プロローグ2

今は昔の物語。賀茂宗角かものそうかくという一人の男がいた。    

宗角は、呪術師を生業とし、日々、都に蔓延る魑魅魍魎を祓い人々の安寧を守り続けていた。

齢四十五を数えるが、若々しく整った顔立ちを持ち、剣と術、両方の才に溢れ、強く、心優しく、不正を嫌い、驕らず、弱き者の味方であり続けた宗角は、都に住む人々に好かれ、敬われていた。

強いて欠点を挙げるとするならば、机仕事が苦手で頭を使うより体を動かすことを好む人種であるという所だろうか。

だが、宗角は悩んでいた。自分が救えるのは、都に生きる一握りの人間だけと言う事を。

都には、大勢の優れた術師がおり、自分が居なくても十二分にやっていける。

しかし都の外では、術師の数が足りなく、物の怪の害に苦しみ、倒れる民が大勢いるのだ。

それを知りつつ、何もできないでいる我が身が歯痒かった。

幕府から与えられた都を護るという使命を放棄することはできない。

使命を言い訳としながら、思いを押さえつける毎日が続いていた。

しかし、ある日事態は好転する。

宗角の苦悩を知っていた仲間の進言や、頼もしく育った弟子の存在もあって、全国行脚の許可が下りたのだ。

早々に準備を終え、少しでも多くの民を救おうと意気揚々と旅立った。

されど、現実とは厳しいものである。

都の外で宗角が目にしたのは、想像を遥かに超える惨状だった。

物の怪の害だけではなく、飢饉や疫病によって、人々の怨嗟は地に満ち、最早、呪いと言っても過言ではなかった。

折り重なる嘆きの声は、更なる呪いを生み、災いと、この世ならざるものを呼び寄せる。

祓っても祓っても一向に呪いは消えず、通常の方法では対処できないと判断した宗角は、己が身に穢れを移すことで、土地を浄化していった。


長い長い旅路の果て、宗角は集めに集めた呪いに体を蝕まれながらも、鋼の意思によって抑え込み、都へと帰還した。

だが、度重なる物の怪との戦いで傷ついた体、溜め込んだ穢れにより悪夢にうなされ満足に眠ることすら許されず摩耗した精神、更には、十年を超えた旅による、加齢での呪力や体力の衰えによって、薄氷を踏むかのごとき、危うい状態での帰還だった。

久しぶりの我が家。長き旅の後にも、自分を忘れないでいてくれた人々。そして仲間と弟子の顔を見た時、宗角は、安堵のため息を漏らし、久方ぶりの笑顔を浮かべた。


だが呪いはその瞬間を待っていた。

宗角の体内で混ざり練り合わされ一つの巨大な悪意となった呪いは、気が緩んだ宗角の意思を一瞬で奪い、その身から噴き出した。

富んだ者への妬み。餓え、渇き、病に苦しみ死を待つ絶望。幼き我が子の死に狂い、その亡骸を貪る狂気。ありとあらゆる負の感情を混ぜ合わせたような闇。

誰もがその闇の中で、人ではない何かに変わっていく宗角を見ながら、微動だにできずにいた。

やがて深い闇がはれた後に残っていたモノは、見上げるほどに大きな、一匹の鬼の姿だった。

一瞬の沈黙の後、誰かがあげた悲鳴をきっかけに、大混乱が起こる。

腰を抜かしてへたり込み、逃げられずにいる者を、踏みつぶし、蹴飛ばしながら逃げ惑う人々。

ソレを片端から捕まえ、口へと放り込み咀嚼する鬼。それを見て更に混乱を増す民衆。

阿鼻叫喚の地獄といえる光景だった。

その場にいた宗角の仲間たちも鬼へと応戦したが、術は効かず、刃も通らない化物を相手に歯が立たず、生き残った人達を連れて、撤退することしかできなかった。

腹を満たした鬼は、建物を破壊しながら、町はずれにある荒果てた無人の社へと去って行ったが、翌日からほぼ毎夜のように人を襲って喰らい、都に住まう民を恐怖のどん底へと突き落とした。

もちろん、鬼の悪行を食い止めるため、精鋭による討伐隊が幾度も組織されたが、誰一人戻ってこなかった。

困り果てた幕府は、宗角の弟子である安倍柾親に意見を求めた。

柾親は、刃も通らず、術も効かない相手に、その両方を極限まで高め同時にぶつけることを提案する。

最高の刀鍛冶に打たせた刀に、都に住まう全ての術師の呪力を注ぎ込むというものであった。

苦心の末、刀は完成し、多くの犠牲を払いながらも見事、鬼を切り伏せた。

しかし国中から集めた呪いを完全に断つことはできず、強大な呪力を持つ刀へと封じるしかなかった。

だが、都の平和は守られた。


その後、鬼を封じた刀は、荒ぶる御霊が安らかに鎮まりますようと願いを込めて「凪」と名づけられ、御神刀として社に祀られる事となる。

されど、都にすさまじい恐怖を振りまいた鬼を、近くに祀ることはできず、まかり間違って封印が解けたとしても被害の少ない遥か北、蝦夷にある神住まう地に社を築き、厳重な守りを置いて封印を見守った。


封印からしばし時は流れ、人々から恐怖の記憶が薄れはじめた頃、事件は起こった。

時を経ても薄れることの無かった世を呪う声が、封印の隙間から漏れ出したのである。

再び恐怖を呼び起こされた人々は、呪われた刀に更なる封印を施すことを決め、当代一と謳われた巫女「由羅」とその一族を呼び寄せ、封印の方法を尋ね助力を願った。

その答えは、樹齢千年を超える御神木、そして由羅を人柱に捧げその肉体と魂を以て鞘を作り、封印となすというものだった。

過去の被害の大きさから、人々の行動は迅速で、驚くほど早く二本の御神木が用意された。

御神木の内包する力を圧縮し、その心材のみを用いて、鞘が削りだされた。

そして由羅の血肉を用いた糊と色漆で仕上げ、魂を封入して鞘は完成した。

神木の力にて呪いを抑え、由羅の魂を以て、荒ぶる意思を静めるのである。永劫とも思える時間を掛けて。

こうして凪は完全に封印された。

巫女の一族は、人柱となった魂を慰めながら、刀と封印を護る役目を負い、蝦夷の地へ移り住んだ。

いつしか封印を護る社は、凪森神社と名付けられ、更なる長き時を経て・・・


今に至るのである。

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