旅は道連れ

その日は、まだ薄暗い内からの出発だった。

ただひたすらに足を止めず、歩き続ける二人。

やがて日も高くなったころ、疲れと足の痛みから刀護がぼやいた。

「この道ってほんとに人里に続いてるのか?昨日から誰一人すれ違わないし何かおかしくないか?」

それに対してベイル改めエッジは答えた。

「大丈夫だと思うぞ?この道、整備されてからあまり時間がたってなさそうだし。魔物が結構強い地域だから、好んで人が通らないだけだろう」

「そんなもんなのか。まあぼやいてもしかたないか・・・結局は歩き続けなきゃどこにも辿り着かないし」

「そうじゃぞ!頑張れ刀護。これでも儂がお主を癒しているのじゃぞ?ありがたく思うが良い」

「そうだったのか、通りで足にマメもなかったし筋肉痛も起こらなかったんだな・・・ありがとう由羅。昨日も命を助けてもらったし、本当に感謝してるよ」

「う、うむ!良いのじゃ!そんな素直に礼を言われると照れるではないか!・・・馬鹿者」

「でも由羅の力ってすごいよな。呪いを封印する力に、怪我を治す力だろ?他には何かあるのか?」

「なぬ?儂らを継承した時に、儂らの力は主に伝わったはずなのじゃが・・・わからんか?」

「いや・・・すまん。わからないよ」

「多分、まだ我々との親和性が低すぎて、そこに至っていないのでしょう」

「俺が未熟だからってことですよね?すみません・・・」

「謝らないでください刀護君。あなたが悪いわけではありません。焦らず精進を続けていけば、必ず道はひらけます」

「はあ・・・でも努力の方向すら俺にはわからないので、期待に添えるか自信がありませんよ」

「そうですね、では瞑想などはいかがですか?心を無にして内なる力を感じることから始めてみてはどうでしょう」

「瞑想ですか。わかりました。時間を見つけてやってみます。ありがとうございます。カクさん」

そんなやり取りを見ていたエッジは、少しうらやましそうに言った。

「俺も由羅様や宗角さんの声を聴けるといいんだけどな」

それに対して由羅は、こう答えた。

「凪森の血筋でない者には難しいかもしれん。だが刀護との親和性が上がればもしやということもありえる。なにせ凪森直系の女にしか現れぬ役目の力が、異世界人との混血である刀護に現れたくらいじゃしのう」

「親父、俺が頑張れば、もしかしたら聞こえるかもしれないってよ」

「本当か!?これは是が非にでも成長してもらわんとな!」

そんな話をしていると、エッジが後方からくる何かを感じ取った。

「刀護、後ろから大勢の気配が近づいてくる。気をつけろよ?」

「気をつけろって言われてもどうすりゃいいんだよ!一体何が来ているんだ?」

しばらくその場で様子を見ていたエッジが口を開いた。

「どうやら隊商のようだな・・・かなりの規模だ。これはラッキーかもしれんぞ?」

「隊商がいるならこの先に街があるのは間違いないってことだよな?」

「それもだが、お前をその足のまま歩かせなくても済むかもしれんってことだよ。お前を馬車に乗せてもらえないか交渉してみよう」

「それはありがたいけど、そんなことできるのか?普通、隊商って馬車いっぱいに荷物を積んでるんじゃないのか?」

「そんなことはない。こんな場所を通ってるんだ、必ず護衛は雇っている。そいつらを歩かせると馬車の足が遅くなるからな。護衛が乗るための馬車ってのもあるんだよ」

「へぇ・・・でも俺なら大丈夫だから、無理だったら素直に諦めようぜ」

「そのつもりさ」

そう言うとエッジは馬車から降りてこちらを警戒する護衛に、敵意がない事を告げる。

それを聞いていた刀護は、(うわっ何言ってるか全然わからねぇ・・・これが異世界語か・・・)などと呑気なことを考えていた。

「これが異世界語か!何を言っておるのか全然わからんのう」

もう一人同じことを考えている人物が居た。


そんなやり取りなどつゆ知らず、両手をあげながら護衛の集団に近づいていくエッジ。

すると護衛の代表が声をかけてきた。

「何か用かい?イカした仮面の兄さんよ。こんな危ねえ場所をたった二人で旅してるなんて正気とは思えないんだが、訳ありか?」

「まあな。色々あって二人で旅をしている。だが本当にあんたらを害そうとは思っていない。隊商の責任者に話を通してはもらえないだろうか?ちょっと頼みたいことがあるんだ」

「・・・少し待ってくれ」

そういうと護衛の一人に伝令を出す。

ほどなく伝令が戻ってきて、代表が会うと言っていると告げた。だが条件として得物を全て預けてからという事だった。

(逆にこちらが危ない気もするが、素手でもどうにでもなるな。ここは従っておくか・・・)

エッジはテキパキと武装を解除し護衛に手渡した。

「へえ、このショートソードは業物だな。あんたも腕が立ちそうだ。あんたの連れは・・・良くわからんな。って、何で靴を履いていないんだ?それに変わった格好だな?」

「あいつは東の大陸の、更に東側にある群島に住む少数民族さ。見たことが無いのは無理もない。共通語も話せんしな」

(嘘は言っていない。日本は極東の島国だし、こっちの言葉も話せないからな)

そうこうしている間に隊商の代表が近づいてきた。そしてにこやかに話しかけてくる。

「どうも、はじめまして。私はこの隊商を率いるホズと申します。それで、私に話があるとの事でしたが、どのようなご用件でしょうか?」

「わざわざお呼び立てして申し訳ありません。俺の名はエッジ。あっちに居るのは友人の息子でトウゴと言います。あいつは遥か東の群島の出です。言葉も礼儀もわかってないので無礼があったら許していただきたい。要件と言うのは、俺とあいつを一緒に馬車に乗せて行ってもらえないかとお願いしに来たわけです。もちろん報酬はお支払いします。こいつでどうでしょう?」

そう言って、荷物の中から先程倒した狼の角と牙を二頭分取り出した。

するとホズは、予想外の事を言ってきた。

「それには及びません。それよりもあちらの彼を連れてきてはもらえませんか?」

「・・・かまいませんが、あいつは武装を解除できませんよ?」

「ほう?なぜです?」

「あいつが背中に剣を背負っているのは見えますよね?」

「はい、もちろんです。私もあれが気になっていましてね。見せていただけないかと思いまして」

「あの剣は魔力を封印する魔道具です。トウゴは生まれつき魔力量が異常に高く、その莫大な魔力を制御しきれないのです。もし剣をその身から離せば、トウゴの体は魔力の暴走によって木っ端微塵となることでしょう」

「なんと・・・不憫な・・・」

「ですからあの剣だけはお渡しすることができません。もしどうしても渡せと言うのなら、今回の話は忘れてください」

「いえいえ、不躾な事を言ってしまいました。剣を手放す必要はありませんので、彼をこちらへ」

「わかりました」

手招きをして刀護を呼び寄せる。

先日、せめて挨拶くらいできるようにと教わった言葉を、たどたどしく口にした。

「コンニチハ」

そして、つい習慣で、ペコリと頭を下げる。

「おや、こんにちは。その仕草はやはり民族特融のものなのですか?」

挨拶以外は聞き取れなかった刀護は固まってしまった。

そこへエッジが助け舟を出す。

「ええ。そうです。今のは挨拶と、相手への敬意を示しています」

「なるほど、これはご丁寧にどうも」

そういって手を差し伸べてきた。

「握手だ刀護」

「ああ、わかった」

刀護は手を握り返した。

「何やら苦労されているご様子です。遠慮はいりません。護衛用の馬車にまだ空きがありますので乗って行ってください。王都までは、あと二日はかかりますしね」

刀護の足元は、すでに擦り切れ、薄汚れ、ぼろ布の様になっていたのである。

(王都まで二日だと?馬車に乗れただけじゃなく王都まで近いとは本当についてる)

そう考えながらエッジは、ホズに礼を言った。

「ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます」

「いいんですよ。では出発しますので、あとは彼らに」

そう言いながら護衛達に目を向けた。

「わかりました。では失礼します」

護衛達と共に馬車へ乗り込んでいく。

「すまんが武器はまだ返せない。あんたに暴れられたら被害はでかそうだからな」

「かまわんさ。それにしてもずいぶんとあっさり俺たちを受け入れてくれたが、大丈夫なのか?正直もっと疑われると考えていたんだがな」

「ホズの旦那は変わり者でな。それに見る目は確かだ。悪意が在るか無いかなんてすぐわかるんだとよ。それともなんだ?あんたらやっぱり怪しいやつなのか?」

そう言ってニヤリとする護衛。

「いや、ただの旅人さ。でも本当に助かったよ。短い間だがよろしく頼む。そうだ、魔物が出たら俺も戦った方がいいのか?素手でもそれなりに戦えるんだが」

「その必要はないさ。客に仕事を奪われるってのも格好つかないからな。安心して乗っててくれ」

馬の能力が高いのだろうか、かなりの速度で進んでいく馬車。

エッジ達がそんな会話をしている中、刀護は・・・

大柄な女性戦士二人に坊主頭をなでられ、顔を真っ赤にしながら固まっていた。

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