💘44 意識の水面に浮かんできた事実

 真衣の好きな人が──



 あの女装の麗人、スパポーン!!?





 驚きすぎてのけぞったリュカがバランスを崩し椅子がぐらりと揺れたけれど、真っ赤になった顔を両手で隠して照れまくっている真衣はまったくそれに気づいていない。


「スパポーン様のことは一年生の頃からずっと憧れてて……

 あっ、好きだとか、付き合いたいとか、そんな大それたことは思ってないの!

 ただ、あの美貌と強さは私の理想そのもので、こっそり見てるだけで幸せだなぁって思ってて……」


 いつもクールで大人びた雰囲気の真衣が少女のように恥じらう様はなんとも微笑ましい。


 彼女のコイバナを今まで聞けなかった分色々といじりたい衝動に駆られるけれど、それはまたの機会にしよう。

 

「じゃあ、真衣があたしにずっと話したかったことって、もしかしてスパポーンのことだったの?」


「うん……。ちえりが空手部のマネージャーになってから、スパポーン様は大山先輩からちえりを遠ざけようと邪魔に入ろうとしていたでしょう?

 大山先輩のムエタイ転向を画策してる彼が、先輩に近づく女子を牽制するのはいつものことなんだけど……。

 私、偶然見ちゃったんだよね。武道館の外の植え込みの奥で、ちえりとスパポーン様が二人っきりで話をしているところを……」


 そう言えば――。

 階段からの突き落とし事件があった翌日、あたしはスパポーンとそこで話をしていた。

 リュカが転んだせいでスパポーンが男だってわかったのもその時だったっけ。


 あの後からスパポーンのあたしへの猛アプローチが始まったわけだけど、結局あれはスパポーンの策略だったわけだし、真衣に言わずにおいてよかった。


「ちえりが大山先輩を好きなのはわかってるし嫉妬したわけじゃないけど、その後も二人でお茶しに行ったりしてたから、ちえりはスパポーン様とお友達になったのかなと思って。

 それで、機会があったら私の気持ちをちえりに伝えてもいいのかなって思い始めたの。

 渚には茶化されそうだし、まずはちえりにだけ伝えようって思ってたんだけど、恥ずかしくてなかなか言い出せなくて。

 そんな時に合宿が空手部と合同になるって聞いて、いい機会だからそこでちゃんと話そうって思ってたんだ」


「真衣の様子が最近おかしかったから、ずっと気になっていたんだよね。

 あたしはてっきりガブリエルに関することを話すつもりなのかと思ってた」


「そう言えば、さっき “仕組む” とか “陥れる” とか言ってたのはどういうこと?

 そのガブリエルってカラスとちえりはどういう関係なの?

 どうしてあのカラスは私のところに来たんだろう?」


 ずっと言えなかったことをやっと伝えられたせいか、憑き物が落ちたようにすっきりとした顔に戻った真衣が今度はあたしを追及し始めた。


「説明するのはめんどくさいんだけど、とにかくあたしはあのガブリエルってカラスに嫌われてるのよ。

 ガブリエルはあたしの友達と接触して、あたしを陥れるために何か良からぬことを企んでるの。

 真衣のところに来たのも、真衣をそそのかしてあたしを攻撃させようとしたんだと思う」


「……肝心な部分をだいぶ端折られたけど、ちえりだから仕方ないわね。

 私がガブリエルと会話したのは、初めて会った日と今日の二回だけよ。

 今日はスパポーン様が救急車で運ばれたって聞いて、私も心配で食堂の外からこっそり彼の様子を見ようと思って裏庭に回ったの。

 そしたら後ろから『遅いじゃないのよ』って声をかけられて、振り向いたらあのカラスがいて。

『なんでここにいるの? 私を誰と間違えたの?』って問い詰めているところにちえりが来たのよ」




『ガブリエルは誰かと間違えて真衣さんに声をかけた……?』




 リュカが低い声で呟いたその一言は、あたしも引っ掛かるところだ。


「ガブリエルは誰に接触するつもりだったんだろう?」


 真衣に尋ねるともなく呟くと、少しの沈黙の後で彼女が躊躇いがちに口を開いた。


「これは推測の域を出ないんだけど……。

 私が裏庭から戻るとき、外に出ようとした田川さんと合宿所の玄関で会ったのよ」


「有紗ちゃん……?

 有紗ちゃんなら、あたしを探しに外に出てくれたみたいだけど」


「じゃあ、田川さんがちえりを探しに出ようとしたところをたまたま私が見ただけかもしれない」




 真衣はそう言ったけれど、今の話がきっかけとなって、あたしの頭の中でおりのように沈んでいた事実がぷかぷかと意識の水面に浮かんできた。




 有紗ちゃんが教えてくれた大山先輩の好みのタイプは、まったくのデマだった。


 お風呂の前にあたしを探しに外に出たって言ってたけど、外にいたあたしは有紗ちゃんの姿を見ていない(裏庭にいたのなら見かけなかったのも納得できる)。


 それに、あたしの名を語って大山先輩のパンツを白フンに差し替えた悪戯にしても、あたしが白フン好きだと知ってるのは有紗ちゃんだけのはずだ。


 真衣への誤解が解けてほっとしたのも束の間、有紗ちゃんへの疑念が濃霧のようにあたしの心に立ち込める。




「非現実的すぎて私の幻覚かもしれないって思ってたし、喋るカラスのことは元々ちえりに伝えるつもりはなかったんだ。

 でも、ちえりもあのカラスを知っているってわかって、話ができてよかったと思う。

 あいつが誰と何を企んでるかわからないけど、何かあったらいつでも相談にのるよ」


「うん。ありがと……」


「そろそろ親睦会が始まる頃だと思うから、私は先に行ってるね。

 ちえりはご飯を食べてからおいでよ」


 あたしが頷くのを見た真衣が笑顔を浮かべて席を立った。

 あたしも慌てて立ち上がると、真衣に向かってぺこりと頭を下げる。


「真衣のこと疑ってごめん!

 でも……。あたしのこと、大好きって言ってくれて嬉しかった。

 真衣はやっぱり大切な親友だよ!」


 あたしの言葉に、いつも感情の振り幅が小さめの真衣が満面の笑みを咲かせた。


「私にとってもちえりは大切な親友だよ」




 さらに深まった真衣との絆は、濃霧の立ち込めるあたしの心を松明のように明るく力強く照らしてくれる。


 あたしが誰かに裏切られているとしても、あたしには真衣とリュカがいる。

 それがどれだけありがたくて心強いことか──




 食堂を出ていく彼女を見送った後で隣に座るリュカの方へと向き直った。


 『まさかスパポーンだとは……』とか『ガブリエルが他に接触していそうなのは……』とか、さっきからぶつぶつとひとり呟いているリュカ。

 情報錯綜真っ最中の彼に、あたしはフンドシ差し替え事件とその容疑者について詳しく説明することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る