしら・・・)

色んな意味で不安を隠せないレインだった。

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