剣と魔法の世界
街道を目指して歩いく刀護とベイル。
だがベイルは、先程から、滝の様な涙と鼻水を流していた。
「親父、さっきから気持ち悪いぞ」
「本当にそうじゃな」
「お二人とも不謹慎ですよ。ベイルさんは洋二郎さんの心遣いに感動しているのです」
そう、ベイルは、別れ際に渡されたクーラーボックスの中身を見てから、この調子なのである。
「親父、いい加減に現実に戻って来い。一体何が入ってたんだよ?クーラーボックスってことは食い物なんだろ?」
ひとしきり涙を流し、ようやく復帰したベイルが、クーラーボックスの中身を見せてくれた。
その中には、醤油のボトルが2本、出汁入り味噌のパックが2個、そして、ベイルの魂の友である納豆が、ぎっしりと詰まっていた。
「保冷剤までしっかり入れて、じいちゃんってマメだよな」
「お義父さんは素晴らしい方だ。無事帰ったら、全力で孝行することを誓おう」
「そういえば、この世界って米はあるのか?納豆だけあっても困るだろ」
「そうだな、じゃあ歩きながらこの世界の事を教えてやる。目的地までは、たぶん、まだまだかかるだろうからな、その間に言葉も勉強してもらうぞ」
ベイルは色々なことを教えてくれた。
まずは、食べ物の事。この世界には米がある。だが日本に比べると味は格段に落ちるという。だがやはり納豆には白米。ベイルも刀護もそこは譲れなかった。
次に通貨の事。この世界の通貨は全世界共通の硬貨である。何せ魔王という世界共通の敵がいたのだ。協力し合うには通貨を統一するのは都合が良かった。単位はロン。貨幣の種類は思った以上に多彩だった。下から小銅貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖銀貨、神鉄貨と価値を十倍するごとに上がっていく。
様々な物の物価が違いすぎるため、日本円への換算が難しいとのこと。銅貨一枚分の10ロンでパンが2個くらい買えるらしい。普段の買い物ではロン単位で表さず、硬貨の種類と枚数を使うとのこと。高額貨幣が多いのは、きっとかさばるためだろうと刀護は勝手に判断した。
他にも、人以外の種族の事や生活のルール。暦や時間の概念がほとんど地球と変わらないこと。文化のレベル。そしてハンターと呼ばれる魔物討伐を主とした何でも屋が存在するということ。そこまで話したところで街道に行きついた。
「どっちにいくんだ?」
そう聞いた刀護に迷いなくベイルは答える。
「こっちだ」
と、向かって右手側を示す。
「何でわかるんだよ」
「こっちのほうが、目印に近づくからな」
「目印って親父の使ってた剣だっけ?」
「おう。聖剣ゼシスだ。イカス名前だろ?」
そんな話をしつつ、ベイルが指定した方向に街道を進む。
傷みやすい菓子折りの生菓子を二人で食べながら。
だがそこで刀護は重要なことに気がついた。菓子を食べてのどが渇いたからだ。
「なあ、俺、お茶も水も持ってないんだけど、親父はその辺余裕あるのか?あったら分けてほしいんだが」
するとベイルはとんでもないことを言い出した。
「俺も水筒なんて持ってきてないぞ?コップはあるけどな」
「えっ?親父って旅慣れてるんだろ?なんで水も持たずにこんなところ冒険してるんだ?もし街が遠かったらどうすんだよ!死ぬぞ!?」
「落ち着け息子よ。これから親父様の威厳と言うものを見せてやろう」
「何言ってんだクソ親父。そんなことより水筒だろうが!」
「フハハハ!見るがよい愚かな息子よ!これが偉大なる父の力だ!」
そう高らかに宣言すると、刀護に向かって指を突きつける。
何事かと思ってその様子を見ていた刀護は、度肝を抜かれることになった。
何もない空間から、きれいな水の塊が現れ、刀護の顔面に激突したからである。
口に入った水を、思わず飲みこみながら尋ねた。
「なっ!?・・・これってやっぱ魔法か?」
「うむ。魔法である」
「ほー。儂も今のような術は初めてみたのう。」
「そうですね。異界の術ですか・・・興味深い」
封印組も興味津々のようだった。
「魔力があるんだから、わかってはいたんだけどな。実際に見ると信じがたい・・・地球人ってのは頭が固いのかな?」
ベイルその言葉に大きく首を振った。
「いいや、その逆さ。かの世界の人々は、存在しないからこそ想像を膨らませ、魔法の存在するこの世界よりも、遥かに多種多様な形態を生み出しているんだ。俺も向こうで学んだ知識に目から鱗だったよ。そのために俺は、こいつを持ってきたんだ」
そう言いながら、大きなリュックの中の一番上にあるモノを取り出した。それは地球ではありふれた機械。タブレットPCだった。
しかし、それはどこかで見たような展開だったので、父親に問いかけた。
「それに入っている情報で知識チートでもするのか?あまりいい趣味とはいえない気がするんだが。よっぽど厳選して広めないと、この世界に根付いた文化をぶっ壊すぞ?失業者もわんさか出るだろうな」
するとベイルは、ニヤリと笑った。
「フンっ。そんな低俗なことなどしないわ愚か者め。これに入っている情報はもっともっと崇高なものだ!心して見よ!」
「親父さっきからキャラ変わってるよな、まあいいけどさ」
そう言いながらタブレットPCを起動し、中身を見てみると、何かを間違えたのかと本気で考えた。
「親父さ、この世界に何しにきたんだ?地球を救うためじゃなかったのか?」
「遊びにきたとでも考えたか?それは違う。それは言わば魔法の奥義が記された魔導書だ。信じる信じないは自由だがな」
「いやでも、これってさ・・・」
画面をベイルに見せながら刀護は続ける。
「容量いっぱいに漫画とアニメが詰まってるだけじゃん」
「そうだ。それこそが知識の源泉。その妄想と執念を以て、異界の技術を切り開く者達の魂の結晶だ!」
「なんだか大げさな気もするが、なんとなくわかる気もするのが悔しい」
「いや、ベイルの言っていることは真実じゃ!まっこと漫画やアニメは素晴らしい。この発想力と独創性は称賛に値する。お主にもわかるはずじゃ!香奈の傍にあり続けたお主ならな!」
「確かに漫画は読んだしゲームもしたよ。凪森家の食卓では、いつもアニメのDVDが流されていたしな・・・でもそれに何の関係があるんだ?」
ベイルは真面目な顔で問いかけた。
「では逆に質問させてもらうが、この世界における魔法とはどんなものだと思う?」
刀護は答えに困った。
「・・・呪文をとなえて火の玉を出したり、風を起こしたりとかじゃないのか?」
「そうそれだ!確かに、長いの歴史の中で様々な魔法が開発された。有用な魔法が数多く開発され、皆がそれを求めるようになった。その結果、新たな魔法を考案する柔軟な発想を失ってしまった!そして魔法の進歩は止まってしまったんだ!」
「つまりどういうことだ?」
「この世界において魔法とは想像力なんだ。イメージを明確に形にして魔力を乗せて解き放つ。それさえできれば詠唱も魔法陣も必要ない。強いイメージは強い魔法となるんだよ。俺はその想像力の素になる知識を異世界から持ち込むことによって、この世界の魔法に、新たな風を吹き込もうと考えているんだ!」
「親父の言いたいことは良くわからん。この世界の事をまだ全然知らないから、そこまで熱く語られてもピンとこねーよ」
「そ、そうだな、すまんすまん。熱くなりすぎた」
なにやらツボに入ったらしく、鼻息荒く興奮している由羅は気にしないでおこう。
「まあ簡単に言えば、漫画やアニメで使ってるような魔法をパクれたらなーってことだ」
「さっきの熱さは、まったく必要なかったな・・・」
「そう言うなよ。お前にもやるからさ、これ見て勉強しろ」
そう言うと、もう一台のタブレットPCと、更には、太陽光充電式のバッテリーまで取り出して渡してくる。
「二つあったのかよ!何でだよ!」
「もし何かあって壊れても俺は直せないからな。予備は必要だと考えたまでだ!」
「胸張って言う事じゃないと思うけど・・・まあいいか」
と、無理やり納得した。
せっかくなので、カメラを起動し、コスプレのような父親の姿を撮影しておいた。
そして、ざっと中身だけ確認して、すぐにバッグにしまうつもりだった。
(よくこんなに魔法モノばっかり色々と集めたな・・・姉ちゃんの仕業か?ってこれはっ!?)、
だが受け取ったタブレットPCの中に、あるモノをみつけた瞬間、刀護は叫ばずにはいられなかった。
「スラ〇ダンクに魔法なんてないだろ!!!?」
しかし、その叫びは虚しく風に消えていった。
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