楽しい学生ライフ(後編)

学生生活2日目。怪我はすっかり治っていた。由羅には世話になりっぱなしだ。初日と同じように朝の仕事を済ませて出発。今日こそは師匠のために魚を買って帰ろうと誓う。

午前中の魔物の解体作業は相変わらずつらい。匂いも慣れそうにない。

午後の訓練は、先日よりも酷い罵倒を受けながらも少しだけ先日より長く意識を保つ。

今日も魚は買えなかった。


学生生活5日目。朝起きると、なんだかいつもより少し体が軽く感じる。気のせいだろうか?だが調子がいい。今度こそ魚を買って帰ろう。

午前中の仕事は、まだまだ慣れない。今日は素材になる部位を傷つけてしまいカノーサさんに怒られてしまった。次は気をつけよう。

仕事で失敗してへこんでいるとゴールズさんが形容しがたい色の飲み物を奢ってくれた。美味くはなかったが元気は出た。

午後の訓練は、日に日に意識を保っていられる時間が伸びている。今日は3時間ほど粘ったはずだ。しかしまだお使いは果たせていない。俺が気絶している間の買い物はフェルトがしていてくれたようだ。俺より賢いのではないだろうか。頭が上がらない。


学生生活9日目。体が軽く感じるのは気のせいではないようだ。何故だかは不明だが悪い事ではないだろう。今日こそはいけそうな予感がする。魚よ、待っていろ。

午前中の仕事は、体が軽くなるにつれて楽にはなっているが、匂いは相変わらずである。むしろきつくなったか?とにかくミスをしないように心掛けた。

午後の訓練は、なんと意識を保ったまま訓練を終えることに成功した。自分で自分を褒めてあげたい。悔しそうな馬鹿共の表情が心地いい。早速、魚を買いに行こう。


学生生活13日目。今日は師匠が徹夜をしていたようだ。起こす手間が省けるのはありがたいが、健康を害さないか心配だ。今晩は日本風の料理が食べたいとのこと。何を作ろうか?

午前中の仕事で、難しい部分も任せてもらえるようになった。タブレットPCで作業の動画を撮らせてもらい、それを繰り返し見た成果かもしれない。なお、姉が入れたであろうセーラー服がモチーフのコスチュームに身を包んだ美少女達が活躍するアニメには記憶容量を空けるために犠牲になってもらった。

午後の訓練は、ヤツらの必死さを感じた。10日目を過ぎた辺りから飛び交う魔法の威力と速度が上がってきている。剣の腕は相変わらずだが。とにかく油断をせず、回避と防御を最優先で安定した生存を目指す。早く魔力を感知できるようになりたい。今日は炭と鶏肉を買って焼き鳥にしよう。


学生生活20日目。師匠の研究は順調なようだ。予定通りにこの街を出発できると良いのだが。一週間前に食べた焼き鳥がもう一度食べたいとリクエストがあった。喜んでもらえて何よりだ。

午前中の仕事は、ついに中型の魔物を一頭捌けるようになった。まだまだ荒いところはあるがギリギリ合格点をいただけた。もっと精進しよう。

今日はゴールズさんが非番らしく、初めて一人で昼食をとった。というかゴールズさんもカノーサさんも働きすぎだと思う。労働基準法なんてこの世界にはないんだろうな。

午後の訓練は、魔力の感知を何となくだがつかめた気がする。まだ気がするだけであって不可視の魔法は完全には回避できない。だが格段の進歩だ。訓練を続けて良かった。しかし、ヤツらはこれだけ毎日のように俺を半殺しにし続けて飽きないのだろうか?謎だ。

市場で新鮮な卵が買えたのでつくねにも挑戦してみよう。


学生生活27日目。師匠が後少しの所で行き詰っている。目の下のクマが痛々しい。何か精のつくものを食べさせてあげたい。何が良いだろうか?

午前中の仕事は、大型の魔物に挑戦である。今までなら考えられなかった重量を片手で支えられるようになった。これは身体強化なのだろうか?しかし、まだ一人では捌ききれなかった。解体は奥が深い。

午後の訓練は、地べたを舐める回数がかなり少なくなった。最後の仕上げに向けて感覚を研ぎ澄ませる。反撃の日は近い。

市場でウナギのような魚を発見した。これで師匠が元気になってくれると良いのだが。


学生生活29日目。ベッドの上で満面の笑みを浮かべながら眠る師匠を見た。起こすのが躊躇ためらわれる。きっと研究が上手くいったのだろう。だがフェルトは非情だった。もう少し主に優しくしてあげて欲しい。

午前中の仕事は、引き続き大型の魔物である。今日こそは成功させて見せると意気込んではみたものの、世の中はそう甘くない。時間内に一人で作業を終わらせることが出来ず隣の台にいた先輩に手伝ってもらった。次こそは成功させたい。

いつも通りゴールズさんと食堂へ。初日以外はゴールズさんの食事代が経費で落ちるわけではないのに毎日付き合ってくれる。本当にありがたい。今日はなんと刺身を食べている人を見つけた。だが、醤油もワサビもない刺身など邪道である。衛生面も気になったので、今回は見送ることにした。

午後の訓練は、今日は休みである。所謂いわゆる、日曜日だ。ヤツらにとって今日が最後の休息日となるだろう。明日を震えて待つがいい。準備は万端だ。復讐の時が待ち遠しい。


そして学生生活最終日。

レインからは研究はもう2~3日かかると言われていたが、学校での生活は今日で最後と伝えられている。

朝の仕事を済ませ、レインを起こすために部屋へ向かう。しかし、徹夜明けというわけでもないのにレインは既に起きていた。

「おはようございます師匠」

「おはよう、トウゴ。学校も今日で最後ね。自分で言いだしておいてなんだけどあなたが無事で本当に良かったわ・・・まだまだだけど魔力の制御も身に付いてきてるようだし、訓練の成果はあったんじゃない?」

毎日詳細な報告を受けているレインとしても気が気ではなかった。何せレネンが止めなければ命を失っていた場面も何度かあったのだ。自分によく似た名前の優秀な教師に感謝せずにはいられない。

「毎日のように棺桶に片足をつっこんでいれば嫌でも身に付きますよ・・・死にたくないですからね。もっとも、俺一人ならとっくにこの世にいなかったでしょうけど」

刀護もレネンに助けられていることは気づいていた。

「うん、それがわかっているのなら大丈夫ね。今日は今までやられた分をやり返すんでしょ?あんなのでも一応貴族の端くれだから殺さないようには注意して頂戴。私からはそれだけ。そろそろ時間よ?気をつけて行ってらっしゃい」

「了解です。それでは行ってまいります」

(あの子は追い詰めたほうが効率が上がるようね・・・私がついていればもう少し無茶ができるかしら?とにかく今回の事は今後に生かそう)

レインは、いつもより大きな荷物を持ち研究所に向かって走っていく刀護の後ろ姿を見送りながら、彼が聞いたら震えあがりそうなことを考えていた。




急いだつもりはないのだが、予定よりかなり早く到着するようになった目的地でいつも通り守衛に挨拶すると、タグを確認してもらってから門をくぐる。

ゴールズには帰りに挨拶をするつもりだったのでそのまま解体所へ直行しようとしたが、刀護の姿をみつけた彼は、わざわざ小走りで詰め所から出てきた。

「なんだトウゴ。今日が最後だってのに俺への挨拶は無しか?冷たいやつだな」

言葉とは裏腹に豪快に笑いながら刀護の背中をバシバシと叩く。最初は痛いと感じていたが、いつの間にかそうでもなくなっていた。これも成長なのだろうか。

「違いますって。ゴールズさんや東門の衛兵の皆さんには帰りに挨拶をするつもりだったんですよ」

そう言いながら、背負っていた荷物から焼き菓子の詰め合わせを取り出した。

「皆さんにはお世話になりました。大したものではないので恐縮ですが、皆さんで召し上がってください」

日本人としては別れの挨拶はしっかりとしておきたいのである。ランク1の少ない報酬をレインに頼んで自分の分だけ借り受けるとその金で材料を買い、前日の内に世話になった人への感謝を込めて焼き菓子を作っておいたのだ。

女の子みたいとレインに笑われたが致し方ない。

なけなしの金も3割程消えてなくなってしまったが、どうしても自分が稼いだ金で感謝を伝えたかったのである。

「そうか・・・すまんな。非番の連中にも伝えておく。足を止めさせて悪かった」

ゴールズには珍しく、そう言ってあっさりと詰め所へ引き上げていった。

怪訝けげんに思ったが、詰め所から聞こえてきた声で思わず笑ってしまった。

ゴールズが涙ぐんでいる事を指摘した部下が殴り飛ばされて外へと転がり出てきたからである。

「良い出会いであったのう刀護」

「ああ、そうだな」

心からそう思えた。



職員がロッカールームに使っている完全防臭の部屋のテーブルに自作の焼き菓子と挨拶の手紙を置くと素早く着替えて午前の戦場へと向かう。

基本的にここでは指導があるとき以外は会話はない。黙々と作業を行うのである。

刀護の作業台には、餞別だとでも言わんばかりに大型の魔物が乗せられていた。

近くで作業していた先輩達は、これが卒業試験だ頑張れと目で語っていた。

使い慣れた解体用のナイフを握りしめ、大きく深呼吸をしてから、猛然と目の前に横たわる巨体の解体を始めるのだった。

数時間後。午前の作業の終了を告げる鐘が鳴り響く。

刀護の見てきた中で最大の巨体を誇る魔物の解体は、結局、あと少しの所で終わらなかった。

「惜しかったね。後は任せて血を落としてきな」

期待に応えられなかったと感じた刀護は、悔しさに拳を握りしめたが、先輩達はそんな刀護を優しく叱った。

「たった一か月程度の経験でいっぱしに悔しがってるんじゃないよ。10年早い。お前はまだまだ初心者なんだからな。今度来たときはうんと鍛えてやる。覚悟しとけよ」

温かい励ましの言葉に送られて作業場を出る。血を洗い流し、消臭のポーションを使って染み込んだ匂いを落とすとゴールズが待っているであろう解体所の入り口へ急いだ。

しかしそこには、ゴールズだけではなく、カノーサの姿もあった。

「ほら、渡すならさっさとしろよ。今更恥ずかしがる歳でもないだろうに」

「アンタこそ先に渡しなさいよ。そのために持ってきたんでしょ?」

何やら言い争っているようである。

二人に近づいた刀護はゴールズには既に済ませてあるのでカノーサへと別れの挨拶をした。

すると二人は顔を見合わせ、意を決したように後ろ手に隠していた物を刀護へと差し出したのだった。

カノーサからは解体用ナイフ。ゴールズからはスローイングダガーだった。

二人そろって刃物というのは偶然なのだろうか。

「解体所の職員全員で少しずつ出し合って買ったもんさ。まだ未熟なトウゴには勿体ない品だから、早く上達してこのナイフに相応しくなれるよう努力しなよ」

「俺達も同じだ。きっとコイツがトウゴの命を守ってくれる。なにせ俺達全員の念がこもっているからな」

東門の衛兵と解体所の職員に感謝をしつつ、ありがたく受け取ることにした。

そのまま二人と共に最後の昼食を摂ると、レネンにも礼を言うため早めに訓練場へ向かったのだった。



初日以降ずっと続いているレネンとの手合わせ。

初回は不意打ち気味に勝ちを収めたが、それ以降は順調に黒星を重ねていた。

刀護の成長に合わせてレネンも身体強化の度合いと剣の本数を増やしていき、現在は5本の剣が空を舞っている。最高本数は教えてもらえなかった。武人たるもの手の内は簡単に見せないとのことだ。

惜しい所までレネンを追い詰めた刀護だったが、一歩届かず木剣の群れに取り囲まれ両手を上げた。

「レネン先生のおかげで多対一の訓練がはかどりました。ありがとうございました」

礼と共に焼き菓子も手渡す。

甘党だというレネンはとても喜んでくれたようだった。

「トウゴ君の成長には私もレイン様も驚いていますよ。私ももう少しトウゴ君と手合わせを続けたかったんですけどね・・・残念です」

本当に残念そうに肩を落とす。

「そういえば、今更なんですけど、レネン先生に聞きたいことがあったんです。答えづらい事なら答えなくても結構ですので」

「何でしょう?そう前置きされると少し身構えてしましますね。では答えられる範囲でお答えしましょうか」

笑いながらそう言ってくれた。

刀護は声のトーンを落として話し出す。

「聞きたい事とは、彼ら・・の言っていた事についてです。この街で師匠はとても尊敬されているように感じました。ですが彼らだけは違いました。師匠を貶めるような言葉を吐くのは彼らだけです。何故彼らはあのような事を?そしてよく口にする『おまけ』という言葉も気になるのですが」

刀護の質問に表情を暗くするレネン。

話しにくそうにはしていたが、弟子である刀護には知る権利があってもいいだろうと考え、質問に答えることにした。

「確かにレイン様本人には聞きにくいですよね。わかりました、答えましょう」

「ありがとうございます」

真剣な顔の刀護を見ながらレネンは話し始めた。

「知っての通りレイン様は魔王討伐に関わった英雄のお一人です。ですがレイン様は魔王討伐後に各国の王の前で自らは戦闘に関与しておらず、勇者一行の荷物を預かっていただけだと報告されました。古くからレリッツに住む者達はファルゼン様の事も、その弟子であるレイン様の事も良く知っております。その実力は勇者ベイルにすら引けを取らない事も。ですが、それ以外の者達はレイン様の報告を信じ、あるものは勇者一行の生命線である荷物を命がけで守った英雄の一人であると。またあるものは英雄達に便乗して名を上げただけのただの荷物持ちであると言いました。そう、『勇者のおまけ』であると」

勇者のおまけとはよく言ったものである。自分もある意味では大差ないと刀護は思った。

勇者である父についてきてしまっただけの、ただの『おまけ』だ。

「師匠が望んだとはいえやりきれないですね・・・」

「そうですね。レイン様が何を思って真実と異なるであろう報告をしたのかはわかりません。ですが、レイン様が望んだのであれば我々はそれに従うだけです。我々の中ではレイン様が英雄の一人であるのに変わりないのですから」

その言葉を聞いて、刀護はこの街が今までより好きになれたような気がした。

「ありがとうございましたレネン先生。心のつかえが取れた気分です」

「いえいえ、いいんですよ。私も大切な物の再確認ができましたしね。さてそろそろ予鈴の時間です。きっと今日も遅刻でしょうけどね」

一か月間の集大成を見せる時が刻一刻と近づいてくる。

緊張を鎮めるように目を閉じると、遅れてくるであろう彼らを心の中で舌なめずりしながら待つのであった。



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