彼の名は・・・

刀護とベイルは、行き先もわからない道を黙々と歩く。

由羅と宗角との継承の話の説明も済ませ、会話の内容もとうの昔に尽きていた。

すでに出発地点から5時間以上も歩き続けているのである。

即席の靴のせいか、疲れと足の痛みをを覚えた刀護は、父に休憩を求めた。

「あー、すまんかったな、気がつかなくて。こっちにくると魔力の影響で体が強化されるんだ。靴を履いてない上に、身体強化もできんお前にはつらかったよな」

幸いにも腰掛けられそうな岩場を見つけ、荷物を降ろす二人。

刀護はベイルが出してくれた水を飲みながら、足のマッサージをしていると、これで冷やしておけと氷の塊まで出してくれた。

「便利すぎるだろ魔法。俺も早く使えるようになりたいな」

「なぁに、いくらでも練習する時間はあるさ、焦ることはない・・・刀護、ここを動くなよ?」

突然真剣な表情になったベイルが、刀護に注意を促した。

「どうしたんだよ?急に真面目になって」

「お前は初めて見ることになるな。いいか、よく見ておけ。あと絶対に、ここから動くなよ?」

そう念を押すベイル。

「よくわからんがわかった」

刀護は素直にうなずいた。状況は理解できなかったが、慣れない状況下では、父の言うことを聞いておいたほうが良いと判断したからだ。

「この世界がどんな場所か、そしてお前がどう行動するのか、これから起こる事を見て判断しろ」

ベイルがそう告げた時、遥か前方から、かなりの速度でこちらに向かってくる何かを、刀護の目は捉えた。

「見えたか?あれが魔物だ。今のお前じゃ手も足も出ないからな。大人しくしてろよ?」

そう言って魔物のいる方向へと歩き出すベイル。

刀護は何も言えなかった。父親から放たれる闘気のようなものを感じ取り、言葉が出なかったのである。

やがて魔物が30メートル程の距離まで近づいてきた時、父親の姿が、視界から掻き消えた。

戦闘はモノの5秒程で終わった。魔物は狼のような姿だったと思う。曖昧な表現なのは、既に魔物が原型を留めていなかったからだ。

魔物の速度や大きさから見て、決して弱くはなかったと思う。少なくとも自分に勝てる見込みは少ないと思えた。それが6匹も同時に襲ってきたのである。

だが結果はベイルの勝利。武器すら持たず、圧倒的勝利だった。

魔物の首が飛び、内臓がまき散らされる凄惨な戦いにも関わらず、返り血すら浴びていないベイルが、息子の下へ戻ってくる。

「どうだった?びびったか?」

当たり前だが、刀護は驚いた。恐怖した。そして自らの父親の力を改めて実感した。

「あ、ああ・・・すげーな親父・・・強いのは知ってたけどさ・・・こんなのに追いつこうとしてたなんて、ちょっと恥ずかしいわ」

「ばーか。これは魔力を使って身体強化してるからできんだよ。今のお前の技量なら、地球で戦えば、もう俺でもどうなるかわからんぞ?」

「まだ親父に勝てた事なんて一度もないだろ?それに今のを見たら、もっと自信なくしたよ」

「まあそう言うな。知ってるんだぞ?お前が色々と試してる事とかな?あれなら絶対に良い勝負ができると思うんだがな」

「マジかよ!対親父用の、とっておきの秘密兵器だったのに・・・」

するとそこに、「儂も知っとるぞ?」「私も知っています。香奈さんが教えてくれました」という封印組の声が。

「なっ!なんで姉ちゃんが知ってるんだよ!素人が見たってわかるもんじゃないだろ」

「香奈ならきっとわかるぞ?ちっちゃいころから俺の鍛錬見てるしな。無論、型も知っている」

「そういうことかよ・・・失敗した!」

秘密にしていたことが、全然秘密になっていなかったことに悶絶する刀護。

「まあそれはいいとして、お前はあの魔物を見てどう感じた?なんとかなりそうか?」

刀護は考えていたことを素直に話した。

「いや、たとえ日本刀を持っていたとしても一匹すら無理だと思う。ましてや6匹なんて一瞬で餌になる自信がある」

「そうだな。何とかなるなんて考えるのは蛮勇だ。だが、もし、お前が魔力や術の制御のために成長を望むならば、旅をして、魔物とも戦って、いろんな経験を積まないと先には進めないぞ」

「それってどういうことだ?俺は親父の知り合いの所に預けられて、そこで修行するんじゃなかったのか?」

「最初はそのつもりだったんだけどな・・・由羅様と宗角さんの話もあって気が変わった。それにせっかくこの世界に来たんだ。人生の経験としてこの世界を巡ってみるのも悪くないんじゃないかと思ってな」

「でも、俺の力じゃ足手まといになるんだろ?大丈夫なのか?」

「心配するな。俺と一緒に行くわけじゃない」

「意味がわからん。俺一人じゃすぐに野垂れ死ぬか魔物の餌だぞ?」

「だから心配するなと言っただろう?まずは知り合いの所に行くのは変わらん。その知り合いにお前の保護者になってもらおうと思ってな。なに、嫌とは言わせん。アイツの弱みも握ってるしな・・・クククッ・・・」

「悪い顔だなぁ・・・って親父っ!?」

「なんだよ急に」

「なんか・・・若くなってないか?20代くらいに見えるようになってるんだが、俺の気のせいか?できれば気のせいであってほしいんだが」

「ありゃ?ほんとじゃのう!儂も今気がついたわ。これも魔法とやらなのかの?」

「私はちゃんと気づいてましたよ?言いませんでしたけどね。2時間ほど前から徐々に若返っていました。どういう原理なんでしょうねぇ」

「カクさん、早く教えてくださいよ・・・」

「すみません。気づいていると思っていました」

宗角はしれっと答えた。

刀護はベイルから説明を得られると思っていたのだが、反応は予想外だった。

自らの顔をまさぐり、タブレットPCのカメラを使って自らの顔を確認した。

「うおっ!?マジか!?たしかに若返ってるっぽいな・・・地球に行ってから歳とるの早いなーとは思ってたんだが、こんなことになるとは俺も予想外だった」

「結局何が原因なんだ?」

「推測でよければ説明してやる。だがその前に魔物の死体の始末をしないとならん。こんな街道に近い場所に死体を放置したままになんてしたら、他の魔物が寄ってきちまうからな」

そう言うと、ベイルは死体を一か所に集め始めた。

「お前に見せるためにちっとばかし派手に立ち回ったからな・・・調子に乗りすぎたかもしれん・・・」

バラバラに散らばった臓物を集めながら後悔する。幸い牙や角は無事だったのですべて回収して、それ以外は全て地中に埋めてしまう。

「やっぱり牙とか角って売れたりするのか?」

「そういうことだ。こいつらの素材がこれだけあれば、お前に服と靴買って、宿にも泊まれるぞ」

「昔貯めた金とかないのか?勇者ってくらいだからそれなりに持ってたんじゃないのかよ」

「地球には、身に着けてたものしか持っていかなかったからな、金なんて荷物の中だ。もう使うこともないと思ってたし・・・っと。よし片付け終わり!ゆっくり休めたか?そろそろ行くぞ。顔の説明は歩きながらする」

「十分休んだし、準備もできてる。行こう」

二人は再び歩き出した。

「で、説明はしてくれるんだよな?」

「ああ、さっきも言ったがあくまで推測だ。なんて説明したらいいかな・・・なあ刀護、この世界の一般的な人間の寿命がどのくらいかわかるか?ちなみにこの世界の医療水準は、諸々ひっくるめると地球より上だ」

「はあっ!?魔法ってそんなに万能なのか?」

「怪我なら魔法で治すことはできる。だが病気は無理だ。魔法じゃ治らん」

「じゃあなんで地球よりこっちのほうが上なんだ?」

「この世界な、神が実在する。俺も会ったことあるぞ。現人神ってやつになるのかな。神の力を借りた神官が、世界各地にある神殿で、病人の病を癒している。ただ、ほとんどがぼったくりだ」

「神ねえ?何でもありだな異世界は。まあ医療が発達してるならそれなりに寿命は長いんだろうな・・・85歳くらいか?」

「ハズレだ。正解は150歳くらいまで生きる」

「ふぁっ!?150!?」

「あくまで一般的な人間の寿命だ。それ以上に長く生きる人もいる。もちろん理由もある」

「それって・・・」

「魔力量の差だな。一般人でも地球人より長生きなのは魔力を持っているからだ。基本的に魔力量が大きければ大きいほど長生きする。昔の俺の仲間の話だと、俺はこっちの世界では400年から500年くらいの寿命らしいぞ?地球ではあっという間に中年だったけどな」

「500年・・・信じられん話だけどマジなんだろ?」

「嘘なんて言わないさ。それで俺が若返った理由だが、魔力量が多い者は若い時間が長いんだ。500年の寿命なら400年くらいは若い状態だな。魔力で肉体が活性化したからこんなことになったんだろ、きっと。」

「じゃあ俺もこっちだと長生きなのか?」

「しらん。お前は半分地球人だしな。だが魔力量だけで考えるなら、気が遠くなるほど長生きだと思うぞ?エルフとかに匹敵するくらいに」

「ほー。それはすげーな」

「なんだ?あまり驚いてないように見えるが」

「いや、だって俺達、事件が解決したら地球に帰るだろ?ならこっちで寿命が延びたって意味ないしなーと考えたら、どうでもよくなった」

「まっ、そうだわな。俺も家族が待ってるし、無事帰ったらお義父さんとお義母さんが御馳走用意してくれるっていってたし。さっさと終わらせてさっさと帰ろうな」

「おう!そうだな」

遠き故郷と御馳走に思いを馳せ、力強く前に進んだ。


その日の夜。

たき火を囲みながら野営する二人。

ベイルの持っていた食料を食べながら、刀護は気になっていたことを話し始めた。

「なあ、親父は勇者で、魔王を倒した英雄なんだよな?」

「なんだ?今さら・・・っていうか改まって勇者とか英雄とか恥ずかしいから勘弁してくれ」

「それってさ、やっぱかなり有名なんだよな?顔とか名前とかも知られてるんだろ?しかも、こっちの世界にいられなくなったから死んだことにして地球に渡ったと。それってこっちに戻ってきても大丈夫なもんなのか?バレたらやばいとかないの?」

当然と言えば当然の質問にベイルは胸を張って答えた。なんだかおかしなテンションで。

「よくぞ聞いてくれた息子よ・・・そのあたりの事は、すでに対策済みだ!俺には秘策があるからな!これを見よ!」

そう言って荷物の中からあるものを引っ張り出す。

それを見た刀護はなんともいえない表情になり、封印組からは爆笑とため息が聞こえてきた。

ベイルの手にした物。それは、かの有名なRedなCometもかくやという銀色の仮面をだった。

「まあ、もう25年くらい経っているから、顔おぼえてるヤツもほとんどいないだろうけど一応な!」

誇らしげに仮面を装着するベイル。

「見事な変装だろう?しかも仮面の剣士とかかっこいいと思わんか?あと偽名もすでに考えてあるんだぞ!」

「・・・聞いてやるから一応言ってみろ・・・」

「せっかく偽名を名乗るんだ。名前もかっこいいのをと思ってな、候補を3つ考えてきたからお前も選んでくれ。レオンハルトかシュナイダーかアルテミュラーなんだが、どれがいいと思う?」

子供は親を選べない。刀護はその事実を心から呪った。

「やっかましいわこのクソ親父が!、四十半ばにもなって中二病こじらせやがって!その面で何がアルテミュラーだ!お前なんてアルツハイマーで十分だ!」

余りといえば余りな言動に憤慨するベイル。

「んだと!?このガキゃあ!じゃあお前が考えろよ!かっこよくてセンスのいいやつをな!」

「そんなこと急に言われても思いつかねーよ!」

「はーん?代案もないのに俺のネーミングセンスを馬鹿にしたわけか?さっすが現代の剣豪様だな。いやぁ、ご立派でいらっしゃる」

「くそっ・・・わかったよ!考えりゃいいんだろ!」

追い詰められた刀護は、何か名前の参考になるものはないか辺りを見回す。

すると封印組が話しかけてきた。

「儂はシュナイダーでいいと思うのだがのう?」

「いえいえ、レオンハルトの方が強そうではないですか?」

「・・・すまんが少し静かにしててくれないか・・・」

そこで刀護は背中にある刀の存在を思い出し、体に括り付けた紐を解いて手に取った。

(刀は英語でソード・・・それじゃ安直だな。ブレードもなんか変だし・・・)

そこまで考えて、ある言葉が頭に浮かんだ。

「・・・エッジ」

たっぷり5秒ほどの静寂。そして、

「フッwww」

(鼻で笑いやがった!?)

愕然とする刀護。

「失笑どころか草生えちゃうわ!何というか、我が息子ながら期待外れと言うか発想が貧困と言うか・・・情けない」

「うるせーよ!大体俺にネーミングセンスが無いのは血筋のせいだろ!凪が祀られた森の中にある社だから凪森神社だぞ!?刀を護る役目だからって刀護だぞ!?しかも代々使いまわしじゃねーか!」

「お主・・・」

「いやぁ確かに確かに」

由羅は呆れ、宗角は実に楽しそうだ。

「わかったわかった。じゃあ俺は、今日からエッジだ。間違えんなよ?」

「えっ?いいのか?」

「息子が一生懸命考えた名前だ。ありがたく受け取っておくさ」

「親父・・・」

「帰ったら香奈に報告するけどな」

「おいふざけんなこのクソ親父!ちょっと感動したの返せ!」

「はっはっは!さて寝るか!お前が先に見張りな!」


異世界で初めての夜が更けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る