師と弟子と

「今日の営業はこれでおしまいだ。ご苦労さんだったな。こいつが依頼完了の証明書だよ。持っていきな」

最初の依頼をこなしてから5日目。

一つの依頼に必ず一回は不測の事態が起こるという大変わかりやすいシステムにも慣れ自然と対処することができるようになっていた。

早朝から昼過ぎまで荷物運びの仕事をし、それが終わった後、夕方から深夜まで酒場での給仕役である。

初日に依頼の達成をできなかった刀護は5日目に二つの依頼を掛け持ちすることでランク1のノルマを終わらせたのだった。

いつも通りフェルトに乗っての帰り道、レインは刀護に労いの言葉をかけた。

「お疲れ様、トウゴ。これでランク1の依頼は終了よ。後は試験だけね」

「はい、お疲れ様でしたレインさん。でもわざわざ手伝ってくれなくても良かったんですよ?自分は気にしていませんし」

初日のミスに責任を感じたレインは、ノルマより一回多い六回目の依頼にも自らついてきたのだった。

「いいのよ。私も途中からちょっとだけ楽しくなってきていたしね。やっぱり人間、たまには外に出ないとダメね・・・自分が如何いかに錆びついていたか実感したわ」

鈍りに鈍っていたレインの体は草むしりで音を上げるほどだったが、やはり地力が違うのだろう。あっという間に順応して力仕事も楽々とこなすようになっていた。

「でも、明日からはまた研究所にこもるんですよね?」

「うーん・・・まだわからないわ。もうそろそろ結果も出ている頃だろうから、帰ってからのお楽しみね。成功なら引き籠り生活に逆戻りかな。失敗なら出来るだけ早くに街を出ようと考えているわ」

「了解しました。そういえば、成功した場合の自分の処遇はどうなるんですか?このまま依頼をこなし続けても構いませんけど」

「それに関してはちゃんと考えてあるから大丈夫。まずは実験の結果次第ね」

勿体ぶるようなレインの言葉に由羅がかみついた。

「隠すような事でもあるまい?刀護にも心の準備が必要じゃろう。ほれ、さっさと話せ」

「ん~・・・そうね。それじゃ、もし成功だった場合の明日からの予定だけど、トウゴには魔法学校に通ってもらおうと考えているの」

「はい?」

「お主は何を言っておるのじゃ?」

「詳しく聞かせてもらえますか?」

レインの言葉に、三人は驚きを隠せなかった。

「もうすぐ家に着くから、後は実験結果を確認してから話してあげるわよ。時間は取らせないからリビングで待っていてね」

程なく自宅へと到着すると、レインはさっさと一人地下へと降りて行ってしまった。

取り残された刀護達は指示に従いリビングのソファでレインの帰りを待つことにした。

「もし成功していたら明日からは魔法学校か・・・どう思う?」

刀護は由羅と宗角の意見を聞いてみることにした。

「儂は正直、興味があるのう。一度は中に入ってみたいと思っておった」

「私も同感ですね。魔法という異界の術式体系を学んでみるのも悪くない。それにレインさんがただ自分の手が空かなくなるからなどという理由で入学を勧めるとは思えません。きっと何かがあるのでしょう。でもまあすぐにわかる事ですし、そもそも失敗していたらすぐに出発と仰っていましたからね」

どこまでも前向きな二人の意見を聞いて刀護も腹をくくることにした。

「そうだな・・・俺みたいな馬鹿が悩んでも疲れるだけだ。大人しくレインさんについていくことにするよ」

「それが良いでしょう。我々のような考えなしが何人集まったところで賢い人にはかないませんからね」

「レインが賢いとは儂には思えんのじゃがのう・・・アヤツは儂らと同じ匂いがするコチラ側・・・・の人間じゃな」

「類は友を呼ぶということですかね」

「儂はお利口さんよりも、まっすぐな馬鹿の方が好みじゃ。小賢しさなぞ力でねじ伏せればよい」

「はっはっは!さすが姫様。御意にございます」

「そうだな・・・俺が生きて地球に帰るためには力をつけるしかないわけだし、強くなればある程度の事はどうとでもなるんじゃないかなきっと」

不毛すぎる脳筋の会話が一段落したところで、怒りに顔を引きつらせたレインが地下から戻ってきた。

「どうしたのじゃ?実験が失敗でもしたのか?」

そんな由羅の問いかけに、拳をプルプルと震わせながらレインが答えた。

「アンタらね!人がいないからって好き勝手言いすぎよ!誰が考えなしの馬鹿なのよ!コレ・・が作動したままなんだからアンタらの会話なんて筒抜けなのよ!」

そう言って自らの送言具を指で弾いた。

「そういえばそうじゃったのう。忘れておったわ。じゃが似た者同士と言う事で仲良くなれるのではないかの?良かった良かった」

「ああっ!もう!・・・まあいいわ、そんなことより実験の結果なんだけどね?」

怒りを飲み込みながらレインは話を元に戻した。

「なんとも微妙な結果だったわ。成功であり失敗でもあるって所かしらね」

「詳しく聞いても?」

宗角が尋ねる。

「ええ。まず成功の部分だけれど、魔力の容量を大きく上げることができるというのが分かったわ。それもとんでもなく大きくね」

「よくわかりませんが、それは良い事なのでは?」

今度は刀護が尋ねた。

「それだけ見ればね・・・で、何が失敗かというと、トウゴと同じ状態なのよ。大きくなりすぎて制御ができないの。もしかしたら約束した一か月では終わらないかもしれない」

そんな言葉に由羅が口を開いた。

「具体的にはどのくらいかかるのじゃ?それがわからんと儂らとしては何とも言えんのじゃが」

レインは申し訳なさそうに答えた。

「ごめんなさい・・・実際に手をつけてみないとわからないのよ。もしかしたら早く終わる可能性もあるわ。できるだけの努力はしてみるつもりだから、それで勘弁してもらえないかしら・・・」

そんなレインに刀護が声をかけた。

「レインさんが謝らないで下さい。元はといえば自分たちが無理矢理押し掛けたわけですから。それに魔法学園で学べることも沢山あるでしょうし、自分に何か時間制限があるわけでもありません。ですから気にせず研究を完了させてください」

無神経なかつての仲間の子供とは思えない優しい言葉に感動し涙ぐむレイン。

「刀護君はなんだかんだで女性への扱いを心得ていますね」

「非情に不愉快じゃ!」



刀護に元気づけられ復活したレインは明日からの予定を話し始めた。

「話を戻すわよ。予定通りトウゴには明日から魔法学校に通ってもらう」

「それはさっき聞いたのじゃ。早うその続きを話せ」

由羅に促されレインは言葉を続ける。

「わかってるわよ。魔法学校では、トウゴがこれからハンターとして仕事をしていく上で必要なことを学んでもらう予定よ。明日の朝までに先方には話を通しておくから心配いらないわ。別に本格的に入学して他の生徒と一緒に魔法のお勉強をするわけではないから手続き的には簡単なものよ。ちょっと職権乱用はしちゃうけどね」

「あっ、そうなんですか?また学生に逆戻りかと思ってましたよ」

刀護の言葉に、レインは不吉すぎる返答をする。

「当たり前でしょ?そんな楽な事なんてさせるわけないじゃない、馬鹿ね。ちゃんと特別メニューを用意してあげるから感謝しなさい」

地球にいた時にも大学に入るまで毎日のように味わっていた日課の鍛錬という名の地獄の特訓。

その際に見せる父の顔とレインの表情がダブって見えるた刀護は、顔をひきつらせながら感謝の言葉を述べるのだった。

「他には・・・そうね、すでにやってもらっている事だけど、トウゴは一応、私の弟子なのだから、私の身の回りの世話も重要な仕事なんだからね?朝起きたら家中の掃除と私の衣類の洗濯。朝食と昼食の作り置きをして、私を起こしてから出かけるのよ?あと、帰り道に必ず次の日の分の買い物をして帰ってくること。いい?たとえどんなことがあっても・・・・・・・・・・・・・毎日これをこなす事。できるかしら?」

中々に厳しい内容である。

「刀護はお主の召使ではないぞ?」

由羅が不快感もあらわに言い放った。

「・・・そうね。言い方が悪かったわ。一応なんて失礼よね。只今を以て正式にトウゴを弟子として迎えるわ。師に誠心誠意仕えるのも弟子の役目よ。少なくとも私はそうだった。嫌とは言わせないわ。いいわね?」

むしろ望むところである。素直にそう思った。

剣術馬鹿の刀護としては実力ある師に巡り合う事はこの上ない幸福である。

「勿論です師匠・・。これからもよろしくお願いします」

そんな決意に満ちた刀護の言葉に、師は満足してくれたようだった。





「師匠、起きてください!朝ですよ!師匠が起きてくれないとが遅刻しちゃいますよ!」

正式にレインの弟子になった刀護は、更なる礼節を以てレインへと接しようと考えていたが、レインからの要望は逆だった。

師弟になったのだから、もっと距離を詰めてこいと言うのだ。

いきなりフレンドリーに接することなど出来るわけがないので、せめてもの譲歩ということで、言葉遣いを少しだが崩すことにした。

レインは不服そうだがここは吞んでもらうしかない。譲れない物というのは誰にでもあるのだ。

「フェルト、頼めるか?」

いつの間にか刀護の寝床へと潜り込んでいたフェルトと共に早朝からの家事を済ませると、出発前の最大の仕事へと取り掛かることになったのだ。

自らの師に手をあげることは躊躇ためらわれたので、汚れ役をフェルトに押し付けることになってしまった。

だがフェルトは刀護に頼まれたのが嬉しかったらしく、張り切ってレインの枕元へと歩いていく。

(また叩き起こすのかな?)

そう考えていた刀護だったが、目の前で起こった出来事に開いた口がふさがらなかった。

眠っているレインの顔の前でフェルトが尻尾を一振りすると、20センチ程の水球が現れ顔全体を覆いつくしたのである。

「中々エグい事をするケダモノじゃのう」

「コントを見ているようですね」

当たり前だが呼吸が出来なくなったレインは、寝ぼけることすら許されず飛び起きた。

その瞬間、フェルトは跡形もなく水球を消滅させる。

「殺す気!?」

「フェルトを造ったのは大師匠と師匠ですよ。俺は悪くありません」

普通に起きないほうが悪いのである。刀護は居直ることにした。

「そ、それはそうだけど、もうちょっと普通に起こしてくれてもいいじゃない・・・」

「俺も結構頑張ったんですけどね。朝食はできていますから早めに食べてください。それでは俺は出かけてきます。研究所の東入り口でいいんですよね?」

「ええ、ちゃんと話はつけてあるわ。後は向こうの職員に従って動いて頂戴。いい?職員の指示は私の指示だと考えなさい」

レインの真面目な声に刀護の気持ちも引き締まった。

「わかりました。師匠の名に恥じないようにしっかりと学んできます」

「頑張ってきなさい。・・・そうだ、今晩はお魚が食べたいわ。買い物よろしく頼むわね」

「了解です!それでは行ってまいります!」

昨晩レインから渡された生活費の入った財布を大事に懐にしまうと、今晩の献立を考えながら魔法学校への道を急ぐのだった。

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