ベッドの上の出来事

「美味い飯と温かい風呂と柔らかいベッド・・・これは、人が生きる上で絶対に必要なものだと、僕は、思うんだ・・・」

「たった数日の我慢程度で、何を言っておるのじゃ」


数時間前。

従業員の案内で、無事宿に入れた二人は、受付で宿の説明を受けた。

部屋は二階の一番奥であること。風呂は深夜以外ならいつでも入れること。食事は朝と夕の2回、共有の食堂でとること。望めば衣類の洗濯まで行ってくれること。

至れり尽くせりだった。

案内された部屋に荷物を置いた二人は、一度、外に出て刀護の日用品と、衣類を買いそろえると、宿へ取って返し、風呂場へ直行した。

この世界では風呂は一般的で、高級宿ともなれば、常時、風呂にはお湯が張ってあり、シャワーまで完備である。

数日ぶりの垢を落としたら、今度は夕食だった。

刀護は、素材もよくわからない異世界の料理を満喫し、エッジは米を注文すると伝家の宝刀である納豆を取り出した。

言うまでもなく食堂からつまみ出されたエッジは、自室にて寂しく納豆ご飯を堪能したのである。

食事を終え、部屋に戻った刀護は、それでもやはり納豆ご飯が食べられて幸せそうなエッジを見て、苦笑するしかなかった。

その後、エッジは、ちょっとひっかけてくると言って、一階の食堂兼酒場にいってしまった。飲み食いも全てギルドが持ってくれるらしい。

やることもなくなった刀護は、背負った刀を外して左手に括り付け、ベッドに仰向けに寝転び・・・現在に至る。


「短い間に色んなことがありすぎて、全然現実感がないよ」

「まあ、そうじゃろうのう。日本で普通に生活しておれば、ありえない話じゃろうな」

「ですね・・・思えば遠くへ来たものです」

「遠すぎて、現状、帰る手段がないですよね」

「そこはお主の努力次第じゃ。早く力をつけてもらわないとのう」

「そんなに焦らなくても、刀護君なら大丈夫ですよ」

「そう言われてもなあ・・・俺は、親父や由羅やカクさんみたいにすごくないしな・・・」

正直なところ、術を制御する感覚など、微塵も掴めていない刀護は、自嘲的に笑った。

「宗角は規格外じゃが、儂は術師として、そこまで恵まれておったわけではないのじゃぞ?使える術も、そう多くなかったしのう」

「え?でも、言い伝えでは当代一の巫女だったって」

「それは、儂自身が努力して手に入れた力ではない。生まれ持った特徴のようなもの・・・儂の特徴とはな、『増幅』の力じゃ」

「増幅?」

「儂の、というか儂らの家系の力じゃな。今でこそ、その力は薄れてしまったようじゃがのう。それで、その増幅の力が特に強かったのが儂なのじゃ。それ故に鞘に封じられることになったのじゃがの」

「それはどんな能力なんだ?」

「そのままじゃよ。儂が触れた物の呪力を増幅するのじゃ。呪いを封印するための術式や、それ以外の術式も、増幅の力あってこそ成立しとる」

「そうだったのか・・・そういえば封印以外にも色々と能力があるんだったよな?俺が未熟なせいで、結局わからずじまいだけど」

「そう、自分を責めないで下さい刀護君。我々の術に関しては、継承によって理解していただくしかないのですが、鞘と刀の能力に関しては、今、お伝えできますから」

そう言って宗角は、凪と真由羅の能力を教えてくれた。

「まずは、凪の能力について説明しましょうか。この刀は、「魔法剣じゃ」・・・姫様?」

由羅が宗角の言葉に割って入る。

「凪は魔法剣じゃ」

「そのような、俗な呼び方は、おやめください・・・」

「じゃがそうであろう?刃も通らず、術も効かなかった鬼を斬るには、その両方を、強い力で同時にぶつける必要があった。凪のコンセプトは『一撃必殺』じゃな。普通であれば、刀に乗せられる術の量は限界がある。じゃが凪にはそれがない・・・と、までは言えないが、途轍もなく許容量が大きいのじゃ」

「なるほど、それを利用して刀に呪いを封じたんだな?」

「うむ、そうじゃ。で、じゃ、鬼を斬るために、大勢の術師が刀身に術を乗せ、それを束ねて鬼を斬ったというわけじゃな。じゃから、うかつに力を解放した凪を抜くでないぞ?そもそもが、加減の非常に難しい武器じゃ。下手に街中で抜いて、刀を振るいでもしたら、その場で大規模テロの発生じゃ。何せ、今、凪の刀身には、制御できない魔力が山ほど乗っているからのう」

「そんな話、もっと早くにしてくれよ!物騒極まりないな・・・」

「まあ、それがなかったとしても、相当に危険かもしれん。現代から見るとロストテクノロジーで作られた、ただひたすらに殺傷力だけを求めた刀じゃからな?その切れ味は、比喩でなく、斬れぬモノなどあまり無い」

「あまり、なのか。それでも十分にすごいけど」

「では、お次が、真由羅の能力です。これには、大まかに四つの系統の術式が組み込まれています。一つ目は、もちろん封印の力。呪い以外にも、様々なモノに封印を施すことができます。刀護君の魔力も、この力で抑えています」

「真由羅のメインの術式じゃの。これともう一つの術式の力が特に大きい」

「へー、そのもう一つって?」

「自衛のための力ですね。その内容は、自身の保護のための硬化と防御の術式。そして、最悪、持ち去られたとしても、己の居場所を凪森の血に連なる者に知らせる術式です」

「それは便利だなあ、防犯用のGPS付きか・・・その硬化ってのは、鞘自体が硬くなるんだろ?どのくらい丈夫になるんだ?やっぱ斬撃を受け止められたりとか?」

「そうじゃな、落ちてくるアク〇ズを、フルスイングでホームランしても大丈夫じゃ!」

「はっはっは、それなら、採掘屋がわざわざ宇宙にあがって、隕石に爆弾仕掛けなくても大丈夫ですね」

「おいやめろ!と、とにかくすごく丈夫なわけね?」

「うむ。しかし、そんな力を使うことなど、あってはならんかったのじゃがな。幸い、今までに一度も使ったことはない。平和で何よりじゃった」

「三つ目は、癒しの力です」

「俺の傷を治してくれたやつですね?」

「そうですが、それだけではありません。癒しの対象は三つ。真由羅に使われている姫様の肉体部分のための治癒の力。鞘の素材である神木の部分と凪の刀身、つまり、道具部分を再生する力。そして姫様の魂を癒す力です」

「経年劣化を抑えるのが主じゃが、悪意によって傷つけられることも考えられる。自己防衛の最終手段といったところかのう。儂らが傷つけられる時点で、アウトといえばアウトなのじゃが」

「由羅の魂を癒すっていうのは?」

「・・・今でこそ姫様は、こうして呑気にしていられますが、絹江さんの代までは、気が遠くなる程の長きに渡って、私が集めてしまった呪いを鎮めていたのですよ?普通なら発狂してもおかしくありません。それをお役目と治癒の術式が守っていたのです」

由羅の苦労を知らなかった刀護は、自らを恥じた。

「ごめん・・・全然知らなかった・・・」

「うむ!儂頑張ったから、もっと優しくしてくれてもいいのじゃぞ?先程の風呂は楽しかったしな!儂へのご褒美にもう一度行こう」

「あーはいはい。なんか色々と返してほしい気分だ。それで四つ目は?」

「それは・・・」

宗角が言いよどんだ。

「儂が話そう。呪いを封印するための道具として作られた真由羅としては皮肉なのじゃが、最後の術式は『のろい』じゃよ」

由羅から出たのは、何ともやりきれない言葉だった。

「呪い・・・」

「そうじゃ。役目を守るため、凪森直系の第一子は必ず女児となる。その余波じゃろうな、男児がほとんど生まれてこぬ、歪な血筋となった。己が子孫に迷惑をかけ続ける困った先祖よな」

「でもそれは、しかたがないだろう!?ずっと頑張ってきた由羅を独りぼっちになんてできない!きっと、歴代のお役目も・・・少なくともばあちゃんや母さんや姉ちゃんは、絶対に迷惑だなんて思ってない!・・・俺だって由羅とカクさんに会えて嬉しいよ。本当だ」

「ふぁっ!?お、お、お主は急に何を言い出すのじゃ!この馬鹿者!もうちょっと時と場所を考えぬか!このうつけ!」

焦りと恥ずかしさを爆発させた由羅が叫んだ。

「おやおや、これは良いものを見られました。刀護君は本当に優しい良い子ですよ?姫様、年の差なんて気にすることはありません」

宗角は何やら楽しそうに笑っている。

「やかましい!宗角は黙っておれ!ぐぬぬぬ・・・」

刀護が由羅の姿を見ることができていれば、真っ赤になったそのご尊顔を拝謁することができただろう。

「いやぁ、楽しくなってまいりました」

「宗角うるさい!刀護よ!お主はさっさと術の制御を磨くのじゃ!遊んでいる暇などないぞ!」

八つ当たり気味に刀護にあたる由羅。

「お、おう。瞑想くらいしかできないが、頑張ってみるよ」

「ふん・・・愚か者め・・・」



次の日、朝から贅沢に風呂に入り、朝食を済ませる。やはり材料は、わからない物が多かったが、とてもうまかった。エッジは相変わらず自室で納豆ご飯である。

オークション開催までは、日にちが開いてしまったので、今日の午前中は王都を軽く見て回り、午後からは共通語の勉強である。

ぶらぶらと歩きまわり、屋台で軽食を食べ、勉強に使えそうな紙を購入する。

フォルバウムでは、製紙の技術が発達していて、文字の練習用の粗悪な紙束くらいであれば安価で買えるのである。

刀護が見て回った王都は、まさにファンタジーであった。道を行き交う、見たこともない生物が引く荷車。

人間はもちろん、エルフやドワーフをはじめ、獣人、妖精などの様々な種族が混然一体となっている光景。

しかし、その中で、地球でも見覚えのあるものが、数多く存在しているのである。

(異世界ってくらいだから全然違う世界だと思っていたけど、案外そうでもないんだよな・・・)

そう考えた刀護は、エッジに尋ねた。

「親父も地球に行ったときって、案外こっちと似てるって思ったのか?」

「ん?やっぱりお前もそう思ったのか?そうだな、全然違うものもあれば、似通った部分も沢山あるぞ」

「ふーん。例えば?」

「まず人間だな。向こうで子供が作れるくらいだし。それから食い物もだな。塩に砂糖に胡椒。米に麦に芋に豆。作物の味に多少の違いはあるが、大きくは変わらない。あと動物もかなり似ているな。牛に馬に羊に犬猫もいる」

「やっぱそうなのか・・・何でなんだろうな」

「俺もそれを考えたことがある。んで、自分なりの答えも見つけた」

「へえ?本当かよ?親父のくせに」

「うるせえ。ヒントは俺が地球に飛ばされる前に聞いた魔王の言葉と、地球で得た知識だよ。魔王のヤツはこう言っていた。この世界と隣り合ったり重なり合ったりしてる世界が幾つもあるって。で、地球で色々調べてたらそれっぽい答えが出てきたってわけだ」

「・・・パラレルワールドだっけか」

「良く知ってるな。それだ。基になるものが同じなら進化の先も似たようなものになるわけだ。ま、あくまで持論であって、それが正解ってこともないんだろ。それにどうでもいいしな」

「そうだよな・・・俺たちがどうこう考えたところで、何かが変わるわけでもないし」

「そういうことだ。それに多分だがな?こっちの世界の人間が、過去に地球に渡ってるのでは、と俺は思ってる」

「俺もだよ。地球のファンタジーとこっちの世界が似通いすぎている。こっちの人が地球行って、この世界の事を広めたんじゃないかなと」

「やっぱそう思うよな?っと、もうこんな時間か、そろそろ帰って、楽しいお勉強の時間だぞ?」

「・・・お手柔らかに頼むよ・・・」


自由になる資金も少ないため、次の日からは出歩いたりせず、宿で封印組と一緒に、勉強漬けの毎日だった。

やがて、あっという間の5日間が過ぎ、オークション当日を迎える。

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