💘45 リュカったらなんてことに気づいたの!?

『なるほど。ガブリエルと結託して悪質な悪戯をしたのは有紗さんかもしれないのですね』


 真衣が出て行った後の食堂で、あたしはリュカが離れている間に起こった事件の詳細と、有紗ちゃんがガブリエルと接触して犯行に及んだ可能性があることをリュカに伝えた。

 真衣への誤解が解けた安心感から多少の食欲が戻ったことで、彼女が温めてくれたチキンカツカレーを食べながら。


「でも、有紗ちゃんが疑わしいというだけで、今のところは確たる証拠があるわけじゃないんだよね。

 ガブリエルと彼女が会っているところを見たわけでもないし。

 何より、前に彼女自身も赤フン同盟に襲われたことがあるって言ってたじゃない?」


『しかし、白フンの君の好みのタイプが故意についた嘘ならば、赤フン同盟に襲われたというのもちえりを油断させるための嘘かもしれませんよね。

 僕が早速彼女の身辺を調べてみますよ』


 任せておけとばかりに胸を張るリュカの存在を心強く思う一方で、あたしの心は再びちくちくと痛みだす。


 リュカは当たり前のようにあたしの幸せのために頑張ってくれている。


 それなのに、あたしはそんな彼の贖罪を自分勝手な思いで遠ざけてしまったんだ。


 罪悪感で息苦しくなる。




 あたしのそんな胸の内を知らないリュカは、穏やかに微笑みながら思うままに言葉を続ける。


『それにしても、白フンの君は見上げた男ですね。

 ちえりのことを僅かにも疑わず、部員たちを一喝して騒ぎを静めるとは。

 ちえりが彼に魅かれるのもわかりますよ。

 彼に想いが通じれば、ちえりはきっと幸せになれるでしょうね』




 息苦しい心に、容赦なく刺さる棘。

 思わず呻きそうになるあたし。




 けれども、そんなあたしに向けられた次の言葉は、のしかかる罪悪感も容赦なく刺さる棘もはねのけるくらいに衝撃的なものだった!





『……しかし、今の話を聞いてふと思ったんですけど。

 替えのパンツまで盗まれた彼は、今も白フンを締めたままなんでしょうかね?』





 ちょ……


 リュカったら、なんてことに気づいたの――!!





 濡れ衣を着せられて気が動転していたから、あの場では完全にスルーしていたっ!


 あたしを庇ってくれたあの時、先輩はあの黒いスウェットパンツの下に白フンを……っ!?





 ──って、ダメ!

 ダメだよ、ちえりっ!


 今は妄想タイムに突入している場合じゃないんだから!





「いやいや、合宿は二泊だから替えのパンツはもう一枚あるだろうし、さすがにそっちに履き替えてるんじゃないかな」


 自制を込めて言葉を返すと、リュカの瞳に力がこもった。


『しかし、今日その一枚を履いてしまったら、白フンの君の明日の替えパンツがなくなってしまうではないですか!

 ちえりを信じて庇ってくれた彼のためにも、僕が彼の替えパンツをなんとしても見つけますっ!!』




 な、なんだか頑張る方向性が若干ずれた気がするけれど……。


 でも、大山先輩のパンツが見つかれば、フンドシ差し替え事件の犯人を特定する糸口になるかもしれない。


 ツッコミを入れるのもめんどくさいし、そこはリュカの意気込みに任せておくことにした。



 👼




 早速パンツ捜索に乗り出すと張り切るリュカと別れ、あたしは懇親会場となっている二階の和室に向かった。


 木製の引き戸を開けると、二畳ほどの空間ホールの奥から襖越しにざわざわと声がする。

 中に入ると先輩達はすでにお酒を酌み交わし、エアコンが効いているにも関わらず蒸し暑さを感じるほどに盛り上がっていた。


 奥の方を見るとスパポーンも来ているけれど、さすがに今日はお酒を控えるようでコーラのボトルで手酌している。

 そんなスパポーンや合気道同好会の部長達と同じテーブルに座る大山先輩と目が合った。


 けれど、先輩はあたしからさりげなく目線をずらし、談笑の空気を僅かにも淀ませることはなかった。

 あたしとの不用意な接触は控えると言っていた先輩の気遣いなんだと思うと、心がちくりと痛みつつもありがたい。



 …………。




 ……って!


 ちえりの妄想ストーーーップ!!


 今の先輩が身につけているアンダーウェアが白フンなのかそうでないのか、今はそんなことを考えてる場合じゃないんだってばっ!




 気を取り直してどこに座ろうかときょろきょろ見回していると、合気道同好会の女子でかたまっていた真衣があたしを呼んだ。


「ちえり! 未成年用お子ちゃまのジュースはこっちに揃ってるよー」


 一足先に二十歳になった真衣がビールの入ったプラカップを片手に、部屋の隅のテーブルを指さす。


「ありがとう」と手を振り、あたしは勧められたテーブルに歩み寄った。

 カップに炭酸飲料を注いでいると、ひそひそと囁き声が耳に入ってきた。


「あの子が大山君にフンドシを渡したって……?」

「男湯の脱衣所に忍び込んだらしいよ」


 声のした方に顔を向けると、面識のない女子達が慌てて視線をずらしながらカップを口に運ぶ。


 大山先輩はあの場で否定してくれたけれど、フンドシ差し替え事件はあたしが犯人ということになってすでに噂が広まっているらしい。


 声高に否定したいけれど、下手に騒ぎを大きくして犯人を煽るよりは周りが興味を失うまでおとなしくしていた方がいいんだろう。


 それに大山先輩と距離を置いていれば、事件の犯人もこれ以上の嫌がらせをしてくることはないかもしれないし。




 ジュースを片手に再び会場を見回すと、空手部の女子がかたまるグループには有紗ちゃんがいて、何食わぬ顔で自分がそこに入っていくのは躊躇われた。

 壁際の空いたスペースにひとり腰を落ち着けてふうっとため息をつくと、襖がすうっと開いてリュカの端正な顔がにゅっと現れた。


『ちえりっ! 大変です!』


 焦りをあらわにする彼の様子に慌てて立ち上がり襖の外へ出ると、リュカが手招きする。

 耳を近づけると、彼はあたし以外誰にも聞こえない声のボリュームをわざわざ落として囁いた。


『白フンの君のパンツが見つかりました!』




 ざわざわと嫌な予感が全身を駆け巡る。




「どこにあったの? やっぱり有紗ちゃんの荷物の中に?」


『ビニール袋に入ったパンツは、ちえり達の宿泊部屋から見つかりました。

 ……ただし、出てきたのは有紗さんの荷物からではなく、ちえりのボストンバッグの中からでした』


「え……っ!?」




 リュカによって伝えられたその事実は、這い上がる悪寒を戦慄に変えた。

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