💘05 言ってることが堕天使じゃない

「あらやだぁ!

 家に戻ったと思ったらまたお出かけ?」


 アパートを出ると、電線の上に止まっていたガブリエルがばさりと羽ばたき、隣家の塀へと下りてきた。


 おネエ言葉を話す彼は、リュカが堕天して悪魔サタン預かりの身である間、お目付け役を任じられているカラスらしい。

 リュカが謹慎期間を終えて罪を贖うために地上界に上がる時、一緒について来たんだとか。


「リュカが夕食の材料を買いにスーパーに行けってうるさいからさ」


 ぼやきながら歩くあたしの横を、ガブリエルは塀の上をちょんちょんと跳ねるようについてくる。


「リュカったら、アンタのことになると途端に頑固になるわよねぇ」

「地底界にいる時はこんな感じじゃなかったってこと?」

「そぉねえ。日がな一日新聞を読んでは気になる記事をスクラップして、アタシと二人でのんびり穏やかに過ごしてたわよ」


『三百六十八年と百四十九日という謹慎期間中は他にすることもなかったですからね。

 世界じゅうの新聞を読んでは、料理のレシピや健康に関する記事を集めてスクラップするのが唯一の楽しみでした』


 リュカの言葉にドン引くあたし。

 地底界にいた時から料理と健康オタクだったんだ……。

 三百何十年もの間にいったい何冊のスクラップブックがたまったんだろう。

 ていうか、今どき新聞のスクラップって、昭和の主婦かっ!


「見送りはここまでにしとくわ。暗い夜道には気をつけるのよ」

「ありがと。じゃね、ガブリエル」


 ガブリエルはばささ、と羽を鳴らすと、すっかり暗くなった空へ向かって飛んで行った。


 帰宅した道を行けば駅前のスーパー成城石田があるんだけれど、そちらとは反対方向に10分ほど歩いたところにあるスーパーヤマキに向かう。

 大学帰りに成城石田で買い物すれば楽だったのに、と心の中でぼやくけれど、リュカがヤマキ派だから仕方ない。

 成城石田は規模が小さく割高だから、安くて品揃え豊富なヤマキの方がいいというのがリュカの主張だ。


 堕天使のくせに、ほんとに色々細かくてめんどくさいのがリュカなのだ!


 👼


『ちえり、そこの泥付きゴボウを一本かごへ入れてください』

(えー。ゴボウきらーい)

『けんちん汁にゴボウは欠かせないんです! 体も温まりますし、食物繊維たっぷりだからお通じも良くなりますよ』

(おばあちゃんの知恵袋かっ!)


 スーパーヤマキで、他人には見えないリュカと小声で会話しながら、かごに商品を入れていく。

 泥付きゴボウや里芋なんかが入ったレジかごの中身を見た人は、きっと あたしのことを “若いのにお料理上手なお嬢さんなのねぇ~” なぁんて思うだろう。


 リュカが現れるまでは、納豆と〇トウのごはん、たまにインスタント味噌汁くらいしか買うことがなかったんだけどね。


 しかも、この材料で料理をするのはあたしじゃなくて堕天使リュカだし。


 おばさま方の感心する眼差しを受けたあたしは、隣で細かく買い物指示を出すリュカが見えてないのをいいことに、目利きのように鋭い眼差しを大根に向けつつ “料理がデキる女” を演じるのだった。


 👼


 根菜だらけの重たいマイバッグを手に持ってヤマキを出ると、ねぐらに戻ったはずのガブリエルが待っていた。


「さっき通ってきた道路、どうやら夜間工事が始まったみたいよ。あれじゃあ通れないわぁ」


 駐輪場に停められた自転車のハンドルを止まり木にして、他の買い物客に聞こえないよう小声で話しかけてくる。


「え? 幹線道路でもないのに夜間工事してるの?」

「さあ。そんなことはアタシにもわからないわよ。とにかく、さっきの道は通行止めだからあっちの道を通んなさいな」


「えー。お腹空いてるし、荷物重いし、早く帰りたいのに回り道なんてめんどくさーい」


 あたしがごねると、手に持っていたマイバッグが突然ふわりと軽くなった。


『今なら誰も見ていませんから、僕がこれを持って先に帰り夕食を作っていますよ。

 ちえりはガブリエルと一緒に帰ってきてください』


 リュカはごぼうやらネギやら大根やらが飛び出したマイバッグを片手に提げたまま、黒く大きな翼を広げてよたりと浮いた。

 非力なリュカには荷物が重すぎるようだけど、それでちゃんと飛べるんだろうか?


『いいですか? 夜道の一人歩きは危険です。

 何かあったら大声を上げて助けを呼ぶんです。後をつけられているような気配を感じたら、近くの民家に駆け込んで助けを求めるか、スマホで誰かと話すふりをして……』


「まだ8時前だし、子どもじゃないんだから大丈夫よ。

 お腹ぺこぺこなんだから、リュカは早く行ってご飯作ってて!」


 まだまだ何か言いたそうなリュカがめんどくさいので、しっしと手の甲で押しやる仕草をする。


『いいですか? 本当に気をつけてくださいよ?

 ガブリエル、ちえりを頼みます。何かあったらすぐに僕に知らせてください』

「わかったわ。任せといてちょうだい」


 リュカはガブリエルにそう言い残すと、ばさりと翼を羽ばたかせて月の出ている方角へよたよたと飛んで行った。


 少々心配になりながら見ていると、リュカの黒髪と燕尾服、黒い翼がみるみる夜空の闇に溶けていく。


「さ。アタシ達も早く帰りましょ」

「別に見守られてなくても平気よ」

「そうはいかないわよ。リュカに頼まれたんだから」


 低空飛行するガブリエルの後をついて行くような形で、あたしはさっきの道より街灯が少なく狭い道を歩き出した。

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