勇者のおまけ

黒腹海豚

序章

プロローグ1

魔王城の最奥、玉座の間。

激しい戦闘による破壊の跡、床に倒れ伏した魔王に剣を突きつけた男と、その後ろで油断なく武器を構える男女。

剣を突きつけた男の声が、静かに響く。

「終わりだ、魔王よ」

「・・・どうやらその様だな・・・見事だ、勇者よ・・・」

「えらく殊勝じゃないか。とても魔王様とは思えぬ言葉だな」

「フフ・・・そうだな。だが我は満足している。なかなかに楽しい時間であった。それ故に惜しいと思ってな」

「この期に及んで何を言っている。見苦しい真似はやめておけ」

勇者と呼ばれた男は、剣を振り上げとどめを刺そうとした。

「そう急くな。それに我を倒したとしても、この世は何も変わらぬぞ?」

「何が言いたい?」

すぐにでもとどめが刺せるよう、剣を振り上げたまま勇者は答えた。

「わかっているのであろう?我を倒した後、お前達には帰る場所など無いということを。人間という生き物は弱い。自分と違うものを拒み、妬み、恐れ、排除しようとする。我を倒す程の力だ。人間はそれをどう思う?強大な力を自分たちに向けられる事を恐れるだろうな。お前達がどう考えていようとも・・・。人間にとっての次の魔王はお前だ。」

勇者は、何も言い返せなかった。

「我は強き者を好む。それが敵であれ味方であれ・・・な。どうだ?本当に魔王にでもなってみぬか?今よりさらに混乱渦巻く愉快な世になると思うがな」

「死にかけのくせによくしゃべる魔王だな。世迷い事も大概にしろ。それに帰る場所がない事など百も承知だ。何処へなりとでも消えて隠遁するさ」

「後ろに控える者達なら、それも可能だろうな・・・。だがお前には無理だ。人の弱さと愚かさは、お前という強大な力の存在を許しはしない」

「それは・・・」

「そこでだ、我に勝った褒美をお前達にくれてやろう」

「いらん。魔王から施しを受けるいわれはない」

「まあそう言うな。先程も言っただろう?我は強き者を好むと。悪いようにはせぬ。その褒美とは、『世界』だ」

「魔王になどならぬと言ったはずだがな?世界がほしいなんて考えたこともない。お前の首を、王都に晒す事がなによりの褒美だ。もう話すことなどない。さらばだ魔王」

そう告げて、勇者は剣を振り下ろそうとした。

だが、魔王の次の言葉で、その手は止まることになった。

「誰がこの世界の事だと言った?」

怪訝そうな表情で手を止めた勇者が尋ねる。

「どういう事だ?何を言っている?」

魔王は、魔王らしからぬ笑みを浮かべて問うた。

「この世界には、重なり合い、隣り合う、幾つもの異世界があることを知っているか?」

勇者は背後の様子を窺ったが、二人の仲間は、困惑しているようだった。

「知らん。聞いたことがない。それがなんの関係がある」

「その世界の中の一つには、魔物も魔術も存在しない。人間同士のいさかいはあるようだが、基本的には、平和ボケした温い世界がある。我が、この世界を滅ぼした後に攻め込もうと思っていたのだがな・・・。それも叶わなくなった。だからお前にくれてやろう。好きにするが良い。お前の力で征服するもよし。力を隠して静かに暮らすもよし。自由に使え」

勇者は混乱した。そして迷った。魔王の言うことは、信用できない。だが平和な世界で、静かに暮らすという提案は、この上なく魅力的に思えた。

暫しの沈黙の後。

「・・・それは本当か?本当にそんなことが可能なのか?」

「ククッ・・・嘘など言わぬさ。後ろの二人は、まったく信じておらぬようだがな」

「当たり前だ!魔王の言葉などが信じられるものか!」

「そうだ!騙されるな!早く止めをさしてしまえ!」

二人の仲間はそう叫ぶ。

(それが普通だろうな・・・本来なら魔王の言葉など一蹴して、即、首を切り落とすべきだろう。だが・・・)

「少し、時間をくれ。仲間と相談させてほしい」

勇者の言葉に、仲間の二人は驚きを隠せなかった。

「何を馬鹿なことを言っているの!?」

「考えることなど無い!早く止めを刺せ!」

魔王は応える。

「今更だが、我が命はそう長くは持たんぞ?早々に決断するのだな」

「これだけ長々としゃべっておいて、本当に今更だな。まぁすぐに決めるさ」

苦笑しながら仲間の下へ向かい、問いかけた。

「ドルカス、レイン、お前らはどうする?」

ドルカスと呼ばれたドワーフの男は答えた。

「俺には魔王の言葉は信じられない。それに、ここに辿り着くまでに死んじまったヤツらも弔ってやらないといけないしな。」

レインと呼ばれたエルフの女性も、同じ答えだった。

「そうね・・・ドルカスと同じ考えなのが癪だけど、私も行くことはできないわ」

「そうか・・・仕方ないよな。それが正しいと思うよ・・・それじゃみんなの弔いと、魔王討伐の報告は任せた。俺のことは、魔王と相打ちだったと伝えてくれ。ついでに、これを持っていけ。遺品とでも言えば少しは信憑性も増す・・・かもしれないしな」

自らの相棒である、『聖剣ゼシス』をレインに手渡した。

二人はすでに悟っていたのか、数瞬の後、諦めの表情を浮かべてため息をついていた。

「おまえさんは、もう決めちまったんだろう?テコでも動かないのはわかってることだしな。賛同はできそうにないが」

「ああ。お前らには悪いと思っているよ。けど俺にはもう何も残ってないから・・・だから、もし罠だったとしても後悔はしないさ。後のことはよろしく頼む」

「馬鹿ね」

「知ってるよ」

ドルカスの表情はいつも通り、しかめっ面のまま。そしてレインは笑顔で。

「いってこい」「いってらっしゃい」そう送り出してくれた。

「ありがとう、行ってくるよ」

たとえ罠だったとしても、この二人なら間違いなく魔王に引導を渡してくれるだろう。後顧の憂いはない。

ドルカスとレインに背を向け、心の中でもう一度、礼を言いながら歩き出す。

「待たせたな」

「どうやら決意はできたようだが、準備はいいのか?」

「ああ、問題ない。すぐにでも始めてくれ」

「わかった。すぐに始めよう」

そう答えるや否や、倒れ伏していた魔王がゆるりと立ち上がり、自らの胸を、右手で勢いよく貫いた。

「なっ!?」

勇者は、驚愕に目を見開く。

動転している勇者を他所に、胸から引き抜かれた手には、脈打つ黒い心臓が握られていた。

「知っての通り、心臓とは魔力の源だ。その力を暴走させ、異界への扉を無理やりこじ開ける。本来であれば、三つの心臓の魔力を使って扉を開き、余裕をもってその維持もできたのだがな。お前たちに二つ潰されてしまったために最後の一つ。扉を維持できるのは、数十秒程度だろう。入り遅れるなよ?」

「ああ」

「では行くぞ」

魔王は、そう答えながら、手に持った心臓を握りつぶした。すると禍々しく、強大な魔力が溢れ出し空間の一点に集中していく。

やがて点は広がり、先の見えぬ闇のような穴が人ひとり通れる分の大きさに開いていた。

「行け。そして精々平和の中で腐っていくがいい」

足元から灰となって崩れ去りながら皮肉を言うとは、良い根性をしている。

「お前・・・」

「最後の心臓を使ったのだから当然のことだ。どのみち、お前達に敗れたのだ。敵に討たれるのも、自ら命を絶つのも、大差はなかろう。ほらさっさと行け」

「ああわかったよ。向こうに行ったら、説明とおしゃべりの好きな人間臭い魔王がいたって言いふらしてやるからな」

「ぬかせ」

「じゃあな・・・魔王ファルス」

「さらばだ、勇者ベイル」


別れを告げ、扉をくぐる。



剣と魔法の世界フォルバウムから旅立つベイルが、最後に見たものは、

こちらを見守る二人の仲間と、ニヤリと笑いながら消えていく宿敵の姿だった。

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