💘43 椅子から転げ落ちそうなくらいの衝撃だ
「真衣、お待たせ。話がしたいんだけど、いいかな」
真衣の部屋のドアを開けて顔を覗かせると、畳に座って文庫本を読んでいた真衣が顔を上げた。
「うん。部屋を出るからちょっと待ってて」
一旦ドアを閉めて程なく、薄手のカーディガンを羽織った真衣が廊下に出てきた。
彼女があたしを誘ったのは、誰もいない食堂だった。
「ちえり、ご飯食べてなかったんでしょう。食べながらでいいから話そう」
テーブルにぽつんと残るラップに覆われたカレーを、食堂の隅に置かれた電子レンジに真衣が入れてくれる。
その気遣いはいつもの真衣そのものだけれど、今のあたしはとても食べる気になんてなれない。
一番端の椅子に座ると、あたしの隣にリュカがそっと座った。
温められたお皿を運んでくれた真衣が対面に座る。
いざこうして向かい合うと、何から話せばいいのかわからなくなる。
黙っていると、真衣がふふっと笑みを漏らした。
「真衣……?」
「だっておかしいでしょう?
マンガやアニメじゃあるまいし」
真衣が何を言いたいのかわからない。
戸惑っていると、彼女は口元に笑みを残しつつあたしを真っ直ぐに見据えた。
「このシチュエーションって、かなり非現実的よね。
喋るカラスのことについて、これから二人で大真面目に話さなくちゃいけないんだもの」
言われてみればそうだよね。
あたしにとっては、見目麗しい堕天使やカラスの
リュカと出会った時のあたしもそう思ってた。
彼を超絶あやしいコスプレ不審者だと思い込んで、絶叫しながらアパートに駆け込んだっけ。
そんなことを思い出しながら隣に座る堕天使をちらりと見る。
あたしの思いを察して、苦笑いする彼。
今は傍にいるのが当たり前で、
こんなにも大切な存在になっている。
それを思うと、心がほわりと暖かくこそばゆい感じがして、あたしも思わず笑ってしまった。
「そうだね。非現実的でほんと信じられないよね。けど、真面目に話さなくちゃね。
……それで、真衣はいつガブリエルと知り合ったの?」
「初めて話しかけられたのは、六月くらいかな。大学からの帰り道に誰かに呼び止められて、振り向いたら一羽のカラスが塀に止まってたの。
そのカラスが私に向かってこう言ったんだ。
“アンタ、ほんとは藤ヶ谷ちえりが嫌いでしょ” って」
真衣からのその台詞に一瞬身がすくむ。
「……ガブリエルの言うとおり、真衣はやっぱりあたしのことが嫌いなの?」
「え?」
「だって、あたしのことが嫌いだから、ガブリエルと手を組んだんでしょう?」
「ちょっと待って……。私、あんな怪しいカラスと手を組んでなんかいないよ」
「じゃあなんで彼とさっき一緒にいたの? 彼と仕組んで、あたしを陥れようとしてたんじゃないの?」
「仕組むとか、陥れるとか、話が全く見えないんだけど。
……とにかく、さっきは合宿所にあのカラスがいるのを見つけて、何をしているのか問い正そうとしただけよ」
『「へっ?」』
小さく声を上げるあたし(とリュカ)に、「まずは私の話を聞いて」と真衣が説明を始めた。
「初めてあのカラスと会って、ちえりのことを嫌いだろうと問われた時、もちろん私は否定したわ。
ちえりは明るくて素直で、ちょっとズボラなところも含めて妹みたいでほっとけない。
私はそんなちえりが大好きだもの」
『ちょっとどころか随分なズボラですけどね』と余計なツッコミを入れるリュカの足を蹴りつつ、真衣のまっすぐな言葉が嬉しくて心にしっかりと受け止める。
「それでもカラスは色々言ってきたわ。“本当は好きな相手を取られそうで焦ってるんじゃないか” とか、“ズボラなくせに取り繕って可愛い子ぶってるのは許せないんじゃないか” とか。
でも、いきなり現れた喋るカラスなんて不気味すぎるでしょ。
無視して走り去ったら、カラスはそれ以上追いかけてこなかったの」
そっか。
しっかり者の真衣だもんね。
いきなり現れたガブリエルを不審がるのは当然だし、そんな話にのるわけがない。
……って、ちょっと待って!
真衣は今、しれっと重大発言したんじゃないか!?
「ね、真衣?
“好きな相手を取られそうで焦ってる” って、どういうこと?
やっぱり真衣も大山先輩のこと――」
再び嫌な速さで鳴り出した鼓動が耳に響く。
あたしの指摘で自分の発言内容に気づいたのか、真衣がみるみる顔を赤く染めて慌て出した。
「あ、や、ちが……っ!」
「真衣があたしや渚にコイバナをしなかったのは、好きな人が言えなかったからってことだよね?
それってあたしが大山先輩のこと――」
「違うのっ!
私が好きなのは大山先輩じゃないのっ!」
追及するあたしの言葉を、震える声で真衣が遮る。
「私……、私……。ちょっと変わった嗜好があって……。
それを知られるのが恥ずかしくて、今まで言えなかったというか……」
「変わった嗜好? どういうこと?」
あたしもリュカも、身を乗り出して真衣の告白を待つ。
すると観念した彼女は真っ赤な顔を両手で覆い、大きく息を吐き出した。
「私は……いわゆる “男の
女装の似合う、線が細くて美しい男の子がタイプなのよ」
「……へ? それって――」
『「スパポーンッ!!?」』
同時に叫んだあたしとリュカは、椅子から転げ落ちそうなくらいにのけぞった!
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