継承者

刀護の額から噴き出した血を見たベイルの顔は真っ青だった。

「刀護!死ぬな!頑張れ!頑張れ!」

涙を流し声援を送る父親を見ながら、刀護は必死に戦っていた。

(くそったれ!体中が死ぬほど痛てぇ!しかも魔力のコントロールなんてのもさっぱりわからねぇ!俺、マジで死ぬのか!?・・・せめて地元でラーメン食ってからにしてほしかったな・・・)

死の恐怖で若干錯乱しかけた刀護だったが、余程の混乱具合だったのだろう。薄れゆく意識の中で必死に何かを握りしめていた左手から、鈴を転がすような女の子の声と、低く渋い男性の声が聞こえた気がした。

そしてその瞬間、嘘の様に体の痛みが消えていった。

「おお!できた!意外と上手くいくもんじゃのう」

「お見事です。姫様」

「しかし、儂らも、力の加減がまったく利かんようになっとるのう」

「そうですねぇ、困りましたね」

ぼんやりした意識の中でその声を聴いていた刀護は、父親の声で現実に戻った。

「おい大丈夫か!?魔力のコントロールに成功したようだな。あれほどの魔力を制御するとは大したものだ。さすが俺の息子だな!」

そんなことを言われても魔力をコントロールした自覚なんてまったくない。

多分、自分はそれに失敗している。刀護は、何となく悟っていた。

「親父、ちょっと聞いてくれ」

「ん?なんだ?何でも言ってみろ」

「死にかけて、意識が朦朧として、もうだめだって思った時にさ、コイツから声が聞こえたんだ」

そう言って右手に握りしめていた御神刀を差し出しだす。

すると、間違いなくはっきりと先程と同じ声が聞こえた。

「なんと!こやつ儂らの声が聞こえたと言ったぞ?」

「そのようですね。先程の事でお役目の力にでも目覚めたのでしょうか?」

「わからん!だがその様なことはどうでも良い!おい儂の声が聞こえるか?」

どうやら夢や幻聴ではないようだ。

「・・・はい。聞こえます。あなたが姉ちゃんや母さんが話していたお相手ですか?」

「うむ!その通りじゃ。お主も凪森の人間じゃ。儂らの事くらい知っておろう?」

「はい。存じております。由羅様と宗角様ですよね?」

突然、刀と会話しだした息子に恐る恐る声をかけるベイル。

「おい刀護。お前、刀の声が聴けるのか?」

すると、予想通りの答えが返ってくる。

「ああ。聞こえるようになった。これもマナだか魔力だかのせいなのか?」

「いや、その辺は俺にもよくわからん。だが刀の声が聴けるようになったのはうれしい誤算だ。これで異界送りの穴に何が起こったのかを訊くことができる。良くやったぞ刀護」

「そんなこと言われてもな・・・」

そんな会話をしていると、由羅の声が聞こえてきた。

「おい刀護よ。お主、体の具合はどうじゃ?もう痛いところはないかの?」

「えっ!?・・・特に痛いところはありません。お気を使わせてしまって、申し訳ありませんでした」

額の傷は浅かったようで、すでに血は止まっていた。

「そうかしこまるな。お主の母など儂の事をちゃん付けだぞ?姉の方に至っては由羅っちなどと呼んでおったからの」

「それは・・・重ね重ね申し訳ありませんでした・・・」

「そんなことは良いのじゃ。それよりもな、儂の力でお前の魔力?マナ?まあ暴走する何かを根こそぎ封印したのじゃが、何か体に不都合はないかと思ってのう」

得心がいったような表情で刀護は礼を述べた。

「やっぱりそうだったんですね・・・。僕の命を救って頂いて本当にありがとうございました」

「うむ。凪森の子を守るのは、当然の責務じゃからな!気にせずともよい」

「そうですね。無事で本当によかった」

と、宗角も同意する。

「宗角様もありがとうございました。おかげでどこにも異常はないようです」

するとベイルが問う。

「おいどういうことだ?」

刀護は先程あったことをベイルに説明した。

「そうだったのか・・・」

そう呟くと、おもむろに御神刀に向かって両手両膝をつき、深々と頭を下げた。

「この度は息子の命を救って頂いて感謝の言葉もありません。今後、私の力と、私の命の全ては、あなた方を守るために使うことを誓います」

だが、そんなベイルに由羅は困ったような声で言った。

おもてをあげよ。大の大人がみっともない。それにお主らに死なれては儂らも困るのでのう。そうじゃな・・・今後一切、今回の出来事を気に病む必要はない。これは恩人からの頼みじゃ、聞いてもらえるのであろ?」

「親父、由羅様がこうおっしゃっているよ」

刀護は、一字一句違えずに由羅の言葉をベイルに伝えた。

そう言われてゆっくりと頭をあげたベイルは、苦笑しながら答えた。

「わかりました由羅様、宗角さん。今後ともよろしくお願いします」

「うむうむ。それで良いのじゃ」

「ええ。こちらこそよろしく頼みますよ」

刀護の通訳を聞いてベイルはやっと笑顔を見せた。


騒動が一段落すると、由羅が刀護に声をかけた。

「話は変わるが、刀護よ」

「はい、何でしょうか?」

「・・・そうじゃな、まずはその堅苦しい話し方を止めよ。息苦しくてかなわん。恵美も香奈もタメ口じゃったぞ?」

刀護はもちろん当惑した。

「いや、しかし・・・っていうか母さんも姉ちゃんも何やってんだよ・・・」

「どうしても直せぬのか?ならば言い方を変えよう。刀護よ、儂には気安い口調で話すのじゃ!これは命令じゃ!もちろん様付けも禁止じゃ!」

「それはっ・・・汚くありませんか?・・・わかりました・・・」

大きく深呼吸して心を落ち着けると、恥ずかしそうに言った。

「由羅・・・これでいいのか?」

その言葉を聞いた由羅は、見えはしないが何やら身悶みもだえているようだ。

「おおおおお!?これは・・・良いな・・・何だかわからぬがすごく良い!これはあれか?萌えというやつか?」

「どこで覚えたんですかそんな言葉!って姉ちゃんしかいないか・・・」

深々とため息を漏らす刀護。

「おい言葉が戻っておるぞ!ちゃんとタメ口で話さないとダメなのじゃ!これは絶対じゃ!」

「わ、わかったよ、気をつけるよ」

すると宗角が、すかさずフォローを入れてくれる。

「姫様、あまり刀護君をからかわないであげてください。刀護君すみません、姫様は、私以外の男性と久しぶりに話せて舞い上がっているのでしょう。ですが、できれば姫様の願いを聞いてあげてもらいたいのです。あ、ちなみに私は、恵美さんと香奈さんからは『カクさん』と呼ばれていますので、それでお願いしますね?」

刀護は顔を引きつらせながら頷いた。

「りょ、了解しました、カクさん」

「余計なことを言うでない宗角よ。で、じゃ。話が随分とそれてしまったが、ここからが本題なのじゃ。刀護よ、お主はこれから先、一瞬たりとも刀を、より正確には鞘のほうじゃな。儂の魂が封じられた『封印鞘ふういんしょう 真由羅まゆら』を手放してはならん」

何とも意味深な発言である。

「どういうことだ?それに封印鞘真由羅って・・・」

話の内容も気になったが、それ以上に鞘の名前が気になった。

(凪森家のネーミングセンスの安直さって、由羅の代からなんだな。これは根深い)

そんな馬鹿なことを考えていた。

「お主、何やら良からぬことを考えてはおらぬか?」

「いえっ何も!?」

「・・・言葉が・・・まあ良い。とにかくお主は、儂を手放してはならぬ。もし事をたがえれば、死ぬぞ?」

「死ぬ!?マジで?」

「マジもマジ、大マジじゃ。お主の体には先程死にかけた時よりも、さらに多くのマナとやらが集まっておる。それを儂の力で封印せしめているのじゃ。基本的に儂の封印の力は、触れているモノにしか作用せん。つまりお主が儂を手放せば、その時点でお主は木っ端微塵で爆発四散じゃ」

思った以上に深刻な事態であった。

「わかったよ・・・気をつける」

さすがに死因が爆死などというド派手な真似だけはしたくない。

「気をつける程度じゃダメじゃの。お主の体のどこかに縛り付けておくくらいはしておかないとのう」

「服の上からとかでも大丈夫?」

「その程度なら大丈夫じゃ。じゃが間違っても落とさぬように、す、す、素肌にしっかりと縛り付けておくほうが良いと思うぞ?」

確かに、ただ持ち歩く程度では何かの拍子に落としてしまう可能性も高いだろうが、由羅の発言は明らかに妙な欲にまみれている。

「なあ由羅、なんだか若干、邪な意思を感じるんだが気のせいだろうか」

「そんなものは気のせいじゃ!お主の考えすぎじゃ!そんな細かいことを気にしていると大成できぬぞ!?」

恩人が気のせいだというのだからきっとそうなのだろうと刀護は強引に納得することにした。

「お、おう、わかったよ。とにかくしっかりと縛りつけておくよ」

「うむ。そうするがいい。これからは、トイレも風呂も寝床も一緒なわけじゃからの。つまらぬわだかまりなどあってはならぬ。あ、宗角は別に必要ないので、ベイルの所にでも預けておくと良いのじゃ」

いや、やはり気のせいではなかった。

「姫様?」

「何じゃ宗角」

「刀護君が、何だかドン引きしてますけど。あと私は仲間外れですか?さみしいなぁ」

「馬鹿者!刀護とてゴツいジジイなんかと共にいても嬉しくあるまい。儂のような可憐な美少女と二人きりでいてこそ、真に心の安寧を得られるのじゃ!」

美少女に全てを見られるのもマッチョなジジイに見られるのもはっきり言って大差などない。両方とも全力でお断りしたかったが、冷静に考えるとそんなことはどうでもよいことであると刀護は思い至ったのだ。

「いや、美少女っていうか鞘じゃん。よくよく考えたら鞘に遠慮するってのもおかしな話だよな」

「そうですね、鞘ですからね。あまり気に病まないほうがよろしいかと」

刀護と宗角はそう結論付けた。

「お主らとは、後でしっかりと話をつけねばならんようじゃな・・・っと、先程から話がそれてばかりじゃの。それでじゃ、儂らの現状と異界送りが暴走した理由を説明しようと思っていたのじゃ」

そこからは、事の推移を見守っていたベイルも刀護の通訳を交えながら参加した。

「まずは私と姫様の現状です。これが術の暴走にも関わってきます。我々は元々、体内にある気や、地脈の力などを利用して術を行使しています。ですがこの世界に来た際、刀護君と同じように、我々にも大量のマナが流れ込んできたのです」

それを聞いたベイルは驚いた。

「刀や鞘・・・失礼ですが、道具であるあなた方にですか?」

「ええ、そのようです。実はですね、そもそも我々は肉体を失っていないのですよ。私は肉体ごと凪の中に封印されていますし、姫様は肉体を鞘の一部として使用しています。糊や色漆の部分ですね。そうは見えないでしょうけど、姫様の肉体全てが鞘に封じられているんですよ?」

「へぇ・・・そうだったんだ・・・」

「うむ。そうだったのじゃ」

それを聞くと、鞘を握りしめていたのはセクハラに当たるのではないかと少し不安になった刀護であったが、深く考えると負けな気がして、このことについては記憶の底に封印することを決定する。

「それでですね、マナを取り込んだ我々は、使っていた元々使っていたエネルギーに別のエネルギーが混ざった事によって変質し、術の制御ができなくなった訳です。石炭を燃料にしていたら上からいきなりガソリンぶちまけられた感じですかね。最初にベイルさんに穴を閉じろと命じられた時には、すでに制御を失っていました」

それを聞いたベイルは納得したように頷いたのだった。

「では、周囲を巻き込むような転移も?」

「たぶんそうではないかと思います。断定できないのはあのような現象は私も初めて見ましたからね・・・」

「ですよね、実験中にもあんなこと一度も起こらなかったし」

そういいながら術の暴走現場を見る。

そこには、相変わらず丸く切り取られた床板と、刀護の荷物が転がっていた。

「なあ親父」

刀護がベイルに問いかける。

「なんだ?」

「床板がここにあるって事はさ、向こうは大変な事になってるよな?」

「・・・そうだろうな」

「帰ったらさ、ばあちゃんに怒られるかな?」

「そうだろうなぁ・・・」

二人はそろってため息をついた。

「・・・大丈夫ですか?では話を続けますね」

落ち込む二人をいたわってやりたいが、それでは話が進まないので、宗角は続きを話し始めた。

「先程、術の制御ができなくなったと言いましたが、術自体が使えなくなったわけではないのです。姫様も封印の術式で、刀護君の暴走を抑えていますしね。要はその力加減が全くできなくなって、上限が100だとするならば、0か100でしか出力を制御できないような状態なのです。そのせいではなから制御の難しい異界送りは、あっという間に暴走し、このような事故を引き起こしたのかと」

「儂も同じじゃ、今も全力で刀護の魔力を押さえつけている状態じゃな。まったく加減できそうにない。そこでじゃ」

「はい?」

「刀護よ、刀の守護者であり、役目の力も得たお主に、儂ら・・・『封印鞘 真由羅』と『斬魔刀 凪』の所有権を渡そうかと思っての。今日からお主が儂らの主となるのじゃ」

話はおかしな方向に転がり始めた。

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