💘46 尖った悪意が剣の切っ先のように突き付けられている

 大山先輩のパンツが、あたしの荷物の中から見つかった──!?


『有紗さんの荷物をはじめ部屋の中からはパンツが見つからなかったので、他の場所を探そうと思ったんです。

 ただ、その前にちえりのバッグの中を整理しておこうと思ってファスナーを開けたら、ぐっちゃぐちゃになった荷物の中から男もののパンツが入ったビニール袋が見つかって……』


 リュカの過保護のおかげであたしのバッグの中からパンツが見つかったということか。

 それを知らずに部屋に戻っていたら、あたしの容疑が確定するところだった。


 尖った悪意が剣の切っ先のようにあたしに突き付けられていることを今更ながらに自覚する。


『白フンの君のパンツは僕が彼の部屋に戻しておきましたから安心してください。

 ……ただ、僕としては引っ掛かることがあるんです。

 ちえり達の部屋のドアは鍵がかけられていました。

 窓の鍵が開いていたので僕は外から入ったんですが、宿泊者以外の人間が忍び込むことができない点から考えると……』


「あたしと同じ部屋の誰かが犯人って可能性が高いってことだよね……」




 心の中に立ち込めていた濃霧が一気に集まり、輪郭をもって現れる。


 その姿は──




「やっぱり、犯人は有紗ちゃん……」




 疑念が確信に変わり、心が凍てつくように強ばった。



 ここまでされたら、あたしももう黙ってはいられない。



「有紗ちゃんと話をしてみるよ」


 冷ややかな決意を込めてリュカを見上げると、彼はその瞳に穏やかな光をたたえたままゆっくりと頷いた。


『彼女がこれ以上嫌がらせをしてこないように、ここできっちり話をつけた方がいいでしょう。

 僕が傍についていますから、ちえりは落ち着いて話してくださいね』


 森を映した深い湖の色の瞳が、湧き上がる不安と失望と怒りを鎮めてくれる。


 あたしは頷き返すと大きく息を吐き、それから襖を開けて大部屋の中へ再び入った。

 円座して談笑する人たちの中をわけ入り、空手部女子のグループへと近づく。


「有紗ちゃん。ちょっと話があるんだけど、いいかな」

「えっ? なぁに?」

「ここじゃ話せないことだから、和室の外に行こう?」


 語気の強いあたしの言葉に、ほろ酔い顔で笑みを浮かべていた有紗ちゃんの口元が途端に強ばった。


「……わかった」


 手にしていたカップをテーブルに置いた有紗ちゃんが立ち上がると、あたし達は和室の外へ出た。

 廊下で待っていたリュカとアイコンタクトを取り、角を曲がった人気のないところまで有紗ちゃんをいざなうと、あたしは彼女に向き直った。


「有紗ちゃん。単刀直入に聞くね。

 ……大山先輩の下着を白フンに差し替えたのは、有紗ちゃんなの?」


 いきなり核心をついたあたしの質問に、有紗ちゃんはへらっと捉えどころのない笑みを見せる。


「えぇ? どういうこと?」


「あたしが白フン推しだっていうことは、有紗ちゃんにしか伝えてないの。

 わざわざ白フンを選んであたしに罪を着せようとするなんて、有紗ちゃんでなければできないはずだよ」


 詰め寄るあたしを一瞬睨みつけたかに見えた有紗ちゃんが、口元を歪ませた。


「……疑うなんてひどい! 私とちえりちゃんは友達でしょう? 私がそんなことをすると思ってるの?」


 瞳を潤ませながら上目遣いであたしを見返す有紗ちゃん。

 ただでさえ小柄で可愛らしい容貌の彼女にそんな風に返されたら、あたしが有紗ちゃんを虐めてるみたいだ。

 動揺するあたしに、リュカが『白フンの君のパンツを見つけたことを伝えましょう!』と援護する。


「……実は、あたしの荷物の中から大山先輩の盗まれたパンツを見つけたの。

 同室でなければ仕組むのは難しいし、有紗ちゃんがあたしに罪を被せようとしたんじゃないの?」


 この一言で有紗ちゃんに犯行を認めさせることができるはず。


 そう思っていたのに、彼女は心底残念そうに大きなため息を吐いた。


「どうして私が仕組んだと思うの?

 ちえりちゃんの荷物の中に大山主将の下着が入っていたのなら、犯人はやっぱりちえりちゃんなんでしょう?

 ちえりちゃんこそ私に罪をかぶせようとして、一体どうするつもりなの?」


「そ……そんな……っ」




 証拠が揃わないまま彼女に詰め寄ったことを後悔する。

 これ以上どう追及すればいいんだろう。

 次の一手を探して頭の中をひっかき回したけれど、冷や汗が出てくるだけで返す言葉は見つからない。


『僕が証拠品パンツを目の前に突きつけられたら言い逃れなんかさせないのに……!』


 気が動転しているのはリュカも同じのようだ。

 この期に及んで彼女にパンツを突きつけたところで事態の好転はありえない。




 このままでは、あたしは自分の汚名を晴らせないどころか、有紗ちゃんに罪をかぶせようとしたひどい女になってしまう。




 あたしは一体どうしたら――――!?







「いい加減ニしたラどう?」



 足元がぐらぐら揺れて眩暈を覚えたその時、廊下の曲がり角から聞こえてきたのは、外国語訛りのある高めのハスキーボイスだった。


 ストレートの黒髪を肩下におろした彼が腕組みをしつつ現れる。


『「スパポーン!」』


 あたし(とリュカ)が口にした名前に有紗ちゃんが驚いて振り向くと、スパポーンはきつめの大きな瞳を眇めるようにしてこちらを睨みつけた。


「さっきカラ聞いてレバ、ワタシのお気に入りの子ヲ虐めるナンて、アナタいい度胸してルわネ」


 スパポーンの登場でさらに混乱するあたし(とリュカ)が立ちつくしていると、彼は泣きべそをかく有紗ちゃんをちらりと見た後であたしをまっすぐに見据えた。


「今日、藤ヶ谷サンとワタシは病院カラ一緒ニ帰ってきタでショウ?

 アノ後、藤ヶ谷サンがどこかニ行っちゃっタカラ、ワタシは食堂デ一人デ遅い夕食ヲ食べたノね。

 それデ、夕食ヲ食べ終わっテ食堂カラ出るトキに見たノ。

 ――田川サンが、男湯ノのれんヲくぐっテ出てくるところヲ」


『「「なっ……」」』


 スパポーンの口から飛び出た重要証言に、あたしもリュカも有紗ちゃんも声を詰まらせた。


「さっきうちノ部員達ガ事件のコトを噂してルのヲ聞いたのヨ。藤ヶ谷サンが犯人テことになってルケド、ワタシはすぐニ田川サンが仕組んだコトだっテわかったワ。

 アナタ達ガ和室の外ニ出るとこヲ見たカラ後を追っテ来たんだケド、やっぱり田川サンが藤ヶ谷サンに罪を着せようトしてたノね」


「……っ」


 スパポーンが突きつけた言葉に、有紗ちゃんの顔がみるみる歪んでいった。

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