💘34 ちゃんと前を向いていこう
「ごちそうさま!」
晩ご飯を食べ終わり、箸を置いて手を合わせると、隣にいたリュカがいつものように柔らかく微笑んだ。
『食欲が戻ったようで何よりです。
今日は白フンの君と沢山話せましたしね!
まさかちえりが合宿のタイムスケジュール作成を買って出るとは思いませんでしたよ』
「だって、あたしのさし当たっての目標は “献身的なマネージャーになる” でしょ?
あたしにできることならば積極的に関わっていこうと思ったのよ。
先輩と話せる機会も増えるしね」
リュカがテーブルに出したトレイの上に、あたしは食べ終わった食器をてきぱきとのせ、トレイを持って立ち上がった。
『え? ちょ、ちえり? 後片付けは僕が……』
「もうすぐあたしも二十歳だし、自分の身の回りのことも少しずつ自分で出来るようにした方がいいと思って。
だから、今日はあたしもリュカと一緒に洗い物したいの」
微笑み返したあたしを見上げてリュカは少し眉根を寄せたけれど、すぐにぱっと笑顔に戻ると立ち上がった。
『そうですか。……うん、そうしましょう! ズボラなちえりがいきなり一人で洗うのは僕も心配ですからね。
一緒に洗いながらエコでかつ綺麗に洗えるやり方を教えますよ』
リュカの指示通り、洗い桶にお湯を張ってそこに食器をため、汚れや油を浮かせてからスポンジでお皿を洗っていく。
『そう言えば、今日の二限目にちえりが行方不明になったとき、便秘がひどくてずっとトイレにこもっていたって言ってましたよね?
その後はどうです? お腹張ったりしてませんか?』
「あぁ、うん。もう大丈夫! 数十分トイレで粘ってスッキリさせたしね!」
『よっぽど長い時間、ものすごーく力んでいたんでしょうねえ。
トイレから戻ってきた時のちえりは顔も目も真っ赤でしたから……』
「あのねえ、乙女に向かって力んでたとか言わないでくれる!?
まったくデリカシーがないんだから」
中庭でリュカとガブリエルの話を聞いた後、あたしはトイレにこもっていた。
話を終えて戻ってくるリュカに、涙を見られたくなかったからだ。
リュカは、あたしを大切に思ってくれている。
今はあたしの幸せを第一に考えてくれている。
ガブリエルの言葉やラファエルの出現に、リュカはあたしを贖罪の対象としてしか見ていないんじゃないかと勘ぐっていた。
けれども、リュカはちゃんとあたしを大切に思ってくれていた。
あたしの幸せを願って、あたしのために一生懸命動いていてくれたんだ。
それがとても嬉しかったのに、なぜか涙が止まらなかった。
誰かに掴まれているように心臓がきゅうきゅうと苦しくて、目覚めたばかりの子どものように
ひとしきり泣いて、ぐちゃぐちゃな感情を吐き出して、そして残ったクリアな気持ち。
あたしにとってもリュカはとても大切な存在だ。
大切なリュカのために、あたしも彼の幸せを願おう。
あたしの成長を喜んでくれるリュカのために、あたしは前進していこう。
お互いが幸せになるために、
お互いを幸せにするために、
あたしもちゃんと前を向いていこう。
『ちょ、ちえり! すすぎが雑ですよっ! お碗の高台に泡が残ってます』
「へいへい」
『あ、ほら、この角の部分がまだギトギトしますよ! もう一度スポンジで隅をきちんと洗わないと』
「へーい……」
『あっ、お茶碗は最後まで浸しておいた方がいいですよ! ご飯のこびりつきは十分にふやかしてから洗った方が……』
「…………」
「あーもーめんどくさっ!!」
喉まで出かかったその声をあたしはなんとか押し込んで、小言を言いながらお皿を拭くリュカの隣で洗い物を頑張った。
食器の片付けを終えて部屋に戻ると、携帯に新着メッセージが入っていた。
真衣からのものだ!
ドキドキとはやる気持ちを抑えきれずにロックを解除する。
そわそわするあたしの様子に、送り元を察したリュカも端正な顔をあたしの肩に近づけて画面を覗き込んだ。
【なかなか話をするタイミングがつかめなくってごめん。
夏休み前でお互いレポート提出も立て込んでるし、誤解のないように顔を見てきちんと話したいから、合宿の時に話すことにするね】
『……なんでしょう。この思わせぶりなメッセージは。随分と引っ張りますね』
「うん。こんな歯切れの悪い文章、真衣らしくないよ」
不満げなリュカの声に、あたしの心も同調してモヤモヤがたまる。
真衣はあたしに何を伝えようとしているんだろう。
誰か他の人がいる場や、LIN〇のメッセージでは伝えられないこと?
ともすれば誤解が生じてしまうような、デリケートな内容?
さっぱり見当がつかない。
これはやっぱりガブリエルが関わっているということなんだろうか。
何て返事を書こうか迷っていると、もう一件新たなメッセージが届いた。
「あ、スパポーンからだ」
だいたいいつもこの時間になると、スパポーンは “今日のますじろう” なる大山先輩のプチ情報を送ってくる。
その情報欲しさに彼をブロックできないでいるんだけれど、リュカは彼とのやり取りが気に入らないらしく、部屋の片づけの手を止めて慌ててにじり寄ってきた。
『またデートの誘いですか? 断り続けてるのに彼もまったく懲りませんね!
やっぱりここはガツンと……』
「えええええええーーーーーー!!!???」
メッセージを開いたあたしの絶叫に、驚いたリュカが翼を広げて後ずさった。
『ど、どうしたんですかっ!?』
「ちょっと――!
こんなの聞いてないっ!!」
スパポーンからのメッセージにはこう書かれてあったのだ。
【
藤ヶ谷さんと仲良くなれる絶好のチャンス、楽しみにしてるね♡】
真衣の話といい、スパポーンの強引さといい、
今度の合宿、一体どうなっちゃうのーーー!!?
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