ランク1

街の中心部にある研究所にほど近い場所に位置するハンターギルドレリッツ支部。

レインのハンター登録のため、研究所から放射状に延びる真っ白な道を、二人と一匹は馬の並足程度の速度で進んでいた。

真っ白な双頭の犬の背に揺られながら。

長く伸びた二本の尻尾は刀護とレインの胴に巻き付いてしっかりと自らの背に固定し、その柔らかな毛並みも相まって、快適な乗り心地を実現している。

「王都にコイツが売られていたらどんなに旅が楽しくなっていたか・・・」

下手をすれば自分を餌としか見ていない生意気な爬虫類を思い出しながら刀護はぼやいた。

「この子は世界中のどこにも売ってないわよ?先生の研究を引き継いで10年位前に私が生み出した魔法生物ですもの。地下で見せた不定形型の試作三号に当たるわね」

「へぇ、アレの兄弟なんですね。似ても似つきませんけど・・・ちなみに名前はあるんですか?」

ふわふわした尻尾をなでながら問う。

「もちろんあるわよ。この子の名前は『フェルトグラーク』って言うの。先生が残してくれた名前なのよ。先生には申し訳ないんだけどちょっと呼びにくいから普段はフェルトって呼んでるわ」

「わかりました。フェルト、よろしくな。俺はトウゴだ」

刀護の挨拶にならって由羅と宗角も自己紹介をすませる。

するとフェルトは了解したとでも言わんばかりに一声鳴くと尻尾の先で刀護の顔を撫で始めた。

「随分とフェルトに気に入られたみたいね?何かあったの?」

意外そうな顔で振り向きながらレインは言った。

初対面から妙に刀護に懐いていたフェルトの姿を思い出しながら由羅が答えた。

「特に何があったわけではないと思うのじゃがのう・・・」

「私も特に思い当たりませんね」

宗角の言葉に刀護も頷いた。

「自分もよくわかりません。強いて言うなら、自分は犬好きだからですかね?フェルトは利口だし可愛いし格好いいですよ」

緩みきった顔でフェルトの腹を撫でる刀護。

「何よそれ?まあ仲良くしてくれる分には一向に構わないわ。もちろん旅にも連れて行くことになるから、これからもこの子の事よろしく頼むわね」

レインは笑いながら答えた。




フェルトの毛並みを堪能していると、いつの間にか目的地付近に到着したらしく、レインから声がかかった。

「さて、と、着いたわよ。フェルトもいつまでもトウゴと遊んでないでさっさと離してあげなさい」

レインの声に名残惜しそうに尾の固定を解くと今度は左の腕にくるりと巻き付いた。

「・・・仕方ないわね・・・もうそれで我慢してあげるからそんな切なそうな顔しないの!ほら行くわよ!」

刀護も苦笑しながらフェルトの背から降りるとレインについてギルドの中へと入って行った。

「いらっしゃいませレイン様。ようこそお越しくださいました」

開け放たれていたギルドの入り口のドアをくぐり、数歩も歩かぬ内におおよそ見える範囲全てのギルド職員が立ち上がりレインの来訪を歓迎した。

「ほう・・・これは中々すごいものじゃのう」

「そうだな・・・やっぱりレインさんってすごい人なんだな・・・」

「職員のみなさんからの敬意を感じますね」

職員や刀護達の反応を見て苦笑いするレイン。

「そんな大したものじゃないわよ。殆どが先生の功績なんだから・・・」

「それだけじゃこんな反応はされないと思いますよ」

刀護は思ったことを素直に伝えた。

「みんな買いかぶってるだけよ」

そう言いながら、手近なカウンターの前に立つ。

するとカウンター内にいた受付嬢が目礼をしながらスルリと後ろに下がり、すぐ脇に控えていた中年男性がその場所へ収まる。

「いらっしゃいませレイン様。本日も素材調達の御依頼でしょうか?」

まるでレイン専用のマニュアルでもあるかのような笑顔の対応に刀護は日本のサービス業を思い出していた。

「今日は違うのよギルドマスターパークス。私と、この子のハンター登録をお願いしようと思って来たの」

そう言いながら、フェルトの頭を一撫でした。

その言葉に、ハンターギルドレリッツ支部は数秒間、完全な沈黙に包まれた。

職員も、その場に居合わせた歴戦のハンター達も誰一人会話はおろか身じろぎすらしなかった。

呼吸すら忘れていたパークスは、絞り出すかのように今しがた聞いた言葉を確認する。

「申し訳ありません・・・ハンター登録と聞こえたのですが間違いありませんか?」

「そうよ?何かいけなかったかしら?」

その瞬間、ギルド内は驚きの声で溢れかえった。

「いえいえいえいえ!その様なことはありませんとも!レイン様がハンターギルドに所属して頂ける事、心より歓迎いたします!早速登録の準備をさせて頂きますので、その間、奥の応接室でおくつろぎ下さい」

そう言って、パークス自らがレインを応接室へと案内しようとした。

だがレインは、パークスの対応をきっぱりと断った。

「最近のハンターは随分と待遇が良くなったのね?誰にでもこんな好待遇なのかしら?そうでないのなら私も普段通りに迎えてほしいのだけれど、だめかしら?」

レインの性格をよく知っているのであろうパークスは、一切食い下がろうとせず先程入れ替わった受付嬢に一声かけるとレインへと非礼を詫びそのまま自室へと戻って行った。

「それではこちらの書類に必要事項を書き込んでください。猟犬登録の書類はこちらになります。両登録に関してご質問はございますか?」

先程とは打って変わって事務的な口調になった受付嬢の対応に満足しつつ質問はないと答えるレイン。

スラスラと必要事項を記入し提出。タグが出来上がるまでの間に猟犬として登録されたフェルトの猟犬の証たる首輪を選ぶために別室へ案内されていた。

「レインさん、猟犬ってなんですか?それに首輪って・・・」

妙に物々しい単語を不安に思った刀護はレインへ質問した。

「そんな大した事じゃないわ。フェルトの事を思ってくれてるのはわかるけど、別に取って食うわけじゃないわよ。この子の身分証明みたいなものね。戦闘能力を持った魔獣を猟犬登録しないで外に連れ出したりしたら、いつ攻撃を受けても文句は言えないもの。逆にきちんと登録を済ませて首輪を着けている魔獣を理由もなく攻撃したら罪に問われることになるわ」

「そうだったんですね・・・よかった」

安堵の表情で腕に巻き付いたままの尻尾を撫でる。

「ちなみに、フェルトはたまたま犬型だったけど、竜だろうと鳥だろうと呼び方は猟犬よ。あまり気にしないことね」

「そういうものなんですね」

「そういうものなのよ」

そんな話をしている間に、フェルトに合うであろうサイズの首輪がテーブルに五つ並べられていた。

「お好きな品をお選びください。色が違うだけで素材やデザインはまったく同じ物ですが」

左から白、黒、赤、黄、青と並んだ首輪を、レインは特に考えもせず黒と赤を選んでフェルトの首へと取り付けた。

「どうせこれで良かったんでしょ?」

そんな主の言葉に至極ご満悦なフェルトは首輪を見せつけるように刀護の周囲をくるくると回り満足そうに一声吠えた。

「お揃いじゃな。良かったのうフェルト」

「微笑ましくていいじゃないですか」

すでに誰が主かわからなくなってしまったフェルトの首輪を選び終えロビーへと戻ってくると、丁度レインのハンタータグが出来上がったところだった。

カウンターでタグを受け取ると、早速、今から仕事を受けると言うレイン。

「随分と急ぐのじゃのう?もう昼近くじゃぞ?」

由羅の疑問にレインは答えた。

「トウゴに貰った血を調べるのに大体5日間くらいかかるの。その間は待つことしかできないから、空いた5日の間にランク1のノルマを終わらせてしまおうと思ってね」

「ランク1のノルマ・・・ですか?」

と、今度は宗角が尋ねた。

「トウゴもエッジもハンター登録しているんでしょ?その辺りの説明は受けていないの?」

そんなレインの疑問に申し訳なさそうに刀護が答えた。

「それが、あれよあれよという間に気がついたらなっていたという感じだったので・・・それにまだ依頼を受けたこともないですし」

「そう言うレインは随分と詳しいようじゃのう?お主、ハンターになったことはないのであろう?」

二人の言葉を受けレインは少し恥ずかしそうに言った。

「私これでも一応、人に物を教える立場なの・・・そこそこ勉強はしていたりするのよ?魔導士ギルドの幹部なんてのも押し付けられてるし。仕事なんて研究くらいしかやってないけどね」

「レインさんってやっぱりすごい人じゃないですか」

「ファルゼン先生の弟子って立場じゃなければこんなことにはなってないわよ。全ては先生の偉大さよね。そんなことよりノルマについて説明してあげるわ。聞いておきたいんでしょ?」

「すみません。よろしくお願いします」

軽く頷いたレインは説明を始める。

「本当ならそこのカウンターで聞けばいい話なんだけどね。ノルマっていうのは、次のランクに昇格するための試験を受けるのに必要な依頼の成功数のことよ。ランク1から2に上がるためには5回依頼をこなさないといけないわ」

「なるほど・・・ちなみに試験っていうのはどんなことをするんですか?」

「ランク1から2に上がるためにはある程度の戦闘技術の有無を見られるの。まあ私もトウゴも大丈夫だと思うわよ?」

「レインさんがダメなら殆どのハンターはランク1から抜けられませんよ」

「褒めたって何も出ないわよ。とにかくあまり時間もないしさっさと依頼をこなしましょう。暗くなる前には終わらせたいしね」

そう言ってトウゴの手を引くとランク1専用の依頼が張り出された掲示板へと歩き出した。



「見事に雑用事しかありませんね・・・」

掲示板に張り出された依頼は、庭の草むしりや荷物運び、果ては食堂の給仕や皿洗いなどおよそハンターの名に相応しいとは思えない内容だった。

「当たり前じゃない。ランク1ってのは戦闘の腕前以前に人間性とか社会性を試すためのものなんだから。強い力を持っていても最低限人間らしく振舞えないようなやからには高ランクの重要な依頼なんて任せられないもの」

「なるほど、理にかなっていますね。雑用もこなせないような忍耐では信用なんてされませんし。クリスベルンのギルドマスターも信用第一みたいなこと言ってたらしいです」

当時は言葉がわからなかったので父からうけた説明を思い出していた。

「そういうことよ。・・・よし、これにしましょう。二人で頑張ればすぐにでも終わるわよ」

レインが選んだ依頼は、高齢者宅の庭の草むしりだった。

「これなら得意です。自分は農家の子ですから」

「そう?それは頼もしいわね。それじゃ行きましょうか」

掲示板から依頼書を剥がしカウンターへと持っていく。

正式に依頼を受理し、途中で軽い昼食をとった後、すぐに依頼者の家へと向かうのだった。

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