はんたーのおしごと

「理不尽だわ」

すでに何度目になったかわからないため息をついたレインは、年寄り臭く腰を叩きながら空を見上げた。

本来であれば、魔法や身体強化を使って短時間で楽に仕事を終わらせるつもりだった。

しかし、依頼主の要望で魔力のたぐいを使用してはいけないという制約が付き地道に手作業で草をむしるという、慣れない人間には過酷な仕事となったわけである。

勿論、依頼書には魔法の使用禁止などとは一切書かれていなかった。そのためレインは、依頼主へと食って掛かったが、家の中に魔力に敏感な魔法薬があり、下手に魔力に触れると薬が変質するためと一切取り合ってもらえなかった。

大変わかりやすい嘘であると刀護は思った。多分これもハンターの人格を見るための試験なのだろうと。

「地球の企業にもこんな入社試験とかありそうじゃな」

「ありそうですね、本当に」

ドラマや雑誌、更にはネットまで香奈と共に見ていた由羅と宗角は地球の企業の理不尽さを良く知っている。

体育会系の刀護は常日頃から上級生という神の声とつきあってきたため、この程度は理不尽の内にも入らない。ただ黙々と草をむしり続け、開始1時間で腰あたりの高さの草の山を三つ積み上げていた。

「レインさんはゆっくりと休んでいて下さい。この程度の仕事なら自分一人で十分です」

夕暮れには作業が終わる算段がついたので、刀護は不平不満を述べるレインを休ませることにした。

だが、自分より圧倒的に年下の刀護にそんなことを言われては大人としては立つ瀬がない。

奮起したレインと共に予定よりもずっと早く草むしりを完了させた。

「ご苦労さん。これ、依頼完了の証明書ね。助かったよ、ありがとう」

書類をレインに手渡した依頼主はそう言って、家の中へと入って行った。

「まさかこんなことになるとは考えていなかったわ・・・」

「自分は、なんとなくこれから先の仕事内容がわかりました」

「楽はさせてもらえなさそうじゃのう」

「ですが、それでこそ人となりがわかるというものなのでしょうね」

魔力を使い凄まじい身体能力や戦闘力を有するフォルバウムの住人にとって、もしかしたらランク1とは最もつらい期間なのかもしれないと刀護は思った。




「こんなにくたびれたのは25年ぶりよ・・・早くお風呂に入りたいわ・・・」

研究ばかりで鈍っていたレインには、久しぶりの肉体労働である。回復魔法が無ければ明日の筋肉痛は確実であろう。

フェルトの背に乗ってまだ日も高い内にギルドに戻ってきた刀護達は、早々に報告を済ませ家に帰って一風呂浴びようなどと考えていた。

だが、物事とは上手くいかないのが常である。

「申し訳ありませんが、依頼の達成はレイン様お一人になります。トウゴさんには適用されません」

受付嬢からの言葉は非情だった。

「はぁっ!?何でよ!?この依頼書にはちゃんと複数名でも可って書いてあるじゃない!」

「はい、その通りです。ですが、レイン様とトウゴさんはパーティを組んでいらっしゃいませんよね?レイン様の手前、特例を認めたいのは山々ですが、ギルドマスターから特別扱いはしないようにと厳命されております。申し訳ありませんがトウゴさんの依頼達成を認めるわけにはまいりません」

完全にレインの落ち度だった。

ぐうの音も出ないほど完全に論破されたレインはがっくりと肩を落とす。

「うぅ・・・ごめんねトウゴ・・・あんなに偉そうに講釈垂れていたのに情けないわ・・・」

しょぼんとうなだれて小さくなってしまったレインを見て、刀護は怒りなどとは程遠い事を考えていた。

(しょんぼりしてるレインさん、かわいいなぁ・・・)

「刀護よ、何やら良からぬことを考えてはおらぬか?」

由羅から鋭いつっこみが入る。

「い、いや、そんなことはないぞ!?レインさんも元気を出してください。失敗しない人なんていませんよ。そもそも自分がしっかりとギルドについて学んでいなかったのが悪いんです。依頼の一つくらいすぐに取り戻せますよ。まずは今回の失敗の原因をなんとかする所から始めましょう」

弟子に慰められしょんぼり度が増してしまうレインだったが、刀護の提案はもっともだと考え気持ちを切り替えることにした。

「そうね・・・トウゴはしっかりしてるわね・・・次は失敗しないから許してね?それじゃ、パーティ登録を済ませましょうか」

一部始終を見ていた受付嬢は、しっかりと書類の準備を終えていた。

「こちらがパーティの申請書です。パーティ名と所属者の名前をご記入ください」

書類を受け取ったレインは、自分と刀護、そして猟犬であるフェルトの名を記入したところでペンが止まった。

「パーティ名はどうする?何か案はあるかしら」

ネーミングセンスが何周回っても流行に辿り着かない凪森の一族には酷な質問だった。

固まってしまった刀護と由羅に代わり宗角が口を開く。

「レインさん、この国の代表的なパーティの名を教えてもらっても構いませんか?」

「別にいいけど・・・そうね、最近のはよくわからないけど、私達が旅をしていた頃に有名だったパーティの名前なら」

「それでお願いします」

何とか自らのパーティ名の参考にしようと固唾を呑んで見守る刀護達。

しかし、異世界フォルバウムは刀護達の予想を遥かに上回る世界だった。


「特に活躍していたのは『漆黒の翼』かし「「「ぶふぉっ!」」」えっ!?何っ!?」


三人はこらえられなかった。

この世界のセンスは薄々わかってはいたがド直球の中二病全開、役満で満塁ホームランである。

「そうきましたか・・・」

「わかってはいたんじゃがのう・・・」

刀護は未だ肩をピクピクと痙攣させて復帰できていない。

「私、何かおかしなこと言ったかしら」

「いえ、そういうわけではないんですが、その名には色々と思い当たる節があるとしか。刀護君のことは気にせず他の名も聞かせてもらえるとありがたいです」

「そ、そうなの?よくわからないけどまあいいわ。他には『炎竜の牙』とか『白銀の神槍』辺りかしら。後は『月光の騎士』ってのもいたわね」

見事にそれらしい名前が出そろい存在しないはずの頭痛を覚える宗角。

「他には何かありませんか?少し毛色の違う名前と言いますか・・・」

そんな問いに首をひねるレイン。

「毛色の違う名前・・・うーん・・・あっ、共通語でもエルフ語でもないから意味の分からないパーティ名はあったわね。たしかケシャールなんとかって言ったはずだけど・・・」

「『ケシャールマフロン』ですレイン様。申し訳ありませんが私も意味までは存じておりません」

受付嬢が助け舟を出してくれた。

「あら、ありがとう。とりあえず私が思い当たる有名どころはそんな感じよ。参考になった?」

「ええ、ありがとうございました。ちなみにレインさんからは何か案はありませんか?」

レインのセンスが気になった宗角はレインにも意見を求めてみた。

するとレインは、小声で刀護に耳打ちした。

「私は、あなた達の世界の言葉・・・・・・・・・・で何か素敵な名前をつけてほしいと考えてるわ。よろしく頼むわね」

耳元から顔を離し、にっこりと笑うレイン。

その笑顔に報いるために、刀護と由羅は早々に考えるのを諦めた・・・・・・・・・・・

「カクさんだけが頼りです」

「後は任せたぞ宗角よ」

「大丈夫ですよ。最初から期待はしていません」

なにげに毒を吐きながら宗角は考えを巡らせ・・・1分ほども経った頃、ようやく口を開いた。

「そうですね、こちらの流儀にも合わせつつ我らの国の言葉で考えてみました」

「楽しみだわ、早く聞かせてよ」

「勿体ぶるな宗角よ。早う披露せい、儂が笑ってやろう」

「そう急かさないで下さいよ。なんだか恥ずかしいじゃないですか。・・・それでは改めまして。私が考えたパーティ名は『フツカムイ』です。私達の国の剣の神と私達の住まう土地から名前をいただきました。込めた意味は『三千世界に斬れぬものなし』と言ったところでしょうか」

「へぇ・・・中々素敵だと私は思うわよ?」

「剣神、若しくは剣神の住まう場所か・・・中二じゃのう。しかも神と仏がごちゃ混ぜときておる」

すでに全てを諦めていた刀護には何も口出しすることはできなかった。

「私に異論はないわ。みんなもそれでいいかしら?」

「自分は全て任せていますので」

「儂も同じくじゃ」

「やっぱり照れますね・・・」

やっとのことで決まった名前を書類に書き込むと晴れて二人はパーティと認められた。




雀の涙ほどの報酬をもらい、家路につく二人。

そこでレインは思い出したように言った。

「あっ、普段あの家で家事なんてしないから食材が全く無いわ・・・よしっ、トウゴ、これからお買い物に行くわよ!この街の市場はまだ見た事なかったでしょ?こんな時間でもまだまだ店は開いているはずだから急いで行きましょう。今日はお詫びも兼ねて私が腕によりをかけて作ってあげるわよ!」

レインのありがたい言葉に、食べることには人一倍興味のある刀護の瞳はキラキラと輝いた。

「是非!すぐに行きましょう!楽しみだなぁ・・・」

何せ母と祖母以外の女性が手ずから作ってくれる料理である。

しかもそれが美しい女性であるのなら刀護が喜ばない理由など何もない。

嬉々として二人を背に乗せたフェルトに揺られて一路市場へと向かうのだった。



フェルトが立ち止まった場所は、いかにもという様な露店が立ち並ぶテレビの中で見たことのある異国の市場そのものだった。

「おぉ・・・何だか感動です・・・」

「何を大げさな・・・ほら、感動してないで行くわよ」

「そういえば、買い出しは全て親父に任せていたから、こういう場所での買い物は初めてです。ちょっと楽しくなってきました」

もうすぐ夕方という時間のわりに予想以上の賑わいを見せる市場には、これまた予想以上の品ぞろえで刀護を迎え入れてくれた。

「そっちの国には市場はないの?じゃあどうやって食材なんかを買っていたのかしら」

レインの問いに、早くも懐かしく感じてしまう故郷を思い出す。

「そうですね・・・家に設置してある魔道具を使って食材を選んだら店が配達してくれたりとか、大きな建物にいくつもの店が間借りしていて一軒だけで全てがまかなえたりとか」

「なにそれすごい・・・こっちでもできないかしら?」

「クリスベルンにはありましたよ?もっとも、武具屋さんでしたけど。見上げるほどの大きな建物に見渡す限りの武器防具。あれは壮観でした」

「そんなのができてたのね・・・知らなかったわ」

「親父も知らなかったって言ってました」

食材を選びながら地球の話に花を咲かせる刀護とレイン。

そんな二人にそこかしこの店から声がかかった。

「こんにちはレイン様。こちらにお越しになるなんて珍しいですね?お買い物ですか?」

「レイン様、安くしときますよ?今日は良い野菜が入ってるんですよ」

「そんな馬鹿野郎の店よりこっちのほうが良いですよ!どうぞ見て行ってください!」

笑顔で話しかけてくる店主達に笑顔で手を振り返すレイン。

「なんだかアイドルのようじゃのう・・・」

「実際、人気があるのでしょうね。悪意が少しも感じられません。ファルゼンさんの功績もあるのでしょうが、やはりレインさんの努力の賜物たまものでしょう」

大勢の人の笑顔に囲まれ、いつの間にか両手に溢れるほどの荷物を抱えていたレインを、刀護は一歩離れて眺めることしかできなかった。

しかし。

「眺めてないで手伝いなさい!ほら!これ持って!」

「す、すみませんでしたっ!」



大きな荷物を抱え家に辿り着いた二人は、早速晩餐の準備に取り掛かる。

詫びも兼ねてレインが一人で作ると言ってはいたのだが、こちらの世界の料理や食材に興味があった刀護は無理を言って手伝わせてもらうことにした。

刀護も家事全般にそれなりに自信はあったが、レインの調理の手際はそんな刀護から見ても素晴らしいものだった。

どうしてこれが普段に活かされないのか、非常に残念に思った。

見知った食材と、未知の食材を組み合わせ、料理はどんどん完成していく。

果たして食べきれるのか?と首を傾げる程の量で。

「これって、フェルトの分もあるってことですよね?もの凄い量ですけど・・・」

「違うわよ?フェルトは魔法生物だもの。基本的には大気中のマナだけで十分生きていけるわ。戦闘なんかで魔力を激しく消費しない限りは外からの魔力の摂取は必要ないわね」

「そ、それでは・・・」

「当たり前じゃない。私とあなたで食べるの。たくさん食べないと強くなれないわよ?」

確かに腹は減っている。

どこかの偉い人も限界とは超えるためにあると言っていた気がする。

明らかに自らの胃の容量を超えた料理の量ではあるが、レインが自分のために作ってくれた品である。

味見をした限りではどれも絶品だった。相手にとって不足はない。

覚悟を決め食卓に着き父が残していってくれた箸を握りしめ、叫んだ。

「いただきます!」


一時間後

腹を大きく膨らませ、物言わぬ屍と化し床へと転がる刀護。

そんな刀護の小山のような腹を優しく尻尾で撫でるフェルト。

「無様じゃのう」

「肥満には気をつけて下さいね」


ちなみに、レインは刀護よりも遥かに多くの料理を腹に納めたにも関わらず、何食わぬ顔で入浴を楽しんでいた。

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