予想外の出来事

異界送りの穴をくぐり、名誉の出戻りを果たした勇者は、見知らぬ荒野に立っていた。

「見覚えのない場所でも懐かしく感じるってのは何だかおかしな感覚だな・・・」

それはきっと地球にはなく、フォルバウムにはあるモノのせいであろう。

空っぽだった魔力が、大気に満ちるマナによって、少しずつ回復していくのを感じる。

(無ければ無いで構わなかったが、やっぱあると便利なもんだよな)

地球にいたころに比べると、嘘の様に体が軽い。

魔力が鈍った体をほぐす様に軽く体操し、簡単な魔法を使ってみる。

「風よ」

フォルバウムでもっとも広く使われている共通語でそう呟くと、そよ風が体の横を吹き抜けていった。

「よしっ大丈夫そうだ」

自らの状態の確認と、出発の準備を終えたベイルは、右手に持った刀に話しかけた。

「では、宗角さん。穴を閉じてください」

だが、少し待ってみても穴が閉じる気配がない。

(あれっ?布巻いてるせいで聞こえなかったのかな?)

そう考えたベイルは、刀に巻いてあった厚手の布を取り払うと、もう一度穴を閉じるよう宗角に頼んだ。

「すみません宗角さん。穴を閉じてください」

しかし、先程と同じように、待てど暮らせど穴は閉じない。

(何か問題でもあったのか?こんな時に意思疎通ができないってのはつらいな・・・)

地球と繋がったままの穴をこのままにしていくわけにはいかない。もしこちら側の魔物が向こう側に行ってしまう様な事があれば、家族が犠牲になる可能性もあるのだから。

(まいったな・・・とりあえず少し様子を見て、それでもだめなら一旦地球へ戻るか)

そう考えたベイルは、穴の安全確保のため、魔力により感覚を強化し、周囲の気配を探る。

すると、前方200m程にある大きな岩の影に、5匹の魔物の気配を感じた。

どうやらこちらの隙を伺っているようである。

(穴の近くで戦闘は避けたいな・・・間違って向こうに飛び込まれでもしたら一大事だ)

岩陰の魔物以外に気配がない事を再度確認し、強化された体の慣らしも兼ねて、ゆっくりと歩き出す。

(この際だ、地球で学んだ知識の実践でもさせてもらおうか)

そう考えると少しワクワクした。

(さて、うまくいくといいんだけどな・・・)


岩陰へと回り込むと、待ち伏せしていた魔物が、一斉に襲い掛かってきた。

鋭い牙と角を持った狼のような魔物である。

(雑魚相手だけど、油断しないほうがいいな。こちらもかなり久しぶりの戦闘だし)

色々と実験を終えた上で、危なげなく勝利したベイルは、手早く狼の牙と角を回収する。そして穴まで戻るため、岩陰から出ようとしたところで謎の破裂音を聞いた。

(クソッしくじった!音は穴のほうからだったな!?今まで気配なんてなかったのに、急に一匹現れやがった!)

急いで岩陰から飛び出し、穴の方向を確認する。そしてそこに居るはずのない人物が存在しているのを確認して、動きが止まった。

(馬鹿なっ!何であいつがこんな所にいるんだよ!?しかも・・・穴が・・・ない?マジかよ・・・)

ベイルは血の気が引いていく音と共に、息子の絶叫を聞くことになった。



「何なんだよこれはあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

刀護は叫んで、放心した。

だがそれでは、現状が改善しないことにすぐ気がついた。

(帰らないと・・・俺は確かあの破裂音を聞いた後、ここにいた。近くにあったのは、あの怪しい穴と、御神刀の鞘と、俺の荷物・・・)

軽く周囲を見回した刀護は、そこから無くなっていた物と、そこにあったものに驚いた。

(穴が消えてるじゃねーか!多分あれのせいでこんなところに飛ばされたのに!)

穴がどこかにないか、探していると、尻の下にある感触に気づいた。

周囲が荒野なのにも関わらず、足元がつるっとして硬かったからである。

自分がへたり込んでいたのは、よく知った床板の上だったのである。

(なんじゃこりゃ・・・丸く切り取られた床板?あ、俺の荷物がある・・・あと鞘も)

状況を見るに、あの穴を中心に周囲3m程を切り取られたような有様だった。

(これって、俺があの境目に居たらどうなってたんだろうな・・・やっぱグロ死体になってたのかな?)

そう考えると背筋が凍る。

(でも俺は生きているし、荷物もある。どうにかして帰る方法を探さないとな。みんなに心配かけちまう)

家族のことを考えると、少し冷静になれた。そして思い出した。

(そういえば、ここって親父が歩いてた場所だよな?もしかしたら近くにいるのか?)

すぐに周囲を見回すと、希望はあっけないほど簡単に見つかった。

具体的に言うと200メートル程前方に。


「親父・・・でいいんだよな?何だよその恰好。鎧?コスプレかよ。っていうかここ一体どこだよ?あの穴みたいのは何だったんだよ!?」

苦り切った顔で近づいてくる父親に、混乱のままに質問をぶつける。

「落ち着け刀護。俺も今、状況がよくわかっていないんだ。わかることは説明してやるから、まずは深呼吸でもしろ」

「そんなこと言ったって何が何だかわけわかんねーよ!」

「いいから落ち着け!いいか?よく聞け。これから話すことは全て真実だ。一々くだらない疑問を挟むなよ?わかったか?」

それからベイルは、ゆっくりと自分の知る全てを刀護へと話して聞かせた。

落ち着きを取り戻した刀護の反応はこうだった。

「大体わかった。でも・・・ねえ?親父が異世界の勇者とか普通信じられないだろ。まあ、あのでたらめな強さも今では納得したよ。チートじゃねーか」

「まぁそれはとりあえず置いておけ。これからどうするかを考えなくちゃならん。できることならお前を送り返してやりたいが、それができんのだ」

「なんでだよ?こっちにこれたんだから、帰る方法もあるんだろ?」

「ああ、あった。だが今はない。理由は二つだ。まずは、こっちに来てから穴を開いてくれた宗角さんの反応がないこと。それからお前と一緒に送られてきたその鞘だ」

と、刀と鞘を見せながらベイルは言った。

「鞘?これがどうしたんだよ。」

両方を受け取り、無意識に刀を鞘に納める。

「それが地球に帰るための目印だったんだよ。世界を渡るには、目的地を特定する目印が必要なんだ。そのために鞘だけを向こうに残してきたんだ」

「ってことは俺たちは、帰り道を失ったってことか?どうすんだよ!?」

「大丈夫だ、まだ帰る手段はある。さっき言っただろ?こっちの化物が向こうにちょっかいかけてきてるって。まずはそれを調べて食い止める。そして世界を渡る方法を聞き出す」

「わかったよ。親父にまかせた。俺もそれについていけばいいのか?」

「いや、お前は連れて行けない。危険すぎるんだ。俺が向かおうとしている先は、魔族共の巣窟だ。俺ですら、命がいくつあっても足りない。そこに足手まといを連れて行けば、全滅は必至だ。だからお前は、俺の知り合いに預けていこうと考えている」

父親から真剣さを感じた刀護は、素直に承諾した。自分の力量くらいは弁えている。

「しかたないよな。我が儘は言わないさ。俺は大人しく待ってることにするよ。でもどのくらいかかるんだ?」

「正直なところを言うとわからんのだ・・・だが少なくとも一、二年ではきかないと思う」

「そっか・・・結構かかるんだな・・・俺はその間、何をしていればいいんだ?家に閉じこもっていたほうがいいのか?できれば鍛錬は続けたいんだが」

「ああ、そのくらいは可能だろうさ。なにせお前を預ける相手は、俺の元仲間だ。強いぞ?稽古をつけてもらえば今より遥かに強くなれるだろうさ」

「まじか!?それは楽しみだな!」

(よかった・・・やっと笑ったなこいつ・・・)

ベイルは安堵し、笑いながら告げた。

「んじゃ、やることは決まった!まずは俺の仲間の下へ向かわないとな。とりあえず最寄りの街へ行って、現在位置を把握しないといかん」

「了解だ」

「まあ何か質問があったら道すがら教えてやるから何でも聞け」

「んじゃ早速聞きたいことがあるんだが」

「何だ?」

「こっちに来てから、体の中によくわからんモノが流れ込んでくる感じがするんだ。あと体中が痛てぇ。どんどん痛みが強くなってる気がする・・・」

それを聞いた瞬間、嫌な予感がしたベイルは、魔力を眼に集中し、刀護の魔力を観察した。

そして悟った。常識では考えられぬ程の凄まじい量のマナが刀護の中に集まっていることを。

しかも、魔力のコントロールなどできない刀護の中で暴走し、弾けそうになっていることを。

(マズイマズイマズイマズイマズイっ!どうする!?どうしたらいい!?くそっ考えろ!)

「刀護!よく聞け!お前の中に流れ込んでいる力はマナという。そいつを体の中で精製して魔力に変え、人は魔法を使うんだ。本来なら赤ん坊のころから、ゆっくりと時間を掛けて、自然と魔力のコントロールを身に着けるものなんだが、マナなんてなかった地球の人間であるお前には、それをコントロールする力がない。制御できていないマナが暴走してお前の中からあふれ出ようとしているんだ。もしそうなったらお前の命はないだろう。酷なことを言うようだが今すぐになんとかしろ。精神を集中してお前の中にあるモノを感じ取り制御するんだ!難しいだろうが頑張ってくれ!・・・それしか方法がないんだ・・・すまん・・・すまん・・・」

話を聞いてパニックになりかけた刀護だったが、歯を食いしばり泣き出しそうな表情の父親をみて何とか冷静さを取り戻す。

(そうだよな、パニクったって事態は好転しねぇ!なんだかわかんねぇがやれるだけやってやる!)

そう決意し、刀護が精神を集中しだした瞬間、刀護の額がはぜ割れ、真っ赤な血が噴き出した。

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