まだ見ぬ世界へ
宿屋の一室にたたずむ、一人の男。
その身を包むのは、選び抜かれた珠玉の一品達。
目指したのは、高い防御力と、動きやすさを併せ持った装備。
その色は、全て黒一色。首元に巻かれた長い真紅のマフラーだけが異彩を放っていた。
その姿は、地球ではおなじみで、世界中で大人気。本来であれば、人や闇に紛れ忍ぶ諜報員であったはずだが、いつの間にか、全く忍ぼうとしなくなった者達。
そう、まさしく古典的な忍者、もとい、和装など無かったので、NINJAの姿だった。
タブレットPCのカメラで、自らの姿を確認した刀護は、数秒の
「ち、違うんだよ刀護!本当ならサムライっぽくしてやりたかったんだけど、和装なんてないからできなかったんだ!」
「そうじゃぞ刀護!儂らとて悪気があったわけではないのじゃ!なんかこう・・・気がついたらこうなっていたのじゃ!」
「その通りです刀護君!これは何か、不思議な力が働いた結果です!私達だけのせいでは、決してありません!」
顔をあげた刀護は、幽鬼のような表情で呟いた。
「俺、自分の服なんて動きやすければ何でもいいと思ってた。でも、さすがにこの格好で外を歩いてきたなんて考えると、ちょっと死にたくなるんだけど・・・」
「馬鹿野郎!そんなことはないぞ!?お前を見る通行人の視線はどれも羨望に満ちていた!いや、割とマジで。俺の、この仮面もそうだったが、こっちの世界は、こういうのが琴線に触れるのかもしれん」
「・・・本当か?俺の恰好は恥ずかしくないのか?」
「うむ!正直、儂は大好物じゃ!かっこいいぞ刀護」
「ええ、とても似合っていますよ」
「心配するな。誰に見せても恥ずかしい事なんてない。だから写真を一枚とっておこうな?」
しかし、パシャリとシャッターの音がした直後。
「「「ぷっ」」」
「お前らああああああああああああああああ!!!」
翌日、外出を渋る刀護を無理やり連れだして、周囲が、特に奇異な視線を向けてこないことをわからせると、その足で、これから始まる長い旅の支度を整えるため、いくつもの店をまわった。
最後に馬車を選びにいったのだが、そこで刀護は馬車ならぬ、未知の生物が引く魔獣車に興味をひかれていた。
「親父、馬じゃないとダメなのか?こっちの、そこはかとなく素敵な生き物とかいいんじゃないか?」
刀護が勧めたのは、流線型のフォルムを持ち、銀色の鱗に覆われた、いかにも速そうな四足獣だった。
「悪くはないな。確かに足も速いし馬力もある。が、持久力がない。長旅では潰れてしまうかもしれない」
「そっか、それは可哀そうだな」
「こいつらにはそれぞれ特徴があるのさ。馬なら従順で扱いやすく、速度もそれなりだ。だが魔物に襲われたとき、自衛の手段がない。魔獣が引く場合は、戦闘力はあるし、速度も持久力も高い場合が多い」
「なら絶対にそっちのほうがいいじゃないか」
「そうとも限らないのさ。なんせ魔獣は主を選ぶからな。よほど懐いているか、魔物使いの技術を持った者か、主の力が魔物より強い場合でないと、襲われる可能性すらある。魔獣専門の御者ごと買う商人なんてのもいるな」
「欠陥商品もいいとこだな!」
「儂らなら大丈夫じゃろ?なにせこの世界の勇者様がおるしの?」
「そうだな、由羅。勇者様がついてるもんな」
「くそっお前ら覚えてろよ・・・」
聞こえなくても会話の内容は把握できた。
そんなこんなで、エッジが最終的に選んだのは、一頭の巨大なトカゲだった。
刀護の記憶では、コモドドラゴンが近いと思ったが、全身のがっしりした鱗をみると、ワニのようにも見えた。
「なんでこいつ?」
馬車の車部分を巨大なワニトカゲが引く姿を想像して、違和感を覚えた刀護は尋ねた。
「こいつは長旅に丁度良いんだよ。最高速度こそ、そうでもないけど、それなりの速度で一日中だって移動できるタフさだ。さらに燃費もいい。あと雑食だ。腹こわすこともないからな。自衛の面でも万全だ。魔物が襲ってきたら、返り討ちでその日の御馳走だな」
「すげえじゃんかそいつ!・・・でもお高いんでしょう?」
「そうだな、安くはない。それに問題点もある」
「なんだよ?やっぱ狂暴なのか?」
「そうだ。それもとびきりな。こいつは人に懐かない。自分より強者と認めた者にしか従わない。下手に手を出したら大怪我じゃすまないだろうな」
「そんな化物の引く馬車に俺を乗せるのかよ!?死ぬぞ!?っていうかそんな危ないヤツ街中で連れて歩けないだろ!?」
「心配すんな。こいつらこう見えて知能が高い。主の言葉を理解している。そして強者の言葉は絶対だ。それにこういうやつら専用の厩舎ってのも珍しい物じゃないからな」
「本当に大丈夫なのかよ・・・」
「そんな危ないだけの品を堂々と売り出すかよ。大丈夫だって。それじゃこいつと馬車を買って宿に戻るぞ。明日は出発だからな」
そういって、魔獣商人にワニトカゲの購入の意思を伝え、この世界屈指の力を、存分に見せつけたエッジは、無事ワニトカゲ車を購入することができた。
王都で過ごす最後の夜。
宿の一室で、刀護とエッジは向かい合って座わり、話をしていた。当然、封印組の二人の会話を通訳しながら。
「明日は、この王都を出発して、北東にあるレリッツへ向かう。そこで俺の昔の仲間である、レインに会う予定だ」
「それは前にも聞いたな」
「そうだな。話は変わるが刀護よ?お前、魔力の制御とか全然うまくいってないよな?」
「・・・ああ・・・由羅に封印してもらってから、その魔力っぽいモノを全然感じ取れなくなった。制御どころじゃないかな」
「すまんのう・・・儂も手加減することができんのじゃ。本当なら少しずつでも解放して、刀護を魔力に慣らしてやりたいのじゃがのう」
「そうですね、ですが我々には現状、その手段がありません。姫様が封印を緩めると言う事は、即座に刀護君の死を意味しますからね・・・」
「無か全しか選べぬというのは、やはり不便じゃのう」
するとエッジは、刀護の今後について考えてきたことを話し始めた。
「俺たちがこれから向かう先のレリッツには、俺の仲間だったレインだけじゃなく、ある人がいたんだ。その人はレインの師匠で、やはり俺の仲間でもあった大魔導士ファルゼン。レリッツの街には、彼の研究所がある。今はレインが引き継いでいるはずだがな。そこで、由羅様に頼らない魔力の封印方法を探そうと思っている」
「そんなもんがあるのか?」
「もしそれが、加減の出来る封印なら、刀護に魔力を使わせてやることができるかもしれんのう」
「ファルゼンのじいさんは随分と長く生きて、色んな研究をしてたからな・・・魔力の封印なんてのもある可能性は高い。なくても、金出してやるからレインに作れって言ったら作れるような気もする」
「そんなことできるんだ。そのレインさんって凄いんだな」
「ああ、あいつの実力はそう遠くない内にファルゼンのじいさんに届くんじゃないかな。まあ、研究と戦闘以外は全然ダメだけどな」
「え?それってどういう・・・」
「あいつはな、気が強いのに打たれ弱くて、酒に弱いくせに飲んで潰れる。朝も弱い。好きな事や気に入った人に対してはすごく熱心だが、それ以外はどうでもいい。金銭感覚もおかしくて、大金をコンビニで買い物する感覚で使う。あと脳筋だ」
「うわぁ・・・」
「そして、レインの最大の欠点は・・・」
エッジ曰く、レイン最大の欠点を聞いた刀護は、何故か少しだけ、まだ見ぬ欠点だらけの彼女の事が好きになったのである。
翌朝、最後の点検をしてから、預けておいた魔獣車を取りに行く。
質実剛健といった雰囲気のしっかりとした馬車に、先日見たワニトカゲが繋がれていた。
「そういや、このワニトカゲみたいなやつに名前ってつけたりしないのか?」
「ワニトカゲってお前・・・お前の好きに呼べよ」
「こやつの名はゲラ〇じゃ」
「却下だ。ゲ〇ハ以外で何かないか」
「ではジュラと言うのはどうでしょうか?」
「・・・良いんじゃないですか?ちょっと公園にいそうな名前ですけど。よし、お前の名前はジュラだ。よろしく頼むぞ」
しかし、強さを持たない刀護に、ジュラは一切反応を見せようとしなかった。
「刀護、言う事を聞かせたかったら強くなるんだな」
「おぼえとけよ爬虫類め。いつか霊長類の恐ろしさを思い知らせてやる」
「低レベルよのう」
「いいじゃないですか、微笑ましくて」
馬鹿な話をしている間に、一人で働いていたエッジが告げた。
「さてと、荷物の積み込みも終わったし、そろそろ行くか」
「すまん親父、俺も手伝えば良かったな」
「じゃあその分、共通語の勉強を頑張るんだな。多分、2か月以上の旅になる。その間にきちんと言葉を話せるようになってもらうからな」
「お、おう。頑張ってみるよ」
「儂らも一緒に勉強するぞ!」
「そうですね、新しいことを覚えるのは、楽しいことですね」
刀護は座席へ、エッジが御者台へ乗り込みジュラに鞭を入れる。
「それでは、出発だ!」
予想外の出来事が起こった王都を後にして、刀護はまだ見ぬ広い世界へと旅立っていった。
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