帰還への道筋
まずやるべきことは、世界を超える方法を見つける事である。
ベイルが最初に手をつけたのは凪森神社に代々受け継がれている古い書物。それを洋二郎の力を借りながら片っ端から読み漁った。
そこには鬼の封印が解かれてしまった時のためだろう、呪術の奥義とも思える強力な術の記載や凪や真由羅の製造方法などの項目は確かにあったが、残念ながら異世界へ渡るような術は見受けられなかった。
次に恵美を頼り刀に封じられた巫女と呪術師の知恵を借りることにした。
しかし、ベイルの中では正直望み薄だと考えていた。なぜなら古の時代から受け継がれた当時の技術の集大成とも言える大量の書物の中に欠片も見つけられなかった異界への扉を開く術を、才があったとはいえ一介の呪術師や巫女が知ってるとは考えにくいからである。
だがそんな彼の予想に反して答えはあっさりと見つかってしまった。
それは刀に封じられた呪術師、宗角が知っていた。
その内容とは、宗角が日本中を旅している途中で見つけたある偶然から生まれた術のことだった。
人々を救うために旅をしていた宗角は、害をなす物の怪の調伏を請け負うことも珍しくなかった。
その中には一人では手に負えぬような強大な力を持つモノも数多くいた。
何度も死にかけた。生きているのは運がよかっただけだろう。
このまま同じことを続ければ、そう遠くないうちに命を落とすであろうことは明白だった。
だが、人々の安寧のために見捨てて逃げることはできない。
そんな彼がなんとか強力な物の怪に対抗する手段はないかと各地を探している間に、偶然、不思議な依頼を受けることになる。
それは、荒れ果てて人の住まなくなった村から
廃村の詳しい場所を聞き、すぐにそこへ向かった宗角が見たものは、おびただしい数の見たこともない物の怪の姿であった。
以前にも、旅の呪術者に討伐を依頼した事があったらしい。
その呪術者の話では、物の怪一匹一匹の強さはさほどではないが、とにかく数が多く、倒しても倒しても増えるので一人では手に負えなくなってしまったとのことだった。
だがそこは、非凡な才能を持つ宗角である。物の怪の群れを薙ぎ払い、一気に根源を断とうと村の中心へと急いだ。
根源は簡単に見つかった。ものすごく目立っていたからである。ソレは腰の高さ程に浮かんだ(穴)としか言い様のないもだった。
中をよく見ると、そこには本来ではありえない光景が広がっていた。
草原である。それも広い、とにかく広い、果てが見えぬような草原が広がっていた。
あっけにとられながら延々と広がる草原を眺めていると、遠くの方から先程戦っていた物の怪が近づいてくる。
そしておもむろに、穴の向こうの草原からこちら側の廃村へと飛び出してきたのだ。
(なるほど・・・)
飛び出してきた物の怪を即座に討滅すると再び穴の観察に戻る。
(どうやらこれは、場を歪めて別の場所へ繋げるための穴というわけ───なのでしょうか?)
強い興味を惹かれた宗角は色々な検証を始める。
(向こうからこちらに来ることはできるようですが、その逆は可能なのでしょうかね)
いきなり自ら飛び込むほど無謀ではないので、まずは握りこぶしほどの石を穴にむかって投げてみる。
すると、問題なく石は草原へと転がって行った。
(ふむ・・・なるほど。どうやら行き来することはできるのですね)
術師としての研究心に火が付いた宗角は、時間を掛けじっくりと謎の穴を調べ上げた。
そして一つの結論をだす。
これは強力な物の怪に対する切り札になるかもしれないと。
結局、閉じることのできなかった穴は、周囲を土と石で埋めた上で結界を張り封印することで物の怪の増殖を食い止めた。
それからは旅をつづけながら新たな術の開発に勤しんだ。
二年後、惜しみない努力の末ついに術は完成する。
その名も『異界送り』。
穴の原理を解明し、人為的に作った穴を何もない暗闇だけが支配する空間に繋ぎ、そこに相手を落とし閉じ込めるという術である。
これならいくら強い相手でも不意を突けば一撃で無力化でき、旅を安全に進めることもできるだろう。
基本的に穴の繋がる先を選ぶことはできないが、自分が知る強い力を持つ品を穴の先に置いておけば、それを頼りに同じ場所へ繋ぐことができるという中々に使い勝手の良い術であった。
宗角は、偶然つながった暗闇の世界に、長い間自らの呪力を込め続けた強力な呪符を設置しいつでも物の怪を放り込めるようにしてあった。
適当な異界に放り込んでは、送り先に人が住んでいた場合に多大な迷惑をかけるかもしれないからだ。
異界送りのおかげで命の危険も減り、無事使命を果たすことができた宗角だが、仲間や弟子に術を渡す前に鬼と化してしまったため術は失われ、書物にも残らなかったのである。
恵美が宗角から受け取った情報を聞いたベイルは歓喜した。
術の存在と宗角の意思が復活したことに感謝しながら。そして、異界の目印となる品をフォルバウムに残してきた自分の幸運を噛みしめ、帰還への準備を進めるベイルだった。
術の存在を知った当初、ベイルは、自ら異界送りを習得するつもりであった。が、そもそもが呪術の奥義と言える術式である。
習得には長い年月が必要だろうと宗角は判断した。
だが希望はあった。凪が持つ非常識な力を使えば、宗角の魂自身が異界送りの術を使うことが可能らしい。
しかしそれにも問題点があった。
宗角では目印の品の位置が特定できないのである。
だがベイルにはもうこれしかフォルバウムへ帰る方法がない。
あるいは他にもっと良い手段があったのかもしれないが、誰にも思いつくことはできなかった。
そもそも実力はあれど、頭を使うことが苦手な者ばかりが集まってしまっていたのである。
最終的にとった行動は、ベイルが目印の魔力の痕跡をキャッチできるまで、ひたすらランダムで異界を開き続けるという乱暴にも程がある作戦だった。
かつてフォルバウムを恐怖の底へと突き落とした魔王ファルスは言った。
異世界とは、隣り合い重なり合っていると。
しかし、近くて遠いとはまさにこのことである。
来る日も来る日も異界を開き、魔力を調べ、そして閉じる。そんなことをただひたすらに繰り返す。
いい加減、諦めても仕方がないと思える長いマラソンだった。だが鋼の精神力をもったベイルと宗角は挫けなかった。
諦めない者にしか奇跡は起こらないとは、誰の言葉だったか・・・
虚仮の一念は岩を通し、ついでに岩盤と大陸プレートまで粉砕して、目指した異世界へ届いたのである。
それは、ランダム作戦を開始してから丸一年と更に半年の時間の時間が経過した、ある暑い夏の日の事だった。
宗角に異世界への穴を維持してもらっている間に急いで帰還の準備を整え、家族へ出発の挨拶をするベイル。
息子の刀護は、今年から本州の大学へ通い始めたため電話で済ませることにした。だがいくらかけてもつながらなかったので留守電だけ残しておくことになった。
(そういえばあいつだけ、俺が異世界人だって知らないんだよな・・・まあいいか、帰ってきたら教えてやるとしよう。驚く・・・というか信じないだろうなきっと)
普段から部活と修行と畑の手伝いで忙しく、父親の動向などに興味がなかった上、お役目の力も持っていなかった刀護は、何も知らないままずっと蚊帳の外だったのである。
現在、大学は夏休み中で、刀護がここにいてもおかしくないのだが、バイトが忙しいので帰れないと事前に連絡があった。
凪森家はそれなりに裕福だったが、刀護は、「学費を出してもらっているんだから生活費くらいは自分で稼ぐよ」と働き始めたのだ。
(顔ぐらい見てから行きたかったが、仕方ないか・・・。さっさと片付けて土産でも持って帰ろう)
「よし!んじゃ行ってくるわ。できるだけ早く帰ろうとは思うが、長引く可能性も高い。だが必ず帰ってくるから心配するな」
「ええ。わかっているわ。体に気をつけていってらっしゃい」
恵美は初めて出会った時のように微笑みながら言った。
「ファンタジーな世界かぁ・・・私も行ってみたいなぁ・・・。まあ父さんがいなくても寂しくもなんともないから、てきとーに頑張ってくればいいんじゃない?あとお土産よろしくね」
香奈はいつも通りに辛辣で、それでいて少し寂しそうに別れを告げる。
「忘れないでくださいね?あなたの故郷はここなのですから。無事に帰ってくることを祈っていますよ」
そう言って絹江は心配そうな表情を浮かべた。
そこに、すぐ戻ると言って先程軽トラで出かけて行った洋二郎が戻ってきた。
その手に大きなクーラーバッグを抱えて。
「ベイル君。邪魔にならないのならこれを持っていけ」
「これは?」
「出張先で開けるといいさ。そんなことより早く帰ってくるんだぞ。家族を悲しませるような真似は許さんからな」
「ええ。必ず」
挨拶を終えたベイルは、これから行うことについて説明した。
以前から詳しい話はしてあり、許可も貰っているが念のためである。
「ではこれからフォルバウムに行ってくる。その際、宗角さんが封じられた刀を向こうに持っていく。こちらにいつでも帰れるようにな。そして帰還の目印として由羅様が封じてある鞘を置いていく」
由羅の力を誰より知っている宗角である。地球に由羅がある限り、道に迷うことはないだろう。
「わかったわ。んじゃ私たちは、父さんが旅立ったお祝いに、回ってないお寿司でも食べにいこうかしら」
香奈が意地悪そうな顔で笑った。
「そうねぇ、それも良いわね~」
恵美も笑いながら賛同した。
「俺、やっぱ行くのやめようかな・・・」
心が折れかけたベイルに、洋二郎と絹江が苦笑しながら声をかけた。
「帰ってきたらその時は、盛大に祝ってやるからさっさと行ってこい」
「そうね、あなたの大好きなものばかり用意してあげるから、楽しみにしていなさいね」
(必ず帰る。そう、必ずだ)
ベイルはそう誓った。
「くそっ、本当に寿司食いに行きやがった・・・」
車に乗って去って行く家族を見届けたベイルは肩を落としながら本殿へと戻った。
そして、お役目がいなくなったため一方通行になってしまった意思を宗角へと伝える。
「では、行きましょうか」
厚手の布を巻いた凪を右手に、そして思ったよりも大きくなってしまった荷物を背中と左手に抱え、勇者は久しぶりの生まれ故郷へと里帰りした。
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