偽りの歴史

ハンターギルドの近場にあった履物屋で、間に合わせの安いサンダルを購入した刀護達は、商業ギルドへと向かっていた。

「なあ親父、ちょっと気になったことがあったんだけどさ」

「なんだよ?もう面倒事はごめんだぞ?」

「違うよ。さっきのハンターギルドでさ、誰も商業ギルドへ連絡しに行ってないのに、なんで、すでに情報は伝わっている、なんてあのおっさんは言ったんだ?」

先程のあらましをエッジから聞いていた刀護は、そう尋ねた。

「それか。それはな、実はこの世界には携帯電話がある」

「・・・ああ、うん。あれだろ?魔道具的な何かだろ?携帯なんてあるわけないじゃん」

「お前はもっと純粋な心を持った方が良いと、お父さんは思うんだぞ?」

「で、どうなんだよ」

「まあその・・・そうだよ。送言具そうごんぐと呼ばれている。このくらいの大きさの立方体で、必ず一対で作られるんだ」

そう言いながら、指と指の間を2センチほど広げた。

「随分と小さいな・・・地球より高性能じゃないか。でも一対で作られるってことは、糸電話みたいなものか?」

「そうだな、まさに糸電話だ。こいつは、使用者の魔力をあらかじめ登録することで、二つの間に魔力の糸を作り、それにより言葉を飛ばす。距離も関係ないし混線することもないが、通話先を増やすことはできない」

「大勢と会話するなら沢山用意しなきゃいけないわけか。便利なようで不便だな」

「そんなことないさ。この世界では破格の性能だと思うぞ。まあ携帯電話に比べれば大したことはないかもしれんがな。でも部分的にはこっちのほうが便利な物もあるんだぞ?」

「そうなんだ。どんなこと?」

「身体強化と土の魔法のおかげでトラクターがいらないし、水の魔法で畑に水をやるのも簡単だ。害虫害獣除けの魔道具もある。マナをたっぷり含んだ野菜は、地球よりうまいかもしれないぞ?まあウチの畑の野菜には負けるけどな!」

「全部農業関係じゃねーか!」

「あとはそうだな・・・避妊の魔法があるから、ゴムがいらないな」

「・・・もういいよ・・・」

「避妊の術なら儂も使えるぞ!」

「私もできます。基本ですよね」

(駄目だコイツら・・・早くなんとかしないと・・・)


「いらっしゃいませ。商業ギルドへようこそ。お話は伺っています。私、当ギルドのギルドマスター、カールと申します。以後お見知りおきを」

エッジも自己紹介をして、さっそく本題に移る。

「しかし、本部のギルドマスターご本人がいらっしゃるとは、随分と珍しい事だと思うのですが、この剣に何かあるのですか?」

「まだこちらも、ハンターギルドから話を聞いただけなので、なんとも言えませんな。まずは品物を見せていただいても構いませんかな?」

「ええ、そのために来ましたからね。これです」

そういって腰のショートソードを手渡した。

「確かにお預かりしました。おい、鑑定士のところへ持って行ってくれ」

カールは、職員に剣を預け、ギルドの奥にある応接室へ二人を案内した。

そこは、豪華な造りの広い部屋で、商談などに使われるらしい。

「鑑定が終わるまで少しかかるでしょう。茶の用意をしてありますので、どうぞごゆっくり」

そう言って出て行ったカールと入れ違いに、メイドが入ってきて、お茶の用意をして去って行った。

「落ち着かないな」

「親父もか?なんでこんなことになったんだろうな」

贅沢など縁のない一般市民の刀護と、日本の生活が長くなって、小市民が板についたエッジである。高級感漂う雰囲気には、なじめなかった。

やがて30分程も待たされたところで、ドアがノックされた。

「大変お待たせしました」

「いえ、大丈夫ですよ」

「さっそく、鑑定の結果についてお話させていただきます」

「よろしくお願いします」

咳ばらいを一つして、カールが話し始めた。

「鑑定の結果、こちらの品は、勇者ベイルの遺品であることがわかりました」

それを聞いた瞬間、エッジはビクリと肩を震わせた。

「ええ、驚くのも無理はありません。あの魔王を倒した大英雄の遺品です。とてもではないですが、おいそれと値段をつけることはできないでしょう」

動揺を飲み込みながら、なんとか声を絞り出すエッジ。

「なぜそれが勇者の遺品だとわかったのですか?」

「まずその形状ですな。勇者ベイルが亡くなる前に高名な画家によって書かれた肖像画に、それと同じ鍔と柄が描かれていました」

エッジには覚えがあった。多大な支援を行ってくれた貴族に頼まれて断り切れず、肖像画のモデルになったことがあったのだ。後に完成品を見たが、随分と美化されていたが。

「それに、この剣を打ったのは名匠ドルカス。そして魔力付与を今は亡き大魔導士ファルゼン。二人は勇者ベイルの盟友です。彼のために剣を作ったとしてもおかしくない」

「この剣には銘などは入っていないようですが、わかるものなのですか?」

「そこは、我々もプロですからな。それにお二人の作品ならば一目でわかりますとも。そもそもが世界最高と謳われたお二人の合作!いたるところに見受けられる革新的な技術!使われた素材も超一流!友である勇者のために渾身の力で作られたのでしょう!実に素晴らしい!」

途中からヒートアップしだしたカールを見て、真実は墓場まで持っていこうと考えていた。

(あれって確かにすげー良い素材使ってるけど、レインの剣作った時の端材だし、そもそも、どうせ予備だろ?って、深く考えもせずに、二人で好き勝手やってただけなんだよな。しかも、途中で揉めて殴り合ってたし・・・)

過去を思い出し、遠い目をしていると、カールは、ようやく現実に戻ってきた。

「これは失礼しました・・・ですがそれほどの品なのです。先程も言いましたが、値段をつけることなど私どもには出来かねます。そこでオークションに出品されることをお勧めします」

「オークションですか?」

「はい。それ以外の方法では、適正な値段でこの剣を売ることはできないでしょう。丁度、国内外から大勢の人が集まるオークションが、5日後に開催されます。その間の宿でしたら、全てこちらで手配させていただきますので、ご安心ください」

「あの、こちらも先を急ぐ身なのですが・・・」

「この剣は世界の宝なのです!できるだけ沢山の方に見てもらいたい!そして、その価値がわかる方の手に渡ってほしいのです!お願いします!」

エッジは新聞の勧誘を断るのが不得意で、よく香奈に怒られていた事を思い出した。

(先を急ぎたいが、少しでも資金が増えるのは良い事だよな。その分、刀護にしっかりとした装備を整えてやれるし、俺も新しい武器を買わないといけない。馬車もだ。そう考えると悪くないか・・・)

そう考えたエッジは、剣をオークションに出品することにした。

「わかりました。では、お願いします」

「おお!わかっていただけましたか!ありがとうございます!では、そちらの剣は商業ギルドと、そのギルドマスターたる私の名にかけてお預かりさせていただきます。すでにこちらに書類も用意してあります!」

その書類の内容をざっと読んでみると、もし出品物の紛失や盗難、破損などがあった場合は、神鉄貨10枚とギルドマスターのクビを差し出すと書いてあった。

「・・・正気ですか?」

「もちろんです。それ程の品をお預かりするのです。その内容でもまだ足らないくらいでしょう」

なんだかいたたまれなくなったエッジは、カールに問いかけた。

「いくら勇者の遺品といっても、そこまですごい物ではないんじゃないですか?もっと強い武器なんていっぱいありますよ?」

すると、すさまじい剣幕で答えが返ってきた。

「何をおっしゃいますか!二人の仲間を失いながらも、たった一人で魔王を打倒した大英雄の遺品ですよ!?それが軽んじられていいはずがありません!」

それを聞いた時、エッジは凄まじい違和感に襲われた。

「今、何と?・・・たった一人で魔王を倒したと聞こえたのですが・・・」

「そう言いましたが?失礼ですがエッジ様は勇者ベイルの偉大なる功績をご存知ないのではないですか?」

(俺が地球に行った後に何かがあったのか?ここは、カールさんから詳しい話を聞いたほうがいいかもしれないな・・・)

「ええ、田舎から出てきたばかりなもので、そこまで詳しくはありません。剣も知人を助けた時に譲り受けたのです」

「そうでしたか・・・先程は声を荒げてしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、お気になさらずに。よろしければ勇者の功績について教えていただけませんか?」

そう言って情報を引き出すことにした。

「わかりました。それでは、かいつまんでお話ししましょう。勇者ベイルの仲間は四人。一人は大魔導士ファルゼン。絶大な魔力で魔物の軍勢を薙ぎ払い、魔王に手傷を負わせ、勇者を勝利に導いた方です。ただ、魔王との戦いの中で、残念ながら命を落とされました・・・」

(その話は間違いない。ファルゼンのじいさんのおかげで魔王は心臓を一つ失い、俺たちに付け入る隙を与えたんだ。魔王への最後の魔法で無理しすぎて、体が持たずに死んじまった・・・)

「二人目は、現人神フレナ様の神官でもあらせられた賢者ミース。彼女は、勇者が魔族の大陸に攻め入った時、危機に陥った仲間を救うために自らが殿しんがりとなり仲間を逃がし、無事を見届けたところで力尽きたと聞いております」

(それも間違いない。心臓が回復する前に魔王を倒そうと、俺達が無茶したために魔族の罠に嵌ったんだ。それを助けた上に、逃げる時間を作ってくれたのが、ミースさんだった)

「そして三人目。その剣を作った、ドワーフの名匠ドルカスですな。彼は勇者一行に参加し、彼らの装備品の手入れを無償で請け負った。彼が手にかけた装備がなければ、勇者も魔王を倒せなかったのではないかと言われています」

「・・・はっ?ドルカスは勇者と共に前線に立って戦っていたのではないのですか?」

先程と同様の違和感を感じ、カールに問いかける。

「どこでその様な話を?確かに、彼は一流の戦士で、勇者と共に戦っていたという証言もありますが、彼自身が、それを否定しています。間違いありません」

(ここで言い争っても良い事にはならないだろうな・・・話を最後まで聞いてみるか)

「そして最後に、大魔導士ファルゼンの弟子であり、身体強化に長けたエルフのレイン」

(名前だけは全員、間違いないようだな)

「彼女は、その優れた身体強化を生かし、一行の荷物を一手に引き受け、彼らの旅を大いに助けた、縁の下の力持ちというやつですな。荷物は彼らの命と同じです。それを最後まで守り抜いた彼女は、『世界一の荷物持ちポーター』と、同業者達から尊敬を集めています」

(どうなってやがる・・・あいつが荷物持ちだと?魔物を倒した数なら、俺より、あいつの方がずっと多いんだぞ?)

それ以外にも、何やら色々と盛られた勇者ベイル一行の冒険譚が、次から次へと出てきた。そして、ドルカスとレインは、その活躍の中に居なかったのである。

(なんだかすごい話になっているようだ・・・確かにそこまで偉業を重ねたら尊敬もされるだろうな・・・本当にどうしてこうなった?)

勇者の冒険を熱く語ってくれたカールに礼を言ったエッジは、剣を渡して書類を受け取った。

そして最後に、確認ではあったが、ドルカスとレインの居場所を聞いた。

「ドルカスとレインは、まだ存命ですよね?ドルカスは東の大陸にある、鉱山の街ヒルンに。レインはここから北東にあるレリッツに居ると聞いたことがあるのですが、間違いないですか?」

「彼らも有名ですからね。私の記憶が確かなら、間違いないですよ」

「そうですか、ありがとうございます。他にお話がないのであれば我々も宿に向かいたいと考えているのですが」

「そうでしたな。長旅で疲れていらっしゃるのに、気がつきませんで申し訳ありませんでした。すぐに案内させますのでロビーでお待ちください。・・・そうでした、最後に一つだけお聞きしたいことが」

「はい、なんでしょう?」

「エッジ様が身に着けられている、その素晴らしい仮面はどちらで手に入れられましたか?」


何とか質問をごまかして、ロビーに戻って待っていた二人は、職員に案内され、一軒のいかにも高級そうな宿の前へとやってきた。

「こちらの宿です。すでに話は通っておりますので、すぐにでもお部屋にご案内できると思います。オークション開催の5日後までごゆっくりご逗留ください。では失礼します」

去って行く職員を見ながら、気後れして宿に入れないでいる二人。

「どうしよう?」

「入るしかないだろ?ほら、行けよ」

「親父はこういうの経験あるんだろ!?手本見せてくれよ!」

「馬鹿野郎!こんな良い宿泊ったことねーよ!そんな金、ミースさんが絶対に出してくれなかったからな!」

低俗極まりない言い争いをしていると、宿の中から体格の良い男性従業員が出てきてこう言った。

「申し訳ありませんが、他のお客様のご迷惑になりますので、お静かにお願いします」

言葉はわからずとも、エッジと共に刀護は平謝りした。

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