第四章 過保護な堕天使と幸せを探すあたし
💘41 自信に溢れるリュカほど心配なものはない
リュカの持ってきてくれた氷で目元を冷やしてから、合宿所の玄関に向かった。
今ごろ懇親会は盛り上がっているんだろうか。
リュカは大山先輩と近づくチャンスだって言うけれど、あたしは何となく気が進まない。
真衣のことが気になるというのもあるけれど、やっぱりさっきのリュカの言葉が胸にちくちくと刺さっているからだ。
“僕はちえりの幸せのために、これからも全力を尽くします。
二人で一緒に頑張って、白フンの君のハートをゲットしましょうね!”
いつもなら不安な気持ちを落ち着かせてくれるその言葉が、どうして今はあたしを攻撃するのだろう。
『ちえり、どうしました? 早く中に入りましょう?』
「あっ、うん……」
リュカに促されてドアを開けると、エアコンの冷気とともに建物の中から湯気と石鹸の香りがしっとりと漂ってくる。
靴を脱いでいると、あたしを見つけた合気道同好会の子が声をかけてきた。
「藤ヶ谷さん。真衣ちゃんがあなたのこと探してたよ!」
その言葉にドキリとする。
「あ、そう。……で、真衣はどこにいるのかな?」
「今、お風呂に入ってるよ。合宿所の管理人さんから、酔っぱらってからお風呂に入るのは危険だから、皆先にお風呂を済ませるようにって注意があってね。
各部で交代にお風呂に入ってから懇親会を始めることになったの。
空手部はうちらの次だから、もうすぐ入れると思うよー」
「そっか。ありがと」
タオルを首に巻きTシャツにハーフパンツというラフな服装をした湯上りの女子は、連れの子と宿泊部屋の方に戻っていく。
「やっぱり、まずは真衣と話をした方がよさそうだね」
にわかに
『真衣さんも話したがっているようですし、それがいいでしょう。
ちえりは先にお風呂に入ってきてください。僕は真衣さんがお風呂から出てきたら、彼女の傍につくようにします』
「うん。お願いね」
浴場の方へと向かうリュカと別れ、あたしは着替えを取りに宿泊部屋に戻った。
👼
「あっ、ちえりちゃん! どこに行ってたの?
ご飯もまだみたいだけど、もうすぐうちらのお風呂の番だから、先に入っちゃお!」
部屋に入ると、同室の先輩がバッグを探りながら顔を上げた。
「わかりました! すぐに用意しますねっ」
慌てて自分のボストンバッグに歩み寄り、ファスナーを開けてタオルや着替えを取り出す。
「そう言えば、有紗ちゃんがちえりちゃんを探しに行くって言ってちょっと前に部屋を出ていったんだけど、会わなかった?」
先輩にそう尋ねられて手を止めた。
「いえ……? 会いませんでしたよ?」
「そう。どこを探してるんだろ?」
ご飯も食べずに出かけてしまったことはまずかったかな。
有紗ちゃんに余計な心配をかけてしまったみたい。
彼女が戻ってきたら謝らなきゃ。
そんなことを考えつつお風呂の支度を整えていると、有紗ちゃんが戻ってきた。
「ちえりちゃんっ! 探したんだよぉ~。どこに行ってたの?」
「ごめんごめん! ちょっと夜風に当たりに浜辺に行ってて……」
「ご飯も食べずに海に行ってたの? やっぱりちえりちゃんって変わってるねっ」
キャハハッと明るく笑う有紗ちゃん。
探しに行かせたのは申し訳なかったけれど、あんまり気にしてないみたいでよかった。
先輩たちと一緒に数人で部屋を出ると、お風呂から出てきた真衣が廊下を歩いてきた。
横にはぴったりとリュカがついている。
「あ……っ」
顔を上げた真衣があたし達に気づき、小さく声をあげた。
「真衣。後でちょっと話があるんだ」
精一杯の笑顔を返すと、頷いた彼女も笑顔を貼りつける。
有紗ちゃんの方をちらりと見たりして、周りの目を気にしているみたい。
『真衣さんのことは僕に任せてくださいね!』
すれ違い際にリュカがあたしの耳元で自信たっぷりに囁いてきた。
今までの経験からすると、自信に溢れるリュカほど心配なものはないんだけどなぁ……。
一抹の不安を感じながらも(よろしくね)と小声で返した。
👼
合宿所のお風呂は一階の奥の突き当りが女湯で、その右側手前が男湯の出入口になっていた。
「男子の方が人数多いから、全員入り終わるまで時間がかかるはずだよ。
うちらはのんびり入ろう!」
先輩や有紗ちゃんは広い浴槽で思い思いの姿勢でくつろいでいるけれど、あたしはどうしても真衣のことが気になって、のんびりと浸かる気分になれない。
お風呂から出たら、真っ先に真衣の部屋に向かうことにしよう。
「のぼせちゃったから、先に出てますね~」
先輩達に言い残し、そそくさと服を着て脱衣室から出た。
女湯ののれんをくぐって出ると、男湯の前にあたしと同級生の男子空手部員たちが三人たむろしていた。
湯上りの彼らは眉根を寄せてひそひそと何かを話している。
「お疲れ様でーす」
声をかけると、彼らがあたしを見て明らかに顔を引き攣らせた。
「ふ、藤ヶ谷……」
「そんなとこで何してんの? まさか女湯をのぞこうとしてるとか?」
軽口を叩いて近づくと、なぜか皆気まずそうにあたしから視線をそらす。
「そんなわけねえだろっ」
「ってか、藤ヶ谷、お前こそ……」
「へ? お前こそ……って、何?」
あたしが首をかしげると、男湯ののれんの奥にある引き戸がガラリと音を立てて開き、中から大山先輩が出てきた。
湯上りで乾ききらない前髪がおでこを隠し、いつもより童顔に見える。
そんな雰囲気も素敵だけれど、表情はなんだか険しくて不機嫌そうだ。
先輩があたしに気づいて、切れ長の目を見開いた。
さっきのやり取りの後だけに、目が合うといつも以上にドキッとする。
男子部員たちがあたしをちらっと横目で見つつ、小声で先輩に話しかけた。
「主将、見つかりました?」
「いや。どこを探しても見つからない」
「そうっすか。じゃあやっぱり犯人はあれの代わりに主将のを持ち帰ったってことっすかね」
「服着て出てきたってことは、主将、もしかしてあれ着けたんすか?」
「しょうがねえだろ!? ノーパンも気持ち悪いし、あれは新品だったし、仕方なく……」
犯人……?
あれ……?
ノ、ノーパンッ!?
「あの……。何かあったんですか?」
先輩たちのやり取りがさっぱり見えてこなくて口を挟むと、気まずい空気の濃度がさらに高まった。
「藤ヶ谷……。つかぬことを聞くが、お前は俺らが風呂に入ってる間に男湯の脱衣所に入ったりなんかしてないよな?」
「はあっ!? そんなこと、するわけないじゃないですか!」
先輩からの突飛すぎる質問に、思わず声が裏返ってしまう。
「そうだよな。藤ヶ谷がそんなことするわけないよな」
「なんでそんなこと、あたしに聞くんですか?」
「実はな……。男湯の脱衣所で、盗難事件があったんだ」
「盗難!? 何が盗まれたんですか?」
「盗まれたのは……俺のパンツだ。履いてたやつも、替えのやつも、両方盗まれた」
「パッ、パンツゥッ!!?」
大山先輩の言葉に衝撃が走る。
せっ、先輩のパンツが盗まれた……!?
盗まれたのって、一体どんなパンツだったんだろう……!?
妄想がものすごい加速度で暴走しそうになって眩暈がするあたしに、部員の一人がためらいがちに言葉を向けた。
「しかも、パンツの代わりに犯人はメッセージカードと一緒にあるものを置いていったんだよ」
その言葉をさらに大山先輩が引き継ぐ。
「パンツの代わりに脱衣かごに入っていたのはふんどしだ。
そして、添えられたメッセージカードの差出人が……藤ヶ谷、お前になってたんだよ」
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